第12話 うごめく陰謀

 それから小一時間食べ歩きをして境内に戻った。

きりはベビーカステラを頬張り、リンゴ飴とスーパーボールの入った袋を手にしている。

たのしかったね、きりたん。


社務所の隣には大きなテントと会議テーブルが置かれ、既に若い男達が酒を飲んでいた。

境内ではアイドルグループの曲がじき終わりそうだ。

仮設の神楽殿で歌い踊るアイドルは巫女の進化形と言えるのではないかと思った。


あたりを見回すと、追っかけのファンや親子連れがざっと百人は集まっていた。

神社を中心とした人の熱気や興奮は神に捧げる祀りの原型なのかもしれない。


「若い娘が踊る様は美しいのぅ。眼福眼福。さて、酒も呑みたいの。

よぉ、青年団。仕事は終わったんか」


(山神様、なんでそんなフランクなんだよ……)


「へっ?? どうも、こ、こんばんはっ」


若者達、キョドっちゃってるじゃないですか。私が割って入る。


「あの、私たち隣町から来たんですけど、こんないい神社があったんですね」


「おぅ、村自慢の神社なんだよ。俺ら青年団がいつも綺麗にしてるんだぜ」


「そうかそうか。偉いぞ。それ、一杯呑め」


昔からの知り合いのように声を掛け、酒飲みの輪に溶け込んでゆく。

山神は男達が持ったカップに日本酒をなみなみと注いで回った。

そして私達の分も置いてあったカップに注いでくれた。


「よーし、皆で乾杯じゃあ!!!」


「おーっ! カンパーイ!」


山神様の酌で呑めるなんておまえ達、とんでもない幸運なんだぞ……。


「おおっと、きりはちょびっとにしときなさい」


カップに口を付けてイザ呑もうとしているきりをあわてて止めた。


「んー、これ、おいしいです」


「大丈夫なのかい? 少しずつにするんだよ」


山神様は椅子に陣取って早くもみんなと仲良く騒いでいる。

私もグビグビッと呑む。美味い。普通の日本酒じゃ無いのかな。

瓶の銘柄を見ても大衆酒だ。

そうか。山神様が楽しく注いだから美味くなったんだ。

それでお酌をして回ってるってわけか。


社会人としてセンパイに酌をするのが当然と思っていたが、酒を美味くする神が注いだほうが良いに決まってる。


「おぉ、いい飲みっぷりじゃな。きりよ」


「えっ? いつのまに、おまえ、大丈夫なんだろね」


「ゆかりさんが好きな飲み物だもん、わらしだって大好きですよぅ」


きりは二杯目の酒を山神に注いで貰っていた。

目元がほんのり赤くなってかわいらしさが増したようだ。

男達は私達三人から目が離せなくなっていた。


「おっ、青年団、今日はご苦労さん! 綺麗どころと呑んでるなぁ」


村長夫妻が立ち寄ってくれた。


「日本酒? いいわねぇわたしも一杯貰おうかしら」


「あっ、それじゃあ私がおつぎします」


この奥さんには大変世話になった。お礼の気持ちを込めて酒を注ぐ。


「あーらあら、こんなにいっぱい。それじゃ乾杯」


一口飲んだ奥さんは目を見開く。


「あら美味しい。なぁにこれ、どんな高いお酒飲んでるのよみんな」


彼女も瓶のラベルを見て首をかしげている。

私がお酌しても美味くなるんだ。感謝の気持ちを込めたからかな?


「お三方はどちらからいらしたの?」


「街のほうです」


「そぅ、帰ったらこの神社のことをみんなに広めてね。


本当に神様がいて、お願い事が叶うって評判なんだから」


話しながら奥さんが私の顔を見る。

そして一瞬、驚愕の表情を浮かべるが、カップの酒を飲み干して頭を振った。


「おまえは宮司さんによろしく言っといてくれ。

儂はちょっと人と話してくる。先に帰ってていいぞ」


村長はなにやら忙しそうだ。


「あー美味しかった。それじゃ宮司様に挨拶してくるわね。

みんなごゆっくり」


「おぉ、ここは良い社じゃ、宮司も呼べ呼べ」


(宮司さんはまだお仕事中ですってば)


山神の脇をつつく。


「こらこらくすぐったいのう」


身体をよじる山神に男達の視線は釘付けだ。

主に張り切ったニットの胸に。


酌めども尽きぬ日本酒を何度もおかわりして私たちは夜遅くまで騒いだのだった。




 村長はスーツ姿の男二人と待たせてあったハイヤーに乗り、街へ向かっていた。

街一番の高級料亭に到着すると、中から恰幅の良いスーツ姿の男が出迎える。

中へ案内され、離れにある広い和室の上座に座った村長に男が話し掛けた。


「村長、取り急ぎ企画書をお渡しいたします。こちらを元に村議会での説明会を我々が開催いたします」


「そうか。説明に加わってくれるのは助かる。

絶対資金のことで揉めるはずだ。県の助成金申請はいつになる?」


「やはり、村議会を通して貰ってからとなります。

その後、現地調査をおこなって県に提出する書類を作りますので」


「そうか。よろしくたのむ」


村長は心の中でこれからの計画を思い浮かべた。


村の発展と業者からのリベート、神社の客足がもっと増えてくれれば観光客が金を落としてくれる。

屋台が建ち並んでいたあたりも土産物屋にすることだって可能だろう。

まぁ神社は、古い方がいいからな。手を入れる必要も無い。

神様が繁栄を約束してくれたってあいつも言ってたしな。


この計画は成功間違いなしだ――。

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