第4話:終点
俺は電車内のトイレへ籠り鍵を閉めた。
トイレを選んだのは理由があった。
トイレは非常に狭く、ここならば、中心から一歩で端まで到達でき、一瞬でこのナイフを突き立てられる。悪魔は突然現れたり消えたりしていたが、悪魔は俺を下に見ている節があり油断しているはずだ、一瞬で突き刺せば消える前にやれるはずだ。
「やってやる、やってやるぞ!」
心音が大きい、恐怖なのか、緊張なのか、いずれにせよそれらを払い除けるために、自分を奮い立たせるため俺は叫んでいた。
ガタンッ
突然の音に咄嗟にナイフを構えた。周りを見渡す、悪魔の姿はなかったが、騒音が大きくなり、トイレ内に僅かな光が射しこんでいた。トイレの扉がいつの間にか開いている。
閉め忘れか?そんなはずはない、確実に鍵を閉めたはずだ。
悪魔が潜んでいることを警戒し、しばらく待ったが何も起きず入ってこない。
「クッソ!」
このまま放置して普通の乗客が入って来てはマズイ。閉めるために恐る恐る扉に近づいた。
駅に着いた事を知らせるアナウンスが聞こえた。
「終い駅ー。終い駅ー」
扉の向こう側を見ると、ふと顔が出てくる。男だった。眉から頬まで伸びる特徴的な傷があった。どこか見覚えがある顔だった。
そう思った時、後ろから何かがドンと当たった。俺はふらつき思わず前へ踏み出してしまう。
「あ、あ」
ナイフが服に沈み込む。ナイフを男の胸へ突き刺してしまっていた。
男はあのご老人と同様、力なく倒れる。
「あ、あ」
俺は崩れ落ちた。頭がパニックになり声も出せず口を開閉することしかできない。
「あーあやっちゃった。人を殺しちゃった」
いつの間にか後ろには悪魔がいた。楽しそうに体を左右に振っていた。
”人を殺した”悪魔に言葉として言われて徐々に現実として認識されてきた。
俺は人を殺した、殺したんだ!
酷い耳鳴りに、内側から湧き上がる不快感、急に吐き気を催した。
急いで便器向かってに吐く。最悪の気分だ。
俺は悪魔を睨みつけた。
「お前が押したんだろうが!!」
悪魔は悪びれなかった。
「いいじゃねえか、指名手配犯、殺人鬼、犯罪者だぜ。」
悪魔の言葉で見覚えがある理由が分かった。駅で見た指名手配の人物だ。
少し心が和らぐのを感じる。そんな自分に心底嫌な気分になった。人を殺したことに変わりはない。
「もうやっただろう消えろ!」
自分の気持ちをかき消すように大声で叫んだ。不本意で結果的にではあるが俺は悪魔の言った通り一人殺した。要求に従った、もう解放されていいはずだ。さっさと消えてくれ、お願いだから。
しかし、俺の言葉に悪魔は首を傾げた。
「ふざけるな!とぼけるつもり ――」
「おいおい忘れたのか?もう駅にはついている。”着くまで”にと言ったはずだよね。とはいえせっかく時間切れとはいえ一人やってくれたんだ。ここでゲームオーバーかわいそうだ」
悪魔は指を三つ立てた。
「終点まで一駅につき一人殺せ。たったあと3駅だ」
「ふざけるな!」
俺は床を蹴りナイフを悪魔に突き立てた。油断していたのか悪魔は避けることもせず刺された。やったそう思った。が、悪魔は俺の手首をつかみナイフを俺から取り上げる。悪魔に全く効いている様子はなかった。そして人差し指を立てて左右に振った。
「からかっただよー。悪いがそのナイフじゃ俺は死なない。というか相手の話し簡単に信じすぎ。ストレスで頭回ってなかったのかなー」
悪魔は避けれなかったんじゃない、避けなかったのだ。俺の唯一の方法、唯一の希望だと思っていたことは初めからなかったんだ。悪魔の手の上で踊らされていただけだったんだ。
「ねえ」
絶望し跪いている俺の側で悪魔が囁く。
「本当にに家族を愛しているならできるはずだよね。君は妻を未亡人にするのかい?父なしの子にするのかい? きっと残された人たちは苦労するよ?『二人とも幸せにするためにいくらでも頑張れる』んだよね?」
悪魔は強引に再びナイフを俺に持たせる。
「さっき殺した老婆の事を思い出してごらん。君はそこまで頭が回らかったんだろうけど、周りの人は刺されたのを見て、死んだのを見て叫んでいたかい? 悲鳴を上げていたかい? そんな奴はいなかっただろう? 実はねナイフを持っていれば刺されたやつは周りにも認識されない。つまり、君が殺したことにはならない、お前は犯罪者にはならない。だから安心して殺せるよ。ほら、言ったことに従うこれがお前の唯一の方法さ」
唯一の方法、犯罪者にならない。家族に会える唯一の方法。
きっと最初からこうなることは決まっていたんだ、どのみちこの方法しか選べなかったんだ。きっとこの悪魔の手からは逃れられない。それなら――
俺は力強く立ち上がり、ナイフを静かに強く強く握りしめた。窓越しの空には雲一つなかった。
――― 俺は家族に会うんだ!
悪魔とナイフ イシナギ_コウ @ishinagi_kou
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