# 02「本当に精霊の里なんてあるの?」
突然の化け物の襲撃で収穫祭は中止。ハッカタウンは街の修復で忙しくなっていた。天界との関係が絶たれた今、この先恐ろしいことが起きるのではないかと住人は噂し、不穏な空気が街中を覆っていた。
ネビロス様のお店ノグラカフェは全壊してしまった。
敷地内の入り口付近は立ち入り禁止のテープが貼られ、その中でショベルカーや作業員たちが瓦礫の撤去作業を進めている。昨日のうちに装備の詰まったリュックは回収できたし、もうここに戻ることはない。
戦いの後、ぐらたんは昨夜の出来事を思い返す。
★★★
「ハッカタウンから作戦司令へ、応答願います」
静まり返った真夜中、ぐらたんは魔界本国に緊急事態を報告する。
魔法陣が描かれた布から、小さい悪魔がホログラムで現れた。魔界帝国陸軍サタナキア中将閣下だ。カールした大きな角と赤い髪に青いメッシュが入っているのが特徴だ。一見ギャルっぽいが、とてものんびりとしたお姉さんな悪魔だ。いつも通り眠たそうな表情をしている。
『私だよー』
「閣下。突然で失礼します!」
ベレー帽を身につけたぐらたんたちは敬礼する。
『何かあったようだね~、少尉』
ぐらたんは、潜伏場所を襲撃され、ネビロスがさらわれたことを報告した。
閣下は苦い顔をする。
『ぬ~ん・・・・・・厄介なことになったね~。我々も彼を手に入れるために慎重にかつ気長に行動を起こしてきたのに、横合いで強奪しちゃうなんて~』
「申し訳ありません。迂闊でした・・・・・・」
『まあ今嘆いてもしょうがないさ。キミには引き続き人間界に残り、ターゲットの奪還に当たってもらうよ。彼にはこの世界の命運がかかっている・・・』
「あの・・・閣下、ナベリウスの遺産とは一体何ですか?」
ぐらたんに与えられた任務、それはナベリウスの遺産と呼ばれる彼に接触し、彼ごと魔界に持ち帰ることだ。彼のことはちょーっと気になっているが、その遺産の正体が分からない。
サタナキアは目を閉じる。
『この世ならざる知識が詰まっている。とでも言っておこう。万物の理から逸脱した万能の力さ。それはもう天界と魔界の均衡を破るとんでもないシロモノ。それが彼に記録されている。人間界には手に余りすぎて危険だね~。元々私の弟子の遺産だし、我々が受け継いで当然』
椅子の背もたれに怠そうにもたれ、ぷふ~っとため息をつく閣下。
「我々魔界帝国がこの力を手にして、最終的に我々が全世界を支配するということですね!」
『クックックック。さすがぐらたん! ・・・・・・しかし、おなべちゃんはどーいうつもりであの子に託したんだか・・・・・・』
閣下は再び小さくため息をつく。
『兎にも角にも! あのアクムーンってのも気になるね~。対抗できそうなのは伍長の言ってた・・・・・・はみがきしょーじょ?』
「いえ!」
「犬神少女でございます」
『いくら天界の連絡が切れているとは言え、人間界に残っている天界側の動きも気になる。死神名義としても単独で使い魔が行動するのも怪しまれる。そこでぐらたんには、カモフラージュとして犬神少女をやってもらう。我々の存在を奴らに悟られないためにも、頼むね~』
「しょ、正気ですか!!?」
『正気だよ? 世界が滅びるよ? 命令だよー、グラーシャ・ラボラス少尉。アギャン、ウンギャン両伍長もサポートお願いするね』
「「承知ですギャン」」
閣下は敬礼する。
ぐらたんは魂が抜けたように、目の前が真っ暗になった。
『うむ。頼んだよ~。遺産が開示されるまでになんとしてでもネビロス君を奪い返すのだ。最悪の場合、彼を―』
閣下の言葉は右から左。それでも最後の言葉は耳に残っていた
★★★
砕けた「ノグラカフェ」の看板を最後に、ぐらたんは前に向き直る。
「・・・。こんなところで立ち止まっていても仕方がない。アギャン、ウンギャン。行こ!」
閣下の言葉が頭から離れずモヤモヤとした気分を押しとどめ、ぐらたんは思い入れのある喫茶店をあとにして次の目的地へ向かった。
そう、故障したイヌガミギアを直すためだ。
取説の最後に、開発担当者の情報が書かれていた。イヌガミントの開発担当者はハッカタウンより北の森林地帯、ミンティーフォレストの奥深く。
☆☆☆
ミンティーフォレスト。広葉樹がたくさん立ち並び、きれいで澄んだ涼しい空気が流れこんでいる。
その森の奥深くに妖精たちが暮らしている精霊の里がまだ残っているそうだ。その里にこの犬神少女システムの開発者が住んでいるそうだが・・・
「本当に精霊の里なんてあるの?」
古くから伝わる戌ノ国の神器だ。この時代、里の存在以前に、まだこの骨董品を扱っているのかどうか怪しい。
「いってみるだけでも何かわかるかも知れません!」
それって結局無駄足な気がする・・・
茂みを掻き分け進めそうな道を突き進む。
「ああ! もうめんどくさい!! 空から探したほうが早い! マナアイドリング・リリース!!」
ぐらたんは魔力解放を行う。
天界側の目なんて構うものか! 発見されたら消せばいい!
赤い光の粒子がぐらたんから発生する。しかし、それっきり何も起こらない。元の姿に戻れない。擬態した人間体のまま。
「・・・・・・ふぇ!? どーして!?」
マナの出力が上がらない。
「まさか!・・・」
ウンギャンは何か思い当たるようだ。
「もしかすると・・・お嬢様の魔力が負担になっているから、それを押さえ込むためにイヌガミギアがプロテクトをお嬢様に・・・」
「そうだったのか・・・」
聞いてアギャンは納得する。その横でぐらたんは嘆く。
「なんだってー!!? それじゃ、今の私、メチャクチャ弱いんじゃ!?」
非常にマズい。ここでまたアクムーンに出くわすと今度こそなす術がない。どの魔導兵装にもマナアイドリングシステムが施されており、自身の魔力を始動力として解除出来ないと使えない。魔族以外の者が安易に使用できないためにするセーフティロックだ。
「大丈夫です、お嬢様! 我々がお守りしますギャン!! 武装のロックも我々が外します故」
「・・・」
魔力が封印された以上、眷属たちに頼るしかない。イヌガミントの開発者に会うまで、何が起こるか分からない。慎重に進む。
すると、
「ん? 何か匂いがする?」
アギャンは何か匂いを感じ取ったらしい。確かに微かに匂うような。
「そうだギャン・・・某にも・・・」
「これは・・・甘い匂いだギャン! お嬢様、もしかすると、精霊の里が近いのかも知れません!」
目的地を確信したアギャンは浮遊して飛び出す。
「お、おねーちゃん!!」
暴走したアギャンを止めに、ウンギャンは続いて飛び出す。
微かに匂いはする。
「ちょっと! 二人とも!!」
はぐれない訳にも、確かめない訳にもいかず、ぐらたんも後を追った。
「ぎゃーーーーン!! おねーちゃん!!」
ウンギャンの悲鳴が聞こえた。急いで駆けつけると、アギャンがウンギャンの頭に齧り付いていた。
「甘い匂いの正体が分かったギャン!! 大きな綿菓子だギャン! マルカジリー!!」
ウンギャンは双子の姉に嚙みつかれながらも、ぐらたんに助けを求めようとしたが、
「あああああ! お嬢様。あれ? お嬢様が!! 増殖した!! ギャン!」
ウンギャンは主を見てはパニックになった。
「二人とも、何遊んでんの・・・!!?」
甘い匂いがハッキリしてきた途端に、目がぐるぐるとしてきた。
う・・・これは!!
意識が遠くなってきた。何が起こったのか分からない。分かったのは何者かが仕掛けた罠であることくらいだ。
ぐらたんはそのまま気を失ってしまった。
☆☆☆
「は!!」
気がつくと、天地が逆転していた。左右にはそれぞれ、アギャンとウンギャンが同じように蔓で縛られて吊るされていた。
「目が覚めましたか? お嬢様」
「うん」
「やっぱり来て良かったです。精霊の里はあったギャン」
見渡す限り森林だが、樹木の幹には木造の小さな家がいくつかくっついている。幻想的な世界だが、故郷のヘルハウンドの里も似たような様式で見慣れたものだ。深緑に囲まれた村、確かにミンティーフォレストに精霊の里は存在した。
「前向きだね、アギャン」
見習いたいくらいだ。状況は全く言って良くない。
明かりが複数灯る。提灯のような植物を手にして、6、70センチくらいの小人、妖精たちがゾロゾロ集まってくる。
「魔族がここになんのよう?」
一人の妖精が話しかけてきたのでウンギャンは返事する。
「あ、怪しい魔族ではない! ここに用が!! ギャン!!」
突然、小さな矢が飛んできた。ウンギャンの額に刺さる。いやくっついた。先端が吸盤になっていたのだ。
矢がくっついたまま彼は沈黙した。
撃ったのは別の妖精でクロスボウを構えていた。撃った矢は模擬矢で今度は実矢をつがえ始めている。
他6、7人か・・・同じく武装しているのは。
ぐらたんは冷静に状況をさぐっていると、別の妖精が言い返す。
「怪しくない魔族ってなんだ!? お前たちもこの間の「あくむ~~ん」とかいうやつの仲間で、この村を襲いに来たんだろ?」
アクムーン!? この森にも出たというのか。
妖精たちが、ぐらたんたちの荷物を漁る。
「あ!! 止めるギャン!」
アギャンは暴れる。
「ん? やっぱり襲う気だったか? 見ろ! 魔界製の魔導グレネードだ。これは・・・魔術師のロッドか? 何か?・・・・・・」
妖精たちは、色々詰まっていた武器を取り出してはリュックの大きさ以上のものが収まっているのを不思議がる。
そして、ミントのイヌガミギアが取り出される。
「ギャン! それは!! ダメだギャン!!」
アギャンは激しくもがく。矢の集中砲火を浴びるが、器用にかわして全て当たらない。
妖精たちの様子がおかしい。皆で顔を合わせざわざわと何やら話し出す。
「コイツはどこで?」
一人がイヌガミギアについて聞いてきたので、ウンギャンは答えることにした。
「これは我々が故郷戌ノ国の守り神フセ姫様より授かったイヌガミギアだギャン! 某はもと狛犬のウンギャン、もと戌神の神使だギャン」
「もと」の部分がすごく小声。
「同じく、アギャン!」
「脅かしてごめんね。そのカチューシャが壊れちゃったから直してもらいにこの里に来たの。戦闘の意思はないよ」
ぐらたんはここに来た理由を話した。
「え・・・じゃあ、昨日の人里を救った犬神少女って!?」
もう話が流れていたのか・・・ここも中々侮れない。
「・・・。うん、そういうこと」
認めたくないが自身が犬神少女ということを話した。
「み、巫女姫の再来だわ!!」
妖精たちはテンションが上がり、態度が一転した。
「「「ぐえ~!」」」
蔦を断ち切られ拘束が解かれた。そのままぐらたんたちは地面にに落ちる。ようやく解放された。雑に。
「早速、それの修理をお願いしたいんだけど。開発担当者はまだ生きている?」
「はい! ただいま!! みんな! 巫女姫と神使様をはっちゃん様のもとに!」
「「「「「おーー!!」」」」」
ぐらたんたちは、妖精たちに担がれ運ばれていく。
「えっ? ええええええ~!!?」
「良かったです。お嬢様、これでイヌガミギアが直りますね」
「神使様かあ~。数100年ぶりの響きだギャン♪」
村から続く石造りの階段。ぐらたんたちは運ばれていく。
上り詰めるその先に、犬神少女なんて作った悪趣味な野郎が待っているというのだろうか?
一段一段と階段を駆け上がる度に、その顔を想像するだけでも心の底から何か苛立ちのような熱が体の芯から発するのをぐらたんは感じるのであった。
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