第13話 緊急会議

 お祭り以降、参拝者が増えて神社の収入も安定した。

小物の売り上げから宮司への謝礼も払えるようになった。

私は拝殿の上空から神域の広がりを確認してみた。


「キラキラが隣街に流れ始めてるかなぁ、ん? 流れが押し戻されてる?」


村に流れ込んでいた街の神域はほぼ無くなっていたが、こちらからの流れはなにかに遮られている様子だ。


「うーん。あちらの神域は堅いってことなのか。

まぁ、年末年始にウチのおふだを売れば、神棚の崇敬すけい神社枠に入れてもらえるだろうし。

そしたら神域が広がる、のかなぁ。仕組みがまだわからん」


拝殿に戻ると、村長の奥さんがひざまずいて祈っていた。


(なんだなんだ?)


「山の神様っ、ウチのダンナが申し訳ありません!

今日の村議会に変な業者を連れてきて、メガソーラー発電の計画を通してしまいました! 

御山の南半分が太陽光発電に埋め尽くされちゃいます!


どうしましょう、あんのバカがとんでも無いバチあたりなことして、どうかバチはダンナだけに当ててくださいませ」


一瞬頭の中が真っ白になった。


が、私のゴッドブレインがフル回転して理解した。


「恐れていたことが起きてしまったー!!」




「緊急会議をおこないます」


狛犬と獅子は深刻な顔をして座っている。


「はい。御山おやまの件ですね」


「あいつ、はふりの末裔のくせしてふてえ野郎だ!」


「そう。ご存じの通り、御山に工事の手が入る可能性が出てきました。


山が削られたら地力がどうなるかわかりません。この工事を止める方法について話し合います」


「とはいえ、俺らじゃ神域をけがさわりを食らい尽くすぐれぇはできますが、人を食い殺すことはできませんぜ」


「うん。わかってる。なんでもいいよ。御山を護る方法はない?」


「それこそ山神様も会議に参加していただいたらよろしいのでは」


普段は冷静な狛犬だが、本当に困ったときはおおきなご主人様に頼ってしまう癖がある。


「ちょっと怖いんだよね。山神様、すっごく怒りそうだし」


「まぁ、確かに。山の神様は山神様をお鎮めなさるのが役目ですからなぁ」


獅子は腕を組んで考え込んでいる。


「そうなのよ。わたしが山神様に火を付けるわけにいかないでしょ」


「わしはかまわぬよ」


柔らかな風と共に白い着物姿の山神が拝殿に立った。


「山神様、話を聞いてましたか……。でも、かまわぬって、御山が削られちゃうんですよ!」


「かまわぬと言った」


「何故ですか? この里山が消えて、山神様だってそんな山に住むなんて。

地力だって枯れちゃうかもしれないのに」


「わしは神格を得てから長いこと人々の繁栄を見てきた。

それは止まらぬ」


「一度も穢されたことの無いこの場所を、諦めるって事ですか」


「今は神代かみよではない」


山神はまたすっと消えてしまった。


私達は山神の言葉にショックを受けていた。

考えていた反応と正反対で、その真意は測れなかった。


「……今日は解散」


獅子と狛犬は黙ったまま拝殿を出て行った。

私は猫姿のきりを抱いて眠った




 朝焼けが周りの山々を赤く照らしている。

私は御山の頂上からその光景を眺めていた。


「綺麗……」


「美しいじゃろう」


姿を見せずに山神が同意する。


「なんで昨日はあんなことおっしゃったんですか」


「ふむ。昔はな、この村、あの街も、ずっと先までなにも無かったのじゃ。

人と共に増えた社も、今ではわずかな生き残りがいくつかあるだけとなった。

そやつらは人の繁栄に呑まれてその地に住まわせて貰っているだけの形骸化した社なのじゃ」


神社は忘れられた遺構になってしまったのだろうか。年始だけ思い出したかのように人々が詣でる神社、まさに形だけ残っているように感じる。


「地力にしがみついていた神々もその地を人に明け渡し、高天原へ戻った者、違う土地を捜して旅立った者。本当に消えてしまった者。

今残っているのは地力を頼りに神使達だけで護っている社がほとんどじゃ」


「そうなってしまうことは分かります。でも」


私は周りを見渡した。


「この場所を、こんな綺麗な場所を穢されたくはありません」


「ゆかりよ、昔話をしてやろう。奥の山々を見よ。

はるか遠く、一番高く、横に長い山があるじゃろ。

あれはわしの連れ合いじゃ」


「は?」


「神代の時代、奴とはこの国の最も高い尾根で暮らしておった。

国津神と何度も戦い、何度も勝った。

ある日わしらは負けた。奴は倒され、今もむくろをあのように晒しておる。


わしは逃げた。

この地に着いたとき、大きな力がわしを満たし、神に抗う力を得た。

人が造った山ではあったがその力により神格を持つに至った。


わしは神々に恐怖を与える災いとなった。


だがな、最後には国津神の大群により約定を結ばされ、お目付役の山の神がわしを監視することとなった。


この場所からは奴が見える。

人の繁栄があの地まで穢さぬよう、この地でわしが抑えるのも役目なのかと思っておった」


「そんなことが。でもそうだとするとここに住めなくなるってことは」


「居心地が悪くなれば去るのみよ。

山の神の赦しを得ればわしは自由になり、またあの高い山へ戻るさ。

奴の近くで人の繁栄がわしらを呑み込むのを迎えても良いと思っておる」


「私の赦しですか。

確かにここに住む理由がなくなれば、山神様のお気持ちを尊重しますが。

仕方ない事……なんですか、ね」


遠くに横たわる山神の夫であった山からはとてつもなく大きな光の帯が天に伸びていた。


「でも、私はここを護りたいです。

ここは人もいて、自然もあって、お酒も飲めます」


「酒があるのは大事な事じゃったな」


山神の声が少し和らぐ。


「そうですよ。一緒に呑めなくなってもいいんですか」


「おぬしらと呑む酒は楽しかったのう」


「そうですよ。それに山神様がいなくなったら私、無職になってしまいます」


「ふふふ、なら一緒に来れば良い」


「お酒が飲めないなら嫌です」


「そうか」


私は色を変えてゆく美しい山々をずっと眺めていた。


山神の諦めたような吹っ切れたような顔なんて見たくなかったし、私の情けない顔も見られたくはなかった。


 私は村長の妻と宮司の夢で打開策があれば報告するように伝え、拝殿で頭を抱えていた。


「どーしよ、きりぃ、なんかいい方法ないのぉぉ?」


「わからないですよー、一番世間に詳しいのはゆかりさんじゃないですか。

いつもの搦め手とかないんですか?」


「うーんうーんうーん。

世間ねぇ、世間的に。うーん。工事ができなくなる。うー、ん?

きり、ちょっと山神様んとこ行ってくる!」


「はい、なにか思いついたみたいですね。いってらっしゃいっ」

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