第7話 エラルドの事情

週に一度の休みには王都にあるカファロ侯爵家の屋敷に戻ることにしている。

寮に入ったのは馬車で通学するのが面倒だったからだ。

だが、屋敷にいるお祖父様とお祖母様には残念がられ、

こうして休みの日には戻ることを約束させられた。


「ディアナ、調べていたものの結果が届いたぞ」


「やっとですか。それで、どうしてあんなことに?」


エラルドの周りに令嬢が三人もいることは、お祖父様に報告していた。

カファロ家に婿入りしてくる予定のエラルドに、

女性の影があるようでは婚約自体を見直さなくてはいけない。


お祖父様は驚いて、すぐに宰相であるブリアヌ侯爵に連絡を取った。

幼馴染という令嬢三人とはどういう関係なのかと。


ブリアヌ侯爵は令嬢三人と言われても、なんのことだかわからなかったそうだ。

国王の代替わりを予定しているため、即位式の準備に追われ、

ここしばらくはエラルドと顔を合わせていなかったらしい。


「宰相は慌てていたよ。家からの報告とは全く違うと」


「家からの報告と違う?どういうことですか?」


「家を任せている夫人からの報告ではエラルドは問題ないと。

 教室もB教室だと嘘をついていたそうだ」


「えっ……そんな嘘をどうして」


いくらなんでも学園の教室を誤魔化すなんて。

そんな嘘はすぐにバレてしまうだろうに。

と思ったけれど、即位式の準備が忙しくてほとんど帰ってこない侯爵なら、

その報告を信じて調べようとしないかもしれない。

現にお祖父様から聞くまで疑ってもみなかったようだし。


「宰相は夫人に気がつかれないように新しい使用人を雇い、

 自分がいない間の屋敷のことを調べたそうだ。

 エラルドの母が後妻なのは知っていたよな?」


「ええ。上の兄二人は前妻のお子だったかと」


「そうだ。エラルドだけ母親が違い、年も離れている。

 上の二人はA教室を卒業して、そのまま王宮文官として採用された。

 とても優秀で、どちらかが次の宰相になると言われている」


今の宰相も優秀だと言われている。

その息子さんたちなら優秀でも不思議ではない。


「だが、兄二人と同じ家庭教師をつけたエラルドは出来が悪かった。

 その家庭教師は兄二人と同じくらいの教育をしたかったようだが、

 エラルドは勉強したくないと逃げてしまった」


「優秀な兄と比べられたんでしょうか」


「そうかもしれんな。結局、家庭教師を嫌がったことで、

 夫人が勉強を教えることにしたようだが……

 嫌がる息子に無理やり勉強させることはできなかったらしい」


「それで勉強できないままだったんですね」


もしかして一度逃げても大丈夫だったから、また逃げてもなんとかなると思ったのかな。

勉強が嫌でも領地から逃げ帰ってしまうなんて、簡単にしていいことじゃない。

そんなことをすれば普通なら婿入りの話はなくなってしまう。


三男は家を継げないのだから、婿入りできなければ文官か騎士になるしかない。

そうなればどちらにしても婿入りするよりも厳しい世界が待っている。

ジョイもルーイも逃げ出すほど厳しく教えたわけではない

それで逃げ出すようでは、文官も騎士も無理だとしか思えない。


「カファロから逃げ帰った後、やはり夫人は甘やかしてしまったようだ。

 勉強したくないならしなくてもいい、ディアナがするからと」


「……いくらなんでも、勉強しなくていいなんて」


「夫人にとっては一人息子だしな。

 宰相は忙しくて屋敷にはあまり戻ってこないし」


お見合いの時に一度だけ顔は合わせた。

ふわふわした薄茶色の髪に青目、小柄で可愛らしい感じの夫人だった。



「だが、宰相は夫人にエラルドに家庭教師をつけるように命じた。

 学園に入るまでにそれなりに勉強できるようにしておけと」


「それで家庭教師を。女性の先生だったと?」


「男性の教師では嫌がったそうだ。

 女性の教師でも厳しいものはダメで、三人目の教師でやっと」


「……厳しくない先生なんですね」


おかしいな。エラルドに聞いた話とは違う。

たしか、あの令嬢たちがいたから厳しい先生でも耐えられたとかなんとか。


「夫人は、エラルドに自信をつけさせればいいと思ったらしい」


「自信?」


「兄二人と比べられ、ディアナと比べられ、出来が悪いと。

 二度も勉強から逃げて自信を失っていただろう。

 だから、エラルドよりも勉強ができない子を用意したらしい。

 それが侯爵家で侍女をしている子爵夫人の娘エルマだ」


「エルマ様は夫人が用意した学友でしたか」


「エラルドが正解した時は大げさに褒めるように、

 間違いは指摘しないようにと言い含められていたそうだ」


「なるほど……」


自信をつけさせるためにできない子と一緒に学ばせる。

そのこと自体は悪くない案だとは思う。

これが令息だったら、何も問題なかっただろうし。


「それがうまくいき始めた頃、

 隣の屋敷に住むアダーニ伯爵夫人が侯爵夫人に相談した。

 うちの娘も勉強が嫌いで家庭教師をつけられない。

 一緒に学ばせることはできないか、と」


「それでジャンナ様も」


「アダーニ伯爵夫人が侯爵夫人に近づいた理由は、

 宰相の夫人と仲良くなって、息子を取り立ててほしかったようだ。

 ジャンナ嬢の兄が王宮文官として働いている」


「あー。そういう理由でしたか」


宰相夫人と仲良くなれば息子が文官として出世すると思ったのか。

いくら優秀でも上司に気に入られなければうまくいかないと聞いたことがある。


「最後のラーラ嬢は母親同士が姉妹だから、幼い頃から侯爵家に遊びに来ていた。

 エラルドが令嬢と一緒に勉強していると知って、

 それなら自分も一緒にやりたいと言い出した。

 夫人も姪が可愛いのか、反対しなかったそうだよ」


「そうでしたか。それであの四人でいるようになったんですね。

 ……お祖父様、エラルドとの婚約はどうしたら」


事情はわかった。その理由の一つが私のせいなのも。

勉強嫌いのエラルドをどうにかしようとした結果、

ああなってしまったのはわかったけれど。


「できれば婚約を解消させたいが、

 あの令嬢三人との間に不貞行為はないそうだ」


「不貞行為ではない?」


「ちょっと距離は近いが、男女の仲ではないそうだ」


「それ……本当ですか?」


ちょっと疑ってしまう。

婚約者だとしても、令息の太ももに手を乗せる行為なんてしない。

男女の仲ではないと言われても信じられない。


「宰相は今後も使用人に監視させると言っていた。

 信用できないなら、カファロ家からも使用人を送って監視してもいいと」


「本当に男女の仲ではないのですね?」


もうはっきりさせて婚約解消してもいいと思っていた。

あれから何度かエラルドを見かけたが、

必ずあの三人の令嬢がそばにいて、手をつないで歩いていたり、

焼き菓子を口元まで持って行って食べさせたりしていた。


注意すればこちらが悪いとばかりに言い返される。

婚約解消すれば、もう注意しなくて済むのに。


「……ディアナ。カファロ家からも使用人を何人か送る。

 不貞行為があればすぐに報告させよう。

 なにかあれば婚約解消すると宰相には言っておくから」


「……わかりました」


今のところ、これが精一杯なのか。

ため息をついたら、お祖父様が悲しそうな顔をした。


そうか。お祖父様が紹介した見合いだったから、

責任を感じているのかもしれない。


「大丈夫です、お祖父様。

 家を、侯爵を継ぐのは私ですから。

 エラルドが頼りなくても、何とでもなります」


「……そうか。無理だけはするんじゃないよ」


安心させたくてそう言ったのに、

なぜかお祖父様は泣きそうな顔になった。



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