#36「楽しんでいってくださいね」
夕暮れ時、船虫の襲撃もあったが十分に楽しんだぐらたんたちはチェックインした宿に戻った。
海のそばにある高級なリゾートホテルに行きたかったが、営業休止中となっていた。
やむなく、はずれにある旅館に泊まる事になってしまった。
「貸し切りみたいで楽しかったけど、海といい、ここといい・・・このひとけの無さは何だろう?」
ロビーでぐらたんは口を漏らす。
観光客で賑わうというメロンソーダ海岸。全く人が楽しんでいる様子が見あたらなかったのだ。
「そうね・・・他の観光客もいたけど、なんか活気を感じない・・・どういうことなの?」
カオリも一緒になって考え込む。
「それは半年前のことなんですが・・・」
すると後ろからそっと宿の女将が割って入って来た。長い黒髪で着物を着ている。突然と話しかけられて、ぐらたんたちは驚く。
「・・・。脅かしてしまってごめんなさい。半年前、アクムーンという魔物がレインボーバブルで暴れまわったの。それ以来、怖がったお客さんが来なくなってしまって観光事業が痛手に・・・。海岸前の立派なリゾートホテルもあの通りよ」
「そんな・・・」
カオリは言葉を失う。
ぐらたんの隣でネビロスはギュッと拳を握り込んだ。
アクムーンもこの地域で・・・
邪龍に捕まっている間、奴らの話から頭目のタマモが活動しているという。本拠地がこの大陸ならば奴らの魔の手が既に及んでいて当然だ。早くナイトメアユニオンを倒さなければ!
女将は話を続ける。
「・・・それでもあなた達が来てくれて、こちらはとても助かっているわ! ありがとう、楽しんでいってくださいね」
「そうですね。 こんな気分のままじゃ、ヤツらに敵わないわ! 思いっきり楽しんじゃお!!」
「「「「「同意!!」」」」
部屋鍵を受け取り、ぐらたん達はエレベーターに乗って部屋へ向かった。
☆☆☆
部屋に戻ったぐらたん達。
ワタノ調の部屋造りは、この南国には違和感があった。それでもゆったりと落ち着ける場所であるのは間違いない。
一息付けたぐらたん他少女組は荷造りを始めた。
「何してるんだ?」
ネビロスが聞くと、ぐらたんはニッコリ答えた。
「お風呂だよ! 一階に大浴場があるの」
「海水でベタベタだからね~」
「そうか」
「某も行きたいギャン!」
ウンギャンが混ざろうとするのを、ネビロスは引き止める。
「よせ、ウンギャン! お前は男風呂だろ?」
「え? そうギャン? いままでは・・・」
「あーーーー! 分かった!! それ以上言うな!! お前は僕について来い」
☆☆☆
大浴場。
ウンギャンはぬいぐるみから取り出したネビロス玉を湯船に浮かべては疲れを癒していた。
木造の浴槽からは木の香り、そして流れ出る温泉は青みのかかった透き通る湯。
ネビロスは腰にタオルを巻いた状態で水晶玉に閉じ込められているが、水晶体が湯に浸かっているだけで間接的にでも何だか疲れが取れていく不思議な気分になっていた。
同じく湯船に浸かる男性たちから視線が集まり落ち着かない。
「・・・」
「・・・。 ネビロス様、やっぱりお嬢様たちと一緒に行った方が・・・」
「ダメに決まってるだろ。騒ぎになる!」
ネビロスは少し赤ら顔で視線を逸らす。何か別の話題を考えねば。
「・・・。なあ、ウンギャン。クリーミートップでパフェを食べたんだって? どうだった?」
ウンギャンは振り向く。
「ギャン! ネビロス様の作ったザ・タワーを食べましたギャン」
「そうか! あのヤケクソパフェまだ残ってたのか・・・」
「完食出来なかったギャン・・・」
「はは。今度は本家本元を作ってやろうか」
「もうあれはいいギャン・・・」
ウンギャンは口元まで顔を沈めた。マッタリとした時間が過ぎていく。
レインボーバブル・・・思ったより深刻そうだ。
しかし、そんな中この旅館だけが営業をしているのにネビロスは違和感を覚えた。
「どうしたギャン?」
「いや、何でも・・・気のせいか」
ネビロスは水晶玉から間接的に感じるお湯の心地よさに浸り、天井を見上げた。
カオリの言う通り休める時に休んで今を楽しむのがいい。
「いい湯だな」
「ギャン」
ネビロスとウンギャンはゆっくり入っているところ、近くに青年が入って来た。身体つきは鍛えられた筋肉でがっしりとしており、所々傷だらけだ。見たところ兵士だろうか。
「よお。珍しいなアンタら? それに、このご時世にメロンソーダ海岸に観光とは物好きだな」
青年は洗った頭掻き上げながら気安くネビロスたちに話しかけた。
「話せば長いがドルチェルから来た」
ネビロスは一旦ウンギャンに顔を合わせて再び気さくな青年に向き直る。
「この封印を解きたくて旅してる・・・。そういうアンタは?」
「ふ、オレはしがない魔物ハンターさ・・・。討伐依頼された魔物を追ってここまで来たんだが・・・」
ウンギャンは身構え、湯船から飛び上がった。
「まさか! 某を狩に!?」
「お? お前さんじゃないなぁー。討伐したところで二束三文にもならねーし・・・。確か・・・・・・いや、そんなことはいい!」
青年は湯に浸かりながらガッツポーズをする。
「アンタら、トトネさん、どう思う?」
「トトネさん?」
知らない名を聞いてネビロスは聞き返した。
「ここの女将さんだよ!! 綺麗なお方だ。料理も美味しいし・・・優しいし・・・笑顔も素敵。よし! 決めたぞ!! 今度こそ、俺は告白する!」
青年は立ち上がった。
ネビロスとウンギャンは話についていけず固まったままだ。
「分かるぜ! しかし、それは聞き捨てならんな! トトネちゃんに告るのはオレだ!」
別の男性が寄って来た。全身毛むくじゃらで三角耳と顔からせり出すマズル。見ての通り獣人だ。体毛の下からでも分かるように屈強な筋肉、おそらく同じハンターだろう。
「な、何だと!?」
そして、さらに新手が・・・
「いやオレだ!」「俺だ!」「トトネさんに気があるのは俺だ!」「お前らランクは幾つだ? ギルドランク順だ! 俺が先だぞ!」
浴槽は急に暑苦しく、むさ苦しくなったのでついていけなくなったネビロスは呟いた。
「ウンギャン、そろそろあがろうか」
「承知・・・」
ウンギャンはネビロス玉を抱えて湯船から出るのであった。
☆☆☆
暖簾から、ぐらたんたちが出てきた。
全員浴衣に着替えていた。
「いいお湯だったね」
カオリが声をかける。
「うん。カオリちゃんのシャンプーいいね! どこに売ってるか教えて」
「教えるギャン!」
「ふふ、これ良い香りがするんだあ。カオリなだけに! いいよ。ドルチェルに戻ったら、買いに行こ!」
やどりんは隣の暖簾、男風呂に目をやった。
「ネビロスとウンギャンはまだか・・・。意外と長風呂なんだな、アイツら」
「そうね。ネビロス君、どうやって入るんだろ?」
カオリが疑問に思う横で、ぐらたんは想像して少し顔が赤くなる。
「ふぁ! とにかくウンギャンが何とかしてくれてるでしょ・・・」
暖簾の前で話し込んでいるうちに、1人の女性客が近づいて来た。18歳くらいだろうか、長身で黒髪の少女だ。
「すまない・・・。キミたち」
じっと黒髪の少女が立っているのにようやく気づき、
「わわ! ゴメンなさい」
ぐらたんたちは道を開ける。少女は暖簾に入っていくが、手前で振り返る。
「・・・キミたち。 ここに来たのは今日か?」
「そうですよ? おねーさんも観光ですか?」
カオリが答えた。
「いや、私の部下が魔物討伐に当たっていたが・・・この周辺で行方不明になってね。捜索中。ここ周辺は危険だから早く立ち去った方がいい」
少女は暖簾に入っていった。
「・・・。はあ・・・そうかい。 今から風呂入ろうとしてるのによく言うよ。部屋に戻るか」
やどりんはボヤき、女子組は部屋に戻っていった。
☆☆☆
「わりーな、いつも泊めてもらって」
フードを外した船虫は旅館のロビーにある待合ソファーに腰をかけては、足をバタバタさせていた。
その後ろで女将が答えた。
「私とふーちゃんとの仲でしょ? いいよ、いいよ」
船虫は暗い顔で振り向く。
「なあ、トトネ? オメーの娘はまだ・・・・・・いや何でもねー」
するとカウンターから、6歳くらいの小さな黒髪の女の子がひょっこり頭を出した。船虫は氷ついた表情でその少女をみるのだった。
「・・・!!?」
「どうしたの? ふーねーちゃん!」
無邪気な笑顔で船虫を見つめる。
「ネネ。どういうことだ・・・?」
その少女は確かにトトネの娘だ。船虫は驚いた表情を隠せないままトトネの方に目をやる。
「ふーちゃん。もう心配いらないよ? ネネは戻って来てくれたんだから。だから、ふーちゃん・・・もういいのよ」
カウンターから出て来たトトネはゆっくり船虫に歩み寄る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます