『第五話 お仕置』じゃ

「これは、わしが作った剣じゃ」


 不思議な幼女はそう言った。


「…………あ~えっと」


 オレは数秒答えに迷った。


「お嬢ちゃん……迷子かな? こんな夜道ひとりで歩いたらダメだよ~。ほら、その剣も危ないから、オレに渡して。お家どこ?」

「迷子じゃないわ!! 子ども扱いするでない! わしは女神じゃ!」


 プンスカ、と手足を振り回して幼女は怒った。


「女神?」

「まったく、こんな辺境の国まで逃げてしまいおって。追いかけるのに苦労したぞ。老骨に響くわい」


 老婆のような言い草で曲げた腰を自分で叩く。

 さっきからこの子、なに言ってんだ。

 変な子だな。


「迷子じゃないなら、あ、あれか? まさか、児童売……オイ! オレにそんなシュミはないぞ!!」

「なにを勝手に妄想しとるんじゃ!」


 と、そこで違和感を持った。

 オレの目に備わった《レベル測定眼》のスキルが誤作動を起こしたのだ。


 《レベル:測定不能》


 その幼女についてオレの視界にはそう表示されていた。

 いったいどういう意味だ。


「とにかく、その剣は返してくれ。大切な物なんだ」


 オレは幼女に近づいた。事情を聞く前に、とりあえず《封印剣》は取り戻さなくては。

 小さい子が持つには危険すぎるしな。


「それは大切じゃろうな。これがなければ勇者でいられなくなるのだものな。クスロウぼうや」

「ッ!?」


 コイツ、オレを知ってやがる。


「お前……何者だ?」


「さっきから言っておるであろう。女神じゃと。わしはおヌシをお仕置きしに来たのじゃ。上界から見ておったぞ? せっかく転生させて勇者の力を与えたのに、ハレンチで下品に堕落だらくしおって」


 女神……本当にそんなものが存在するのか。

 だが、レベル測定眼から見てもコイツは異常だ。

 コイツが、オレに勇者の力を?


「剣が欲しいなら力づくで取り返してみよ。ほれ、はやくかかってこい」

「言ったな……」


 舐めやがって。


「そこまで言うなら見た目ロリだろうが、手加減しねえぞ!!」


 剣が無くても、オレには《超経験値効率化》で99万まで上げたレベルによる、身体能力と肉体スキルがある。

 オレは女神に飛びかかった。



「はぁ~、まったく。本当にクズじゃな」



 そして次の瞬間、股間を蹴り抜かれていた。


 ※


「ひっ、ひぃ~、まじで一回待って! 命とキンタマだけは勘弁してください!!」


 数分後、オレは女神に命乞いしていた。

 情けないが、意識が飛びそうになるまで股間を蹴られては抵抗のしようもない。

 このままじゃマジで殺されてしまう。

 この世界に来て初めての死の恐怖だった。


 だが……。


「わしがどーしようもないクズのヌシを、真の勇者にしてやろう」


 怯えるオレの頭に、コン様と名乗った女神は手を置いた。


「《更生計画プログラム》、じゃ」


「へ……?」


 どういうことだ?

 更生?


「なんだよ……更生って……」

「今からヌシのレベルを1にする」


 はい??


「ちょっ、ちょ、え?? なにそれ」

「そして復活した魔王をもう一度討伐しに行ってもらおう」

「なんで…………魔王は倒したろ!」

「首だけ残したじゃろ。詰めが甘いから蘇らせてしまったのじゃ」


 え……マジで?

 ていうかレベル1からって。


「そんなの、ぜったいムリでしょ」

「ムリではない。やるのじゃ」

「いやいやいやムリムリ! ムリだって、力を奪われたらオレは……」

「もう没収したぞ」


 気づけば、オレの身体は変化していた。

 手足についた筋肉が失われ、前世と同じヒョロガリにしおれる。

 肉体に付与されていたスキルも消えていく。

 視界に表示されるレベルは、1。


「うっ……あぁ……あ……そんな……嘘でしょそんなマジで!?」

「マジじゃ」

「返してくれよ!」


 オレはまたコン様に懇願した。

 ダメだ。こんなのダメだ。

 これじゃオレは、元のオレに戻ってしまう。

 あの頃の落ちこぼれに戻っちまう。

 そんなのイヤだ!!


「お願い、頼むよ!! あの力がないと、オレは勇者じゃいられないんだっ!」


「そんなモノは真の勇者ではないぞ」


 コン様はオレを見下ろし、冷たく言い放った。


「ふざけんなっ、なんだよ真の勇者って! 魔王は倒しただろ! 人もいっぱい助けた!!」


 そのあわれむような視線に、オレは我ながら情けなく逆ギレしていた。


「たしかに、ちょっといい思いしようとはしてたけど、それの何が悪いんだよ!!

 オレは……前世じゃ、誰にも見向きもされなかった。誰も愛してくれなかった。でも、勇者になったらみんなから好かれたんだ!

 もっと好かれたいと思って何が悪いんだよぉ!!」


 と、コン様の足にすがりつく。


「気安くわしに触れるでない。また蹴られたいのか?」

「ひっ!」


 氷のような声音に、とっさに身を引いた。


「努力もせず……周りに感謝もせず、授かった力を振りかざし、さも自分だけが凄いかのように英雄気取り。

 滑稽じゃな。ヌシだってわかっておるじゃろ。

 そうやって手に入れた富や名声など、全て幻じゃと。みなが好いていたのはヌシではない。ヌシの持つ力だけじゃ」

「うっ……う……」

「ヌシという人間のことなど、誰も気にしていない」

「ぅうるせぇッ!!」


 図星をつかれ、また声を荒らげていた。


「お前になにがわかるんだよっ!!」


 拳を握りしめ、しかし途中で、その場でひざまずいた。


「だって……じゃあどうすりゃよかったんだよ……どうすりゃあ、みんなオレのこと見てくれるんだ……」


 コン様は無言だった。


「うう……わかってるよ……オレだって、オレのことが嫌いだ……オレのことを好きになるやつなんて、バカだって思う……。

 前世でも……この世界でも……オレに価値なんてないんだ……」

「ばかもの」


 すると、今度はいきなりビンタされた。ただそれほど強い力ではなかった。


「ワシはそんなことは言っとらん」

「へ……?」

「ワシがクスロウのことを叱っておるのは、まだ見込みがあるからじゃ。言ったじゃろう。ワシがヌシを、真の勇者にしてやる」

「真の……勇者?」

「そうじゃ。本当の力、本当の富、本当の名声を持つ、英雄じゃ。そうなりたかったんじゃろ?」


 オレは頷きかけて……俯いた。


「っで、でもオレには……もうなんの力もない。勇者になんてなれない……」

「たーわけ。だから更生プログラムを用意したと言っておるのじゃ」


 コン様がフンと得意げに腕を組む。


「一歩ずつ成長するのじゃ。今度は自分の足で。最後までやり遂げたら、力も全て返してやる。

 ただし、死ぬほどキツイ道のりじゃがな。

 どうじゃ。やるか?」


 そんなことが。

 本当にできるのか?


「…………オレは……」

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