疲弊の休息(13)
中将の執務室。
窓を開けていながらも、部屋には濃厚な珈琲の匂いが充満している。
簡素な机の上には、飲み干された陶器のカップが置いてある。周囲には山のように書類が積まれており、今なおその山が崩れる様子はない。
その中心でひたすらにペンを動かす男。
帝国軍中将の肩書はやつれているように見えた。
中将は冷めた視線でソファーを見る。
「なぜ、あなたがここにいるんですか」
「まあ、細かい事は気にすんな中将」
俺は視線の先でソファーで寝ころぶ。
銀髪を垂らしながら、
基地にあった本を読む姿は、
見方を変えれば美しい令嬢だが。
中身は俺なので残念賞というところだ。
「あなたには何故か帝国に家があったと記憶していますが」
「確かに勝手に生えてきた家があるな」
まあ皇女様に押し付けられただけなんだが。
(あそこの家の方が居心地はいい)
だがな中将、お前は気づいていないな。
「あの家には問題があるんだよ」
「立派な皇女様(メイド)がいるのにですか?」
「その立派すぎる皇女様が問題の原因でもある」
俺はしみじみと語る。
「分かるか中将」
「毎朝、皇女様が身支度までしてくれ」
「なんんら朝昼晩のご飯は全部用意してくれるし」
「挙句の果てに俺のわがままに全部付き合ってくれるのだぞ」
「いいことじゃないですか」
「いや、ダメ人間製造機だろッ」
俺はソファーをばんばんと叩く。
もう生活力皆無だよ。
ただの皇女様の紐だよ。
人間として終わってるよ。
だからこそ皇女様の誘惑から逃れる必要があるのだが。
「もう堕落しきってるわッ」
朝1人じゃ起きれないもん。
皇女様の声が無いと朝起きれないし。
毎朝ぎゅーってされないとやる気が出ないし。
「だからと言って私の執務室にこないでください」
「安心しろ、許可は取っている」
そう言っとけば大丈夫だと皇女様が言ってました。
「ここの最高責任者は私ですが」
「なら今取るか。決闘を───「断ります」」
俺は腕をデッキに掛けるが、
中将は机から動く気はなさそうだ。
「生憎、仕事が忙しいので」
「ちっ......つれねぇなァ」
まあ、その書類の量を見て無理はいえんな。
何があったら一日でそんな仕事が増えるのか。
原因は俺にある気がしてならんから口にはださんが。
中将は手を動かしながら、
俺を見るという器用なことをする。
「ところでですが」
「なんだー」
中将は視線は俺の服に動く。
「その軍服はどこで......?」
「駐屯所の隊員との話し合いの成果だ」
別名、宇宙決闘という。
正確には侵入したところを咎められたので、
決闘で身ぐるみを剥いで基地の中に放置したのだが。
(着てみると意外と軍服も悪くないモンだな)
生地が厚く、
少し蒸し暑いが、
別に動きにくいわけでもないな。
俺が軍服の袖で遊んでいると、
中将の言葉が飛んでくる。
「その......大丈夫でしたか」
「安心しろ中将の方が強かったから」
「私が心配しているのは相手の方です」
中将にぴしゃっと言われてしまう。
「いや、多分大丈夫だと思うぞ」
「それなら───」
「自分には不必要なのでって服一式くれたし」
「───どこが大丈夫なんですか」
中将は頭を抑える。
口からはまた仕事がと漏れる。
「ホントに勝手な事しないでください」
「すまんかったって」
そんな感じで午前は過ぎる。
◇◆◇
俺は執務室のソファーでゴロゴロ中。
執務室に入ってきた兵士と中将は会話を続ける。
「中将殿、報告なのですが」
「東部の復興についてですか」
「現状、状態が芳しくないようで」
「魔王軍からの襲撃から数か月経ちますが」
「どうも人手不足など様々な問題があるようで」
帝国東部ねぇ。
どんな場所なんだ?
勝手なイメージとしては穀倉地帯とかそんな感じだが。
「分かりました。現地に探索班を────」
興味が湧いて、
俺は話に割り込みをかける。
「面白そうだな、話を聞こうか」
「えっとあなたは」
兵士には不思議な顔をされる。
(あ、そっか)
ここ帝国だから、
俺を一目見たところで、
王国第三王女って分らんのか。
そいつは失礼。
「俺はお───」
「──特務将校殿です」
俺の言葉は中将にさえぎられ、
ほえっ?と思い中将を見るが、
返答はアイコンタクトでとんできた。
『帝国基地で王国王女を名乗らないでください』
『確かに』
よく考えると基地に俺が居るのって問題だな。
ここ帝国の軍事機密とかありそうな参謀の部屋だし。
中将が文句を言わないから普通にソファーで寝そべってたわ。
「こ、これはすみません」
兵士は慌てた様子で敬礼をする。
(いや、上官へのマナーとか気にしてないぞ)
そもそも俺は、
特務将校じゃないし、
普通は上官が寝転んでいると思わんしな。
「いや構わないぜ」
「ありがとうございます」
兵士は熱い目で俺を見る。
「ですが、将校殿に来てもらえるとは感激です」
「へっ?」
いや話を聞くだけだが?
東部に行くとは言ってないぞ。
なんか聞き違いをおこしていませんかね。
俺の気持ちなど知らず、
兵士は矢継ぎ早に言葉を飛ばす。
「実はここら辺に自分の地元があり」
「正直一般兵に任されて、なあなあで終わると確信していたのですが」
「将校殿であればきちんと調査し、復興の援助ができると思っておりますッ」
「あっはい」
いや、帝国では一般兵以下の庶民なんですが。
「ま、まあ、余り期待はするなよ」
「いえ、将校殿ならきっとやり遂げれますッ」
謎の高評価。
お前は俺の何を知ってんだ。
部屋で寝ころんでいるのは別国の王女様だぞ。
(しかし、まずいパターンだなコレ)
今更止めるとは言えないし
後に引けなくなっているぞ。
ちらっと中将を見ると目で訴えられる。
『余計なことをするな』と。
『俺は悪くない』
俺も目で返しておく。
はぁとため息をつき口をひらく中将
「この件はこちらで預かっておきます」
「よ、よろしくお願いしますッ」
そう言って兵士はドアから出ていく。
彼の後ろ姿は期待と希望に満ち溢れていった。
「で、言い訳はありますか」
こっちの中将の声は怨念に包まれていた。
「あ、ありません」
俺は思う。
口はやっぱり災いの元だと。
蛇ににらまれたカエルの気分になりながら中将の文句を聞くのであった。
窓の外からは風が吹く。
溜まった匂いをかき消すように、
ゆっくりとだが変化は訪れている。
───────────
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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さて以下補足です。
Q.前回はどうやって基地に侵入したの?
A.皇女様が手引きしてくれました。皇女様は有名人なので横にいる人間も
きっと偉いんだろうなぐらいでスルーされています。
Q.決闘で剥ぎ取られた子の行く末。
A.中将の説得により軍を辞めることは防がれました。
ですが宇宙決闘法はトラウマになりました。
Q.どうしてソファーに寝ころんでいたのに兵士は気づいていないの?
A.執務室(中将)のソファーに寝ころんでいる人なんて恐れ多くて声が
かけれないので、気づいていないふりをしていました。
以上補足となります。
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