#19「すみれ・・・すみれなの・・・!?」

バルコニーでお茶をして、他愛のない話などしてすぐに魔法少女好きな姫様と打ち解けることができた。いつの間にか周りのグッズも気にならなくなった。


「・・・ドルチェルの街を守ってくれてありがとう。カオリちゃん、ぐらたん。頑張ってナイトメアユニオンをやっつけて世界を救ってください」


「えへへー、ありがとう、エクレアちゃん!」


カオリは照れながら、紅茶を口にする。その横でぐらたんはケーキを口に入れた。


「どういたしまして・・・このケーキとても美味しいね。紅茶にとても合う♪ スポンジにしっとり感が絶妙にあって、上品で柔らかな舌触り。その後に飲んだ紅茶も舌に残った甘さを広げてくれる」


「あ! ぐらたんの食レポが始まった♪」


ぐらたんの感想にカオリが茶化し、エクレアが手を合わせる。


「でしょ! クリーミートップいちのパテシエがお作りになってるの!! クリームやイチゴもこだわって、色んな地域の名産物を厳選してるの」


「「「「へえーー!!!」」」」


ぐらたんたちは、ドルチェルいちのケーキを口にして感激した。


「それにしても・・・・・・ぐらたんって、不思議。身のこなしも上品で・・・」


エクレアは、作法をわきまえて食べるぐらたんを眺める。


カオリが賛同してきた。


「そうでしょ! ・・・話してるとフツーの可愛い女の子なのに、何かしら丁寧で・・・ミステリアス!」


「う・・・・・・」


ぐらたんは思わず手を止める。体に染みついた動作など隠しようがない。


カオリはさらに問い詰める。


「ぐらたんって、どこか名家の子?」


ぐらたんの額から汗が一筋流れる。


「興味あるなあー! 使い魔のアギャンとウンギャンも「お嬢様」と呼んでるし」


身を乗り出す二人に、顔を逸らす。


「わわ・・・そういう詮索は・・・・・・」


困惑したぐらたんはキョロキョロと目を泳がせる。ふと目に入ったもので話を逸らすことにした。


「そーだ! そんなことより、エクレアちゃん。ピアノやってるの?」


「え? ええ。多少は。「マジカル☆きらりーな」の曲をよく弾くの」


ぐらたんは部屋にもどり、ピアノの席に着いた。


「私も多少は。ネビロス様の喫茶店でよく弾いてたの。どう? 聞きたい?」


「へえ~、ぐらたんにそんな特技が!」


「もちろん聴きたいわ」


カオリが関心を持つ横でエクレアも頷く。


「ヨシ! じゃあじゃあ、私の十八番を披露しちゃうぞ!」


「お嬢様、お供しますギャン!」


アギャンはぐらたんのリュックから、小さいサックスを取り出した。カオリとエクレアは拍手を送る。


「お、お嬢様、おねーちゃん・・・それは・・・」


ウンギャンが止めに行こうとしたが、演奏は始まってしまった。




流れるような力強いアップテンポ。スピード感あふれる攻撃的な打鍵とそれに追従するやかましいくらいのサックスの旋律がエクレア姫の部屋から外に爆発した。




弾き続けるたびに増幅される高揚感。


ドラムスが足りないのは寂しいが、こうなってしまった以上止められない!


滑らかな優雅さと、それに反して侵略的な凶暴性を併せ持ったリズム感。


幼少の稽古で弾かされたクラシックは退屈でつまらん! やっぱりジャズだ!


魔界ジャズで名盤「ワンダフル・ステップス」は最高だ!




「ま、まあ・・・」「へえ~・・・」


期待していたのと違い、エクレアとカオリはその場で固まる。曲の良さが理解できていない様子。


耐えかねたウンギャン耳を押さえながら、爆奏する二人に駆け寄る。


「ストーーーップ!! 二人とも、やめるギャン! なぜフリージャズを選曲したギャン! せめて、いつもお店でやってたジャズにするギャン」


ウンギャンに止められ、二人はしぶしぶ演奏を止める。聴いていたカオリとエクレアは安堵した。


「え~、ウンギャン、相変わらず分かってないギャン・・・」


「こっからがイイところなのに・・・えっ!?」


ウンギャンに振り向くが、不意に視界に入ったものにぐらたんは固まってしまう。


バルコニーから見える街の時計塔のある広場、パフェのモニュメントの下に見覚えのある人物がいたのだ。




あれは・・・!




ぐらたんはピアノの席から思わず立ち上がる。


「どうしたのですギャン?」


アギャンが声を掛けるが、ぐらたんの耳には入らない。


ぐらたんは急いでバルコニーを飛び降りた。


「ぐらたん!?」


突然の行動にカオリとエクレアは慌てて、バルコニーの手すりに駆け寄り下を覗く。


「どうしたんだろ、ぐらたん・・・・・・あんな顔初めて見た」


カオリは心配で下を見つめる。


「すごい! 滅茶苦茶な演奏はビックリしたけど、犬神少女だから身体能力が高いのですね!」


エクレアは逆に、3階から飛び降りたぐらたんの大胆な行動にテンションが上がっていた。


下には既にぐらたんの姿が見当たらない。


「探しに行くギャン!」


ウンギャンもバルコニーから飛び出す。




☆☆☆


あれは・・・あれは・・・!




城の庭に着地したぐらたんはそのまま駆け出す。




もっと急がねば・・・




「マナアイドリング・リリース!」


魔力解放をし、元の姿の垂れた犬耳と蝙蝠の翼、悪魔の尻尾が生えた。




良かった・・・魔力が元に戻りつつある!


ステルスマント・・・




ぐらたんは魔術を発動させ、景色に溶けるように姿を消した。


風を切る音だけ残して、ぐらたんは時計塔の方へ飛び去った。




ピンク色の長い髪・・・黄金の角・・・大きな龍の尻尾。そして顔に付けいていた眼帯・・・!あれは、間違いない・・・!


幼い頃、長い夢をみていた。その夢で出会った龍神!




堀を飛び越えて、街の路地裏に着地したところで魔力が尽きて人間の姿に戻ってしまった。


潜伏の魔術も間もなく解けた。




まだ完全には程遠いか・・・




表通りに出たぐらたんは駆け出して、流れる人々を掻き分けて時計塔を目指す。


あの時の記憶が・・・蘇ってフラッシュバックする。




—どうしたのじゃ・・・こんなところに来て?—  




—妾か? 妾はあめのすみれ龍姫じゃ。気さくにすみれと呼んでも構わぬぞ—  




—なかなか似合うの~♪ ぐらたん。全て妾が作った召物じゃ! 次はこれじゃ!—  




—もう時期、ソナタは夢から目覚める。お別れの時じゃ・・・なーに、また会える・・・— 




夢のはずが・・・・・・あの時の深い海の底・・・一緒に食べた手料理・・・色んな服を着せかえされたり・・・




あの龍姫と過ごした日々の記憶、感触が五体を駆け巡っていた。




すみれ・・・! ホントにアナタなの?




時計塔、そしてパフェのモニュメントが見えて、そこには・・・


夢で会った龍姫の姿があった。


「すみれ・・・すみれなの・・・!?」


ぐらたんは駆け寄ると龍姫はこちらに気付き、口を開いた。


「む? ・・・どういうことじゃ? 周りの人々には意識されない術を・・・」


彼女もぐらたんの顔を見ては、


「ソナタは・・・・・・まさか! ぐらたん!?」


幽霊を見たかのような、凍りついたような表情をしていた。


「そうだよ・・・あれは夢じゃ無かったんだ!」


ぐらたんの目から薄っすら涙の粒が浮かんでいた。


すみれはあの優しい表情をぐらたんに向けた。


「夢なものか・・・・・・ソナタ、耳と翼と尻尾が無かったから直ぐには分からなんだ・・・。それに、髪を切ったのじゃな。妾は長い髪のソナタの方が好みじゃが・・・今のショートも似合ってるぞ?」


「えへへ、すみれは変わらない・・・あの時のままだったから、直ぐに思い出せた」


「ぬふふ! 妾の美しさは永遠じゃからの! それにしても・・・・・・妾の元に現れた幽霊悪魔っ子が・・・。無事大きくなったの」


「え!!? 夢じゃないならあれはなんだったんだと思ってたら、私、幽霊だったのーー!?」


ぐらたんはあの時が夢ではなく幽霊だったことに驚愕するが、あの時を思い出せば辻褄が合う。




5歳の頃だ。あの頃の私は病弱だった。容態が最悪の時は体をピクリとも動かすことさえできなかった。寝たきりだった頃のことはあまり覚えていない。覚えているのはすみれと過ごした日々。気づかないうちに体から魂が離れてしまっていたのだろう。




「そうじゃ・・・幽体離脱していたのじゃろう。妾も最初はビックリしたが、あそこに居た時は寂しさがまさっておった。逆にソナタが来てくれてしばらくは退屈しなかった。嬉しかったぞ」


すみれは視線を下に向け、あの頃を思い返しては微笑んだ。


「・・・しかし、これで会うのは最後かもしれぬ・・・。ソナタは直ちにこの街を離れよ」


やっとの再会に喜んでいたが、いきなりの別れでぐらたんは引き止めようとする。


「どうして・・・・・・」




すみれもこの街の危機を察しているのだろうか? 私もこのことでここまで来たし、せっかく再会出来たというのに別れたくない・・・!




すみれは後ろを向く。


「待って・・・・・・え!?」


すみれを追いかけようとした時、視界が歪んだ。




頭の中がグルグルする。手や脚がビリビリと痺れてきた。体が熱い・・・・・・一体、何が!!?




「うっ・・・・・・」


ぐらたんは崩れるように倒れてしまった。


視界がぼやける中、立ち去ろうとしていた彼女が戻ってきてくれたのが嬉しかった。


「!!? ぐらたん! どうしたのじゃ!! しっかりせよ!」


意識が遠くなり、すみれが必死に声をかけるのを最後にぐらたんの意識はここで途絶えてしまった。

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