学校の怪談四月 呪いの席

学校の怪談四月

 校庭に桜が咲いている。田舎なので校庭はだだっ広く、開放的だ。


 

 四月六日、俺も今日から晴れて3年生だ。ここ西ノ谷にしのたに中学校は田舎にある中学校で、生徒数は全クラス合わせて千を有に超える。


 

 校舎は1クラス40人程度で1階ごとに6組まで教室が入っている。それが5階分。計30クラスにも及ぶ大きな高校だ。


 

 北棟南棟に分かれており、北棟は化学室だったり職員室だったりといった、専門の教室がある。


 

 近くに他の学校がなく、ここの地域に住む学生たちはほとんどここの西ノ谷中学校へとすすむ。


 

 始業式とは退屈なものでどうしてあんなにも長い話が続くのだろうか?そんなことを考えていると、前の人が振り返り話しかけてきた。


 

「なあ、退屈してるだろ?とっておきのうわさ話があるんだけど聞くかい?」



 こいつの名前は矢幡 潤やはた じゅんこの中学校では珍しい3年間同じクラスのやつだ。お調子者だが、周りがよく見えていて一緒にいて楽だ。


 

「うわさ?なんだそれ?」


 

「先生の長い話と僕の話、どっちがききたい?」


 

 こういうもったいぶってくる所は割と鼻につくがそれが矢幡のペースなのだ。


 

「お前の話を聞かせろよ」


 

 実際に退屈していたところだし、どうでも良かったが、どうせなら気になる方の話を聞きたかった。


 

「さすが夜風 直斗よかぜ なおとくんお目が高い」


 

 少し微笑みながら聞いた。


 

「はいはい、わかったから聞かせてくれ」


 

「学校の怪談ってあるだろ?それにまつわる話なんだけどさ……」



 

「久々に聞いたなそのっていう響き」


 

「新しいクラスになってみんなで顔合わせしている中、ポツンっと一つだけ空席があるんだ。その空席はなんだ?って話題になるんだけど、誰もわからないんだ。だからきっと今日休んだ子なんだろうということになったんだ。ただ出席確認した時にその席は誰もいないただの置いてあるだけの席だってわかったんだ。だから誰も気にせずそのまま置かれ続けてたんだって。でもある日を境に呪いの席って言われるようになったんだ」


 

「呪いの席?なんで?」


 

「放課後の教室、時刻は四時四十四分。その時に教室に一人残っているとその席に誰かが座るんだ。それはクラスの誰でもなく、学校の人でもないんだ。言っちゃえばこの世ならざる者……幽霊。その幽霊を見てしまった人はあまりの恐ろしさに学校にこれなくなってしまったんだ」


 

 どうだ、と言わんばかりにこちらの顔をじーっと見つめる。ただ実際あんまり怖くはなかった。


 

 「いや、後半ふんわりしすぎだろ。学校に来れなくなったってなんだよ」


 

 「いやぁその辺はあいまいで……」


 

 まあうわさなんて所詮そんなものだろう。尾びれがついて話が大きくなるか、あやふやになってみんなから忘れ去られてしまうか、どの道いつか消えて無くなってしまうものだ。


 

 そんなこんなで話をしているとやっと始業式が終わり教室にもどれた。


 

 自分の教室である、6組に帰っている途中ふと気になり7組を覗いてみた。休み時間というのも相まって空席などはわからなかった。が、何か嫌な感じがした。


 

 昔から……といっても自分でも覚えていないが、自分には霊感というものが備わっている。ほかの人には見えないものが見えたり、聞こえたりする。周りの人には誰にも言ってない。見えないものが見えるというのはそれだけで煙たがられてしまうし、周りを怖がらせてしまうからだ。


 

 そんな俺だが、明らかにこの7組でいやな気配を感じ取った。本来学校にはそういう別のものが紛れ込みやすいのだが、大した悪さはできない。それゆえたいていのことはスルーしているのだが、今回ばかりはさすがに気になる。


 

「なに立ち止まってんの夜風」


 

「なんでもねーよ」


 

「やっぱりあれ、僕の言ったことが気になっているんだろ?」


 

 さあな、とはぐらかしながら教室にもどる。にやりと得意げにわらっている矢幡と教室へ入った。




 


 次の日、学校に登校すると昨日より嫌な感じが明確に伝わってきた。


 

 といっても怪奇現象というのは昼だったり、朝だったりといった明るい時間にはほぼ起きない。怖いというマイナスなイメージが強いのは夜だったり暗い場所だったりするので、昼の学校という場所は言ってしまえば安全な場所とも言える。


 

 嫌な感じがするというだけで何も起きないことなんてざらにある。とりあえずこの件は何も手を加えなくても大丈夫か。


 

 そんなことを考えていると後ろから声がした。


 

「おはよ。やっぱり僕の言ったことが気になってる感じ?」


 

 昨日と変わらず矢幡はニヤニヤしながら話しかけてくる。


 

「おはよう。別にそんなんじゃねーよ」


 

 少し笑って返す。こんな力を持ってる以上色々と苦悩に悩まされたことは幾度にもあった。


 

 俺だけにしか見えない下半身のない人、俺だけにしか見えない一生笑いかけてくる無機質な女の人。そんなのが見える中で平然と暮らすのにはなかなかの時間をかけた。


 

 だからこそ、俺は今のこの時間がとても楽しいと感じるし、心地よい。矢幡には感謝すらしている。


 

「そういえば、夜風あの課題やった?なんだっけ……そうだ進路調査のやつ」


 

「あ……」


 

 完全に忘れていた。進路のことはまだあやふやで何も決まってない。


 

「かんっぺきに忘れてたろ?」


 

 会話の間を読まれ、やってないことに気づかれた。ならいっそのこと白状したほうが早いな。


 

「なにもやってない」


 

 そういうと、矢幡は大爆笑した。俺らの今年の担任は鬼教師として代々名の知れた先生で、怒ったら誰も反抗的な態度をとらず、その経験から優等生になるといわれている先生だ。


 

 実際怒っているところを見たことがあるが、あれはたしかに怖い。霊を見慣れた俺でも恐怖を感じるほどの恐ろしさだった。その反面しっかりと生徒のことを見ており、生徒第一に考えて行動するため、基本的には優しい。そのギャップが怖いというのもあるのだが……。


 

「忘れ物とか、あの先生一番怒るだろ。それに加えて進路の紙を……ぶふ」


 

 笑いが止まらない矢幡。先ほどの感謝をしているという言葉は撤回させていただこう。


 とは言ったものの、進路関係の書類は必ずやってくるようにと、春休み前から口酸っぱく言われていたのも事実だ。理由は簡単で俺たちの人生の分岐点とも呼べるのがこの進路先だ。そのことを先生は理解しているからこそしっかりと、取り組んでほしいのだと思う。


 

 そんな先生の気持ちを考えもせず、のうのうと休みを満喫していたつけが今、やってきたのだ。


 

「あぁ笑ったー。はいこれ」


 

 そういい渡されたのは矢幡の進路調査の紙だった。嫌がらせかとも思ったがすぐに違うと分かった。


 

「確か提出は今日の五限目だったからまだ時間あるだろ。それまでに参考にして終わらせちゃいなよ」


 

 ……撤回を撤回させていただこう。やはり矢幡には感謝している。


 

 そのタイミングで朝のホームルームのチャイムが鳴った。




 


 自分の将来像を想像しながら、進学先を考える。中学生にしたらとても難しく、困難なことだ。初めて自分で選んで、人生を決める。その重さが全て分かったわけではないが、心にずしんと鉛が落ちたような気分になる。


 

 自分の力が、どういうふうに今後活かされていくのか……もしくはこの力を持ってる事を隠して、静かに暮らすのか。


 

 力を持って生まれた以上、そこにはなんらかの意味があると思いたい。


 

「こう見ると八幡の字って綺麗だな」


 

「夜風そんな現実逃避したって結果はなにも変わらないんだぞ」


 

 はぁ、とため息をつき続きを考える。ふと矢幡の進路先に目を向ける。東京の高校に進み、IT系の会社に進むようだ。


 

「なんでIT系の会社に?」


 

「え?響きがかっこいいじゃん」


 

 そんな理由で⁉︎と驚き少し呆れたように笑った。将来像を考えてそれに向かって進むというのは案外こういう事なのかもしれない。


 

「興味を持ったことって、自分にとって大切なことだと思うんだ。どんな小さい興味でも、それはもしかしたら自分の人生が大きく変わるものかもしれないんだよ?」


 

 確かに、それがどんな興味だったとしても頭ごなしに否定するのは良くない……か。それにしても今興味あることなんて俺にあったか?


 

「俺って何ができそう?」


 

「うーん、人を助ける仕事とかどう?」


 

「人を助ける?例えば?」


 

「色々あるけど、看護師さんだったりお医者さんだったり、介護ってのもありかもね」


 

 矢幡の中の俺のイメージ像はどんなものなのだろうか。そんなにアクティブに動いたり、人助けをした覚えはないのだが。


 

「意外って顔してるね、でも夜風のいいところはちゃんと人を見れるところだと思うよ。蔑ろにしないでしっかりと向き合える強さがある」


 

 どうやらだいぶ高く買われているらしい。ただ嫌な気はしないし、何より少し興味が湧いてきた。


 

「ありがとう。少しまとまった気がするよ」


 

「それなら良かった」


 

 今はこの力のことを忘れて考えよう。俺に何ができるのか。


 

 今聞いた中で興味を持てたのは看護師だった。人を助けるだけじゃなく人と向き合う仕事だと思ったから、少しだけ挑戦してみたくなった。


 

 進路調査票には東京の高校を書き、将来なりたい職種の欄に看護師と書いた。今はこれでいい。目標があるだけで心が軽く、ほっとした。


 

 俺が調査票を書き終えたのは昼休みだった。結構ギリギリだったが、なんとか間に合って良かった。これで五限目を心置きなく受けられる。




 


 昼休みが終わりみんな席に着く。先生が教室に入ってきて話始める。


 

「それじゃ進路調査の紙をもらうぞ」


 

 矢幡がこちらに振り向き親指を立てニヤッと笑った。わかってるよ。ちゃんと感謝してるって。


 

 ただ、クラスの中にはちらほらやってきていない人がいた。最初はどうするかの話し合いを周りでしていたがそれも無駄だと悟ったらしい。やり忘れたのは3人いた。その3人は仲良く自首しに行く。


 

 「松永先生、その進路調査の紙やってくるの忘れました。すいません」


 

 「あらら、大和田のやつやってきてなかったんだ。にしてもよく自分から言えたよな、すごい勇気だ」


 

 「矢幡知り合いなのか?あの先生と話している人と」


 

 「一年生のころおんなじクラスだったよ、まったく」


 

 腕を組みながら、ため息を一つつく。あの先生に自主しに行った生徒は大和田と言って一年生のころおんなじクラスだったのか。覚えていなかった。


 

「まあ、この中学校人数多いから覚えるのは大変だよね。特に受け身で人を待つ夜風とかはね」


 

「その節はどうも」


 

 一年生のころはふさぎ込んでいて周りと関わろうとしなかった。あのままいってたら今頃一人ぼっちでさらにふさぎ込んでいただろう。


 

 そんな時に話しかけてくれたのがこの矢幡という人間である。思い返せば、俺は矢幡以外に友と呼べる人がいない。だがそれでもいいと思った。今はそれだけでいいと思えるほど楽しい。


 

 すると先生が教卓をタンと軽くたたいた。クラスが凍り付く。それ以上に3人の終わったという顔が少し面白かった。しかし、みんなの予想とは裏腹に先生は多くは言わず、自分の席に戻らせた。


 

「この進路というのとても難しいものだ。ここら辺にある中学校はこの西ノ谷中学校しかないから必然的にここにくる。それ以外選択肢がほぼないからだ。選ばなくていいというのは考えなくていいということ。それはとても楽で不安はないだろう。だが君たちは今初めて自分で人生という大きな物事を選ぶんだ。選ぶということは当然、悩むし不安にもなる。だがそれは悪いことじゃない。不安なら話せばいい、悩んだら相談すればいい。人間はそうやって大人になっていくんだ。だからこそまじめに考えてほしい」



 先生の熱弁にクラスが静まり返る。ただ、言ってることはもっともで的を得ている。今回のような話し方を初めて見た。といっても怒っているところは一回しか見たことがないのだが。


 

「やってきてない人はもう1週間時間をとる。たくさん悩んで考えてくれ。もし不安になったら話してほしい、いつでも相談にのろう」


 

 怒られた後とは違う優しい静寂がクラスに流れた。怒ると怖い先生。だけどちゃんと自分たちをみてくれている。



 この安心感は中学生の俺たちには大きい。だからこそ、安心して悩める。





 

 放課後


「さいあく、忘れ物しちゃった。ごめん先に帰ってて」


 

 1人の女子生徒が周りの女子生徒に呼びかける。周りは「いいよ待ってるから」といい校門へ向かった。


 

 なるべく早くもどらなくちゃと思い足早へ階段を駆け上がり7組へ行った。時刻は4時42分


 

 3年生の教室は1階と2階で1組から6組は1階、7組から10組は2階となっている。7組は階段を登ったすぐの教室だ。時刻は4時43分


 

「あのプリント提出明日までだから忘れたら大変」


 

 そう言いながら机の中を漁るが見つからない。次に後ろのロッカーを探した。そこには目的のプリントがあった。時刻は4時44分


 

 プリントを見つけて安堵していると、誰も使っていない、クラスの左隅、1番後ろの席から椅子を引く音がした。


 

 教室には誰も入ってきていないと思っていたので驚いて声が出た。すぐに恥ずかしくなり、謝罪をした。


 

「ごめんなさい!ちょっとびっくりしちゃった。このクラスの子?そこの席使ってない席だけど?」


 

 そう言いながら、左隅へと進んでいく。その席の前に来た時、女子生徒は再び叫んだ。


 

 その生徒は痩せ細っており、ほぼ皮と骨しか無いような見た目で、目の焦点があっておらず、極め付けに瞳孔が開いている。


 

 そのあまりの恐ろしさに叫びながら教室を走って出て行った。1人でいると身の毛がよだつ、怖い、恐ろしい、そんな恐怖でいっぱいいっぱいになってしまう。


 

 すぐに校門の前まで行き、友達と合流した。普段とは違う異常を感じ取った周りの女子生徒は理由を聞いた。だが、会話をできる状態ではなく、錯乱していた。


 

 落ち着かせようと背中をさすって安心させようとした。しかし、校舎の方を見て三度叫んだ。そのまま気を失い、救急車がくるまでの騒動となった。


 

 その錯乱している女子生徒は救急車の中でずっと「校舎の上から……、呼ばれてる、」と言っていた。






 朝学校に来ると無視できないほどに嫌な気が漂っていた。マイナスの気、負のオーラ。


 

 その理由は朝のホームルームですぐにわかった。それは、7組の女子生徒がパニック状態になり救急車に運ばれたという事だった。


 

 先生は1人1人の顔を見てゆっくりと話した。


 

「1人で抱え込んで解決するのはとても難しい。だから、何かことを起こす前に話してほしい。」


 

 その時の先生の顔は悔しさ……なのだろうか?その中に悲しさも混じっている。ただとても印象に残った。


 

 朝のホームルームが終わり、隣の教室へ様子を見にいくと、の話で持ちきりだった。


 

 やっぱりだ。7組で女子生徒が放課後にパニックになって救急車に運ばれたとなると、当然誰もいない空席の話が広まる。その話を聞いた生徒がその空席、を忌み嫌うようになる。


 

 その忌み嫌う力こそが、負のオーラの原因なのだ。加えて学校というこの舞台。怪奇現象が大きくなる前に事を解決した方がいいな。


 

 放課後、俺は教室に残ることにした。うわさはうわさなのだが、そこに学校の怪談という謳い文句をつけられてしまうと力が宿る。その力が一定以上に達すると、霊感のない人間でも霊を認識できるようになり、あちら側も干渉できるようになってしまう。



 本来なら交じり合わない者同士が交差したとき、それは悲劇を生む。先ほど感じた嫌な気配も気になるし、これ以上お互いを干渉させないようにするためにも、早めに噂のもとを絶たなければならない。


 

 たしか4時44分にだれもいない教室に1人でいると、誰の席でもない空席に誰かが座るんだったな。

時刻は4時42分


 

 問題の校舎の2階、7組の教卓で待つ。負のオーラは相変わらず漂っているが、力としては今一つ足りないと言った具合だ。時刻は4時43分


 

 しかし、策もなくここにいるが大丈夫だろうか?ただ策を練ろうにも相手がどのような霊なのか見極めなければ話は進まない。俺的にはバチバチの悪霊の方が都合が良いのだが……。


 

 そんな事を考えながら時計に目をやる。うわさの時間。4時44分になった。


 

 その途端教室は異質とも言える空間になった。空気は重たく、どんよりしている。少し呆気に取られていると、問題になっている呪いの席から音がした。


 

 「マジか、全然気配を感じなかった」


 

 多分教室の外から入ってくるんじゃなく、教室の中に現れるタイプなのだろう。椅子を引きその席に座る。


 

 本来教卓からの景色はどんな机でも死角はほとんどなく全て見える。だが、こちらからは呪いの席に座っているのが男か女かすらわからない。


 

 負のオーラを纏い、近づいてこいと言わんばかりに身を現しながら隠れているようだ。ただこの感じからして悪い霊ではあるが、悪霊ではない。どちらかというと地縛霊に近いものだと思う。


 

 安心と面倒くささが同時に来る。ここで悩んでも仕方ないのでゆっくり教卓から1番後ろの呪いの席へと進む。


 

 その席の真ん前に行ってやっと女の人の霊であることに気づけた。体は痩せ細り、肉はない。目の焦点があっていないにもかかわらず、眼光が開いている。


 

 普通の人がこれを見たらトラウマになってしまうだろう、といった見た目だった。


 

 触れようとしたがその女子生徒の霊は俺の手を振り払い拒んだ。と同時に奇声をあげた。それは窓が割れるんじゃないかと思うばかりの声量で耳をつんざいた。


 

 俺は耳を塞ぎ距離をとった。あまりの爆音に顔を下げ目を瞑ってしまった。


 

 すぐに音は止み、顔を上げるとそこにはもう誰もおらず、負のオーラも元の今一つたりてないレベルにまで戻った。


 

 今日この教室で調べられることは何もないだろうと思い教室を後にした。しかし、ちゃんと収集はあった。


 

 地縛霊というのはその場から動けない霊で、時に人に危害を加える時があるのだが、だいぶ稀なケースだ。そのほとんどは自分の思い残し、未練を断って欲しいと願っている。


 

 つまり、あの女子生徒の霊の思い残したことを解決してやれば成仏できる。そのためには相手を知らなくてはいけない。


 

 悪霊だったらすぐに祓って『はい終わり』だったので楽ではあったのだが、人に直接的に危害を加えるタイプではないと分かっただけで儲け物だろう。


 

 そんな事を考えながら校舎を後にする。「キ……テ」


 

 後ろから声がした。ふと校舎の方を見るとそこにはあの女子生徒の霊が屋上に立っていた……。なるほどこれは確かにトラウマになって学校に来られなくなるな。


 

 明日から調べることが沢山ある。大変だな。



 



 まず初めに被害にあった女子生徒の友達に話を聞くことにした。


 

「救急車で運ばれた子の話を聞きたい?冷やかしならやめて」


 

 まあそうなるよな。ただここで引き下がるわけにはいかない。とりあえず、納得のいく言い訳をしてなんとか話を聞かないと。


 

「なんでも相談部っていうのをやってて、何か力になれないかなって思ったんだけど。どうかな?」


 

「必要ないです」


 

 ……だよな。って納得している場合じゃない。何かもっといい話を付け加えればいけるか?


 

「実はこの部活、まだ同好会であんまりみんなの力になれてないんだ。話しても何も変わらないかもしれないけど、冷やかしなんかじゃない。俺を助けると思って相談してみない?」


 

 最後の一文は余計だったか?そんな心配は杞憂に終わった。


 

「周りに言いふらしたり、面白おかしく変なうわさ広めたら許さないから」


 

「誓ってそんなことはしないよ」


 

「……運ばれた子みきっていうんだけど、その日忘れ物をしたから教室に取りに帰るって言ったの。先に帰ってていいからって言われたんだけど、いいよ待ってるからって返して校門の前で待ってたの」


 

「その時にいたのは君だけ?」


 

「いや私とふうかの2人」


 

「なるほど、話の腰を折ってごめんね、続けて」


 

「その後、10分も掛からなかったと思う。すぐに叫びながらみきが学校から出てきたわ。その時の様子は何かに怯えていたようだった。とにかく冷静にさせないと危ないって思ったから私とふうかで背中をさすったり、手を握ったりして安心させようとしたの。そしたら校舎の方を見てまた叫んで気絶しちゃった」


 

「その時に2人は校舎の方を見た?」


 

「見たけど、何もなかったわ。でもその後救急車で運ばれてる時に妙なことを言ってたの」


 

「妙なこと?」


 

「校舎の上から……、呼ばれてる……って。途中聞こえない言葉があったけど聞こえた限りではこう言ってたわ」


 

「なるほど。そのみきって子はまだ入院してるのかな?」



「1日様子をみてすぐに退院したけど学校には来られないみたい」


 

「そっか、話してくれてありがとう。力になれるかわからないけど頑張ってみる」


 

 そういいお互い別れた。



 


 

 別の日に地域新聞を見ようと近くの図書館へ行った。なぜ地域新聞なのかというと、どんな時期にどんな事件があったか探るのに一番早いからだ。


 

 とくにこう田舎になるとそれは調べやすい。事件などは起こらず平和なので、もし何かあるとすぐに記事になったり噂になったりする。


 

 あの霊の女子生徒はいつの時代の生徒でなぜ死んでしまったのかそれを解明するのが成仏させる近道だ。しかし。時代がわからないというのはとても辛いもので、しらみつぶしに調べて行ったが集中力が切れてしまい、途中で読むのを断念した。


 

 思ったよりも新聞の量が多く、かつ細かい。これを全て調べるのは難しい。学校で年代だけでも絞ってこないと一生終わらない気がしたので今日は帰ることにした。


 

 また別の日に矢幡に話を聞いた。


 

「あの怪談話を誰から聞いたかって?どうしたんだい?急に」


 

「いや、ちょっと気になってな」


 

「確かに7組の子の事気になるよね。本当にあの呪いの席が何かしたのか、ただの偶然か」


 

「まあそんなとこ、それで誰から聞いたんだ?あのうわさ」


 

「誰からってわけじゃないんだ。たまたま聞いただけで。」


 

「たまたま?」


 

「駅の近くにファミレスがあるだろ、そこでご飯を食べてたらたまたま話してるのが聞こえてきたんだ」


 

「なるほど」


 

 これで話の元を辿る作戦は失敗に終わった。年代はいまだに特定できず終いだ。



 


 

 結局今日は大した収穫もなく1日が過ぎようとしていた。いかに地縛霊といえどだんだん強まっていく負のオーラが気になる。これ以上になると直接危害をもたらす可能性が出てくるからだ。


 

 そんな時担任の先生に呼び止められる。


 

「どうした?そんな深刻な顔をして、悩み事ならいつでも聞くぞ」


 

 ここで俺は閃く。学校の過去のことが知りたいのなら学校の先生に聞けば一発だということに。この先生は学校1番の古株でよく集会の時昔話など聞かされる。


 

 ただ生徒の死が関わっている問題なのでそう簡単には情報は手に入らないただろう。


 

「ちょっとだけ悩んでることがあって、話してもいいですか?」


 

 作戦開始だ。そのまま放課後、3年6組に先生と話す場が設けられた。


 

「なにで悩んでたんだ?」


 

 いつもより優しい声で話を聞いてくれる。俺が聞きたい情報は死んでしまった生徒の情報。それも多分自殺した生徒の。


 

「やっぱり将来のことが不安で。この前の進路希望調査のこととかまだ悩んでて」


 

 言葉を慎重に選びながら話を進める。


 

「そうか、確か夜風は看護師だったな」


 

 少し先生が嬉しそうにした。が、同時に俺を誰かと重ねて寂しそうにもした。


 

「そうですね、最近興味が湧いてきたってだけの理由なのでこれでいいのか不安で」


 

「いいや、興味が湧くっていうのは大事なことだぞ。確かに勉強は辛いかもしれないけど頑張った分結果は返ってくる」


 

「そういうものですかね」


 

 話を進める機会をじっくり伺う。今なら聞き出せそうだ。


 

「自分の頑張りを認めることも大切だ。頑張った分だけ結果は出る。だからこそ休憩も必要なんだ。自分は頑張ってないからと追い込む必要なんか全くないだ」


 

 ここだ!


 

「そうなんですかね?自分は頑張ってないってずっと思ってて……それこそ


 

 先生は目を見開きガタッと音を立ててたった。明らかに動揺している。今が話を引き出す絶好の機会だ。


 

「どうしたんですか?先生。ただの例え、冗談ですよ」


 

 そういい、誤魔化したかのようにみせた。すると先生は大きく深呼吸をし座った。


 

「昔、俺が教師になりたての頃、おんなじ事を言った生徒がいたんだ。その子は、自ら命を断ってしまった。助けてやれなかった。心の支えになることも、話を聞くことすらできなかった」


 

 先生は悔しそうに握り拳を作る。ぎちぎちと音を立てて今にも壊れてしまいそうだ。その拳は誰かを抑圧するために握っているのではなく、自分自身を律するために作っているようだった。


 

「あんな事は二度と起きてほしくない。だから死にたいなんて思わないでくれ。これは俺の勝手な願いなのは分かってる。だが、命を終わらせないでくれ」


 

 最後にもう一度まっすぐに目を見て話してくれた。欲しかった情報は掴めた。ここにもう用はないし、これ以上先生に嫌な過去を思い出させるのは違う気がした。


 

「わかりました。変なこと言ってすみません。少し気持ちが楽になりました。」


 

 そういい、教室を後にした。先生が教師になりたての頃。つまり、約20年ほど前だということだ。明日にでも図書館にもう一度いって資料を読み直そう。


 

 大体の筋道は掴めてきた。あとはそれを裏付ける確信が欲しい。


 

 次の日の放課後俺はすぐに図書館へ行った。20年前、西ノ谷中学校で起きた女子生徒の自殺について調べるために。


 

 目的の記事は思ったよりも早く見つかった。見出しは「西ノ谷中学校、女子生徒飛び降り自殺」なんともストレートかつ分かりやすい見出しだ。


 

 四月二十七日、午後五時過ぎ、校舎前に女子生徒が倒れているのを教師が発見。すぐに救急車が来たが、すでに息がなく運ばれた病院先で死亡が確認された。屋上には「話を聞いてほしかった」と書かれた遺書とみられるものが見つかっており、原因は屋上からの飛び降り自殺で間違いないと分かった。女子生徒の体はやせ細っており、ストレスを大きく抱えていたのではないかと考え、その原因について調査している。……か、なるほど。そのストレスの原因についてはどこを見ても書かれていない。あくまで可能性だったから、めぼしい情報が手に入らなかったのか、それとも……。


 

 何はともあれ、これで成仏させる手立てはそろった。実行日は明後日の4月27日。この女子生徒の命日だ。





 

 4月27日。放課後、午後4時40分。誰もいなくなった2階、3年7組に1人で入る。


 

 この時期は進級してから落ち着きを取り戻していく時だが、まだ先生方は資料の引継ぎなどで時間が取れず、バタバタしている。放課後はすぐに職員室に行き、残っている生徒がいなければ学校は静寂に包まれる。普段聞こえてくる外部活の声さえ響かない。


 

 まるで、世界に自分だけしかいないのではないかと思えるほどに孤独を感じる。時刻は4時42分。この前とは違い、負のオーラは完全に教室を飲み込んでいた。


 

 霊力の弱い霊でも、完璧にこちら側に干渉できる。この状況を作ってしまう前に解決したかったのだが仕方がない。思ったよりも時間がかかってしまった。


 

 呼吸を整える。時間がたてば経つほど空気が重くなっていく。冷静にならなければすぐに持っていかれてしまう。



 時刻は4時44分。今までの空気が一変、重たくなるどころか言葉さえ聞こえてきそうなほどにどよんだ。悲しい、寂しい、切ない。彼女が生前心に思っていたことが言葉を介さなくても伝わってくる。


 

 教室の後ろから女子生徒の霊が呪いの席に向かっていく。その一歩一歩の足取りが重い。ここで俺がやるべきことは直接祓うことでも相手に触れることでもない。


 

 俺は呪いの席に向かう。やることは1つ。ただその席の前に立つ。


 

「何か悩んでるなら先生にでも話してみたら?」


 

 俺がすべきことはただ話す事。というより、話すきっかけを作ることだ。


 

「だれ……もきいて、くれない」


 

 この前よりも明確な意思が伝わってくる。一貫しているのは悲しいという思いだ。


 

「先生は聞いてくれるよ、きっと」


 

 空間が大きく歪み、髪は逆立っている。怒りの感情の表れだ。


 

「だれもだれもだれもだれもだれもだれも!!!!!!聞いてくれなかった!」


 

 呪いの席から立ちあがり今にも掴みかかってきそうな勢いだった。その時、7組の前のドアが開いた。ちゃんと時間通りに来てくれて助かった。


 

 そこには松永先生が立っていた。俺がこのために呼んだのだ。基本霊は一定以上の霊力がないと見えないが、すると霊力が足りない人間でも霊を見ることができる。


 

 家族の霊をみたり、親友を霊を見たというケースはこの共鳴に当てはまる。少し関与している程度では共鳴は起こらない。その人の人生において、お互い大きく関わっていなくてはならない。


 

 この女子生徒の霊は先生が言っていた死なせてしまった生徒だろう。当然お互いに大きく関わっている。だからこそ共鳴し、姿が見える。


 

「今日は俺じゃなく、この子が話したい事があるって言ってて。聞いてもらえませんか?」


 

 明らかに松永先生は動揺している。それもそのはず、目の前にいるのは自分が新任の頃に死んでしまった……というより助けることのできなかった生徒なのだから。


 

 しかし、松永先生はすぐに落ち着きを取り戻し相手に目を向ける。


 

「君が話をしたいと言っていた生徒だな。とりあえず好きな席に座りなさい。そこで話をしよう」


 

 女子生徒の霊は掴みかかろうとした手を下ろし、呪いの席に座った。松永先生が一歩一歩を踏み締めて歩くたびに、教室の負のオーラが消えていく。


 

 それはきっと彼女がやって欲しかった未練だったからだろう。生きていた時に叶わなかった夢とも言える事を死んでから叶えられたからだ。


 

 松永先生が呪いの席の前に着く頃には、女子生徒の霊は痩せ細っておらず、健康な人間のようになっていた。体を小刻みに震えさせながら口を開く。


 

「わ、私の話を……きいてくれませんか?」


 

 松永先生は前の席に座りしっかりと向かい合う。あの時できなかった話し合いが、今20年という時を超えて始まろうとしている。


 

「もちろんだ」


 

 俺も近くの席に座る。


 

「私、の母は。昔受験に失敗したん、です。東京の高校に進もうと、頑張ったのですが、努力も虚しく落ち、てしまったんです。私にはそうならないように、と厳しく躾けられました。遊びに行く時間さえも与えてもらえず、家でも学校でも勉強をしていました。春休みを終えたある日を境にプツンと何かが切れたんです。もうだめだ、やめたい。そんな気持ちが止められなくなったんです。ただ母にどう説明したら納得してもらえるか、わからなくて。先生に話そうとしたけど、みんな忙しくて聞いてくれなくて。私……どうしたらいいかわからなくなって……」


 

 先生は優しく聞いている。相槌を打ちながら焦らなくても大丈夫だよ、というように、包み込むように。ただ静かに聞いていた。


 

「ご飯も食べられなくなって、人と話すことが怖くなって。孤独だったんです」


 

 松永先生はゆっくりと深呼吸をして口を開く。


 

「俺は昔、自分の生徒を死なせてしまったことがある。仕事の引き継ぎがうまくいかず、生徒との時間が取れなかったんだ……いやそれは言い訳だな。怖かったんだ。俺に話してくれても助けられないかもしれない。解決できないかもしれない。間違った方向に進んでしまうかもしれない。そう思うと怖くてたまらなかった。だがそれは違った。『話す』というだけで、心が楽になる事を知ったんだ。それを知った時にはもう……助けたかった、力になりたかったあの生徒は死んでしまっていた。だからこそ、今はこうしてどんなに忙しくても、話す場を作ることにしたんだ。生徒が1人にならないように、孤独に悲しまないように」


 

 「私も、助けて欲しかった。1人にして欲しくなかった」


 

 心の底から滲み出た言葉だ。なんの濁りもない純粋な心の声。人と話す事にに恐怖し、孤独に死んでいった女子生徒の欲しい言葉はまだ別にある。それは謝罪なんかじゃない。多分松永先生もそれをわかっている。


 

「助けてやれなくてすまなかった」


 

 女子生徒は少し不服そうな、そして悲しそうな表情をした。だが、先生の言葉はまだ続く。


 

「話してくれてありがとう」


 

 その時女子生徒の頬から涙がこぼれ落ちた。とめどなくあふれてくるその涙は、止まる事を知らずにこぼれてくる。


 

 一滴一滴、涙が頬を伝うたびに、負のオーラが消えていく。それは未練を断ち切ったと言える結果だ。


 

 女子生徒が欲しかった言葉は謝罪なんかじゃない。話してもいい。そして、話してくれてありがとうと自分を肯定してくれる言葉が欲しかったのだ。20年という長い時を超え、その言葉を受け取る。長かった悲しみも今日で終われる。そんな開放感が教室中に溢れた。




 


 日付は変わり松永先生は長い話を延々としている。どうしてあんなにも長い話が続くのだろうか?ただ退屈には感じない。先生にも先生なりの考えがあり、人生がある。それは俺たちに深く関わり、価値観を変えるかもしれない。そう思うとこの長い話も心地よく感じた。

 今日で四月も終わる。

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