自然な溶け込み(7)

 日は跨いで翌日。


 第二王女の自室。

 鉱石を円形に加工した机は、陶磁器のように表面が映り、日々の手入れと職人の技量が伺える。研磨された石の天板に反射するは、2人の少女の面様。


 ノスタルジックな椅子に掛けて少女たちは正対する。


 「姉上様、おはようございます」

 「お、おはよぉ」


 妹のキリッとした声に、

 私はむにゃむにゃとした声で答える。


 「さて姉上様、学園に行く前に問題があります」

 「問題?」

 「帝国中央学園は国内でもトップの学園」

 「つまり」

 「今の姉上様では───学力が足りません」


 確かにこの星の事すら知らないし、学校の知識とか持っての他だな。


 「それはマズくないか?」

 「そんな姉上様の為に」


 妹は笑顔で老執事の方を見る。

 

 「老執事、アレを」

 「分かりましたぞ」


 机にどすっと分厚い本が置かれる。


 「これは?」

 「教科書です」


 教科書にしては厚すぎない?

 どーみても国語辞典とかそのレベルの厚さなんだが。

 正直、コレを覚えろと言われるのはかなり心にくるものがある。


 (だが、ここで弱音を吐くのは三流)


 妹の手前、姉の見栄というモノがある

 俺ならこの量でも頑張れなくはない。


 「ま、まあこの程度ならよゆーよ」


 声が震えていると指摘するのは禁止だ。


 「流石姉上様、では他の教科書も大丈夫ですね」

 「えっ、他の?」


 どん、どん、どんと分厚い本が追加される。 


 本のエベレスト。

 そう形容するしかない惨状。

 積みあがった教科書は天をも貫けそうである。


 と、すれば、

 

 やることは1つ、


 足に軽く力を込め


 「......ふっ」←逃げる俺

 「老執事ッ!!」←指示を出す妹

 「アバババッ」←執事に捕まる俺。

 

 「は、離せッ!!」


 情けない俺の声が部屋にひびく。


 嫌だ、この年になってこの量を勉強するとか嫌だッ。


 (クソッ、抑えているじいさんの力が強すぎる)


 「む、謀反だぞ、じいさん」

 「すみませぬ、ですがこれも姫様の為」

 「肝心の姫様が嫌がってんだろ、諦めろォ」

 「爺やは心を鬼にして姫様を見守る所存です」

 

 老執事は涙を取り出したハンカチで拭き取る。


 もちろん俺は地面に這いつくばっている。


 (こ、行動と感情があってなさすぎる)


 もっと姫を大事に扱え定期。



 こうして俺は、渋々勉強の席につくのであった。

 


 ◇◆◇


 部屋の砂時計が6度落ち、1時間後。


 「で、できるかァッ!!」


 俺は発狂した。


 ですよねーという老執事と妹の視線。


 (国の歴史を学ぶのはまだ面白い)


 だが、なんで各国の法律、数学まで頭に入れる必要がある。


 挙げ句、淑女のマナー本だとふざけんな。


 「流石にムリゲーだ」

 「しかたないですね」


 俺の諦めた言葉に対して、 

 妹は覚悟した眼を向ける。


 「神よ、法をこのようなことに使うのをお許しください」


 施しを求めるような文分を唱えた後、妹は宣言を下す。


 「姉上様に宇宙決闘法を申請します」

 「へっ」

 

 [【宇宙決闘法】が申請されました]

 [【賭けの対象】をお選びください]


 「姉上様への命令で」

 「おい、物騒な事を急に始めんな」

 「大丈夫です、ちょっと催眠して勉強が好きな子になるだけですから」


 「それを物騒な事と言うのでは?」

 「それより早く賭けの対象を選んでください」

 

 どうやら妹に冷静なツッコミは効かないようだ。

 

 かといって妹からもらいたい物も無いし。

 

 (対象はオウム返しに決めておくか)


 安直な発想である。


 「じゃあ、妹への命令権で」

 

 [賭けの対象が設定されました] 

 [等価であることを確認]


 「姉上様、戦いをはじめますよ」

 「コレ、凄く間違った使い方の気がするな」

 「私だってそう思います」


 気づいたら服を脱いでいた老執事の声で、決闘は始まるのであった。


 ◇◆◇


 そして時は過ぎ、


 「ふ、ふざけないでください、お姉ちゃんッ」


 妹は発狂した。


 「いったい、何回勝てば気が済むんですかッ」

 「だって負けるの悔しいし」


 現在5連勝中である。

 今日の引きはツヨツヨ。

 結果、妹は悲惨なことになった。


 「しかし、本当に決闘の強制力はすげーな」

 「当然ですよ、お姉ちゃんッ」


 妹に命令した条件は

 《お姉ちゃんと呼ぶこと》

 《家族として好きになること》

 《ツンを妹の性格に足すこと》

 《コサックダンスをすること》

 《お姉ちゃんに膝枕すること》

 

 以上である。


 その結果出来上がったのが、お姉ちゃん大好きな妹である。


 妹がコサックダンスで筋肉痛の後、膝枕するのは笑ってしまったが。


 「すいぶん面白い言動になったな」

 「あ、お姉ちゃんのせいですよッ」


 やはり愉快な言動になっている。


 (だが、話していてもツンの部分が反映された感じがないな)


 命令が曖昧だったか?

 それともイメージの問題か?


 なんにせよ、宇宙決闘法も万能って訳じゃなさそうだな。


 「いいから、いい加減負けてください」

 「はいはい、分かった分かった」


 妹の涙目が刺さる。

 手を抜くのは性じゃ無いんだが

 お姉ちゃんとしては妹の顔も立ててやらんとなァ。



 なおこの後、


 本気でやって、しっかり負けた。


 「ファ〇キュー、手札事故」


 ポーカーやってんじゃねえんだよ。


 ◇◆◇

 そんなこんなで月日は経ち。

 いよいよ出発の日となるのであった。


 鏡に映るは第二王女。

 シルバースプーンのような銀髪ポニーテール。

 化粧をせずとも、ナチュラルに整った美貌。

 

 お淑やかな2つのふくらみを白いロープが包み、豊かなふとももは皮のブーツからむぎゅとはみだす。


 軽くうごくたびに、むちむちとなる。


 「何とか姫の形になりましたね」

 「それ、人に言う言葉か」

 「化けの皮が間に合ったですか」

 「悪化してんじゃねーか」


 鏡を見て思うが、

 この王女、顔と体はいいのである。


 (これで精神までいい奴だったら完璧だったんだけどなァ)


 まあ、そしたら俺はこの体にいないんですが。

 そんな俺の思いは知らず、妹は口をひらく。


 「お姉ちゃん、いいですか──」

 

 間違っても学園では、

 「はい」「いいえ」「ふふっ」、

 以外はしゃべってはいけません。


 「化けの皮がはがれます」

 「学園生活がハードすぎる」


 妹の言葉に戦慄を隠せない。


 3単語じゃ、真っ当な会話すら成立せんぞ。


 「お姉ちゃんは喋らなければ立派な王女です」

 「喋ったら?」

 「○します」

 「物騒すぎる」


 冗談です、と言いながら妹は言葉を続ける。


 「もちろん宇宙決闘法は禁止です」

 

 「ええ~」

 「ええーじゃありません」


 妹は刺すような視線は続く。


 「アレは、本当は自殺するかの2択みたいなものです」 

 「なら挨拶の如く使ってる俺は何なんだよ」

 「ヤバい人です」


 妹よ、断言しないでくれ。


 「分かりましたか?」

 「あいあい」

 「返事ッ!」 

 「はいッ」


 妹の押しが強い。

 何なら昨日より圧強くなってない?

 姉にやさしくするという誓約はいずこに。


 俺は1人うなだれるのであった。


 ───────────

ここまで読んでいただきありがとうございます。

感想をいただけると投稿が早くなります(小腹)


以下補足です。

Q.宇宙決闘法の制約はどうなってんの?

A.結構ガバガバです。


Q.妹は優しくなりましたか?

A.優しくはなりました。ただし主人公が正確にツンを混ぜたことで分かり

 にくくなりました。内心はお姉ちゃん大好きっ子です。


Q.宇宙決闘法は常用するものではない?

A.この世界の人たちにとっては、死ぬぐらいなら使うかぐらいの法です。


以上、補足となります。

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