#38「やばい宿に泊まってしまったようだ」

ここは? 冥界・・・死神庁黄泉の国支部局だ。


ここで、初めてネビロス様とあったところ。あの時、研修で粗相を起こしてしまったが、彼のおかげで強制送還されずに済んだ。


最初の第一印象は無愛想な彼だったが何かしら面倒見が良い。そんな時折見せる優しさに私は惹かれていった。



支部局からネビロス様が出て来た。



「はあ~。やっと後始末が済んだ・・・」



「ごめん・・・。いろいろ迷惑かけちゃった。私はこれで・・・」



立ち去ろうとした時、ネビロス様は呼び止めた。



「どこへ行く!? どこへ!!」



「へ?」



「契約を済ませた。これでオマエは正式に僕の使い魔・・・。でもこっからまた忙しくなる」



ダルそうに彼は左手で後頭部をおさえる。


その時、私はどんな顔してただろう。



「そ、それじゃあ!!?」



「ああ。だけどハッカタウンに着いたら、除霊の仕事だけじゃないぞ? 分かってるな?」



「うん!!」



嬉しいさでいっぱいだったに違いない。

彼は私の手にビニールの小袋を置いた。



「ほら、とりあえず、なんだ? 契約の印だ」



小袋にはチーズタルトが入っていた。あの時食べたチーズタルトの味はハッキリ覚えている。ホロっとタルトが口の中で崩れて、それでもってクリームチーズが甘酸っぱい。ハチミツの香りが口いっぱいに広がったのを・・・・・・


あの時から私は彼のことが好きになったに違いない。今与えられている任務が無ければ彼に会えなかったと思うと歯痒い。


私はずっと仮面を被り続け、騙し続けて、最終的に彼を・・・



「何しけた顔をしている?」



「!?」



ネビロス様は大胆に私の両手をしっかり手を取る。



「契約したのは使い魔だけじゃない・・・」



「え?」



ネビロス様は書類を取り出して見せた。



「婚姻届!!?」



私の反応を見て彼は頷いた。



「そう・・・オマエはもうただの使い魔じゃない! ・・・ボクの女になりなよ・・・」



目を細め顔近づけて来た。


顎が彼の手によって軽く持ち上げられる。


私の全身が発火するように熱くなってきた。心が搔き乱れる。



「あ・・・・・・ネビロス様・・・ダメ・・・」



甘い気分に満たされて、自然と私も目を閉じて顔を寄せる。

鼓動がうるさいくらいに胸の中で響く。



現実なら受け入れたい・・・。現実ならば!!



唇が重なる直前、私の頭の中から苛立ちが爆発した。


このままチューするのもいいが、勢いをつけて思いっきり額を彼の顔面に打ちつけてやった!



「うりゃあああああああああああ!!」



宙を舞う彼。何メール吹っ飛んだだろうか? 


彼は地面に叩きつけられ、バウンドしながら転がり続ける。

ようやく止まったところで彼は体を起こす。



マスターの顔でそんな顔をするな!!



「よくもネビロス様を汚したな!!?」



私の知るネビロス様はそんな下衆では無い!



理想と大いにかけ離れるヤツはネビロス様では無い・・・ゴミだ!!



「どうして・・・ぐらたん。キミの夢じゃ・・・望みじゃなかったの? ネビロス様が大好きなんでしょ!? ボクが、彼をキミのものにしてあげるのに・・・・・・」



虫唾が走る!!!



「恋心を知らないクソガキがっ!! しゃべるなああーー!!」



心から叫んだ言霊は不思議なことに、極大で眩しいビームとなって、口から吐き出された。ブレスは、その哀れなゴミを消し飛ばした。




☆☆☆


「人の心に土足で入りやがってええーーーっ!! あ・・・」



気がつくと、真っ暗な密林に囲まれていた。

ぐらたんは夢から目覚めたようだ。



なんて悪趣味な夢を・・・。こんなものを見せるのはヤツしかいない。しかし、いつの間に外に・・・



目線の先は旅館の明かりが見える。意外と近い場所に移動させられていた。


足はぶらぶらしており、宙に浮いている。背中に何か引っかかっているような感覚がするし、両腕が動かしにくい。身の周りを見てみると、ぐらたんの体は大きな蜘蛛の巣に張り付けられていた。



早くみんなを、ネビロス様を助けないと・・・



ぐらたんは強引に腕を引いて剥がそうとしたが、袖にびっしりと蜘蛛の糸がくっついて離れない。

無理だと分かり、力を抜くと反動で巣が揺れて自身も揺らされる。


ふと足元を見るとイヌガミギアが茂みに落ちていた。届くはずは無いのに、無意識のうちにぐらたんはイヌガミギアに手を伸ばした。限界まで。



「・・・・・・」



伸ばした手の先にあるイヌガミギアが揺らいだ気がした。自身に向かってわずかだが動き出したように見えた。

集中しているうちに、蜘蛛の糸を伝って別の振動を感じた。


ふと見上げると赤く輝く八つの単眼。大きな蜘蛛が牙を数回噛み合わせて、ゆっくりと巣の上を張って来たのだ。



「あくむーーーん!」



「アクムーン!!? わ、あわわわわわわわわわわわわ!!」



ぐらたんはイヌガミギアのことは忘れて、暴れ出した。もがき続け、ストンっとぐらたんは巣から落ちて自由になった。ローブが脱げたのだ。


白いワンピース姿になったぐらたんは慌ててイヌガミギアを被る。



「イヌガミライズ! マジカル・イヌガミント!!」



赤い光に包まれて、ぐらたんはイチゴミントに変身した。


ミントはロッドを振るう。



「ミントスラッシュ!」



光の盾が高速回転して大きな蜘蛛に飛んでいき、真っ二つにした。蜘蛛の残骸は間も無く光の粒子になって消えた。



「え!? なんだかあっけないな・・・」



ミントは巣に張り付いた黒いローブを引っ張るが剥がせない。べったりとくっついてしまっている。



「うえ~・・・。やっぱり取れないや。あとで回収しよう・・・・・・とにかく急がなきゃ!」



旅館を目指して駆け出すのだった。





☆☆☆


——タオセ・・・——



えっ?



声を頼りに後ろを振り向くと、大きな人影が目の前に立っていた。



誰?



人影は炎のように揺らめいている。



——ワガハイ ノ・・・ヒガン、望ミ・・・ニセモノ ヲ——



人影は揺らめく腕を伸ばして、大きな手が私に迫る。 



倒せ? どう見てもアナタの方が倒すべき敵だわ。

私が・・・倒す!!



剣を構える私は、まるで本当に勇者みたいだ。




☆☆☆


「うっ・・・」




カオリがゆっくりと目を開けると目の前にはやどりんが顔を覗き込んでいた。



「やどりん・・・・・・どうしたの?」



「良かった。カオリ、目が覚めたか?」



カオリは頷くとゆっくり体を起こす。



「なんだかだるいなあ~・・・。それにまだ夜中じゃない。あのカッコイイ夢の続きが気になるの~」



カオリはまた寝ようとするのをやどりんは阻止した。



「寝てる場合じゃないぜ。アクムーンだ! アンタたちが寝てる間に毒にやられてたようだ。 解毒はしておいた」



カオリは再び勢い良く体お起こす。



「え!? アクムーン!? やどりんは大丈夫?」



「おう。 アタシに毒は効かないからな・・・。それよりもアギャンとウンギャンの毒のまわりが深刻だ!」



「そんな!!」



「心配するな・・・どうやら死ぬようなもんじゃない。 何かしら依存性が出るような毒だ・・・。全く、やばい宿に泊まってしまったようだ」



「やどりんなだけに・・・」



呆れた顔でやどりんは、アギャンとウンギャンに解毒処置を続ける。



「・・・・・・。くだらね~事言ってる暇はねえぞ? ネビロスとぐらたんがいない! この二匹はアタシに任せて、行ってこい」



「分かったわ! イヌガミライズ! マジカル・イヌガミカン!!」



カオリはミカンに変身し、部屋を出ようと扉に近づこうとしたその時、

扉付近の天井の板が抜け落ち、一匹の巨大な蜘蛛がミカンの前に降りてきた。



「出たわね、アクムーン!」



扉の前を陣取るビーストは蜘蛛糸を吐いてミカンを絡めとろうとするが、

彼女は素早く低姿勢で糸を避け、一気にビーストの懐まで接近する。



「はあっ!」



シトラスブレイドで斬り上げ、巨体を真っ二つにした。縦に分かれたビーストは何事もなく光の粒子になって消滅した。



「あれ? なんかいつもと違うような・・・考えている暇はない。待ってて、ぐらたん、ネビロス君」



部屋の扉を開けるミカン。


開けた扉の外から、わらわらと同じ蜘蛛型のビーストが列をなして迫ってきた。

部屋に入りきれないのか、扉ですし詰め状態で渋滞している。



「うひゃあ!? アリさんはともかく、クモはちょっと・・・」



ミカンは蜘蛛の群団へ立ち向かっていく。

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