暴力的な突発(8)

 

 帝国製の馬車。

 装飾は最低限で量産性を重視した物となっている。馬車の乗り心地は思った以上に悪くなく、王国の舗装されていない悪路を難なく走り抜け、帝国国内までたどり着く。


 室内には俺を含めて従者が1人。


 何日も顔を見合わせた中であり、本来は軽口の一つでも叩きたい仲であるのだが。


 そうもいかない理由がある。


 俺の視線に気づいたのか、従者は口をひらく。


 「もう少しで帝国首都でございます」

 「そうですね」


 顔は微笑んでいるが、

 目の光りが死んでいる俺。

 この顔になって三日が過ぎた。


 (まさか出発前に妹に決闘に負けるとは)

 

 決闘の制約で、俺の喋れる言葉は「そうですね」「どうも」「ふふっ」の3単語となっている。


 もはや軽口どころか、会話すら満足にできない状態である。


 「長旅したが疲れの方は大丈夫ですか?」

 「そうですね」

 「王女様、我々になんなりと申し付け下さい」

 「そうですね」

 「我々は出来る限り尽くす所存です」

 「そうですね」

 「もったいなきお言葉」

 

 なにがだ。

 どこにもったいない要素があった。

 王女様は中身のある言葉一言も喋ってないぞ。

 

 (この調子なのに、帝国の従者連中からの評価は何故か高いし)

 

 この前なんか「深淵の令嬢を体現したかのようなお方だ」なんて聞こえてきたし、


 もはや喋らないことが正解に感じてくるまであるな。


 

 俺は従者に微笑みかけておく。


 従者は気を良くしたのやら、今後の予定をすらすらと言葉にする。


 帝国につくまであと何分やら、

 学園の見学の予定はどうやら、

 転入なのでそれまでどうやら、


 俺は全てに微笑みと「そうですね」と返しておく。


 (聞いた感じ、学園が始まるまで人と合うことはなさそうだな)


 とりあえず問題なく過ごせそうだ。


 そういえば、と思い出したように従者は発言をする。


 「まず、帝国首都での謁見があります」

 「そうですね


 いや流れで頷いている場合か、俺。

 帝国での謁見とか知らない予定だぞ。

 帝国についたらすぐ学園に行くんじゃないの?


 「相手は帝国第四皇女様となっております」


 しかも皇族相手かぁ。


 絶対会話が成立せずに、

 失礼になるパターンじゃん。

 最悪、不敬罪で斬られるヤツだろ。


 ( まさか妹はコレを想定して俺を帝国に?


 邪魔だから俺を帝国に処理してもらうために


 「ふふっ、ふふっ」


 (謀ったな、妹よ)


 心の安然の為に、

 深呼吸をしてから、

 心の中指を立てておく。


 中指の向き?


 もちろん、王国にいる妹だ。


 ◇◆◇


 王国執務室


 「へっきちっ」

 「大丈夫ですか、第二王女様」

 「問題ないです」


 鼻を抑える第二王女。


 手元のペンは止まり、思い出したように王女は呟く。


 「今頃、お姉ちゃんは帝国でしょうか」

 「そうですな。問題が無ければついていることでしょう」


 老執事は黙然と回答する。


 だが、老執事の心は向こう見ずとみえる。


 「第二王女様」

 「老執事、貴方は行っては駄目です」

 「ですが、私は」

 「王家の為に尽くすのがあなたの契約です」


 老執事は口をつぐむ。


 (あいかわらず心配性な執事ですね)


 まあ、気持ちは分からなくはないですが、と王女は言葉を続ける。


 「それに第三王女は大丈夫です」

 「そうですかね」

 「そうですとも、なにせ私のお姉ちゃんなので」


 第二王女は胸を張って言う。

 老執事は諦めたように言う。


 「では姫の言葉を縛る必要はなかったのでは?」

 「あれは保険の様なものですよ」


 思い込みを用いたおまじないですし。

 

 気持ちの上下でどうにでもなります。

 

 お姉ちゃんでも簡単に破れる程度の術です。


 「まあ、気軽に決闘されても困りますので」

 「全く、そういうところですぞ」

 「どういうことですか」

 「そのままのことです」


 手に胸に当てて答えを考えろ、と言わんばかりの老執事の顔。

 

 第二王女と老執事は、

 睨み合い、笑い合い、

 目の前の作業を続けていく。


 全ては弱小国家である王国を繁栄させるために。


 そして同時刻、

 

 第三王女は帝国に着く。


 ◇◆◇


 帝国首都の入国審査所。


 黒色の金属で生成された城壁には幾多の凹凸が見られ、衝撃に屈しながらも城壁そのものの機能は果たしていることが分かる。


 そんな城壁に1点だけ空いた大穴。内部は受付に向かう様々な人種の行列と、それを整理する憲兵であふれており、ここが帝国の首都であると実感する。


 そんな行列を横目に、

 俺は別場所に案内される。


 着いたのは入国審査所内部に存在する大部屋。


 大部屋には、

 調度品や椅子は置かれておらず、

 有るものと言えば窓から差す光のみな部屋だ。


 (謁見の場所にしては質素だな)


 そして部屋の中央には、少女が1人。


 「どうも」

 「こちらこそ、第三王女様」


 帝国第四皇女と名乗った少女は、


 スカーレットの赤髪のミドルロング。

 薄く施したメイクは美貌を引き立たせる。


 多くの勲章と家紋で埋まらないほどの、豊かな胸部を持ち。

 黒を基調とした軍服は彼女の体のラインを際立たせている。

 

 「遠路はるばる来てくださり助かりました」


 皇女様は俺にほほ笑む。

 最初は帝国皇女様と警戒していたが、

 案外話しやすい人物なのかもしれない。


 ウチの妹がヤバい奴なだけで、

 普通、姫は基本いい人の説があるな。


 「帝国内に部屋は用意してありますので」

 「どうも」


 あたりさわりのないこと会話を続ける皇女。

 3単語でしか返せない俺。


 会話は普遍的に続き、時間が過ぎる。

 何事もなく終わりそうだなと感じ、

 俺が安堵したのは束の間、


 最後に、と皇女様は口を開き、


 「──帝国の為に死んでもらえるかしら?」


 と爆弾発言が下される。


 がしゃがしゃと金属音が鳴り、


 囲まれる俺。

 向けられるは多くの槍。

 周りを取り囲む兵士は多数である。


 前言撤回、皇女もヤバい奴です。


 ◇◆◇


 鋼の槍。

 突きつけられる槍の穂先には幾何学的な文字が刻まれ、その槍が自分が想像する以上の機能を有していることを感じさせる。武器を握る兵士たちも、構えたまま一向に動じる姿勢はなく、日々の訓練をうかがわせる。


 「ふふっ」


 そんな中、

 微笑する俺。

 目を細める皇女様。


 「以外と余裕そうね」

 

 (まずいな、命乞いすらできんぞ)


 皇女様も、まさか俺が笑う事しかできないとは思うまい。


 「これぐらいの事は予想済みってことかしら」

 「ふふっ」


 いえ、全くの予想外です。

 内心ビビり散らかしてます。


 そんな内心を知らずか、

 俺が会話をしないせいか、

 皇女様は見当違いな推理を始める。

  

 「アナタもどうせ王国の操り人形でしょ」

 「黒幕は悪名高き王国の第二王女あたり」

 「利用されてるのにも気づかない愚かな姫ね」 


 全く違います皇女様と、

 言いたいのは山々なのだが、

 現状、俺の3単語の中に否定する言葉はない。

 

 結局、俺は薄笑いを浮かべるだけである。

 

 そんな俺の姿が癪に触ったのか、皇女の視線は更に厳しいものとなる。


 「腹が立つわね」

 「操り人形の分際でッ!」

 「さっきから薄ら笑みばかり」

 「自分が格上とでも思っているの?」


 皇女の激昂は頂点に達する。


 「どうせ魔王軍との決闘も仕込みでしょッ!!」

 「おい、今なんつった」


 聞き捨てならねぇセリフが聞こえたぞ。


 「だから見せかけの決闘って言ってのよッ」

 「《ネットスラング》」

 「えっ?」


 皇女様、その発言はライン越えだ。


 窓から一陣の風が吹く。


 俺は踵を鳴らし、

 顔にかかる銀髪を翻して、

 皇女に中指を立てて宣言する。

 

 「いいか───」

 「国を馬鹿にされようが」 

 「妹を馬鹿にされようが」

 「それぐらいは笑って許す」


 「だがな───心血注いだ戦いを侮辱することは許さん」


 そいつはカードゲームに、なにより対戦相手に失礼な行為だ。


 窓から吹く風は更に強くなり、

 周囲の槍が、がしゃがしゃと揺れる。

 皇女はいまだに動揺が隠せない様子だ。


 (あれ、今普通に言葉をしゃべれた?)


 俺も今更ながらに気づきを得る。

 先まで言葉すら思いつかなかったのに。

 あいかわらず宇宙決闘法はよくわからんな。


 「それがアナタの本性って訳ね」

 「元から隠すつもりなんてないがな」 


 ただ言葉を縛られてただけだ。


 俺はふぅと音をたてて深呼吸する。

 ようやく好きな言葉を喋れるようになった。

 

 (とすれば、やることはただ1つ)


 皇女様に指を向けて、


 俺は宣言を飛ばす。


 「貴様に宇宙決闘法を申請する」

 

 [【宇宙決闘法】が申請されました]


 「賭けるのは、互いの命令権」


 皇女様は宣言に目を見開く。


 「正気? 帝国に戦争を仕掛けるつもり」

 「正気だ、売られた喧嘩は買う性分でな」

 

 別に王国がどうなろうと俺が知った事ではない。


 この場を切り抜けることと、


 目の前のオメーをどう〇すかが問題だ。


 「決闘法の3条を知らないわけないでしょ」

 「知ってる上での宣言だが」


 宇宙決闘法第3条──1度の攻撃の容認。


 (今の俺だと、1回の不意打ちで致命傷だ)


 既に汗で背中は濡れている。

 服に防御性能がある訳でもなく、

 俺には武術の心得がある訳でもない。


 だからと言って、


 できることは挑発からの、

 決闘開始までの遅延行為しかないがな。

 せいぜい火力の強い言葉を使わしてもらうぞ。


 「所詮は第四皇女か」

 「遺言はそれでいいかしら?」

 「おいおい不躾な行為は止めておけ」

 「ただ首をはねられたくないだけでしょ」


 皇女は鼻で俺を笑い、


 まさか、と俺は言葉を続ける。


 「それとも偉大なる帝国様は、弱小国家の喧嘩も買えんほど貧相か?」

 「言うじゃないの……」


 皇女の口角がひきつく、

 彼女は手で素早く指示をだし、

 周囲を囲んでいた衛兵が下がる。


 俺は心の中で安堵する。


 危険な橋渡りだったな。

 衛兵でも、皇女でも、誰にでも、

 切られたら普通に死ぬところだった。


 そんな内面を隠して、

 俺はニヒルに笑っておく。


 [【宇宙決闘法】承認]


 [対価はお互いの命令権となります] 


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