#44「アクムーンに自我を持った個体がいたんですが、あれは一体・・・?」
レヴィアタンが作り出す異空間。薄暗いフロアで天井は紫に光る配線が張り巡らされている。
船虫はメロンソーダ海岸から帰ってきた。
トトネ、ネネ・・・。
家族かあ、ガキの頃だったか、物心ついた頃にはもう逝っちまってたなあ・・・。
「あらお帰り、船虫ちゃん? 羽は伸ばせたかしら?」
目の前にはレヴィアタンがいたが、その隣にタマモが立っていた。
「タマモ様!?」
船虫は触角をピンと伸ばして驚く。
「驚かせちゃった? ゴメンね。休暇はどうだった?」
おどおどしながらの船虫は答えた。
「あ、あああ・・・。おかげさまで・・・メロンソーダ海岸楽しんできやした」
目が泳ぐ。
「ふふふ、あそこは綺麗な海だからね。全てが終わったら私も行こうかしら」
タマモは透き通る海を思い浮かべる。
「ほう、メロンソーダ海岸か・・・」
レヴィアタンも行きたそうな顔をしていた。
「それから・・・魔法少女どもがこの大陸にきやした」
「待ってました♪ 私も早く準備をしないとね。・・・船虫ちゃん、はい」
タマモは犬神少女が攻めてくることに何か楽しげな表情だ。彼女はスーツのポケットからアクムーン結晶体を取り出して船虫に渡した。
「これは!?」
「ディープ・アクムーン。ようやく新しいのができたわ。2世に感謝ね。大切に使ってね」
「ありがたや! ・・・それと、タマモ様。興味深いことが・・・アクムーンに自我を持った個体がいたんですが、あれは一体・・・?」
船虫は旅館でネネが拾ったというアクムーンのことを話した。
タマモは静かに微笑む。
「ふふふ・・・まだ残っていたなんてね」
「!?」
「半年前、アクムーンの試作テストをやったでしょ? あれはプロトタイプ。アクムーンの材料は死者の魂なのは知っているでしょ?」
船虫はコクコクと頷いた。
「あれには寿命があって、時間が経つと消滅するようになってたのに・・・。やだわ・・・不完全だったのか、中の人が出てきちゃったようね・・・」
「なんだって!!?」
「完成品は心配ないわ。出てこれないように、あれはしっかりと精神体と理性を粉々に砕いた状態だからね。もう本人が苦しむことも痛むこともない・・・負の感情を省いてね・・・・・・。うふふふふ」
「・・・」
不気味に微笑む彼女を見て、船虫は身を引く。タマモの話はまだ続く。
「それと、異世界転生者・・・。二人とも知ってるかしら?」
「なんじゃそれは・・・?」「イセカイテンセイ?」
レヴィアタンは聞いたことのない単語に首を傾げる。
「神々によって遠い世界から死んだ人が、別の世界で新たな生命を与えられ、神の意思のままにその世界を救う救世主・・・」
「一方的に連れてきていきなり世界を救えとは、奴隷じゃな。全く。妾もそんなこと思いもつかぬわ」
「そう・・・。哀れな生き物よ。使命を果たしたら、死後はまた別の世界に送られて、戦いの繰り返しという無限ループ地獄・・・・・・。だけど、人智を超えた力を手にすることができる。さぞ、優越感があったことでしょう・・・。勇者風守ユーマのように」
「風守ユーマじゃと・・・!!? 知っておるのか!?」
邪龍は握り拳を強く握った。タマモは頷く。
「彼もそうだった。この世界で生まれ変わり、神の意思のままにハーディニル魔王国を一瞬で壊滅させた」
「奴はどこに!?」
邪龍は思い出したように怒りが込み上げ、彼の行方を聞く。
「ふふふっ、死んだわ・・・。本当に哀れな子」
「何!?」
タマモは俯き、右手で顔を覆う。
指と指の隙間から覗く眼から発する狂気と狂喜。
「クククっ・・・うふふふふふ。なんの躊躇いもなく魔王を倒した後彼は、自分のしたことにやっと気づいて後悔して・・・絶望して、自殺しちゃったわ・・・・・・。傑作だわあ!! 死んでもまた記憶はそのままで別の世界でも同じことをすることになるのにねえ・・・・・・あはははははははははははははははは!!!」
彼女は早口になり、高らかに笑い出した。何を考えているのか底知れない彼女が不気味だったが、初めて感情を出した瞬間だった。
「ふふ、でもね。アクムーンは違う。アクムーンとして生まれ変わっても生前の自我や精神は最初っから壊れてるから自分自身が何者なのか、痛みさえ何も分からない。記憶を受け継いだまま生まれ変わる転生者よりも良心的だとは思わない?」
タマモは振り返り、フロアの闇へと消えて行った。
船虫はビクビクしながら、タマモが立ち去っていくのを見届けのだった。
異世界転生者か・・・
ああ言ったが、もちろん聞いたことはあるぜ。
大昔、天界で流行っていた時代があった。勝手に転生者を送り、どちらが多く英雄を作り世界を救うかで神々の間で競いあっていた。そいつで地位も決まるから、そりゃ連中は躍起になって転生者を送り込むよな。
その途方もなくくだらないゲームで、一番ワリを食ったのは冥界だ。
別の世界に魂が行くことで元の世界で管轄外となる。そのせいで、管理する魂の総数が減るため、正規で輪廻転生させる数も減る。最終的にどんどん転生後の生態系に偏りができてしまい生命が滅んでしまうのだ。さらに回収する魂もなくなってしまえば冥界の運営も立ち行かなくなってしまうことで、死活問題となったからな・・・。
一方、無理やり転生させ、別の世界で死んでもその魂は管理外のままで、転生させた神々の私物と化してしまう。言葉通り、ずっと神の奴隷で戦いから抜け出すことのできない無限ループに陥る。
そして冥界法で無断転生が取り締まられるように定められてから、ほとぼりは冷めた。現在、異世界転生者はもう大昔の遺物でしかない。今や冥界や中央天界でもごく一部でしか知り得ない単語だ。
しかし未だに法を犯して、英雄を作りたがるバカな奴がいるなんてな・・・
「・・・。おっかね~な・・・全く。 あたしゃ、たった一つの人生はしっかり謳歌したいぜ・・・・・・さーてと、犬神少女どもの追跡を再開するか! え~と、今奴らは・・・密林の真ん中レインボーコーラル湿地かよ・・・」
船虫はクルッとターンすると、その拍子に装束の裾から、黒いローブが落ちた。それに邪龍は気づく。
「む・・・? これは、ぐらたんの着てた衣ではないか? どーしてソナタが・・・」
「あ? メロンソーダ海岸近くの密林で拾った」
邪龍はローブを拾い上げると襟元のドッグタグの紋章に注目しては、隻眼を大きく開く。
「・・・。ヴィル・・・・・・」
「んあ? 知ってんのか? レヴィアタン」
「うむ・・・。よく知っておる。知っておるとも・・・・・・」
それは再び彼女の前に現れた彼の軍服に付いていた襟章に似ていた。
レヴィアタンは、固まったままドッグタグに刻印された紋章を見つめるが、船虫にローブを取り上げられてしまった。
「おっと、わりーな。アタシがゲットしたんだからな・・・。それに、下手に触んと蜘蛛糸がつくぜ? コイツ洗濯しねーとな」
「わわっ!!」
気づくと手のひらにベッタリと白い糸がくっついていたのに驚き、邪龍は手を払う。
船虫はさっさとゲートを開いて出て行ってしまった。
レヴィアタンが一人残される。
「・・・」
彼女は懐から、自身がドルチェル王城の宝物庫で粉々に握りつぶしたあの金属片を取り出して見つめるのであった。
それは今から約80年前、厄災の魔犬事件から大体20年後、再会した彼に託した宝物である。
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