高速警備車(20)

 車は帝国に戻る。


 車のミラーに映るは、

 銀髪少女の顔と仏頂面のメガネ男。

 服装はワンピースと帝国規定の軍服。

 

 つまり俺と中将である。


 無舗装の道は終わり、

 石畳によって丁寧な舗装がされた、

 帝国首都へとつながる道を車は進む。


 雲は右から左に、

 ゆっくりと変化する。

 

 (気がのらねェ天気だな)


 指をくねくね、

 短い袖がひらひら、

 首元は風が足りずに蒸し暑い。


 「なあチンタラ走りすぎだろ」

 「軍人は民の規範となる存在ですよ」

 「だからと言って欠伸が出る速度ってのもな」


 (浮かんでいる雲の方が速そうだぜ)


 中将は道が変わってから、

 ずっとこの調子である。


 「首都付近は目が厳しいんですよ」

 「帝国軍人さんの仕事も大変だな」

 「それに安全運転に越したことはないので」


 見えてくるは帝国の城壁。

 遠方の為ただの黒点見えるが、

 遠方から見ても城壁の黒さは目に残る。


 (元の世界で作ったら幾ら掛かるんだか)


 「相変わらず凄い建築だな」

 「対大型飛竜用に作られた城壁ですから」

 「飛竜用って城壁の上を飛ばれるだけじゃねーの」


 帝国からも青い空は見えたし

 到底防げているとは思えんのだが


 「ああ見えて魔法防壁が貼ってあるんですよ」

 

 魔法防壁?

 魔法の一種ってことは分かるんだが、

 イメージが上手くつかめない単語だな。


 「バリアでも貼ってあんのか」

 「ええ、貴方の防御道具の巨大版です」

 「じゃあ大きな城壁は要らない子じゃね」

 「城壁に魔法陣が内蔵されているんですよ」


 常在型の魔法範囲はーとか

 距離を広げることでーとか


 と、色々と中将は説明してくれるが

 

 俺の感想としては、魔法ってスゲーぐらいである。


 結局のところ、

 中将の言葉に頷きつつ、

 俺は城壁を眺めているに限る。


 「ところで、だ」

 「どうかしましたか?」


 俺は思ったことを口に出す。


 「なんか城壁もやってね?」

  「確かに靄かかってていますね」

 

 城壁には黒い霞がかかっている。


 「なんなら煙出てね?」

 「煙......確かに出ていますね」

 

 城壁からは黒煙が上がっている。


 「そんで周り囲まれてね?」

 「そのようですね」


 目の前にも、

 武装した獣人が現れ、

 車は強引に止められる。


 周囲を囲むは5人の獣人。


 (どいつもこいつも物騒な格好だぜ)


 「挨拶できる雰囲気じゃねェな」

 「見れば誰でも分かります」


 ガチャガチャと音を鳴らし、

 獣人たちは俺達に近づいてくる。

 合わせたように獣人たちは口をひらく。


 「よォ、呑気な旅人さんたち悪いな」

 「こっから先は魔王軍が現在侵略中でよ」

 「ちょっくら身ぐるみ置いていってくれねぇか?」


 物騒な交渉なことで。

 だが獣人の動作を見る限り、

 本気で言っているということか。


 (それに応じる馬鹿がいると思ってんのか)


 俺は思わず髪をぽりぽりかく。


 「で、どうすんよ、中将」

 「体、固定してください」


 中将の視線は前より前。

 踏み込むペダルは深く深く、

 エンジンはキュルキュルと音を立て始める。


 (いやーな予感しかしねえな)


 俺は絶叫系の乗り物は好きじゃねえんだ。


 「横に女性が乗っているんだぜ」

 「横の女性はゆっくりとした運転は嫌いのようなので」

 

 真顔で返す中将。

 アクセルペダルは緩まず、

 回転数は更に上昇を続ける。

 

 「もっといい方法は?」

 「これが一番いい方法です」


 エンジンの音は既に臨界だ。


 車の排気がはち切れそうだぜ。


 「あー、最後に気を付けることはあるか」

 「では、舌を噛まないように」


 車のレバーが倒される。


 「何こそこそ───ブバッ」


 獣人は直線で吹き飛ぶ。

 弾丸のように走り出した車は、

 石畳を踏み抜くが如く止まらない。


 「クッソッ、ふぁっくなスピードだッ」

 「もう一速上げますよ」

 「おいおい冗談だろ」

 

 ギアが上昇。

 車は前にぶっ飛び、

 俺は肉体を落としそうになる。


 「安全運転は明後日の方向かッ」

 「これが今の安全運転ですよ」

 「いや、まだ危険だぜ」

 

 ミラーに映る獣人は多数。

 風景の移り変わりが激しい中、

 奴らは自分の脚のみで俺たちを追ってくる。


 (現実とは思えねえな)


 「バケモンかよ」

 「やはり振り切れませんか」


 中将はギアを落とし、

 車を右に回転させる。


 「なら、森に突っ込みます」

 「えっ、このスピードで? マジ?」


 車は異常な速度で、

 横道の森に突っ込み、

 フロントガラスは葉っぱに覆われるのであった。


 ◇◆◇


 現在、道じゃねェ道を爆走中。

 中将の前を見る視線は険しい。


 「車の無線を使えますかッ」

 「急にどうした」


 中将は揺れる左手で機械を指す。

 車中央に置かれた大きな機械。

 メータと耳当てがついた機器。


 ボタンが1つ

 ダイヤルが2つ

 スイッチが3つだ


 「無線をつなげるかやってくださいッ」

 「構わんが、指示はよこせッ」


 荒ぶる車の中、

 無理やり体を固定して、

 腕を前に出す。


 「まず、どうすりゃいいッ」

 「電源からですッ」


 次にスイッチを押して、

 ランプがついているのを確認、

 次に右のダイヤルをゆっくり捻ってと。

 

 「雑音しか聞こえんぞ」


 ダイヤルを再び回そうとするが結果は同じ。

 

 耳に当てた機械からはザーザーという音のみ。


 (こうなりゃ、赤いボタンでも押してみるか)


 「赤いのは押さないでくださいッ」

 「間違って押したらどうなるんだッ」

 「喧騒が帝国中に筒抜けになりますよッ」

 

 俺の頬を汗がつたう。


 (あっぶな、とりあえずの感覚で押すところだったぞ)


 「馬鹿が、早く言えッ」

 「言う前に押そうとしないでくださいッ」

 「うるせェ───って、前見ろ、前「ガッガンッ」」


 車の右ドアが消し飛ぶ。


 ギリギリで正面の木は避けた。


 避けた代償に蒸し暑い風が吹き込む。


 「ずいぶん涼しくなったな」

 「本当に外からいい風が吹きます」

 「馬鹿が、背筋が冷えたって意味だ」


 つったく、ボタン一つで死にかけたぜ。


 「そんなボタン外しちまえ」

 「自分は一応軍の指揮官ですよ」

 「そういえばそういう説もあったな」


 言われてみれば、

 横にいる人間は軍の中将だ。


 近場にいるとどうも実感がわかん


 ドアに肘をかけ、

 ミラーをちらりと見る。

 後方に獣人の姿は見えなくなっていた。


 「ようやく撒いたか」

 「これでもプロですから」

 「ならまずは免許を返納しやがれ」


 さっきから俺のケツが痛くて仕方ない。

 

 (結構いいシートのはずなんだけどな)


 体でシートを押すと、

 ギシギシと歪な音が鳴る。

 車のダンパーも悲鳴をあげてそうだな。


 「では、森を抜けます」


 車は森から飛び出す。


 ◇◆◇


 「さてどうする?」

 「本当にどうしますかね」


 中将と思わず軽口を叩き合う。


 車が飛び出した先には、


 敵、敵、敵、


 比較対象はさっきの100倍か。

 多すぎてわけが分らんな数だな。

 もちろん全員、黒い鎧に身を包んでいる。


 (大群って言葉がまさにお似合いだ)


 「当然の如く囲まれたな」

 「当然です」


 上からみればアリが餌に群がるって感じだ。


 「私が時間を稼ぎます」


 ハンドルを俺に渡し、


 中将が外に出ようとするが──


 「待て、俺にいい考えがある」


 戸惑う中将。

 ニヤリと俺は笑い、

 全力で赤いボタンを叩く。


 こうして後に記録される、

 【第2乾季首都防衛戦】と呼ばれる戦いは、

 たった1人の馬鹿によって始まるのであった。 


────────────

ここまで読んでいただきありがとうございます。作者です。

モダホラ3のカードやデュエマの新弾で遊んでいたら気づけば時がたっていました。というおそ筆の言い訳をここに書き残します。


感想を貰えると更新速度があがります。


以下補足

Q.昔の車に変速もクソもねーだろ。

A.そんなこと言ってはいけない。きっと変速もあるオールドな車なんだよ。


Q.帝国君は大人しく魔方陣を地面に書けばいいのでは?

A.地面に書いたら地龍に地面を叩き割られて、国が滅びかけたので城壁になりました。


Q.車の通信機程度で首都放送を?

A.一度帝国の通信所を経由する仕組みです。

 魔法があるので通信は可能ですが、万が一の為、魔法通信はこの場所を全て経由します。


以上補足でした。

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