帝国の先駆け(10)

 帝国首都

 護岸が整備された運河は、船はあっても鳥はいないことから河の状態が伺える。

 赤茶の石造りの建築は、劣化しながらも並び立つ様子から、帝国の歴史をうかがうことが出来る。


 そんな風景をドアの窓から見る俺は、


 (なんだろう、すごく某大英帝国味を感じる)


 ちょっと失礼なことを考えていた。

 そんな考えは気にせず乗り物は進む。


 舗装された道を、

 クラシックな車は走り、

 前席の運転手は無言で車を動かす。


 車内で向かい合うのは2人の女性。


 「お姉様、食い入る程珍しいでしょうか」

 「俺にとっては珍しいって感じだ」


 言い直すなら、皇女様と俺といった感じ。

  

 俺は指摘に対して、

 絶妙な恥ずかしさを覚え、

 窓の外に視線を向けると見知った建物。


 街の中でも一際高い建造物。

 上部には円盤に長針と短針。

 円盤の淵には幾何学的な模様。


 総じていうなら、


 「馬鹿デカい時計だな」

 「帝国大時計と言われる建造物です」

 

 皇女様曰く、

 大昔に正確な時間を、

 国民に教える為に作られたらしい。


 「でも針が止まってないか?」


 先程から見ているが、

 一向に針が動く様子はなく。

 時間は変わらず3時を示している。


 「ずいぶん前に壊れまして」

 「帝国なら直ぐにでも直せるだろ」

 「誰も困らないので放置されているんです」

 

 「時計なのに?」

 「時計だからです」

 

 皇女様は宙に手をかざす。


 宙にあらわれるのは4桁の数字。

 時が経つにつれ数字は変化していく。


 (この配置デジタル時計に近いな)


 「便利なものだな」

 「ええ、帝国の生活魔法の1つです」


 だから多くのモノが廃れていくんです、と皇女は口を閉じる。


 俺は再び大時計を見る。

 古くてシックで俺好みな大時計は、

 文字盤の錆びを消されることもなく存在する。


 (物悲しいもんだな)


 俺の気持ちは他所に、

 2人乗せた車は進む。


 ◇◆◇ 


 「お姉様、目的地につきました」


 皇女様の言葉に従って、

 古風な車から降りると、

 目に付くは一軒の豪邸。


 豪邸は、

 白を基調とした石作りの建物。窓は対称となるように配置され、その数から2階建てだと分かる。周囲は黒い柵で囲まれており、厳重といった感じだ。

 

 (最初に行くのは学園の学生寮だっけな)


 にしてもずいぶん立派な建物だが。

 

 「これが学生寮か?」

 「いえ、現在私が住んでいる家です」


 アレ? 皇女様の家?


 「学生寮に行かなくていいのか?」

 「学生寮は夏季休業中で一般人が入れなくて」

 「俺は学生扱いじゃないのか」

 「実は新学期まで手続きの都合上、一般人になります」

 

 つまり学生寮にすら入れないと。

 

 「ソレどれぐらいの期間だ」

 「三か月程度ですね」

 「結構長いな」


 学生寮に三か月間入れないとなると、

 俺はその間頑張って生活する必要が出てくる。

 

 (だが、王国から貰ったお金は最低限)


 切り詰めればギリ暮らせないこともない金額だ。

 

 「帝国の安い宿泊所とか知ってるか?」

 「その点は大丈夫です。ので」

 「なるほど、それなら安心だな」

 

 あれ?

 勢いで納得したが、

 今おかしな言葉が聞こえた気がする。


 「流石に冗談だよな」

 「すでにお姉様名義の家にしてあります」


 冗談じゃなかった。


 「いや貰っても困るというか」

 「お困りな点があれば何なりと言って下さい」

 「現状に困っているんだがッ」

 「では家の中を案内しますね」

 「話を聞けェッ」

 

 どうやら皇女様は是が非でも俺に家を押し付けたらしい。


 皇女様に手を引っ張られる俺。


 (一体何が狙いなのやら)


 いい笑顔の皇女様を、

 呆れた視線で眺めながら、

 俺は屋敷の中に入るのであった。

 

 ◇◆◇


 豪邸の中には使用人はおらず、

 掃除は何もかもが魔法で行い、

 多くの部屋が存在するだけだった。


 広い寝室、

 優雅なキッチン、

 客人用の遊戯室もある中、


 俺は皇女様のストレージを漁っていた。


 「グヘヘ、新鮮なカードがいっぱいだぜぇ」


 おおよそ姫が出していい言葉ではない。

 行動と合わせるとどう見ても盗賊である。

 今日ほど姫の体に感謝したことはないな。


 そんな俺を眺めていた皇女様は口を開く。


 「自分が使うものなので種類は偏っています」

 「確かにドラゴンの系統カードが多い気がするな」


 俺が手に持つは《ドラゴンの火》、

 ドラゴン族専用のサポートカードで

 カードには竜のブレスが描かれている。


 俺はぼけっと、

 カードを眺めていると、

 ふとした疑問が頭をよぎる。 


 (こういうカードって、どうやって出来るんだ)

 

 ドラゴンの火......魔法使いが火を再現してカードにするとか?


 魔法がある世界なんだから、割とファンタジーな方法だと思うけど。


 「ちなみにカードの作り方って」

 「それは、帝国兵が竜のブレスを受けてカード化したものです」


 肉体式言語ファンタジーだった。


 「えっ、実際に食らってんの」

 「はい、実際に食らいます」


 それ大丈夫なのか?


 「ケガ人とかは」

 「怪我人は出ませんよ」

 「なら、安定した方法なのか」

 「いえ、生きるか死ぬかの2択なので」


 おもっきり物騒な方法だった。


 手元には大量のカード達。


 (嫌な予感がするな)


 そう思いながらも俺は皇女様に聞かざるおえない。


 「ちなみに、このカードは」

 「部下が裸になりながらも捕まえた小竜です」


 「こいつは」

 「隊員総がかりで罠を仕掛けた空竜です」


 「これは」

 「部下が卵から育てた火模竜です」

 

 「よく覚えてんな」 

 「どれも思い出深いカードなので」

 

 皇女様は愛おしそうにカードを見つめる。


 「ですが結局、経験と歴史が全てです」

 「カードに経験と歴史?」


 喋り始める皇女様の目には悲しみが宿る。


 「より鮮烈な経験ほど」

 「より歴史を持つモンスターほど」

 「カードは強い効果を持つという説があります」


 「その点、このカード達には“思い出があるだけ”なんです」


 皇女様は全てのカードをストレージにしまう。

 俺は皇女様の言葉に引っ掛かりを覚える。


 (強いカードほどねぇ) 


 イマイチ理解できんな。


 「じゃあ、皇女様の龍王ってのは」

 「昔、帝国の勇者が捕獲したものになります」

 「切り札にはそのレベルの逸話が必要なのか」

 「もはや今となってはおとぎ話に近いです」


 帝国の書店で絵本も売ってますよ、と皇女様。

 

 いや絵本よりも気になることがある、と俺。


 「じゃあ今強いカードを得ようとした場合」

 「強力なモンスターを捕まえるか大金を失うかの2択です」

 「そいつは前途多難だな」


 簡単にパワカが手に入る世界じゃないのかァ。


 (おとなしくコンボを探求する方向性で行くかねぇ)

 

 俺は自分のデッキを取り出し、

 床の上に入れているカードを広げて、

 自分のデッキとのにらみ合いを始める。 


 さて、楽しくも辛いデッキ構築の始まりだ。


 ◇◆◇

 

 「お姉様、中にいますか?」


 ドアの向こうから声がかかる。

 凛としたハッキリとした声。

 大方、皇女様といった感じか。

 

 「食事の時間になったので呼びに来ました」

 「もうそんな時間か」


 手元に置かれたのは1つのデッキ。

 床に散乱するのはたくさんのカード。

 ストレージは片っ端から開けられている。


 「面白いデッキは組めたが」


 目の前には無我夢中で組んだデッキ。

 

 (まだ仮組段階だが邪悪な妹はボコれるようには作った)

 

 その結果と言えば、言えばなんだが。


 「まさか、お前が抜けるとは」


 手に取るは《王家の剣》


 効果は強力なのだが、

 単純に取り回しが悪い上に、

 デッキのコスト帯がかなり歪む。


 (なにより切り札がピン投なのがネックなんだよなぁ)


 「どうしたもんかねぇ」


 カードを懐にしまい、

 夕食を食べるために、

 俺は部屋をでるのであった。


 ◇◆◇


 モグモグ食事タイム終了後。 


 皇女様は、

 決意をもって、

 俺に視線を合わす。


 「どうした?」

 「えっと、実はお姉様に相談がありまして」

 「相談とはな」

 「実は私がいつも使ってるデッキについてなのですが」

 

 皇女様はあーだ、こーだと話す。

 俺はそれをはいはいと聞いていく。

 

 長い話を要約するに、だ。


 「つまり、龍王をメインに使いたいって話」

 「はいッ、そうです」


 龍王ねぇ。

 出たら勝てそうだし、

 雑に魔力加速して投げるのが一番な気が。 


 「高コストのランプデッキとかどうだ」

 「ランプですか?」

 「魔力を溜めて大型を投げるデッキの事だ」


 速攻用に回復と除去を積むとして、と俺は言葉を続ける。


 「あとは強力なフィニッシャーでも入れて」

 「強力なカード......それは難しいですね」

 「そういや入手難易度が高いんだっけ」


 俺はそんな話を皇女様がしたのを思い出す。

 龍王クラスのカードは莫大な値段か、

 国宝とかになってそうだよなぁ。


 そう言って、

 俺は腕を組み、

 懐のふくらみに気づく。


 (あー、お前が居たか)


 ガサゴソと懐を漁り、

 ビシッと出したカードを、

 俺は皇女様の前に差し出す。


 「なら《王家の剣》やるよ」

 「えっ、でもお姉様の切り札ですよね?」

 「こっちの諸事情でデッキからぬけちまってな」


 俺は何気ない感じで言っておく。

 確かにこのカードは宝物庫にあったし、

 妹にはクソほど文句を言われる気もするが、

 

 (なにより、カードも倉庫で眠るよりも使われた方がうれしいだろ)


 手元の《王家の剣》は鈍く光る。


 「家のカードを拝借したのもあるしな」

 「このカードと私のストレージでは釣り合いが......」

 「俺が釣り合ってると思うんだ。気にすんなってことだ」


 そう言って俺は皇女様にカードを押し付ける。


 皇女様は渡されたカードを大事に包み込む。


 まるで生まれたての赤子を包むかの如く。


 手に繊細な宝石を握るかの如く。

 

 「いやそんなに大事にしなくても」

 「いえッ!!」


 瞳からは大粒の涙が落ち、

 皇女様の顔は赤みと液体で、

 何とも言えない表情になっていた。


 「だ、大事に使いまうッ」

 「いや落ち着け」

 「お、落ち着いてましゅッ」

 「駄目だこりゃ」 


 この後、

 皇女様が復活するまで、

 俺は彼女に付き合うのであった。


 そんなこんなで帝国の夜は明けていく。


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