第3話:決意

 電車の外では雨が降り初め、窓を強く叩いた。もう悪魔の姿はない。


「俺が死ぬ…ハハ」


 自分に死を突きつけられたにもかかわらず俺は笑っていた。自分が死ぬといえ対象が家族でない事に心底安堵したからだ。まだ終わっていないというのに、肩の力が急に抜けてしまい、代わりに倦怠感が押し寄せてきた。


「はあ...」


 1つ大きくため息をつき目をつむった。瞼の裏に家族が浮かんでくる。


「でも死んだら家族に会えないよな...会いたいなあ」


 妻を抱きしめたい。直人を抱きしめたい。妻と二人で直人の成長を見たい。その先もずっとずっと家族と過ごしたい。

 それを叶える方法はただ一つ。悪魔の提示した方法はただ一つ。


「一人殺せば家族に会える」


 人を殺す。それは間違いなく大罪だ。法治国家であるこの国で人を殺めれば、どうなるか想像に難しくない。悪魔などという言い訳は通るわけがない。すぐに警察に捕まってしまい、鉄格子の奥に追いやられてしまうだろう。

 そうなれば、妻は伴侶として家族として罪の意識を感じてきっと遺族に謝罪しに行くだろう。そうすればどうなるか?怒りの矛先を彼女に向けられてしまうだろう。むき出しの怒りの感情が彼女を傷つけるだろう。そんな事は絶対にさせたくない。

 そして、俺が出所できたとして、俺は人を殺めたこの汚れた手で我が子を抱くのだろうか。


 ――だめだ人殺しはできない。どうあがいても良い方向へは向かわない。


 とすれば ――


「俺がこのまま死ぬのが一番の方法か」


 誰も傷つけない、苦しめない、素晴らしい方法、正しい方法。


「3つ目駅、3つ目駅〜」


 気づけば次の駅に着いていた。


「あと1駅」 


 電車の扉が開き人が入ってきた。小さな子の元気な声が聞こえる。入ってきたのは子連れの家族だった。

 左右から父親と母親が幼稚園生くらいの子供と手を繋いでいた。子供は右に左にせわしなく顔を向けながら、表情をコロコロと変えていた。その家族は満面の笑みで奥へと進んでいった。

 彼らが過ぎた後、俺は天を仰いだ。目頭が熱くなり視界は徐々に歪み、ついには涙が頬を伝った。


「死にたくない…」


 将来の姿、将来の自分の家族3人の姿と重ねてしまった。いやだ!このまま終わりたくない!


「どうすれば!どうすれば!」


 思考を巡らす。罪を犯さずこの窮地から抜け出すにはどうしたらいいか。頭を抱え知恵を絞る。


 ―― そして、1つの考えに至った。悪魔の先程言っていたことを思い出したのだ。


「おい、なんで俺は悪魔に言い様に踊らされてんだ!このナイフがあれば!」


 悪魔は確かに言った、このナイフならば奴自身を殺せると。

 悪魔は畏怖の対象だった、従うべき得体のしれないものだった。しかし、対抗手段があると思うと恐怖の分、大きな怒りに変わった。ナイフを強く強く握りしめる。


「俺はやるんだ!家族との幸せを勝ち取るために!」


 冷静さを欠いていたと思う。けれどきっと俺にはこの選択しかなかった。



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