死の国のケルベロス(21)

 帝国第二駐屯基地

 

 帝国にそびえ立つ城壁は、

 今時よりも黒色ではなく。


 帝国兵にも向上心と活気があったころ。


 てこてこと歩く少女。

 赤髪はツインテールに纏められ、

 服装は利き手の傷を隠すために袖が長い。


 少女は上を向いて歩く。


 軍服ですれ違う人たちは、

 「嬢ちゃん今日も来たのか」と同じ声をかけ、

 彼女を皇女と知っている者は頭をかかえる。

 

 彼女の足がふと止まる。

 止まった場所は憲兵場の前廊下。

 廊下の片隅では2人の兵士が談笑する。


 「聞いたか、第二王子の話」

 「兵士を守るために一人で魔物に挑んだってな」

 「あの大人でも手に負えなかったバケモンにだろ」

 

 2人の視線は憲兵場中央に向く。

 

 本来は黄土色の土に、

 乱雑に積まれた土嚢や、

 黒ずみの穴に溢れる場所なのだが。


 現在は違った。 


 「おかげで砂場は大盛況だな」

 「ウチの女性兵士集まってんのか」

 「その声援を俺にも分けて欲しいぜ」

 

 憲兵場には人、人、人が集まっている。


 男女の比率は1:9。

 中央の男性を囲むように、

 軍服を着服した女性が周りを囲む。


 「成果を残されちゃ文句も言えねぇな」

 「全くだ。これで帝国の未来も安泰だな」


 兵士たちは思い思いの言葉を語る。


 彼らの話題の男性。

 それは帝国第二皇子。

 つまるところ、私にとっての、


 「さすが、兄様......」


 剣に手をかけ、

 群がる女性に対応する。

 兄様は、今をときめく帝国の英雄だ。


 数分、いや数刻だろうか、

 周囲のみんなが居なくなった後、

 私はゆっくりと兄様に足を進める。


 「あ、あの」


 声が少し上ずってしまう。


 何を話そうか。

 どう話そうか。


 結局のところ、

 頭で考えていたことは全て飛び去り、

 残ったモノだけが口から出てしまう。


 「私も───兄様のようになれますか?」


 少女の口から出たのは憧れだった。

 これでは淑女ではなくファンと変わりなく、

 自分が大衆と変わらないことに恥を覚えるレベルだ。


 まあ、兄様の反応はそっけなく。


 「あっ? 頑張ればなれるんじゃねーの」


 そう言って兄様は去っていった。

 私に振り向くことすらしない兄の背中。

 でも、その背中は私には輝かしく見えた。

 

 ◇◆◇


 帝国検問所、指令室兼通信室。


 薄暗い部屋。

 大型の機材は点滅し、

 窓は乱雑に封鎖されている。


 天井の灯りがともす中で、


 ボロボロの兵士が寄り集まる。

 顔には煤や汚れをまとっており、

 巻かれている布は赤色に染まっている。


 その中心で兵士と話すは、

 

 帝国第四皇女。


 彼女の軍服は破れ、

 赤髪は色が鈍くなり、

 装備していた剣は半ば折れている。


 「外部との連絡はどうなっている?」

 「やはり繋がりませんよ、皇女様」

 「他の回線は生きていないの?」

 「有線ですらこの様です」


 切れたコードを見せる兵士。

 

 皇女は口を噛む。

 

 「外部に連絡兵を派遣すれば」

 「3時間前に出た奴は生きていますかね」

 

 現在外に繋がる扉は厳重に封鎖。


 正面に映るは家具で塞がれたドア。

 乱雑な魔法陣が描かれた木製のドアは、

 現在進行形でミシミシと音を鳴らしている。


 「手持ちの武器は......」

 「武器も、手持ちのカードも実体化して全て使い切りました」


 兵士は当然の顔で返す。


 皇女は自分のデッキに触れる。

 デッキの内部はスカスカであり、

 カードは2枚を残して空白となっていた。


 皇女は諦めきれない言葉を問う。


 「それは、ここにいる全兵士がですか」

 「勿論で、でなきゃここにはいませんよ」

  

 皇女はそれでも上を向こうとする。

 

 兵士は皇女にゆっくりと言葉をかける。


 「降伏すれば命だけは大丈夫かと」

 「命の代わりに帝国への門を開けろと?」

 「意訳すればそう捉えれるかもしれません」


 兵士の目は真っすぐと皇女を見ていた。


 「ここを落とされたら首都に入られるわ」

 「そいつは誰もが分かっていることです」


 皇女は手癖で剣に手をかける。


 いつもならカラカラと装飾で煩い剣は、

 いつもよりずっしりと重く感じられた。

 

 皇女の視線が下に落ちる。


 視線に入るは、デッキのカード。

 いつもなら1枚が入っているだけだが、

 今日はスカスカの中に2枚だけ残っている。


 1枚目は、変わらない憧れ。


 2枚目は────


 「姫様?」

 

 双眸に焼き付くは、憧れではない。


 一生を一瞬で燃やすような、論外の生き方。


 だが、

 苛烈で可憐な生き様は、

 今の自分を動かすには十分な燃料であった。

 

 皇女はカードに指を触れ、言葉を紡ぐ。


 「私は決闘を挑みます」

 「決闘を......ですか」


 兵士の動揺は十分わかる。


 「デッキのカードは......」

 「勿論分かった上での判断よ」


 兵士は言葉が止まる。


 2枚のデッキで決闘をする、

 その意味は彼も知っている。

 訪れるのは確定の敗北である。


 「その気にしないでちょうだい。

  これは私の意志が望んだことで、

  誰かの為とかそんなことじゃないのよ」


 皇女の顔は上を向いていた。


 目の前の兵士は詰まった言葉が言えない。


 「なら、一番手は俺ですな」


 ふと、周囲から声が洩れる。

 右目に包帯を巻いた重症の兵士だ。


 それに釣られて漏れる声も大きくなる。


 「おいおい、俺が言おうと思ったのに」

 「姫様が決闘に挑むのは一番最後ですよ」

 「精々、俺たちの活躍を見ていてください」


 次々と立ち上がる兵士たち。

 申告されるは地獄への片道切符。

 体はボロボロのはずなのに笑顔で皆言う。


 「馬鹿ね、私が時間を稼ぐ意味がないじゃない」

 「まさか、姫に時間を稼いでもらう程我々も落ちぶれちゃいません」

 

 気づけば下を向いている兵士はいなくなっていた。


 「皆、ごめん───命を預かるわ」


 「「「「ッ!!」」」」


 兵士たちは無言で敬礼をする。


 丁度、

 その瞬間、

 ドアは吹き飛ぶ。

 

 爆散、


 いや消滅といった方が正しいか。


 どちらにせよ私達の最終関門が破られたことに変わりはない。


 そして粉塵が舞う、

 ドアがあった場所には、

 1つのシルエットがうつる。


 「出たわね、魔王軍」


 対峙するは、

 人間の胴体に

 3つ首をもつ獣人。

 

 「僕が魔王軍ケルベロスってのは必要かな?」

 「必要ないわ。噂はよく聞くもの」


 そう言い切ると、


 皇女はデッキに手をかける。


 「驚いた、君達はそれを武器庫と勘違いしてると思っていたけど」

 「今でもそれは変わらないわよ」

 

 ケルベロスは呆れた目で私を見る。


 「僕としては穏便にいきたいんだけど」

 「ここで死ぬか、あとで死ぬかの違いでしょ?」

 「結果的にそうなってしまうことを否定はしないよ」


 ケルベロスは言葉を続ける。


 「でも君も分かっているはずだろ。

  帝国首都は大門を閉じてだんまり、

  自分たちが見捨てられているってことは百も承知だろ」


 知っている。

 何かあったら2秒もかからず嫌みが飛ぶ、

 クソ眼鏡からの連絡のレの字すらない時点で。


 「それがどうしたっていうの」

 「なら何故戦う 愛国心? 憧れ?」

 「違うわ。そんな崇高な目的じゃない」


 皇女は目線を据えて言う。


 「この場で戦う理由なんて、

 魔王軍も、帝国も、こんな私もッ

 ────私が気に入らないからよッ」

 

 誰かの為じゃなく、己自身の為に戦う。


 「それ以上に何もないわ」

 「僕には理解不能な感情だね」

 

 皇女は何も言わない。

 

 ケルベロスは瞳を曇らせる。


 「気持ちが変わらないなら、その────『あーz、聞こえてるかzz』」


 雑音交じりの高い声。

 鈴のような声はどこか遠く、

 最近なのに久しぶりに感じる声だった。


 「お姉様の......声?」 

 「ここの通信妨害は完璧なはずなんだけど」 


 ケルベロスは壁の向こうを見る。

 音は壁の向こうから漏れてくる。


 「国内一斉放送とはやるね」


 声が響くは外のスピーカからだ。

 

 『こちら帝国軍。特別上官』

 

 通信から凛々しい声が飛ぶ。


 『聞いているか? 魔王軍のクソ共』


 ◇◆◇


 帝国首都外部、草原地帯


 俺が手に握るは通信機。

 腰を掛けるは車のフロントガラス。

 周囲には魔王軍が詰め寄って来ている。


 車の無線機から音が鳴り始める。


 『聞こえているとも、軍人さん』


 ずいぶん青年じみた声だな。

 どちらにせよ通信に出るのはありがたい。

 切られんうちに言いたいことを言っておくか。


 「お前らのせいで首都に入れねェんだわ」

 『それは悪いことをした』


 意外にも謝罪が返ってくる。


 「なら、さっさと軍を退きやがれ」

 『それは出来ない相談だね』

 「おい、聞こえてなかったか」


 俺は一呼吸して通信機に呼びつける。


 「道を開けろクソ野郎ッと言ってるんだ」


 [宇宙決闘法が申請されました]


 「「「!?」」」


 周囲の魔王軍から動揺が奔るが知ったことではない。


 全員相手してたら日が暮れるつーの。

 俺は早く帰って皇女様の飯が食べたいんだ。


 再び無線機から声が音が鳴る。 


 『ずいぶん早い判断だ』

 「いいか、そこで首を洗って待ってやがれ」

 『いや、その必要はないよ』


 俺の目の前に砂嵐が吹き荒れる。


 「発言と違って、意外にも可愛らしいお嬢さんだ」

 

 そして嵐が吹き終わった後には、

 三つ首を持つケルベロスの人間。

 地球じゃ見たこともない生物だ。


 「どうやって来やがった」

 「転移魔法の一種と見えますが」


 中将の眼鏡は曇っている。


 「「「名乗り遅れてすまない、

 僕は魔王軍幹部ケルベロス。

 よろしく頼むよ」」」


 3つ首が同時に吠え、

 草木だけではなく、

 周囲の空間も揺れる。


 (コイツは、なかなかな威圧的だぜ)


 俺は冷や汗を隠し、

 ケルベロスを見据える。


 「俺も三回挨拶した方がいいか、ワン公」

 「その必要はないとも、お嬢さん」


 草原には乾いた風が吹き始める。


────────────

ここまで読んでいただきありがとうございます。作者です。

おかしいな今回は1話で終わるハズの短編だったんだが、と思いつつ書いています。カードゲーム話なのにカードゲームしてねェじゃんと思った方はその通りです。


感想をお貰えると投稿頻度が上がります。


以下補足

Q.帝国兵におけるデッキとは?

A.予備の武器ポーチ。なんなら市民でさえ使いにくいアイテムボックスぐらいににしか感じていない。


Q.皇女様の口調が......

A.安定しないのは過去の自分の口調と混ざる為。

 本音を言えば作者が皇女様の口調をよく忘れる為。


Q.おい、デュエルしろよ。

A.アニメならまだ冒頭15分でCMなのでセーフ......セーフじゃない?許せ。


以上補足です。

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