#01「犬神少女に変身するのです!」
黄昏時。
町は赤みのかかった黄金色に輝いている。収穫祭の近いハッカタウンの商店街はにぎわっていた。
八百屋で黒いローブを着た少女はお店のおばちゃんにお金を支払う。
「ぐらたんちゃん。まいど。これはおまけだよ」
「ありがとー! わっふん。収穫祭の限定スイーツ楽しみにしているのだ!」
ぐらたんと呼ばれた少女はかぼちゃを詰めた袋を手に下げる。
「え~と。これで全部かな? やっぱり苺成分がないと・・・。苺、苺、苺~っと」
買い物を終えたのにも関わらず、店に積まれている苺の山を眺めては目を輝かせる。その横でぐらたんの眷属である小さなマスコットのようなガーゴイルが二匹、荷物を運ぶ。
二匹は双子で、ピンク色のガーゴイルが弟のウンギャン。水色で髪の長いのが姉のアギャン。
「グラーシャお嬢様。早く帰らないとネビロス様がお困りですぞ?」
「ギャン。これは収穫祭用のだからまた別で、お嬢様のお好きなストロベリーサンデーなど作ってくれるはずです! ご褒美で…私は期待しております♪」
「そーだ!! ネビロス様にはたっぷりと御礼をしてもらわないとね! アギャン、ウンギャン。急いでもどろう!」
「「承知だギャン!!」」
主のご褒美を期待して、ぐらたんはダッシュで店へ戻る。アギャンとウンギャンも後に続く。
すると、前方から地響きとともに爆音が鳴り響く。そしてたちまち煙が夕焼けの空に立ち昇る。
「な、何!? 爆発?」
ぐらたんは驚く。みんなは立ち止まり、煙の上がるところに注目する。
ウンギャンはぐらたんを見て話しかける。
「あそこは間違えなく、我々の喫茶店があるところ!」
続けてアギャンが答える。
「ネビロス様が、まさか失敗したのでは!?」
「まさか~っ」
アギャンの言葉に、ぐらたんは返す。
悲鳴が上がり、住民が血相を変えて逃げてくる。煙の中から巨大な影が伸びてきた。
「なんだ!? あの化け物!!」
「「お嬢様!!」」
「ふたりとも行くよ!」
「「承知!!」」
非常事態! ぐらたんは目を閉じ、両手を広げる。
「マナアイドリング・リリース!」
ぐらたんから赤黒い炎があふれ出す。頭から垂れた犬耳、背中からコウモリの翼、ローブの裾からは槍のような尻尾が生えてきた。
ある時は喫茶店ノグラカフェのウエイトレス。
そして悪霊退治では、キュートでたのもしきさいきょーのパートナー。
死神ネビロスの使い魔ぐらたんは悪魔。ヘルハウンドである。
魔力を解放したぐらたんはアギャンとウンギャンを抱きかかえて、喫茶店へ飛んでいく。
☆☆☆
ノグラカフェは全壊。その瓦礫の山には巨大なムカデのような化け物が鎌首を持ち上げ、巨大な大顎で咆哮する。
その化け物の頭の上に立っている船虫は指示を出す。
「ひーひっひっ! アクムーン! そら、もっと破壊の限りを尽くせ。人間どもから恐怖を植え付けやがれ!」
「あくむーーーーん!!」
隣の建物を順番に破壊していくアクムーンビースト。住民は恐怖に怯えて逃げ惑う。
そんな中どこからともなく、淡い赤色の火球がビーストに向かって飛んできた。頭部に直撃して、火球は炸裂して燃え上がる。
「あくっ!!?」「どああ!? こんなことするヤツはどこのどいつだ!!?」
爆風でビーストから落ちた船虫は身軽に着地。近くの建物の屋根を見上げると黒いローブ姿の魔犬が立っていた。
「よくも私の店を滅茶苦茶に!! ・・・ネビロス様は!? 二人ともお願い!」
「「承知だギャン!!」」
二匹の眷属にネビロスの安否を頼む。二匹は屋根から飛び出そうとするが、
「ひひひ、テメーらがネビロスの飼い犬かい? 残念だったな。奴は連れが一足先にさらっていったぜぇ」
その言葉を聞き、アギャン、ウンギャンは空中でピーンと静止する。
「なんだと~!!? ネビロス様をどこにやった!?」
ぐらたんは両手を前に構えて、魔術の準備をする。置いてあった装備が店の瓦礫に埋もれてしまっている以上、マニュアルで魔術を起動させるしかない。両手からは幾何学的な光の模様が展開される。
「へんっ! 力づくで聞いてみるんだな!!」
ビーストは起き上がり、ぐらたんめがけて突撃する。ぐらたんは飛び上がり、攻撃を回避すると魔術を打ち出す。
ファントムフレイム!
ぐらたんの手から淡い赤色の火球が撃ち出され、もう一度ビーストの頭部に直撃した。
「あくむーーん! あっくむん♪」
しかし、炸裂することなく。ムカデの大顎の間の口に吸い込まれるようにファントムフレイムの火球が吸収された。
「そんな!? お嬢様のファントムフレイムが…」
アギャンは驚愕する。彼女たちの反応を見て船虫が笑顔で大鎌の柄で肩をポンポン叩きながら答えた。
「ひひひ。残念だなぁ! その程度の出力じゃなぁ~。 アクムーンはマナ粒子が大好物なんだぁ。 あとオマエたちの反応も! ほおら、お返ししてやんな!」
「あく・・・」
船虫はビーストに指示すると、ムカデの大顎が開き、火球が膨れ上がる。
「むーーーーーん!!」
そして、大きくなった火の玉をぐらたんたちにめがけて撃ち出される。大きな火球はぐらたんたちの目の前で炸裂した。火炎とともにぐらたんたちは吹き飛ばされる。
「わあああああああああっ!!」
あたりには爆煙が残り、瓦礫の上にはぐらたんが倒れていた。
「くっ・・・」
ぐらたんは体を起こす。そばにアギャンとウンギャンが駆けよる。
「「お嬢様!!」」
「大丈夫・・・なんとか」
ダメージは受けたがまだ戦闘に支障はない。しかし、このままでは・・・・・・
決定打を与える攻撃力がない。ある意味ピンチだ。
「ひひひひひ! 打つ手なしって感じだなぁ! さあ恐れな! 恐怖がアクムーンの糧になるんだ!! ひゃは! さぁ止めを刺してやんな」
「あくむーーーん!!」
鎌首を持ち上げたビーストはぐらたんたちを見下ろす。大顎は威圧感がある。化け物の影が彼女たちに覆いかぶさる。
「あわわわわわ! 私は・・・おいしくないぞ~!」
「「我々も同じく~」」
ビーストは、敵の命乞いを聞き入れることなく、喰らいつきに来る。
「「「うわあああ!!」」」
ぐらたんは眷属たちを抱えて飛び上がり、間一髪攻撃を回避した。振り向き様に、ファントムフレイムを放つ。ビーストの足元に着弾し、爆煙が広がる。
「あく・・・?」
ビーストはきょろきょろと敵を探る。あたりは煙で覆われて見えない。
「ちぃっ! どこに隠れやがった!!? でてきやがれ~!!」
崩れた建物の影に潜むぐらたんたち。化け物は近くにいるがまだ気づかれていない。
さて、どうやって反撃に出るか。
アギャンが瓦礫をかき漁り、ぐらたんも瓦礫をかきわける。
「装備はここには埋まってないか・・・・・・ここまでか・・・」
あたりは滅茶苦茶で、店に置いてあった武器一式がどこに吹き飛ばされ埋もれてしまったかわからない。もう打つ手なしかと思ったその時、
ウンギャンがそばによる。
「お嬢様。あなた様に渡したいものが・・・それは、我々の故郷である戌ノ国に伝わるものでございます。あの魔物から覚えのある気を感じました」
アギャンとウンギャン、眷属の2匹は便宜上ガーゴイルとして魔界で分類されているが、元々は神々に仕える狛犬であった。堕天後も、その二匹は出身地から対抗できる物を肌身離さず持っていたというのか?
この危機的状況を覆せるのに期待し、ぐらたんは手を止めて聞き返す。
「ウンギャン? 何か秘密兵器でも?」
今度はアギャンが聞いてきた。
「お嬢様、厄災の魔犬をご存知でしょうか?」
「うん。お父様から話は聞いたよ。厄災の魔犬はお父様たちが倒したって」
厄災の魔犬とは、大昔に戌ノ国で封印されていた魔犬。復活してしまうが、お父様をはじめ、アギャンとウンギャンが仕えていた龍神が協力して倒したという。
アギャンは話を続ける。
「そうです。しかし、倒したのは半身だったのです。あの魔物から奴に似た気を感じるのです。おそらく残りの片割れがまだ存在しているギャン!」
「厄災の魔犬に対抗できる力をあなた様に託す時が来ました。これを…」
ウンギャンが懐から取り出したのは、三角耳のついたカチューシャ。ぐらたんは受け取った。
「何これ?」
ウンギャンは説明する。
「これはイヌガミギア。戌ノ国に伝わる神器。かつて古の時代、厄災の魔犬を封印した伝説の巫女姫「犬神少女」の変身デバイスなのですギャン!」
「い、いぬがみしょーじょ?」
「要は魔法少女みたいなものです」
「へ、へえ~・・・・・・」
アギャンがグイグイと迫ってくる。
「さあ! お嬢様!! 犬神少女に変身するのです! 故郷戌ノ国より我々、ご当主が現れるまでは伝説の巫女姫を探すのが使命なのでした。あなた様のお母様も巫女姫が現れるのを望んでいたのです」
「私の・・・お母様が・・・・・・?」
二匹は頷く。
私の母親。会ったことはない。お父様やマルファス卿に聞いても、天界に囚われてしまい最終的に殺されてしまったと。それ以外答えてくれなかった。あとを追って、お父様たちもあの任務で・・・・・・
ぐらたんはイヌガミギアを握りしめる。
「ひっひっひ! み~つけた!」
話しているうちに船虫たちに見つかってしまう。
「くっ!! ウンギャン! これどう使うの?」
「頭にかぶせて、そして・・・『イヌガミライズ、マジカル・イヌガミント!』と唱えるのです!」
ウンギャンは呪文の部分だけ、きゃるるんっとした瞳でかわいく発音した。
困惑した表情で、両手で握りしめたカチューシャを見つめるぐらたん。
「ふぇえ!? そんな恥ずかしい呪文答えないといけないのぉ?? くっそ~!! 犬神・ってところが癪に障るし、なんなんだ!!」
コイツらを倒して、ネビロス様を助けるためだ! 我慢だ、グラーシャ・ラボラス!
ぐらたんは覚悟を決めて涙目でカチューシャを装着した。
「へっ! 何をするのか知らねーが! やっちまえ、アクムーン!!」
「あっくむーーーーん!!」
船虫はビーストをけしかける。躊躇する時間など許されない。ぐらたんは赤面して叫ぶ。
「い、イヌガミライズ! マジカル・イヌガミントおおお!」
詠唱を終えた直後、ぐらたんは緑色の光に包まれた。
「うわっ!? なんだってんだ!?」
突然の光に、ビーストと船虫は怯む。
光の中、翼が分解されてく。悪魔の尻尾はふさふさな尻尾に変化した。
光が晴れるとその場には、
白と明るめの青緑が基調のナース服のようなフリフリのドレス姿のぐらたんが立っていた。
「な、なにこれ~!!?」
変身した自身を見まわし、より赤面して恥ずかしがる。尻尾が弱気にくるんっと巻く。
「やった! これぞ、犬神少女イヌガミント!」
アギャンとウンギャンはハイタッチする。
「?? 犬神少女だと? アクムーン、やっちまえ!」
船虫はビーストに指示をした。今までと同じように突進してくる。ワンパターンだ。
ミントは懐に飛び込み、右拳を頭上のビーストめがけて繰り出す。飛び上がるように繰り出したアッパーがクリーンヒットし、ビーストはのけぞる。そのまま敵の頭上まで飛び上がった。
武器は!?
「ミント! ミントロッドです」
ウンギャンが指示する。これか!と腰の帯に差してあったロッドを抜き放ち、自由落下に任せてビーストの頭にロッドを叩き込んだ。
衝撃が伝わり、破片が飛び散る。
ミントロッドの先端が。
「「ぎゃあああああああああああああ!!」」
悲鳴を上げたのはアギャンとウンギャン。顔を真っ青にして、頭を抱えている。
手元を見るとミントロッドの先端が見事に欠けていた。柄も若干、くの字にひん曲がっている。
「ギャン!! ダメです! そんなふうに使っては!!」
「犬神少女は、いわゆる魔法少女です。魔法を使ってください!!」
「え~・・・魔法って何があるの?」
変身したばかりで、犬神少女の能力などわかるはずがない。二匹に聞くしかない。
「ウンギャン!」
アギャンは分かってないらしく、ウンギャンに振った。ウンギャンは懐から取り出した取り扱い説明書をバラバラとめくり確認しだす。
「オマエたちもよく分かってないんかい!!」
ミントはツッコミを入れるが、敵は空気を読まず攻撃してきた。
「危ない! ミントエスカッションです!」
ウンギャンが取説を読みながら指示をする。言われるがままにミントは呪文を唱える。
「ミントエスカッション!」
ロッドをかざし、光の葉っぱが3枚放射状に並び、風車のように回転する。その葉のバリアがビーストの大顎を受け止めた。ミントは押し返し、ビーストを弾き飛ばす。
「おお!」
防御呪文はまともだ。ミントは関心する。
「お次は!? 攻撃呪文とか無い?」
「え~と・・・・・・これ? ミントストームです」
「ミントストーム!!」
ロッドから、光の粒子とともに突風が吹き荒れ、ビーストと船虫を巻き込む。
「うわっ! なんじゃこりゃー!」
風がやむと、
「あ・・・くむ~~~~・・・・・・」
ビーストは倒れ、土煙を巻き上げる。
「すごい! すごい! これが犬神少女の力!」
自身の手のひらを見て、ぐらたんは犬神少女のことを見直した。
しかし、す~す~と何やら寝息が聞こえる。ビーストはとぐろを巻いて眠っていた。
「キサマ~・・・いったい何を~~! いや、もういいか・・・・・・」
触覚をカールさせて、船虫の表情はなんだかふにゃふにゃとしていた。そのまま彼女はビーストに寄り添うように眠った。
「くぅ~」
「・・・・・・」
ミントは真顔で眷属二匹を見る。
「・・・。ミントストーム、対象に超リラックス効果を与え、体を癒す呪文だギャン」
「回復呪文!? ・・・敵を回復させちゃったの!!? 攻撃呪文は!?」
ウンギャンは取説を読み続ける。
「IG-02イヌガミントは、味方の治癒、サポートがコンセプトの犬神少女・・・です」
「ふぁあ!? 回復主体だって! それじゃあどうやって戦えば!!? そんな馬鹿な! ちょっと見せて」
ミントはウンギャンから取説を奪い読み漁る。
攻撃呪文はきっとあるはず!
「あった! あるじゃない!!」
ミントは気を取り直し、それっぽい名前の呪文を使ってみる。無防備の相手に。
「とどめだ! ミントタイフーン!!」
ロッドを構え、圧縮された空気が光の粒子を集める。船虫たちにめがけて、強烈な暴風が襲う!!
さすがの船虫も目を覚ます。
「ぶぇえええええええええええええええええええええ!!?」
船虫とビーストは森の方へ吹き飛ばされる。
「なにごとおおおおお!? あ、でもなんかスッキリする!」
船虫は気分が晴れたような笑顔をして吹き飛んでいった。
「・・・」
ミント自身はスッキリしない気分。不完全燃焼だ。
ただ、ジト目で敵が吹き飛ばされるのを見届けるのであった。
「・・・。ミントタイフーン。ミントストームの強化版だギャン。風が強すぎて没になったみたい・・・」
ウンギャンが取説を読み返す。説明文には、『危険!治療には使用するな』と注意書きされていた。
「・・・。まぁいっか。敵は退けたし」
変身は自然と解け、元の姿に、普段の人間体に戻った。しかし、なんだか焦げ臭い。
「ん? 熱っ・・・」
イヌガミギアを取り外すと、ブスブスと黒い煙を吹いていた。
「・・・・・・。あれ? 壊れちゃった!?」
「ええええええええええええええええええええええええええっ!!?」
二匹は再び絶叫し、泡を吹いて倒れた。戌ノ国に代々伝わる神器が壊れたのだ。
しかしこれでよかったのだ。もうあんな変身はしたくない。それよりも一刻も早く、装備を整えてネビロス様を助け出さないと・・・
あたりは嵐が去った後のように静まり返り、建物の瓦礫の山がその場に残った。
これは戦いの嵐が来る前章なのだと、私には知る由がなかった。
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