亡者の斥候(26)

 帝国、執務室、


 窓は全開で開けられ、

 中将の服は半そでであり、

 書類がバタバタとはためいている。


 部屋には2人の人影。


 いい人眼鏡とおっぱい。


 中将と少佐は互いに向かい合う。


 「彼女の様子は」

 「最悪の一言だ」

 

 少佐の眼は呆れている。


 「まず警備中に寄り道を多発」

 「彼女らしいですね」

 「構築を思いついたと急に消える」

 「やりそうですね」

 「挙句の果てに通行人に殴りかかったぞ」

 「それは想定外です」


 きっと、

 あの王女ことだ。

 気に喰わないとかその程度の理由だろう。


 考えるだけ無駄な気もして、


 中将はコーヒーの飲む。


 「で、彼女は辞めてくれそうですか」

 「それがさっぱりだ」


 やれやれといった感じの合いの手。


 「昨日と今日で合わせて数件」

 「ずいぶんと騒がしかったですが」

 「消したり暴行を行った数件だからな」


 報告書は既に上がっているが、


 昨日だけで帝国のスパイが激減している。


 「だが、奴は嫌悪感すらみせなかった」

 「それは、言葉を失っていた訳ではなく?」

 「こう見ても人を見る目はあるつもりだが」

 

 (いや、見る目が曇ってるから街警備では?)


 喉に引っ掛からなければ、

 流石に殴られてそうな言葉ですね。

 

 「皮肉が効いてますね」

 「事実をいったつもりだ」


 少佐とは彼女の評価が合いませんね。


 (まるで、別の人物を見ている評価だ)

 

 私の中で王女は、

 馬鹿な青年のイメージなのですが、

 冷徹な王女とは過去の書類通りの性格ですね。

 

 「ヤツに辞令書を書かす作戦、

  面白さでは群を抜く作戦だが、

  中将から辞令書を送った方が多分早いぞ」


 そんな事は検討した段階からの承知済み。


 「分かりきったことです」

 「なら何故やらん?」

 「そうはできないのがこの体です」

 

 王女に辞令を送り付けるどころか、


 他の人物が辞令書を書くのを阻止するレベル。


 (どうやら本人が書くのを止める気はないようですが)

 

 「難儀な性格だな」


 少佐は席を立つ。


 「もうお出かけですか」

 「馬鹿にしたところで作戦は作戦だ」


 椅子に掛けていた分厚いコートは、

 

 すでに少佐に肩に羽織られている。


 「どんなものでも完遂せねばなるまい」

 

 ◇◆◇


 今日は今日とで街を警備。


 「なあ疲れんのか」

 「今日は動きにくいが大変ではない」

 「いや精神のほうだ」

 

 すで襲撃した人物は2人。

 片方は監獄、片方は物理的に消滅した。


 「摩耗するようなものは持ち合わせていない」

 「無敵のメンタルかよ」

 「かもしれんな」


 そう言って路地を曲がろうとしたとき、


 そこは見覚えがある少女が、


 「───パパの敵ッ」


 投石された石は、


 「あぶね───「ガンッ」」


 少佐の頭に当たる。


 石は原色で落ちる。


 「おいッ」

 「構わん」


 少女は走り去っていく。


 だが少佐に追う気はなさそうだ。


 「頭、大丈夫かよ」

 「この程度、止血魔法で止まる」


 少佐の顔は少し凹んでいるように見えた。


 「なんで避けなかったんだよ」

 「帝国国民の叱責だ。甘んじて受けるべきだろ」

 

 少佐は何を言っているのだろうか。


 「彼女の父親はスパイだったんだろ」

 「だが彼女の父親を消したのも私だ」

 「いやそれはそうだが」


 少佐は仕事をしただけだろ。


 仕事をしてそれが少女の不幸につながっただけ。


 (悪人を捌いて、ハッピーエンドとはいかんのが現実か)


 「だとして石を投げられる理由はないだろ」

 「自分で決めた生き方だ、後悔はない」


 少佐は前をすたすたと歩いていく。 


 ◇◆◇


 時刻は昼下がり。


 「は、腹が減った」


 お腹の虫は既に限界を超え、

 胃と腹がくっつきそうなほどである。


 (毎日こんな業務してんのかよ)


 街警備と言えば聞こえはいいが、

 帝国首都は現世の東京都同じくらいはある。

 誰だって山手線を使わずに一周するのは大変だ。


 「もう根を上げるのか」


 一方、何ともなさそうな少佐殿。


 「もうって何時間歩いてると思ってんだ」

 「たったの6時間だが」

 「馬鹿だろ、馬鹿」


 すでに足腰は地につき、

 ギブアップの姿勢である。

 

 (ここから動かないというか、動けない)

 

 「仕方ない......食事にするか」


 と、案内されたのは路地裏のお店。


 「こじゃれた店だな」

 「内容に何か不満か?」

 「いや不満って訳じゃないが」


 こんな冷徹で血も涙もなさそうな少佐が、


 ちょっとメルヘン入った店を案内して来たら誰でも驚く。

 

 内部からはパンケーキのいい匂いがしている。


 (少佐、意外と可愛い趣味だな)


 言ったら最後折檻されそうだが。

 

 「言いたいことがあるならハッキリ言え」

 「意外と可愛い趣味があるんだなぁ、と」

 「そうか折檻だ」

 「そんなッ」

 

 関節を決められた後、店に入る。


 「あれ、またいらっしゃったんですか」

 

 中にはエプロン姿の店員さん。


 「また?」

 「今日はお連れの様まで」

 「たまたま巡回ルート上に店があるだけだ」


 少佐はそっけなく奥のカウンターに座る。


 「いつもあの場所で食べているんです」

 「ふーん」


 昼時というのに客足は少なく。

 席はどこでも空いている状態だ。


 (立地的な問題もあるんだろうけどな)


 どんなにおいしかろうと路地裏は目につきにくい場所だ。


 「横、座るぞ」

 「別に言わなくても構わんが」

 「言わないと殴られそうだからな」

 

 この少佐だ。

 私の横に座るなッぐらいは、

 平気で言ってきてもおかしくはない


 「注文は」

 「いつものだ」

 「なら俺もそれで」

 

 その結果出てきたのは、ホットケーキにコーヒー。


 ケーキにクリームはましましだ。 


 「思った以上にアレだった」

 「残すのは許さんぞ」

 「そう言う問題じゃねェ」


 食えるけど、昼飯に食うもんじゃないってことだ。


 仕方なしとフォークを動かす。


 クリームは甘く、

 生地はフカフカで、

 おやつとしては最強だ。


 もぐもぐと食事をする俺、

 さっさと食い終わる少佐。


 「あー」

 「ゆっくり食え」

 「そいつはどうも」


 もぐもぐ、

 ゴクゴク、

 ぷはぁ、


 「満足ッ」

 「うるさい」

 

 少佐には怒られたが、

 腹のクリームを消化するまで、

 しばし動けそうにないのが俺の腹である。


 「あー少佐殿」

 「今度はなんだ」

 「疲れんのか」

 「答えは言ったハズだぞ」 


 否、そうではない。


 これはここ数日の俺の見解である。


 「人のフリをするのが、だ」

 

 少佐のコーヒーを飲む手が止まる。 


 「なぜ、そう思った」

 「半分は直感だ」

 「私も錆びたものだな」

 「腐ったが正解なんじゃねーの」

 「好きに言ってくれるな」


 少佐の飲み手は震えている。


 「で、貴様はどうする」

 「隣人が異形だろうと、ご飯はたかる精神でな」


 俺は財布を逆さにする

 中からは塵すら落ちてこない。

 昨日、カードに使いすぎたのだ。


 「奢ってくれ」

 「悪いがウチは自費でな」

 「新入隊員へのお祝い的なモノは」 


 「ない」

 「クソッタレだな」


 だから人集まんねーんだぞ。


 とは心の中で叫んでおこう。


 強めのグーで殴られかねない。


 「だが......パンの代金ぐらいは出してやる」

 「その心は」

 「誘った代金ぐらいは必要だろう」

 

 少佐は仕方なしという表情だ。


 「なら昼からは真面目に頑張りますか」

 「ふっ、なら朝は適当だったのか」

 「まさか朝は大真面目だった話だ」


 店内には笑い声を残る。 

 カランと店のベルは鳴り止み、

 2人の姿はなくなっていた。


 もちろん食い逃げである。


 翌日、皇女様に土下座して支払いを負担して貰った。

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