ドラゴンの嵐(12)
決闘が始まる。
執務室の木枠で出来た窓は揺れ、ガラス部分には細い蜘蛛状の罅が入っていく。
赤いカーペットの淵はぱたぱたと音を立て、熱を感じる中心に引き込まれそうになる。
中心で向かい合うのは、
王女と軍人の2人であり、
つまりは俺と中将である。
中将は手札からカードを宣言する。
「私は《静かなモノ》を場に」
「初めて見るカードだな」
「ただの打点ですよ」
(てっきりアグロかクロパだと思ったが)
肝心の《静かなモノ》の効果は、
──戦場に出た時の能力は発動しない。
「メタカードじゃねぇか」
「お気づきになりましたか」
「誰でも気づくわ、ボケェ」
カスみたいな効果しやがって。
「メインからメタカードとかふざけやがって」
「簡単に除去されるカードですよ」
普通は場に出る効果以外で除去ればいいもんな。
「まさか、除去が出来ない訳ではないですよね」
「まさかな」
いやデッキの除去、全部出たとき効果ですけどォッ。
(大方、前デッキのコピー対策だろうけど)
どーして別デッキにメタカードが刺さってるんですかねえ。
小一時間問い詰めたいところだぞ。
「俺は何もせずターンエンド」
「ならこちらは工作員を出します」
「妨害分の魔力は構えないのか?」
俺は中将に疑問をぶつける。
「効率重視なモノで」
返ってきた返答は冷静だ。
「この状況で危険なのは」
「切り札の《王家の剣》のみ」
「除去用の魔力だけ残せば十分ですよ」
「ずいぶんデッキを知ってることで」
「皇女戦から分析はさせてもらいましたので」
中将は眼鏡の奥を光らす。
「(まあフリーの妨害も構えてはいますが)」
「(タダとはいえ青いカードが必要ですし)」
「(何よりそれを言う必要もないでしょう)」
中将の顔を見て俺は思う。
(ああコレ絶対何かあるやつだ)
俺のデッキを調べて、
メタカードまで積むクロパ使いが、
除去だけ構えて満足するとは思えない。
(奴も俺のデッキに入ってた妨害の存在は知っているハズだ)
とすれば、
魔力がかからない妨害か、
特定の条件下で発動するようなカードを抱えている?
前者なら貫通可能、
後者なら死ぬだけ。
(仕掛けるにはもう少し情報が欲しいところだ)
俺は手札のカードを見つめる。
それは今回のデッキに入った新カード達。
所見殺し=最強の勝ち筋ってことを教えてやるよ。
◇◆◇
「俺のターン」
俺は手札の新カードを使う。
「緊急加速」
「使いきりの魔力加速ですか?」
中将の顔が変わる。
(当然だコイツは前回は入ってないカード)
中将の中には疑問が出来たハズ。
そして疑問で脳が埋まった内に、
もう一手仕掛けに行かしてもらう。
「どうした止めるか」
俺の何気ない言葉に、
中将は思案顔になる。
「(私の妨害は一枚)」
「(王女の妨害のカウンターに使うか)」
「(切るとしても本命を止めるのに使用したいところですね)」
「通りますよ」
中将の宣言は簡潔。
(だが今、通ると言ったな)
とすれば、
手札にあるのは妨害の可能性。
魔力は除去が一発撃てるかレベル。
言葉狩りに近いが他に信用できる情報もねぇ
仕掛けるには、今が好機と見たッ。
「手札の緊急加速を全て使う」
俺の4枚の手札が消え、
その分が魔力に変換され、
宙には潤沢ともいえる魔力が浮かぶ。
「手札の残り枚数は?」
「あと1枚だが」
俺は手札を見せつけ、
中将は不敵に笑う。
「(それが本命)」
「(私が妨害不可と見て踏み込んできますか)」
「(ですが握っている妨害は魔力なしでも使える最強のカードなんですよッ)」
この状況でも余裕の表情か。
「中将さんよ、焦ってくれてもいいんだぜ」
「勝負は先に焦った方が負けですよ」
「そいつは同感だ」
まあ何があるか知らんが前進あるのみ。
(ブッパも通れば読みってな)
ふうっと息をはき、
全魔力を1枚のカードに籠め、
俺は魔法を使用をここに宣言する。
「嵐のカウントは5
───
俺の手札が光り、
俺のフィールどには、
竜の嵐が巻き起こらんとする。
「所詮は低能な姫ですかッ
───そのカードに対して妨害ですよォ」
しかし、
中将の手札も光り、
巻きあがる嵐はただの風と化す。
「フリースペルの妨害か」
「その通りッ」
俺の読みは通り、
今だに険しい顔を、
銀髪が優しくなでる。
「これが武力、これが財力、これが慢心ですよ、王女様ッ」
無料で撃てる妨害。
確かにそいつはパワカだ。
だが、だからこそこの言葉を送ろう
「それはどうかな」
したり顔の中将に、
俺は遠慮なく水を差し、
ニヤリと笑みをうかべる。
(慢心したのは、中将あんたの方だ)
銀髪は既になびいている。
「あ、嵐が消えてないだと」
凪いだ風は、
時が経ちて暴風となり、
やがて嵐として舞い戻る。
「この魔法は唱えた魔法の数だけ増加する」
「よって嵐は──あと4度巻き起こる」
「これがお前に越えれるか?」
堂々たる俺の問いに対して、
中将の回答は無言。
顔は歪み、
眼鏡はずれ、
脂汗が滴っていた。
「その顔ならなさそうだな」
魔法が解決され、
4つの嵐が巻き起こり
それぞれの効果が発動する。
《竜の創嵐》の効果、
それは───デッキからのドラゴンを1体場に出す効果。
「1回目、小竜」
「2回目、空竜」
「3回目、火模竜」
「そして最後に出すのは《龍王ドラヴルム》」
巨影と共に嵐を裂き、
3体の竜を統べるかのように、
荘厳なる龍王はここに誕生する。
「これは私の思い出が詰まったカード達」
「たまたまだぜ、皇女様」
(本当は皇女様を驚かせる予定だったんだがな)
まさかいきなり実戦で使う羽目になるとは。
俺は中将殿に向き直す。
中将は龍王に圧倒されつつも、
先ほどの顔とは違い、
俺を見ていた。
「何かあるか?」
「バウンス除去を龍王に......」
「本当にそのカードでいいのか」
カードの攻撃力だけで見ると火模竜の方が上だ。
「帝国軍人が龍王にとどめを刺される訳にはいかないのですよ」
そうか、と俺は言葉を紡ぐ。
「グッドゲームだぜ、中将さん」
3体の竜は、
中将の体力を、
いとも簡単に引き裂くのであった。
◇◆◇
執務室。
ソファーに遠慮なく座る俺、
対面には、
顔色は悪くとも前を向く中将。
「とりあえず俺の抹殺命令を取り消せ」
「午前中には解除されることでしょう」
バンッといい音と共に、中将は手元の書類に判を叩きつける。
そして、
中将の視線は俺ではなく、
後ろの皇女様へと向けられる。
「コレで満足ですか、皇女大尉殿」
「これは私の計画ではありませんが」
「馬車馬の如く扱った恨みかと思いましたが」
「今の私はそんなことに囚われてはいませんので」
そうですか、と中将は俺に視線を戻す。
「さて自殺でも反乱でもお好きな命令を」
「そういわれてもなぁ」
別に帝国を倒そうとは考えてないし、
カードゲームで命を取るのは癪だし、
けど俺の邪魔をした分ぐらいは罰したいしなぁ。
「なら───いい人にでもなってもらおうか」
ちょっと抽象的な命令だが、
これで下手に悪いことはできないと思うし、
別に日常生活で困るような命令でもないだろ。
後の命令は破棄でいいか。
「お、お姉様?」
「どうした皇女様?」
皇女様は頬を引き攣らせながら口をひらく。
「それはいっそ殺してあげた方がいいのでは」
「そうか? 自殺とかよりはマシだろ」
「いえ自殺の方がマシかと」
狼狽える皇女様。
首をかしげる俺。
「そんなにダメな命令か?」
「いえ、お姉様の考えを否定する気はありませんが」
皇女様は結局訂正する。
うーん、
なんかおかしな命令でもしたか?
まあ、よく分らんしそのままでいいか。
(折角、殺害命令も解除されたし)
この後は帝国首都の観光と行きますかね。
そう思うと少しわくわくしてくるな。
「んじゃ、先に車に戻ってるから」
「えっえェ」
そう言って俺は、
皇女様を置いて、
一足先に車に向かう。
(さて最初に何を観光しましょうかね)
◇◆◇
残されたのは中将と皇女の2人
「中将殿、貴方は」
「ええ、分かっていますよ」
中将の手は震えていた。
(当然だ。私もお姉様を甘く見過ぎていた)
今回の件は“流石お姉様”としか言いようがない。
中将を処分されては決闘法とはいえど帝国の面子が潰れる。
だが中将に相応の罰を下さねば王国の面子も潰れることとなる。
だからこそ「いい人に成れ」という命令は強烈な一手だ。
「王女は私を...軍人として殺しに来ましたか」
「精々半殺しと言ったところではないでしょうか」
「冗談を、非情になれない参謀など死んだも同然ですよ」
中将は乾いた声で話す。
参謀として死んだ───それはその通りだ。
「いい人」は
帝国の利益だけで動けず、
未来の為に現在を見棄てることもできない。
なぜなら「いい人」はそんな行動をしないから。
(だけど、この命令の真価はそこじゃない)
「では軍人を止めますか?」
「いい人が部下を見棄てて軍を辞めれますかね」
「おそらく部下がいなくても辞めれないと思います」
これが今回の命令の真価。
中将は無能にされたにも関わらず、
帝国軍の参謀を辞めることが出来ない。
(「いい人」だからこそ帝国軍を見棄てることが出来ない)
ましてや、今度から相互の国の為に動くことが前提となる。
下手をすれば王国に利をもたらす可能性すらあり得る話だ。
中将もきっと同じことを考えているのだろう。
「ずいぶんと重い罰を貰った物です」
「日ごろの行いの結果かもしれません」
「ずいぶんと手厳しい話をしますね、皇女様」
そういう中将の顔は上を向いていた。
(ああ、だからこの男は嫌いだ)
自分が無能だと気づいたのなら、
おとなしくあきらめればいいのだ。
そうすれば何も悩まなくて済むのに。
そんな中将に私は毒を吐く。
「死にたくなった時があればいつでも連絡を」
「やっぱり、貴方を扱き使ったことを恨んでますか」
「まさか、第四皇女なりの優しさというやつですよ」
そう言って私はドアから出ていく。
胸の内は少しだけすっきりしたかもしれない。
きっと外ではお姉様が待ちくたびれていることだろう。
私は歩調を早めることにした。
「さて、今日から仕事が多くなりそうですね」
そんな中将の呟きは、
執務室のドアに阻まれて、
外に聞こえることは無かった。
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