断れない提案(3)
少女と老執事は城壁から眺める。
黒の大群と思われたのは、武装した異形の怪物たち。
見るものを威圧する雰囲気と、
どすん、どすんと響く圧倒的な音は、
正しく───魔王軍という風貌であった。
「いい風景だな、じいさん」
「本来は河川が一望できる隠れスポットなんですがな」
俺の軽口に対して、老執事は険しい顔で言葉を返す。
「こんなところでお茶会かしら」
後方からの声。
鈴のような甘美な声。
だが、振り向いた先に居たのは人外。
「悪魔は呼んだつもりはないんだが」
「姫様、彼女は魔王軍の幹部ですぞ」
悪魔は、魔王軍の幹部らしい。
ゴールドのような、細く輝く金色のウェーブヘア
角が生えながらも、見るものを魅惑する美貌。
肩や腰の細さにくらべて、2つのふくらみは大きく、ナイトドレスは胸元をぐいっと押し上げる。2つのメロンは、軽い口調に合わせてぷるんっと弾むように揺れる。
「その通り、我が名はグリセル」
ころころと鈴の音のように話す悪魔。
「今回、王国遠征を任された者でもあるのよ」
「んじゃ、お帰りしてはくれねぇか」
俺の本心からのお願いである。
正直、上の連中は逃げているので、
俺もさっさと逃げさして欲しいのが半分。
「あら王女様は悲観的ね、あのやる気はどうしたのかしら?」
「負けすぎて萎えたんだよ」
悪魔は微笑むように口をひらく。
「安心して“最後の敗北”よ」
「“最初の勝利”の間違いだろ」
「あら、意外と冗談は上手いのね」
「悪魔の癖に真偽も分からんか?」
──その程度の理解力はあると思ったが。
「......へぇ」
悪魔の雰囲気が変わる。
戦闘知識が一切ない俺でも分かる“ヤバさ”だ。
(まずったな。つい煽られた返しで煽ってしまった)
カードゲーマーの悪い癖である。
「調子に乗らないことね」
「がっ」
「姫様ッ」
俺は地面に這いつくばる。
何か見えない力で押しつぶされている感覚。
(じいさんも巻き込まれてたらヤバかったな)
正直、泣きたいぐらい痛い。
「だ、大丈夫だ」
「強がりは良くないわよ」
本当にまずいな。
嘘とハッタリで乗りきる予定だったが、
悪魔の方は本当に冗談が通じそうにないな。
なにより“心が見透かされている”感覚がある。
(大方、ハッタリかけても見抜かれるのが筋か)
とすれば、
アレ使うしかねぇ。
「よく聞け悪魔」
「降伏は聞けないわよ」
俺は口元をあげる。
「降伏? 冗談だろ」
「......本心なのね」
地面に這いつくばった状態で、俺は口を開く。
「この場の魔王軍に
そちらが暴力なら、
こっちは宇宙の法だ。
体が縛れても法律はどうにもならんだろ。
『【宇宙決闘法】承認されました』
「あら、銀河には媚びるクソ法律じゃない」
悪魔は優雅に振り向き一瞥する。
「でも、それって拒否することもできるのよ」
───宇宙決闘法第二条、決闘前の1度の攻撃は許される。
「当然、知っている上だ」
いや、知らんが。
なんや、その抜け穴は。
思わず背中に冷汗が流れる。
(今攻撃されたら避けれんぞ)
俺は絶賛地面に這いつくばり中だ。
「なに、戦争を簡単にするだけだ」
「なら、何を提示してくれるのかしら」
問うような悪魔の口ぶりに、俺は頭を回す。
「そちらの要求は魔王軍の撤退というところでしょ」
「いや、こちらが要求は今後一切の魔王軍の干渉の禁止」
悪魔の目が見開く。
(よし、拘束の力が少し弱まったな)
交渉のテーブルにはつけそうだ。
「冗談はよしなさい。そんな対価を王国はもってはないはずよ」
確かに、賭けるものは等価になる必要がある。
(宇宙での決闘でも賭けた物が等価で承認されていた)
全国民の生命を賭けても、
魔王軍からの干渉の禁止、
には───到底釣り合う訳がない。
「だからこそ、未来を賭ける」
優雅に立ち上がり、
正々堂々と悪魔に向けて、
王国の女王として宣言する。
すでに体を拘束する力はないに等しい。
「こちらが提示するのは、王国現在からの全国民の全人生」
賭けるのは、今後を含めた国民の未来。
これなら一切の干渉の禁止の対価になりえる。
「国民の未来を......宇宙決闘法は絶対なのよ」
「当然、覚悟の上だ」
俺/姫は悲痛な顔で、信念を宿した目で口を紡ぐ。
(ばーかめ、自国民がどうなろうと知った事ではないわァ)
どーせ死ぬ命だ、盛大に散らしてやる。
ヒャッハアアッハ
「───とか思ってるんでしょうな、姫様」
「なんか言ったか、じいさん」
「いえいえ」
老執事はやれやれという顔をする。
俺は内心のびくびくをできるだけ抑える。
(折角、本気のハッタリに水を差しやがって)
このまま悪魔が俺達を殺したらどうする気だ。
俺の心配を外に、
悪魔が動かしたのは、
手ではなく、口であった。
「面白い、その決闘のったわ」
『賭けの対象の設定』
『王国現在からの全国民の全人生』
『今後一切の魔王軍の干渉を禁止』
『等価であることを確認しました』
「では───合意とみてよろしいですかな」
老執事は口をひらく。
「僭越ながら、この私、ミスターが仲介人を務めさせていただきます」
老執事は、
燕尾服を脱ぎ去り、
強靭な肉体を顕現させる。
現れるのは蝶ネクタイに半裸の漢。
宇宙決闘仲介人、ミスターの姿ッ!!
「いや、服脱ぐ必要はないだろ」
「静かにしなさい、決闘仲介人の言葉よ」
悪魔に咎められる。
手を動かしているあたり“ガチ”で黙らす気だ。
(悪魔の基準が分からんすぎる)
俺が間違っているのかどうかは宇宙の神秘というところだ。
「両者、準備はよろしいか」
ミスターの声がひびく。
2人はお互いが見える様に構え合う。
「問題ない」
「こちらもよ」
「では、
ミスターの手が振り下ろされる。
では、よろしくお願いしますって───
[開始条件を満たしておりません]
無機質な文字盤が俺の前に表示される。
「へっ?」
[※注 デッキが40枚以下です]
「はいっ?」
[30分のデッキ調整時間を設けます]
「あのー、姫様」
「いや、あの」
宇宙決闘って事前にデッキ準備いるの?
これ宙から自動的にデッキが出てくるみたいなやつじゃなくて。
「くっははっはは、コイツは傑作ね」
悪魔は腹を抱えて笑う。
「まさか決闘初心者が私に挑むなんて」
「で、デッキを忘れただけだから、セーフッ」
俺は冷や汗を流す。
場の勢いとノリで決闘したから、
ルールすら把握してないとか口が裂けても言えん。
「ちなみにコレ始まるとどうなる」
「強制敗北ね」
「仮デッキで参加とかは」
「強制敗北ですぞ」
おいおい国民の全人生かけて、何もせず負けるとかヤベーだろ。
俺は冷静に深呼吸する。
酸素が脳にいきわたり、
思考の靄を取り除いていく。
(落ち着け、まだ30分もある)
デッキ構築はまだ間に合うはずだ。
とりあえず、
右手を自由に、
左手は腰の態勢へ、
そして一言、
「おファ〇ク」
我が中指は今日も盛大に輝いている。
もちろん、向きは愛しの第三王女に向かってだ。
◇◆◇
デッキを構築するため王城内に戻る2人。
どたばた走るは、姫と老執事。
「姫様、勝てる見込みはあるのですか」
「もちろんあるわけ無いだろ」
盛大に俺は言い切る。
メタも環境も知らんカードゲームで簡単に勝てると思う程、うぬぼれちゃいない。
「だからこそ、今からデッキを組む」
だが初心者が勝つのは不可能ではないのがカードゲーム。
「じいさん、デッキはどうすれば組める」
「とりあえず王国の宝物庫を開けさせます」
老執事は円滑に指示を飛ばす。
さっき兵士に命令を出していたのはそのためか。
「あそこなら、まだ使える物があるはずですぞ」
「ビルダーの腕の見せ所ってヤツだな」
姫と老執事は廊下を駆け抜ける。
目指すは王国の宝物庫。
決闘開始時刻まで、
残り、25分。
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