『第四話 堕落と邂逅』じゃ

 ハイド共和国。

 オガネス王国とは地図の反対側に位置する小国。


「はぁ~~~なんでえ、ひっく」


 最悪の気分だぜ。クソ。

 なんでこんなことになったんだ。


「あ~~~なんであんなことしちまったんだろ~~~! マスターもう一杯!」


 小汚い酒場。オレは酒に飲んだくれていた。


「お客さん、もうやめときなよ。死んじまうぜ」

「大丈夫だって~~の、オレ、こう見えて解毒魔法も使えっからさぁ~」

「じゃあ早く使ってくれよぉ。店の中で吐いたりしないでよ」


 カウンターの向こうでマスターが困った顔で言う。

「わかってるって」と言った傍から、胃液が喉に込み上げてきた。


「うぷっ」

「ちょっ、ホラ、はやくはやく!」

「ん……うえ……」


 半分ゲロを口からこぼしながら、隣の席に立てかけていた《封印剣》を手に取る。


 オレがこの世界に来たとき最初にいた山奥で、たまたま手に入れた剣。

 この世界に現存するほぼ全てのスキルを内包し、抜いた者に全能を与えるという伝説の剣だ。

 これを持っていたからオレは短期間で99万という規格外のレベルに到達できたし、国王にも勇者と認められた。

 肌身離せない宝物だ。


 王女……リアーナに初めて会った時も、これで魔物から助けたんだっけ。


「《上級解毒》……う~……ふぅ」


 スキルを使うと気持ち悪さが若干引く。ただ、その代わり酷い頭痛がしてきた。

 急速に解毒したときの副作用だ。


「へー、あんたのそれ、すげえなあ。魔術師には見えねえのに、ホントに解毒使えるのか」


「いてて、ん?」


 テーブルで飲んでいた冒険者らしき数人が話しかけてきた。

 剣士か戦士か、ムキムキで強そうだ。


「この辺りじゃ見ない顔してるな。あんた、どっから来たんだ」

「…………どこでもいーだろうがよ」


 王国じゃぜっさん指名手配されてるオレも、この遠く離れた小国では顔を知ってるやつもほとんどいない。

 まして魔王を倒した勇者がこんな酒場で飲んだくれてるとは思うまい。


「なんか訳ありみたいだな。よかったら、こっちこいよ。話聞くぜ」

「えー? ……そぉ?」


 正直、めちゃくちゃ話聞いてほしい気分だった。

 オレはグラスを持ってそいつらの席に移った。


「――そんでよぉ、夜遊んでんのがバレちまって、家追い出されたんだよォ」

「ふーんそうかぁ。でもそりゃあんたが悪くねえか?」

「るせーなわかってるよぉそんなこた。だからなんであんなことしちまったんだってんじゃねーか」

「そうかそうか。まあ今日は飲めよ。飲んで忘れようぜ」


 冒険者たちは、オレに親切に寄り添って話めくれた。

 オレは自分の不満を洗いざらい吐いて(もちろん勇者だとバレないよう隠すところは隠したが)、夜通し飲み明かした。


「……んガッ?」


 明け方。目を覚ますと周りには誰もいなかった。


「あれ……他のみんなは?」


 カウンターを掃除していたマスターに聞く。


「もう帰ったよ」

「あっそう……あれ?」


 違和感に気づく。


「あれ!? 剣がない!!」


 席に立てかけていた剣がない。

 まさか…………。


「アイツら…………」


 盗みやがったのか。話を聞くって言ったのもオレを騙すため??

 なんて奴らだ。良い奴だと思ったのに!!


 オレはすぐさま冒険者ギルドに行って昨日の奴らを探した。

 だが奴らはいなかった。他の冒険者に特徴を伝えても、そんな奴らは見たことがないと言った。

 もしかしたら、冒険者じゃなくて盗賊か詐欺師とかだったのかもしれない。


 だとしたら、見つけるのはもう困難だ。


「はぁ…………」


 剣はもう戻ってこない。オレの勇者の証が。アイデンティティーが。

 なんでオレばっかりこんな目に会うんだ。

 あんまりだよ……クソぅ……。


 もう何をする気力もない。

 忘れよう……とりあえず、酒を飲んで娼館にでも行こう……。で、賭博でもしよう。

 オレは夜の街の路地裏を微かな欲求を頼りにさまよっていた。


 そんな時。


「お探し物はこれかの?」


 夜の街に似つかわしくない人間がオレの前に立っていた。

 赤と白の服を着た幼女だった。頭に獣ミミっぽいものが着いている。

 だが、獣族という感じでもない気がする。不思議な気配だ。目が吸い寄せられる。


「んー……?」


 ほのかな月明かりに照らされ立っている彼女が、その手に持っていたのは、


「……って、オレの剣じゃねえか!! なんで!?」

「ヌシのモノではないぞ」


 《封印剣》を地面に突き立てたその幼女は、含みのある笑みを浮かべてオレを見た。


「これは、わしが作った剣じゃ」

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