否定の力(9)

 大部屋。

 四方の壁には待機する兵士の群れ。鉄帽の下の表情は決して明るいモノとは言えない。

 立てかけてある槍の穂先は、既に厳重に封がされており、それは一つの信頼の証とも言える。

 

 多数の兵士が注視するのは、部屋中央の2人の女性。


 皇女と王女の2人。


 2人の姫は向かい合う。

 王女の中身は俺というオチだが。 

 皇女様はそんな俺を見て笑い飛ばす。


 「貴方のデッキは分かっているのよ」


 皇女が唱えるのは青の工作員。


 「妹と同じクロパか」

 「有利なデッキを握るのが戦いの基本よ」


 魔王軍戦の情報は筒抜けか


 (こりゃあ厳しい戦いになりそうだ)

 

 俺は手札を握りしめる。


 ◇◆◇

 

 決闘が開始して数ターンが経過。


 皇女はターンの宣言を行う。


 「こちらは打点を場に」

 「ならば魔力を増やすぜ」


 ならば俺はその隙に動く。


 「どうした?」


 「ずいぶん魔力加速を使うのね」

 「そうか? 妨害なら構わんぞ」

 「いえ、妨害はなにも使わないわ」


 皇女はキッパリと告げる。


 (少し引っ掛かる発言だな)


 魔力加速の枚数は魔王軍戦後に調整したハズ。

 

 つまり知ってる内容は魔王軍との戦いまでか?


 皇女様を揺さぶって調べてみるか。


 「俺のデッキすら把握してないとは、帝国も口だけは達者なようだな」

 「まさか、デッキに2枚のカードを引いてうれしがってるわけ?」


 馬鹿め、今はデッキに4枚だよ。

 

 「よく知ってるな」

 「もちろん、貴方の切り札が《王家の剣》1枚で、効果も把握済みよ」

 「へぇ、一体どこから洩れてんだか」

 

 やはりか。

 知っているのは、

 魔王軍戦時のデッキ内容。


 (とすれば、驚いてたのも納得がいく)


 2枚のカードを運よく引いたからな。

 ならば3枚目は撃たず手札にキープ。

 せいぜいデッキ内容を勘違いしやがれ。


 「俺は《剣の創造》を使う」

 「もちろん妨害」

 「ならこっちのカードは?」

 「それは通るわ」


 そして、

 本命に妨害を、

 それ以外は基本通す。


 それが皇女のプレイング。


 (ならば勝ち筋は、意識外のカードによる奇襲)


 そのために切り札を使う。

 数度にわたる魔力加速で、魔力は潤沢。

 切り札を手から出してもおつりがくるほどだ。


 「手札から《王家の剣》を」

 「当然、妨害」


 皇女の手元が光り、

 切り札は場に出ることなく、

 墓地に《王家の剣》は落とされる。


 ここまでは予想通り。


 「楽に勝たしてれてもいいんだぜ」

 「冗談にしては笑えないわよ」 


 俺の軽口に対して、

 皇女は冷徹な視線を俺に向ける。 


 「今切り札を使ったわね」

 「ちょっと言っている意味が分からんな」


 俺は表面上は少し焦っているようにみせる。

 

 (下手に構えられると切り札使った意味がない)


 ここで皇女様が踏み込むとありがたいが。


 「ならば、次はこちらの番」


 皇女様は笑みを浮かべて宣言。


 「魔力を使い《龍王ドラヴルム》を召喚」

 「ずいぶんとデカブツなことで」

 「これが私の切り札よ」

 

 皇女様の笑顔に、

 俺は焦った表情を返す。

 もちろん内心はべつだが。


 (踏み込んで来たッ)


 宣言されたのは、重コストのドラゴン。

 場に出れば一瞬にして勝負を決めそうな迫力。

 正直、今の手札で除去するのは骨が折れそうだ。


 だが問題はそこじゃない。


 (明らかにフィニッシャー級の高コスト)


 それを、


 わざわざ使った、


 ということは、だ。

 

 俺は笑うのを我慢し、

 皇女様に視線を戻す。


 「一つ聞いていいか」 

 「なにかしら」

 「残り魔力はいくつだ」

 「0だけど」


 それがなにか?と皇女は返す。


 そうか、そうか、と俺は言葉を続ける。


 (この瞬間を待ってたんだよッ)


 「そこに妨害だァ」 

 「なっ」


 俺の手札が光り、

 皇女のドラゴンは、

 場に出ることなく消え去る。

 

 「魔力が0じゃあ、俺の妨害は無効化できねぇよなァ」


 俺は悪役の如く口角を上げる。


 (ヤバい、凄く気持ちいい)


 脳から快楽物質が出ているレベルである。

 そりゃあ妨害使う奴が減らないワケだぜ。

 俺はちょっとアヘりそうなのを根性で抑える。


 おまけで皇女様を煽っておく。


 「どうした? ヘンテコな顔になってんぞ」

 「嘘よ、報告にはそんなカード」 


 取り乱す皇女様は可愛い。

 だから俺は更に煽っておく。


 「おいおいおい、いつの話をしてんだァ──」


 「いいかカードゲーマーてのはな」

 「常に勝つためにデッキをいじくり回す」

 「それが飯時だろうが、トイレにいってようがだ」


 「俺のデッキは1分1秒進化中だぜッ」


 もちろん俺はドヤ顔である。


 まあ妨害が積まれた理由は、

 妹に10連敗したからなのだが、

 今は気持ちがいいので黙っておく。


 「そして俺のターン」


 俺は手札で温めておいたカードの宣言をする。


 「《模倣する剣》を召喚」


 コイツは墓地の剣と同じ効果を得る。


 「都合よく切り札が墓地にあるんでなァ」

 「まさかッ」

 「対象は《王家の剣》」


 皇女様よォ切り札だけを、

 妨害すれば勝てるってお思いかァ。

 そいつは砂糖水レベルで甘い考えだぜ。

 

 (ウチの妹みたいな陰キャな精神積んでからクロパは使うんだな)


 俺はカードに指示を出す。


 「剣よ攻撃しろッ」

 

 模倣された《王家の剣》の効果が発動、

 デッキから捲れた数字は俺の方が大きい。

 もちろん追加ターンを獲得させてもらう。


 「皇女さん、グッドゲームだぜ」

 

 剣の猛攻は止まることなく、


 勝負は瞬く間につくのであった。


 ◇◆◇


 決闘後、

 場には王女と皇女


 皇女はうなだれ、

 王女は堂々と立つ。

 

 「とりあえず武装解除を命令」

 

 皇女様は幽鬼のように立ち、

 周囲の兵士に指示をだしていく。

 

 (ようやく物騒な連中から解放されたぜ)


 周囲から槍を向けられるのは夢で見そうなレベルである。

 

 「次は何を命令するのよ」

 

 とヤケクソ気味で言う皇女様。

 別に乱暴しようって気もわかんし。

 気になっていることでも聞くとするか。 


 「あのデッキお前さんのか?」

 「違うわよ。渡されたデッキよ」


 通りでプレイングとデッキがあってない訳だ。


 渡した奴は何を考えててんだか。


 じゃあ次の質問いくか。


 「なんで《龍王》を積んだ理由をだな」

 「────ッ」

 「いや、デッキ否定とかじゃないぞ」


 単純に気になってだな。

 あのサイズの大型を積むとなると、

 何か一つぐらいコンボを内蔵してそうなんだよな。


 (単純にどうやって使うのかが気になる)


 意味分らんカード見たら気になる、

 カードゲーマーの悪い性とも言うが。


 「き、切り札だからよッ」 

 「へっ?」


 皇女様は顔を真っ赤にして叫ぶ。


 「子供の時からの切り札だからよッ」


 「なのに、どいつも、こいつも」

 「抜いたほうがいいだの」

 「こっちの方が強いだの」

 

 「それの、なにがッ悪いッ」


 言い切った皇女様の顔は涙であふれていた。

 そんな様子を見て、俺はふうっと一息つく。


 (そうか子供の時の切り札か───)


 「お前、スゲーじゃねぇか」

 「えっ?」


 子供の頃から切り札を使い続けること


 それはカードパワーが大好きな俺にはできないことだ。


 なのに強さに頼らず、拘ったカードを使い続けるとは。


 「大したカードゲーマーだぜ」


 下を向いて立ち尽くす皇女様。


 さてと、

 聞きたいことは全て聞いたし、

 これ以上何かを聞くのは野暮ってヤツだ。

 

 俺は静かに言葉を宣言する。


 「皇女様に命じる───命令に囚われず自由に生きていいぞ」


 こうでも言っとけば、

 俺の命令に従う必要なく、

 今まで通りの生活が行えるだろう。


 (まあ宇宙決闘法の気分次第な所はあるが)


 皇女様はいまだに下を向く。

 地面には水たまりが出来そうだ。

 流石に心配になってきたな。


 「おーい、大丈夫か───ぐはぁっ!」


 何故か皇女様に抱き着かれる。


 (まずい身動きが取れん)


 馬鹿なこの場に及んで何する気だ。 

 今更自爆とか流行らんからマジでやめろよ。


 ふりほどけずにジタバタする俺。

 何かを決心したように呟く皇女様。

 

 あのッ

 あ、あい


 抱きつきが更に強固なモノとなる。

 俺は胸に押しつぶされそうである。


 「す、」

 「す?」

 「好きです」

 「はいッ?」


 何故そこで告白。

 俺の疑問はよそに、

 顔を赤らめた皇女様は止まらない。


 「私はか、感激の極みで。本当なら生きる価値のないような敗者を尊重するだけではなく、慈悲深く生死与奪の権利まで放棄し、私の自由まで保証してくださるとは───」


 言いたいことは分かる。 

 言いたいことは分かるんだ。

 だから皇女様そろそろ俺がまずい。

 

 「い、息が」

 「ご、ごめんなさい」


 ようやく解放される俺。

 肺に入る酸素がおいしい。

 酸素が脳に行き思考が回り始める。


 (マジで皇女様に何が起こった)


 口調どころか、

 性格すら変わってないか?

 俺は好感度上げる命令なんてしてないぞ。


 皇女様はこちらににじり寄って来る。

 

 (正直、警戒するレベルだ)


 一周回って妖しさ全開である。


 俺は万全の態勢で待ち構える。

 皇女様は指をモジモジさせて喋りだす。


 「あのー、そのー」

 「今度はなんだ......」

 「お、お姉様と呼んでもいいですか?」

 

 カッ……ピキーン─────‼


 「あ、あのー」

 「(赤髪巨乳上目使いだとォ)」

 

 アカン、

 火力が強すぎる。

 脳が焼き切られる。


 「だ、大丈夫ですか」

 「無論、大丈夫だ」

 「でも鼻から血が」


 安心してくれ、

 鼻から出ているのは尊さだ。

 気にするようなもんじゃない。


 「ほ、本当に大丈夫ですか......お姉様?」


 前かがみで俺を見つめる皇女。


 もちろん部屋の光りも頑張って、


 まごうことなき美少女様が爆誕である。


 「うーん───無理だな」


 我ながらいい人生だった。

 辞世の句は「お姉様サイコー」だな。

 ここの床に俺の血で書き残しておこう。


 その後、検閲所の医務室を借りることで事なきを得る俺であった。


 お姉様呼び? もちろんOKだ。



 ◇◆◇

 

 あとがき


 「なんだ、キサマか」

 「お兄様このカードは?」

 「俺には合わないカードだ」

 

 「お前にやるよ」

 「ありがとうございますッ」

 「どうせ俺は使わんカードだ」


 そのカードの煌めきを今でも覚えている。


 それから私は帝国の第四皇女として必死に頑張ってきた。


 例え帝国の操り人形と笑われようとも私は私。

 今も昔も変わっていない、変わらないハズだ。


 「皇女様、準備が終わりました」

 「あとは第二王女の到着を待つだけか」

 

 窓を覗く。

 外から吹く風はなく、

 遠方には帝国の馬車が見える。


 その日私は運命と出会う。



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