#37「ようこそ! ボクたちの旅館へ」
ようやく大浴場から解放されたウンギャンとぬいぐるみに宿ったネビロスは部屋に戻る。
部屋には既に女子組が戻っていた。
女将も部屋に来ており、料理をテーブルに並べている最中だ。
「あ、2人ともお帰り! 長いお風呂だったね」
女子組がテーブルを囲んで座っている中、ぐらたんが声をかけた。
「ああ・・・。いろいろと魔物ハンターに絡まれた・・・」
「??」
ぐらたんは話を理解していないまま、隣の座椅子に指をさすようにして誘導した。
「こちらで全員ですね?」
男性客から人気の女将、トトネは配膳を終えると軽く指を振る。
すると鍋の下に敷いてある薬剤に火がつく。
「お湯が沸いたら、並べられているこちらをサッとお湯に浸けて、こちらのタレにつけてお召し上がりください」
一礼すると女将は部屋を後にしようとしたところ、ネビロスは聞いた。
「たしかトトネだったか。 聞きたいのだが?」
「はい? どうして私の名を?」
女将は振り返る。
「大浴場で一緒になった客たちがアンタのことを話してたから・・・」
「なるほど、ふふ。あの方たち、何か言ってませんでしたか?」
「え? あ~、特にアンタに気があるみたいで告白したいって、みんな躍起になって騒いでいた」
「ふふふっ、全く困ったお客様方です」
トトネは両手の指先を静かに合わせ苦笑した。ネビロスは上品な笑顔を見せる彼女を頷くように注視する。
「確かに・・・野郎どもが夢中になるわけだ。年上のお姉さんって感じが。う~~ん」
ぬいぐるみに真剣にまじまじと見つめられ、トトネは一瞬固まり、
「お姉さん? ふふふ。あらやだ・・・、そんなこと言っても夕食の割引きはしませんよ」
照れた表情で答えた。
その様子を見て、ぐらたんは頬を膨らませて不満気な表情をすると、ネビロスの腕を掴んで寄せる。
「ネビロス様、早く食べましょ! 待ってたんだからね!」
顔は笑っているが、何かしらその表情から圧力が伝わる。彼女の後ろで他のみんなはオロオロとその様子を見守る。
「・・・。あらあら、うふふ。お邪魔しちゃったかしらね。私はこれで・・・ごゆっくりどうぞ」
空気を読んだトトネはしたたかに一礼して部屋を後にした。
「あ・・・」
ぐらたんの鋭い視線を浴びながら、ネビロスは肝心なことを聞けずトトネを見送った。
「さ、さっさと食おうぜ? このサラダ美味しいな」
やどりんは盛り皿に盛られた白菜や菊菜を摘んで食べ始めた。
ぐらたんも続けて白菜の切れ端を食べ始める。
「・・・」
不機嫌な表情で食べる様を恐る恐るのぞきこむネビロス。
「なあ、ぐらたん・・・な、何を怒っているんだ? ・・・ぐらたんさん?」
「むーー! 教えない!」
野菜を力強く噛み締めていく。
重たい空気の中、居ても立っても居られずみんなは釣られて野菜に手を出していった。
アギャンとウンギャンは慌てて止めに入る。
「あ!! 野菜食べちゃダメだギャン!」
「鍋に入れるヤツだギャン・・・」
野菜の盛り皿は綺麗になくなってしまった。
「あれ? サラダじゃなかったんだ・・・」
カオリは後頭部を撫でて舌を出した。
「野菜が・・・」
ウンギャンは、空になったザルを見てガクッと頭を下げた。アギャンは両手を腰に当てて説明する。
「いいギャン? これはしゃぶしゃぶと言って、お鍋に具材を箸で摘んで、お肉などをさっと湯通しして食べるものだギャン! その前に野菜は沸騰した後に入れてしばらく茹でるギャン! 茹でた野菜もポン酢やゴマだれにつけて食べるギャン!」
「「「「へえ~、そうなのか」」」」
「まあ、メインは肉だし・・・。この魚の切り身を茹でればいいんだろ?」
やどりんは箸で、花のように並べられた白身魚の切り身を摘んだ。
「それはフグという魚で、毒は持っているけど、毒のある内臓を取り除けば食べれるギャン。とても美味しい高級魚だギャン!」
今度はウンギャンが魚の解説を話し出した。
「うめえ!」「この・・・コリコリする歯応え美味しい! カルパッチョに合うかも」「高級魚サイコ~!!」
「「貴様らーーー!!」」
行ったそばからカオリとぐらたんとやどりんは、茹でずにフグの切り身を食べていた。その様を見て、アギャンとウンギャンは怒りをあらわにした。
「分かった、分かったてば・・・・・・」
仕切り直して、みんな鍋にフグに湯通しした。
「美味い!」「生もいいけど、こっちもいいなあ」
みんなが正しくしゃぶしゃぶを食べる様子を見て、アギャンとウンギャンはウンウンと頷いて切り身を湯に通す。
「ネビロス様! あーん」
ぬいぐるみから取り出されたネビロス玉にぐらたんは軽く湯だったフグを与えた。おいしかったのか機嫌が戻ってきたようだ。
手元に降ってきたフグを箸で摘み、ポン酢をつけて食べる。
「美味い! こんな鍋は初めてだ。こんなにシンプルなのにっ!」
ネビロスはフグ肉を噛み締め、感激する。
ぐらたんは美味しく食べてるネビロスを眺めて笑顔になった。
「でしょ!! 簡単だから私でも作れちゃう。 うーん、また今度は羊肉でやってみようかな・・・。次も上がったよ。はい、ネビロスさま!」
ぐらたんは再び湯通ししたフグを水晶玉に浸透させた。
そのやり取りを見ながらカオリは、ホッコリした表情でご飯を口に入れる。
「んふふ、お米が美味しい」
横で、やどりんは呆れた様子でカオリを見ていた。
暑い環境の中で鍋はどうかと思ったが、鍋を囲んでみんなと団欒するのは悪くないと思ったぐらたんであった。
時間はあっという間に過ぎていった。
☆☆☆
寝静まった夜、ぐらたんは布団から起き上がる。周りのみんなは寝ている。みんなふかふかの敷布団の上に薄手のブランケットに潜り込んで気持ちよさそうに寝ている。エアコンのおかげで部屋中は涼しい。
浴衣を脱いでローブに着替える。
・・・定期報告っと・・・
あれ? ネビロス様は・・・!!?
ぐらたんは白い犬のぬいぐるみがないことに気づき、部屋を出ていった。
それにしても右腕がなんんか痛痒い。しかも蜘蛛の巣が多いな・・・
蜘蛛の巣を払いのけ、ぐらたんは袖をめくると、腕に二つの紅い斑点が出来ていた。出血していたようだ。血液は固まって透き通るような赤い結晶が出来ていた。
「なんだろ・・・いつの間に・・・」
何かに噛まれた跡だ・・・。こんな生い茂った密林が近くにある南国だ。デッカい虫がいてもおかしくない。おそらくここに住みついている蜘蛛か。
ぐらたんは傷口を舐めて、静まり返った廊下を歩いていく。
化粧室の入り口がぼやんと光っているのに気づき、入ると並んだ洗面台と鏡が見える。鏡には不気味に輝くエメラルドの眼光を輝かせた自身が映っているだけだ。しかし、確かに人の気配がする・・・。
「そこか!」
ぐらたんは振り向きざまに、チョップをした。何も手応えはなく空気を薙ぐだけだったが・・・
「ひゃあ!?」
ぼんやりと輝く小さな少女が尻餅をついた。
「・・・。私のことがわかるの?」
ぼんやり輝く不思議な少女は前髪が切り揃えられた黒髪で着物を着ている。よく見ると少女の体は少し透き通っている。幽霊だろうか?
ぐらたんは腰に手を当てて答えた。
「一応専門家だからね。キミはだれ?」
「私は・・・ネネ」
少女は静かに名乗った。
「私はぐらたん。ネネちゃん、どうしてここに留まっているの? 未練を教えて欲しいな」
「・・・強制に除霊はしないの? さっきまで、怖いおねーさんに追いかけられてたから隠れていたのに」
「私はそこまで悪魔じゃないよ!? (悪魔だけど!!)」
ネネはグッと身を乗り出して強く答えた。
「それじゃあ! あの・・・お願いが! お母さんを! お母さんを止めて!!」
「お母さん?」
「私のお母さん・・・この旅館の女将」
「なんだって!?」
ネネの母親。この旅館の女将トトネである。
ネネの話は続く。
「お母さんは、死んだ私にもう一度会いたくて・・・・・・現れた悪魔にとらわれてしまったの。悪魔は来たお客さんたちを引き止めて夢を食べ続けている・・・。そして、お母さんもずっと私と会う夢を見続けている! だから、お母さんを助けて!!」
この旅館にそんなことが・・・。
それでネビロス様はその異変に気づいて、彼女に聞こうとしたのか!
私の変なヤキモチが邪魔してしまった! それじゃあ、ネビロス様は今!!?
「分かった! トトネはどこ? それとその悪魔って?」
ぐらたんはネネに聞こうとしたが、
「やだなあ・・・。それ以上しゃべっちゃ」
ネネの声がした。目の前の霊の少女からではない。後ろを振り返ると・・・
ネネがいた。
「!!?」
もう一人のネネは右腕を振るう。何か微かに煌めく線が4本走ると、後ろにいたネネが5つに両断された。
「きゃあ」
霊体のネネは霧のようにかき消えた。
ぐらたんは新たに現れたネネを睨む。
「キサマ・・・」
「逃げられちゃったか・・・」
ネネらしき者は笑顔のまま歩み寄った。
「ようこそ! ボクたちの旅館へ。ぬいぐるみを探しているの? おねーちゃん・・・」
「!? ネビロス様をどこにやった!!?」
ぐらたんは吠えるように大声をあげた。
「お母さんのところ・・・。もちろん彼女の夢を叶えるためさ・・・あのお兄ちゃん、不思議な力を持っているんだって? ボクはあの力が欲しいんだあ」
ぐらたんはイヌガミギアを取り出す。
「どうしてそれを!? そうはさせるか! イヌガミライズ! ・・・!?」
イヌガミギアを被り変身呪文を唱えようとしたが、突然視界がぼやけた。
ぐらたんは膝をつき、ネネらしき者は顔を歪めて声を出して笑った。
「あはは! やっと効いてきたね。 おねーちゃん、随分とボクの毒が回るのが遅かったからね・・・」
「くっ・・・」
ぐらたんは身を丸くしてうずくまった。
ネネらしき者はかがみ込んで、ぐらたんを眺める。
「大丈夫だよ、死ぬことはないから。おやすみなさい。目が覚めればスッキリここの居心地が良くなる。それに他のお友達も一緒だから・・・ボクたちの旅館で、ずっと暮らして・・・・・・たくさんの夢を食べさせてよ! いい悪夢をね♪ ふふふ」
凍りつくような寒気が体の芯まで浸透していく中、ネネらしき笑い声を最後に意識が途絶えた。
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