対抗呪文(5)
目に入るは天幕。
刺繍が各所に施された白い布。補修がされ、刺繍の一部は元の絵柄を保持できてはいない布。一部は赤く染まり、染みになっていることから使用頻度が高いことが伺える。
「ここは姫の部屋か」
「目が覚めましたか、姫様ッ」
「ああ、今ばっちり覚めたぜ、じいさん」
寝起きの耳には大きすぎる老執事の声だ。
「目覚めたばかりで悪いのですが第二王女様がお尋ねになります」
「第二王女?」
そいつは急な話だな、と俺は返す。
今更、第二王女が俺を訪ねてくるのか。
(それなら魔王軍と戦う前に来て欲しかったぜ)
いまだに顔も知らぬ第二王女に思いをぶつける。
「で、どんな奴なんだ」
「姫様の妹に当たる方です」
「第二王女なのに妹なのか」
「王妃が変わった都合という奴ですな」
「なるほど」
複雑な王国の事情ってヤツだな。
「で、その妹は何を」
「建前は姫様の様子を見にですが」
「本音のところは」
「情報を探りに来たのでしょうな」
老執事は険しい目で俺を見る。
「第二王女様は王国の暗部、工作部隊のトップ」
「最近まで魔王軍との戦後交渉をしておられた方でもあります」
「第三王女より有能な説があるな」
「王国でも屈指の切れ者ですぞ」
戦後を見据えての敗戦交渉ねぇ。
(通りで王国に居なかったわけか)
老執事は言葉を続ける。
「そんな中、連戦連敗だった姫が奇跡を起こしたのです」
老執事の目は真剣だ。
「暗部でなくとも、理由を知りたくなるものでございます」
人の好奇心はスゲーもんだ。
「個人的には入れ替わってる事実ぐらい知られてもいいと思うが」
「心配しているのは、そこではありません」
姫様のお体の安全のほうですぞ、と老執事は言葉を続ける。
「第二王女様は目的のためなら手段を選びません」
「つまり」
「最低でも尋問」
「最悪で」「洗脳ですな」
全部、致命傷じゃねーか。
(見知らぬ人間ならしも、身内にやっていい行為ではないだろ)
「もう少し穏便にだな」
「それほど姫達の仲は悪いということです」
よっこいしょっと老執事は準備を始める。
「とりあえず洗脳殺しの眼鏡を用意する所からですな」
「物騒な準備なことで」
俺はベットから起き上がる。
◇◆◇
眼鏡をかけ、
魔除けの札を張り、
魔術返しの服を着させられた、俺である。
(眼鏡をかけたキョンシーだな)
お札を頭に貼る意味は本当にあるのだろうか。
「ご機嫌うるわしや、我が姉上様」
笑みを浮かべる第二王女。
スカイブルーのような透き通った青色のショートヘヤー
薄いリップは、幼さをのこした美貌をひきたてる。
しゅっとした肩に、豊かなふくらみは大きく、黒いゴスロリはぴちっとそれを包み込む。
(リボンがついた黒靴がナイスポイントだ)
クソみたいな感想を抱きつつ俺は言葉を返す。
「よ、ようこそ我が妹」
ガタガタな俺の言葉。
手元に浮かぶは老執事特製のカンペだ。
魔法で見えなくしてあり、目線を追尾する優れものだ。
のらりくらりと質問をかわし、第二王女を部屋から追い出すまでの道筋が示してある。
「姉上様、体調の方はいかがですか?」
「実はまだ優れていないの、だから──」
俺はコホコホと咳をする。
妹はニコニコと笑顔で答える。
「地方で見つけた薬がありまして、コレを」
「薬は治療師に言われた物しか飲むなと──」
俺は“さっさと帰れ”と悲しい顔をする。
妹は“だがことわる”と楽しい顔をする。
「安心してください。許可は取ってあります」
「では執事に確認を──」
俺はあせった顔になる。
妹はゆっくりと口を開く。
「こちらが許可書類となっております」
「おファ〇ク」
「はいっ?」
アカン、つい本音が。
心の中指が口から出てしまった。
(やはり俺は駆け引きに向いていないな)
パワカに頼るプレイヤーの悪い思考である。
「こうなりゃ、プランBだな」
「あのー、姉上様?」
俺は眼鏡を外し、
頭のお札を破り捨て、
妹に真っ向から宣言をする。
「お前に宇宙決闘を挑む」
「はいっ?」
『【宇宙決闘法】が申請されました』
『対価を選んでください』
「俺が負けたら欲しい情報を全て喋る」
「姉上が勝ったら?」
「あー......お願いを1つ聞いてもらう感じで」
「意味深な要求ですね」
妹は訝しむ。
だが俺は止まらない。
「で、どうするんだ」
煽るように言葉を吐き、
妹は少々の考慮の後、
口をひらく。
「ええ、構いません」
『決闘が承認されました』
「では仲介人は私、ミスターがさせていただきます」
すでに服を脱いでいる老執事ことミスター。
「両者、準備はよろしいですか」
「もちろん」
「大丈夫です」
2人の準備は既に完了。
両者、向き合い、睨み合う。
一陣の風が吹き、
静寂なる姫の自室は、
壮絶なる戦場の開始点となる。
「では、決闘開始ッ!!」
ミスターの掛け声が、決闘の火ぶたを落とす。
「先行は私───工作員を出して終了」
「青の低コストカードか?」
「ただの打点です」
妹のデッキは、
青の速攻デッキ?
(妙に違和感があるな)
頭の靄が晴らせぬまま、俺に手番が移る。
「俺は何もせずターンエンド」
「なら、私は攻撃してターン終了で」
妹の追加の打点は無し。
「動いてこないのか」
「ゆっくりゲームしたいので」
「冗談はほどほどにしてくれ」
どうも腹に一物抱えた奴とはやりにくい。
◇◆◇
数ターンが経ち、
妹の工作員が打点を刻み、
俺のライフは着実に削られるが、
魔力もその分溜まっている。
俺は意気揚々に魔法の宣言をおこなう。
「
「では──妨害をそこに」
妹の手札が光り、
カウンターが如く、
(まさか、魔法が無効化されるとは)
妹のターンに動かなかったのは、魔法を唱える魔力を構える為か。
そして、青、打点、妨害、この3つから導き出されるのは
「クロックパーミッションかッ」
「何ですか、それは?」
「妹のデッキ構築だよ」
軽い打点でライフを奪い、
相手の主要なカードは妨害を撃つ。
個人的には苦手なデッキタイプの1つだ。
だが勝ち方がないわけじゃない。
(妨害ができないほどの物量をぶつける)
それが俺のデッキでの唯一の勝ち方。
問題はそれまでライフが残るかだが。
「ならもう
「妨害で」
二度目も通らずか。
(こいつは長丁場になりそうだ)
戦いはゆっくりと終わりに進む。
◇◆◇
俺のライフは、
妹の三度の攻撃により限界。
だが、妹の手札も残り少ない。
(おそらくここが勝負所)
ここで魔法を無効化されたら、運が無かったと諦めるしかない。
「俺は全ての魔力を使い《王家の剣》を召喚ッ」
「流石姉上様、切り札を引いていたのですね」
「馬鹿言え、初手から握ってたさ」
切り札は最後まで取っておくってな。
勝ち筋消されるのが怖くて出せなかったとか言ってはいけない。
(だって高コストカードとか、無効化してくださいって言ってるようなもんだし)
俺は生唾を飲み、
一瞬の沈黙の後、
妹が口をひらく。
「《王家の剣》は通ります」
「妨害は切れたようだな」
読みが当たって一安心。
そのまま《王家の剣》に指示を出す。
「ならば───」
「ですが───攻撃前、剣に対象に」
「除去かッ」
「バウンスで」
妹の手元が光り、
無残にも《王家の剣》は手札に戻される。
俺の場に攻撃できるカードはもうなにもない。
「効果、知ってたのか」
「当然、知ってたからこそ通しました」
「まだ妨害もってんのかよ」
この妹、何手先を見てゲームしてんだか。
(これはちょっと言い訳できないぐらいには完敗したな)
「見事だぜ」
俺は手札を畳み、
盛大に笑顔で言う。
妹は驚いた顔で俺を見る。
「こ、工作員で攻撃です」
「ライフで受ける」
妹の一撃が、俺の最後のライフを刈り取る。
「勝者、第二王女ッ」
老執事の宣言は、
部屋に響きわたり、
この戦いの幕が降りる。
◇◆◇
姫の自室にて、
正座するは俺。
前に立つは妹。
「んで、何を答えればいい?」
「正直、姉上様に聞くことは無くなりました」
腕を組む妹。
はーというため息からは、
“自分の取り越し苦労”だったみたいな音がきこえる。
「姉上様が入れ替わってるのも、魔王軍撃退の状況も部下から聞いていましたし」
現在の王国の状況は全て把握しています、と妹は締めくくる。
(つまり隠し事なんて最初から無駄だったと)
いや、俺の努力は何だったんだ。
あれ、待てよ?
「なら一体何しに来たんだ」
「人物調査です」
妹の視線は俺を見つめる。
いや、姫の中の俺に語り掛けるような感じだ。
「入れ替わったアナタだけは情報が無かったので」
「んで結果はどうだった」
「無害もいいところです」
お守りも取る、
感情も隠さない、
不利な決闘を挑む。
「もう馬鹿とかの評価でいいと思います」
「本人の前で言うことかソレ」
「事実なので」
妹は呆れた目で俺を見る。
「それに初めて見ました、負けて笑顔の人」
「そうか、結構いると思うが?」
個人的にはいい勝負が出来て満足だし。
「まあ、害がないというのはミスターが執事をしている時点で分かっていたことですが」
妹の視線は老執事の方にむく。
「姫様は王国の姫ですので」
「本物もこのぐらい度胸があれば」
「だからこそ、人は人なのですよ」
「興味深い知見と受け取っておきます」
うんうんと納得する2人。
俺1人だけ蚊帳の外の気分である。
「よくわからん話だ」
まあ、難しい話は置いといてだな。
俺は妹の前に立つ。
「とりあえず、もう一戦しようぜ」
「えっ、もう一回決闘をですか?」
当然、それ以外になにがあるんだ。
「だって、負けっぱなしは癪だし」
「それだけの理由で宇宙決闘を?」
「もちろん」
妹は頭を抑える。
俺は疑問を口にする。
「宇宙決闘って一日に何回もできないのか」
「いえ何度でもできますぞ」
「
老執事は楽しそうに笑う。
妹は俺に詰め寄ってくる。
「いいですか宇宙決闘は最終手段なのですよ」
「でも宣言しないとゲームできないし」
「そういう事ではないですッ」
妹から“ヤバい人”を見る目で俺は見られる。
「
「ふぉふぉふぉ、無理ですな」
この後、飯を食べるまで言い合いは続き、
俺の評価がカードゲーム馬鹿になるのであった。
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