謎めいた命令(24)
帝国首都、帝国軍本部執務室。
広大な空間と高い天井、大理石で装飾された壁。中央には精巧に彫刻された大きな木製のデスクがあり、机上の灰皿と書類は山の様である。
高級な革張りの椅子に座るは、髭の大将
相対するように立つは、眼鏡の中将。
「コレどういう事だね、中将君」
「ご報告の通りです」
大将の視線は鋭い。
前には【乾季首都防衛戦(最終)】報告書。
「正規の報告書を出せと前にも言ったハズだ」
「これが正規のモノとなります」
大将は頬は引き攣る。
「番号を間違えてはいないか」
「偽物は既に皇族の方に」
無言で二度目の確認が入るが、中将の答えは変わらない。
「君が現地まで足を運んだそうだな」
「事情が、事情だったもので」
「先ずはご苦労と言っておこう」
内容は見た、そう大将は話を切り出す。
「東部でそのような事とは心を痛める次第だ」
「はい」
村の方には諜報員が数人配備される予定だ。
王女にはああいったが不穏分子の見張りは必須だ。
「帝国首都防衛の件も感謝している」
「どうも」
現在城壁の9割以上が修復を完了しており、
周囲の警戒も依然と比べて密となっている。
帝国魔法研究所では転移魔法の解析も順調だ。
「帝国は暫しは安全だ」
「それはいいことです」
「さて問題はこれからだ」
大将は女性の顔写真が映る書類を指で叩く。
顔は少女、
髪は銀髪、
国籍は王国。
「で、どうして王国の姫が帝国を救っているのかね?」
「私が知りたいです」
沈黙。
ぷかぷかと浮かぶ、
灰皿の煙だけが緩やかだ。
「バレたらどうなるか分かっているな」
「国民には偽の噂を流布中です」
帝国の勇敢な将校が、自らを省みず決闘したという話だ。
粗が多い話だが、実際に見ていた者はいないので問題はない。
「国民にではない。皇族にだ」
「彼らは身内との争いで忙しそうですが」
「万が一ということもある」
引きこもっている彼らが知ったらですか。
「首、1つですかね」
「軍、1つの間違えだ」
大将は断言する。
「腐っても帝国を仕切る一族だ。
我々の替えなら簡単に用意でき、
軍を不要とみるなら新設する馬鹿共だ」
過去の歴史書を紐解けば、帝国軍の名前は3度変わっている。
それも軍の不祥事が起きた時に限ってだ。
「この件を握り潰せんか?」
「できたら苦労しません」
中将は遠い目をする。
「すでに詩人の間で歌が作られ」
「噂好きな連中め」
「店では英雄キャンディーなるものまで」
「好きにさせておけ」
「市民からは英雄に表彰をという懇願書まで」
「できる訳無いだろ」
大将は、机を揺らし、唾を飛ばす。
「いいか、この件は現在をもって機密事項だ。
報告書は一部を除き全てを廃棄を命令する。
君にもこの件は心に止めておいてもらう」
大将の命に、中将は頷く。
「ところで件の彼女はどうしますか」
「聞きたいのは本音か? 建前か?」
中将は周囲を確認する。
大将の人払いは完璧のようだ。
「本音の方で」
「今からでも存在ごと消し去りたい」
「直球な発言ですね」
大将はタバコに火をつける。
「この際、王国の件は目を瞑ってやる。
だから彼女は帝国に来なかったとできんか?
ヤツだけで帝国中の胃薬が空になりかけるぞ」
部屋の隅には相当量の空瓶が転がされている。
「いい薬を探しましょうか」
「帝国名医は匙を投げたが」
「大人しく休養してください」
「出来たらとっくの昔にしている」
部屋の隅に置かれたカレンダーは2週間前で止まっている。
「なら、彼女をもう一度消すと」
「だが、現状はそうは出来ん」
「では、どうすると?」
大将は手元にある指令紙を見る。
「手は打っておいた」
「私は聞いていませんが」
「君に止められたくはないからな」
大将はふっと笑う。
「だが今考えれば早まったかもしれん」
「それを今更言われましても」
「業務を片付けたい一心でな」
机の後ろには今尚仕事の山が残る。
「外部視察の予定とかはどうでしょう」
「仕事が終われば考えておく」
中将はハァとため息をつく。
◇◆◇
帝国首都、屋敷にて。
あーんをする赤髪少女と、
あーんされる銀髪少女だ。
前者が皇女様で、後者が俺だ。
「お姉様、おかわりもあります」
「皇女様、流石に食べれないっていうか」
帝国首都に帰り、
皇女様に合ってから、
彼女はずっとこんな感じである。
ちょっと外に行こうとしても、
「お怪我の方が悪化するので駄目です」
「いや戦場で足擦りむいただけなんだけど」
「駄目なものは駄目です」
ちょっとトイレに行こうとしても、
「お姉様どちらにッ」
「トイレに行こうとしているだけだが」
「なら私がトイレに行ってきますので、お姉様はここにッ」
危うく漏らしかけたのは内緒だ。
「最近、ちっと過保護じゃねーか?」
「むぅ、で、ですがこれもお姉様の為です」
「本当かよ」
本当です、と元気のいい声が返ってくる。
皇女様の眼は真摯だ。
「お姉様は暴虐なケルベロスに勝ちました」
「以外と礼説をおびたヤツだったが」
「問題はそこではありません」
「じゃあどこだよ」
皇女様は指を立てて説明する。
「帝国を救った事ですッ」
「ん......それがなにか問題か?」
帝国軍の面子、
他国に救われたという事実、
皇族に知られたら首が飛ぶ案件。
と皇女様には説明されたが、
(イマイチよく分らん)
俺にはスケールが大きい話である。
「結論、お姉様が気にすることではありません」
「といいますと」
皇女様は俺の手を取り、
胸に手を当てて話始める。
「今後は嵐が吹こうと隕石が落ちようと、
私がお姉様の護衛として空を割って見せます。
なので堂々と胸を張って生きていてください」
言い切った皇女様は満足そうだ。
「ちょっと重くない?」
「いえこれが私の光です」
「光......?」
「光です」
そんな問答をしている昼下がりである。
「郵便の方ですね」
「よく分かるな」
部屋にいる俺には風の音すら聞こえんぞ。
「耳というより気配の方ですね」
そう言って玄関に足を進める2人。
配達員は念入りに渡した事を確認し去っていく。
「帝国の封ですか」
「皇女様宛の手紙か?」
「いえ宛先は特別大尉ですね」
帝国国内からの俺当ての手紙?
「嫌がらせメールか何かか」
「いえ、そのようなものは仕掛けられていないようです」
皇女様は手紙をスンスンと嗅ぐ。
「匂いはわが軍ですか」
「匂いで場所が分かるのか」
「大将が好みそうなタバコの匂いが少々」
皇女様は手紙を俺に渡してくれる。
「念の為、私が開けましょうか?」
「流石に自分で大丈夫」
手紙の封は思ったより簡単に開く。
中には紙が一枚。
───────────
特別将校殿、
将校の健闘を称え、
「帝国軍少尉」に任命する。
帝国軍大将■■
銀河歴○○年×月×日
───────────
「......どゆこと?」
「これは思った以上ですね」
皇女様は引き攣った笑いを浮かべる。
「確かに元から将校なら問題ないですけど」
「そういう問題か?」
いや帝国の将になるのは構わんが......
「俺、王国の王女なんだが」
俺の呟きは誰にも聞こえず、日常に溶けていくのであった。
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