第8話 もやもやするけれど

ちょうどいい風が窓から入ってくる。

それはいいのだけど、開けた窓からは声も聞こえてきた。


あの三人とエラルドの笑い声。

思わずため息をついたら、エルネスト様が席を立って窓を閉めた。


「気になるんだろう?閉めよう」


「ごめんなさい。気をつかわせて」


「いいって」


入学からもうすぐ半年が過ぎる。

あいかわらずあの四人は一緒にいて、注意しても聞いてもらえない。


それどころか、私が注意すればするほど、

令嬢三人はエラルドの身体にふれようとしている気がする。

エラルドはそのことをまったく問題だと思っていないのか、

へらりと笑って注意を聞き流している。


最近ではもう注意するのも馬鹿らしくなって、

できるかぎり見ないふりをしている。



それでもこうして関わってしまうのは、

同じ学園にいる限り仕方ないのかもしれない。


向かい側の食堂にいる私たちのところまで笑い声が聞こえていたが、

この時間は授業時間のはずなのに、どうしてカフェテリアにいるんだろう。


声が聞こえなくなってほっとしたけれど、ため息をつきそうになる。

エラルド、D教室なのに授業をさぼるなんて、どうする気なんだろう。


ふと、アルフレード様が食事の手を止め、真面目な顔で聞いてくる。


「なぁ、ディアナ。本当にあの男が婚約者でいいのか?」


「いいのかと言われると嫌なんですけど、

 婚約を解消する理由がないんです」


「……あの状態でもか?」


「男女の仲ではないとわかっていますので……」


カファロ家が送り込んだ使用人がずっと監視しているが、

あの四人は男女の仲ではないと報告が来ている。


人前であれほど近い距離なのだから、そうなっていてもおかしくないと思うのに、

あの四人は人がいない場所でも行動は変わらないらしい。


決定的な何かがあれば婚約解消できるのだが、

そこまでの理由がなければ難しい。

こちらから強引に婚約を破棄することもできるけれど、

宰相の顔をつぶしてしまうことになってしまうからだ。


「男女の中ではない……で、済むのか?」


「決定的な何かがあるわけじゃないので……。

 子どもの頃からのつきあいだから距離が近いだけだと言われると」


「ずっと四人で行動しているのは?」


「……それは、ほら。私たちもそうですから」


「「あ」」


あの四人がずっと一緒な理由が同じ教室だから、と言われると納得するしかない。

同じ教室だからという理由で私たち三人も一緒にいるからだ。


令息二人とずっと一緒に行動するのははしたないと、

他の令嬢から嫌味を言われることもあった。

だけど、A教室は他の教室とは時間割が違う。

令息と一緒にいてはいけないと言われると、一人でいなくてはいけなくなる。


それに特別授業で一緒に研究することも多い。

どうしても一緒にいなくてはいけないこともあるのだ。


だからこそ、エラルドのことも文句は言えないのだけど。


「成績では無理なのか?よくある話だろう」


「それも無理なんです。

 勉強嫌いだというのは十歳の時にわかっていますし、

 それを理由に私が侯爵を継ぐということになっています。

 今さらD教室を理由にするというのは難しいですね」


「そうなのか……」


心配してくれたのか、アルフレード様の声が低くなる。


本当に成績のことだけで婚約解消できたらよかったのに。

普通の婿入りなら、それも可能だった。

こんな成績の悪い令息に爵位は継がせられない、と。


だが、私の場合はもうすでにエラルドの勉強嫌いを理由にして、

私が爵位を継ぐという内容に変更されている。

成績を理由に婚約解消しようと思っても、断られる可能性が高い。


宰相としても、エラルドは婿入りしなければ行き先がないとわかっている。

問題がなければこのままカファロ家に婿入りさせたいと思っているらしい。


「私のことよりも、アルフレード様のことが話題になってますよ。

 今年は婚約者選びの会を開かないそうじゃないですか」


去年まで毎年婚約者選びの会という名のお茶会が開かれていたらしい。

だが先日、アルフレード様が学園を卒業するまで開かないと発表された。


これにより、学園にいる令嬢たちはチャンスだと騒ぎ、

学園を卒業している令嬢たちはあきらめて見合いをし始めたそうだ。

アルフレード様の卒業を待っていたら、婚期が遅れてしまうと。


「……いや、もともと俺はあのお茶会で探す気はなかった」


「そうなんですか?」


「ああ。クリストフ兄上の婚約者を選ぶために開かれてたんだが、

 ついでに俺も出席させられていただけだから。

 だけど、クリストフ兄上は婚約者が決まっただろう?

 だからもう開かなくていいって言ったんだ」


「そうだったのですね」


王太子でもある第一王子フランシス様の婚約者は、

王家が婚約者候補を選び、その中から公爵家の令嬢が選ばれた。

昨年に結婚されたが、まだお二人にお子はいない。


婚約者選びのお茶会が開かれるのは王太子以外の王子だけだ。

第二王子のクリストフ様は私たちの三歳上。

この春、学園の卒業と同時に侯爵家の令嬢を婚約者に選んだ。

結婚と同時に婿入りすることが決まっている。


側妃から生まれた第二王子の王位継承順位は三番目。

そのため、クリストフ様は婿入り先を探していたという。

二番目までは王家に残ることになるため、

アルフレード様の婚約者は王族に嫁ぐことになる。


「俺は王家に残ることが決まっている。

 と言っても、残るのはフランシス兄上に子どもが二人できるまでで、

 その後は公爵位を授かることになる。

 公爵になってからのほうが婚約者を選びやすくなるだろうし、

 焦って婚約者を探す必要がないんだ」


「まぁ、焦って探すといいことないですからね」


おもわず自分のことを言ってしまって、しまったと思う。

二人が困った顔をするから、わざと明るい声を出す。


「大丈夫です。卒業まで二年半もあります。

 そのうち婚約解消できると思いますから」


「そうだな。俺もそう思う」


「ああ、あの様子なら大丈夫だろう」


二人も明るく同意してくれたから、ほっとして笑う。

だけど、最終学年になっても、この状況は変わることはなかった。


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