裏切りの対価(25)

 いい朝だ。

 雲一つない青い空。

 

 帝国首都はたくさんの人で賑わう。


 遊びに行く若者。

 いつもの仕事に行く大人。

 散歩のついでに店による老人。


 だが俺は違う。


 「俺は家でごろごろするのだッ」

 「ここは貴方の家ではありませんが」

 「やっぱり向こうだと皇女様の愛が重くて」

 

 そんなわけで、

 今日も今日とで、

 いつも通りに、


 中将の執務室で寝転がってるって訳だ。


 目の前の中将は頭を痛めているが気にしない。


 「そろそろ追い出しますよ」

 「なら泣くことになるぜ」

 「面白い冗談ですね」

 「俺がな」


 泣き騒いで意地でもこの部屋からは出んぞ。


 「冗談ですよね」

 「俺はマジだぞ」


 ここは昼飯(軍人用)も出るし。


 味に気にしなければ普通に満足できるし。


 (住めば都という言葉がよく似合う)


 「末期ですね」

 「バナナって感じだ」


 俺の知性が下がった昼下がり、


 ドアは勢いよく開かれる。


 「ここに隠れるとは頭は回る奴だ」

 「どちらさまでぇ」


 軍帽、

 金髪の、

 おっぱい。


 所見の感想はこんな感じだ。


 「貴様の上司だ」

 「ほえ〜」

 

 あくびと共に言葉が出る。


 (俺はいつから会社勤めになったんだか)


 そんな馬鹿な思考が頭を回っていると、


 「これは噂以下か」

 「あい?」


 俺の視線は地面を離れ、宙に浮かぶ。


 すなわち首ねっこを掴まれた状態である。


 「上司に向かっての口調、看過できんな」

 「ぐェ」


 空中で素早く一回転させられ、


 腕と足が絡めとられ、頭部はホールドされる。


 すなわち、


 (ま、卍固めッ)


 肩・脇腹に致命的なダメージ。


 完全に決まった卍固めは相手を絶望に追いやる。


 「ほら警戒任務だ、いくぞ」

 「あ、あい」


 魂は口から抜けかけ、

 動くことすらできない俺は、

 引きずって連れていかれるのであった。


 ◇◆◇


 1人減った執務室、

 1分も立たないうちに、

 1人増えることとなる。


 ドタバタと入って来るは、軍服に身を包んだ赤髪の少女。


 「どうしました、皇女様」

 「どうしましたじゃありません、中将ッ」


 皇女は紙を見せつける。


 「何ですかこの人事異動」


 ──────── 

 辞令書


 少尉を警備課少佐の下に配属とする。


 ×月●日 ■■中将


 ────────


 「何か問題ですか?」

 「何故、私の配属指令が潰されているんですかッ」

 「貴方の下に彼女を付けると暴れそうなので」


 中将はコーヒーを飲みながら語る。


 すでに皇女が出した、

 配属指令は握りつぶし、

 自分が考えた物と入れ替えたと。


 「あいかわらずのクソ眼鏡」

 「なんとでも言ってください」

 「なら死ぬまで言わしてもらいます」

 「いったところで命令は変わりませんので」


 皇女様の額に青筋がはしる。


 「ま、まあ百歩譲るとして」  

 「ではお開きということで」


 皇女様は拳を必死に抑えている。


 「なら質問を1つ」

 「どうぞ」

 「どうしてかの少佐に配属を」

 「かの、ですか」

 「彼女が味方を売った話は有名です」

 

 帝国の東側には連邦という国がある。


 少佐は元連邦の将校で、

 自身の為に仲間を売り、

 帝国での地位を得た過去がある。


 「故に皆は彼女を嫌悪し、

  配属となった警備課でも部下は来ず。

  小隊とは名目上、実際は彼女一人です」


 たった一人の小隊の噂は帝国軍内部では有名である。


 「知ってますよ」 

 「知っているなら何故」


 中将は眼鏡を曇らす。


 私は常に最善の一手を打っています

 今回もその一手だと

 ご想像にお任せしますよ


 中将はコーヒーを取り、

 ニヤリと笑う。


 「それに、私はいい人ですから」


 皇女様からの視線は死ぬほど冷たい。


 ◇◆◇


 連れてこられたの帝国市街地。


 帝国中心部の繁華街ではなく、

 店と住居が混ざり合った地区だ。


 「んで、何すんだ」

 「貴様、まだそんな口を利くか」

 「えーと、ナニをするんでしょうカ」


 口調がカタゴトになる。


 (やっぱり敬語は慣れねェな) 


 「コ、コれで、大丈夫でしょうカ」

 

 音質も変わっているし、

 性格も変わっているが、

 深いことは気にしてはいけない。


 「ナにか、駄目でしょうカ」 

 「いや、ダメではないが」


 少佐にじっと見つめられる。


 その眼には一種の諦めが含まれていた。


 「元の口調で構わん。寒気がする」

 「ヒ、酷い言われようでス」


 この後、数分かけて元の口調を取り戻すことに成功した。


 ◇◆◇


 市街地を歩くこと数十分、

 特に何かをするわけではなく、

 少佐はひたすら周囲を観察していた。


 「市内の警備が任務ってことか?」

 「いやそれは表の業務だ」

 「表の業務?」


 少佐の足は一軒の民家の前で止まり、


 「私の任務はもう一つある」


 ドアは乱雑に叩かれる。


 「おいッ、部屋を開けろ」

 「なんだアンタ────ゴハッ」

 「帝国にいるドブカス共の粛正だ」


 男の襟首が掴みあげられる。


 「警備課だ」

 「ま、街を守ってるヤツが何の用だ」

 「帝国には五月蠅すぎるハエは不要でな」


 男は観念したような眼を向ける。


 「えっと、どゆこと」


 話が急展開でついていけない。


 「コイツはもともと他国のスパイだ」

 「我々が把握している情報を流す役目だが」

 「最近、ごたついた隙に余計な情報まで持ち出した」

 

 少佐は剣に手をかける。


 「故に消すしかなくなった訳だ」

 「───パパ、どうしたの?」


 家の奥から少女の顔が見える。


 「ほうなかなかの偽装だ」

 「俺の実娘だ。手は出すな」

 「それが本当ならの話だがな」

 

 少女に状況は理解できない。


 ただ不安に感じたのか、

 反射的に父親に駆け寄る。


 「パパぁッ」 

 「く、来るなッ」


 だが、

 

 娘がたどりつくより早く、

 少佐の剣によって、

 父親は消える。


 「お、お父さん......?」

 「悪いが独房の方に送らせて貰った」


 少女には現状が理解できない。


 「なんでお父さん消したの?」

 「お前の父親が失敗したからだ」

 「失敗したら次頑張ればいいんじゃないの......?」


 少佐は剣から手を離し、上を見る。


 「軍人に次はない───」


 少女に諭すように、

 自分に言い聞かせるように、


 「あるとしたら死か、屍の如く生きるかだ」


 今日の天気は快晴。


 だが室内は曇天のように暗い。

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