第5話:おかしな姿になりました





 魔法少女は蟹怪人と対峙していた。

 周りに人が多い。怪人が暴れれば多くの怪我人を出してしまう。

 正常性バイアスだかなんだか知らないが、さっさとみんな逃げてほしいと少女は思う。そうすればこっちも大手を振って暴れられる。

 しかしそう簡単にいかないのは、敵もわかっていてこうして人の多い所に出現させているのだろう。

 ならば被害を出さないためには──。


「先手を──取る!」


 星型の装飾がついたステッキを振りかざし、少女は蟹怪人に向かって一直線に突っ込んだ。

 狙うは近接戦だ。

 近づけば下手に人に向かって暴れる……ってことは無いはず!

 さ迷っていた蟹怪人の目が、飛びかかる少女に止まる。

 その目を叩き潰すようにステッキを降り下ろし──


「──っ!?」


 しかし、ステッキは狙いの場所に当たることはなく、鈍い音をたてて蟹怪人の大きな爪に受け止められた。

 直撃には至らなかった。けど取りついた。この爪は硬そうだが、押しきれば!


「ヴォオ……」


 その時、蟹怪人が鳴いた。

 もう片方の爪が少女の方に向かって開く。その中心には水の塊のような渦巻いており──

 ヤバイと、とっさに少女がステッキでガードするのと怪人の爪からビームのような水圧が発射されたのは同時だった。


「くっ!」


 とっさにバリアを展開するが、水流ビームの圧に堪えきれない。

 押し流されるように少女は物凄い勢いで壁に激突し、その身がコンクリートの壁にめり込んだ。そのままビームは壁を走るようにして天井まで発射され、損壊した壁や天井が瓦礫となって周囲に降りかかる。


 そこでようやく周りにいた野次馬たちが、自分たちがいかに危険な場所にいるのか気が付いたようだった。


「うわああああああっ! 危ねぇ!」


「きゃあああっ!」


 遠巻きに見ていた人々が悲鳴をあげて逃げ始めた。


「ヴォオ……ヴォオオオオオオオオオオォォォォ!」


 悲鳴に呼応するように怪人が雄叫びを上げた。

 魔法少女という標的をなくした怪人は何かを探すように回りを見渡す。


「くそっ……!」


 めり込んだ壁から少女は上体を引き剥がし、怪人の好きにはさせないと、再び近づこうと踏み出そうとする。


「──!?」


 しかし壁の一部に足ががっつり嵌まっていて、なかなか取れない。

 ──初動が、遅れる。

 その隙に、怪人はその巨大な爪で自販機を挟んで持ち上げた。

 何を? と少女が思った瞬間、怪人は自販機を放り投げる。

 ──────少女の方向にではない。少女よりはるか頭上、ギャラリーの方に、だ。


「しまっ──」


 放物線を描く自販機はモールの二階。まだ人々が逃げ惑う場所に向かっていく。

 あのままでは人に当たる。自販機なんて重量物、人に当たったら大変なことになる。


「だめぇ!」


 最悪の事が脳裏に過り、少女は慌ててステッキを振った。星のオブジェが光り、ステッキから光弾が放たれる。

 しかし少女の思惑とは違い、光弾は自販機に当たることはなく──衝撃音と共に二階に突っ込んでいった。




 ★  ★  ★




 美鈴はチラチラと後ろを振り返る。直ぐに兄が追いかけてくるかと思ったが、そうでもないらしい。相手にされているのかされていないのか、片っ端から声をかけて回っている。

 放っておけばいいのにと美鈴は思う。自分の命が一番大事なのだから。

 ひとまず兄の言うとおりその場を離れようとして、美鈴は気がついた。


 反対側の通路で足を押さえて膝をついているおばあさんがいた。

 おおかた逃げる途中で足でもくじいたのだろう。

 知らない人だし、なんの義理もない人だ。

 だから、無視して構わないと、思う。


「…………」


 しかし、思いに反して美鈴の足はおばあさんに向かって駆け出していた。


「ああ、もう!」


 怪人の雄叫びが聞こえる。





 ★  ★  ★





「あんたも早く逃げろ!」


「あ? なんだよ嬢ちゃん」


「なんだよじゃないんだよ!」


 相手の言葉に凛は内心舌打ちをする。

 逃げるように促しているが、反応は悪い。みんな怪人と魔法少女という怪異に夢中だ。

 あの怪人が暴れだしたら自分達に危害が及ぶことがわからないのだろうか。


 そう非難を呼び掛けているうちに状況に変化があった。

 怪人の放った攻撃が、壁や天井を破壊したのだ。

 天井から瓦礫や破片が降り注ぎ、凛は慌てて近くのテナント内に避難した。

 周りの人たちも自分達が危ない状況にあることを、ようやくわかったのか悲鳴をあげて逃げ始める。


「結局危険にならないとわからないもんなんだな……」


 いや、自分もそうかと凛は反省する。結局危険になるまで避難誘導を止められなかった。

 自分も早く逃げようとその場を離れようとして──ある人物が目に留まる。


「……美鈴!?」


 吹き抜けを挟んだ反対側。美鈴が倒れているおばあさんに寄り添い、肩を貸して立ち上がらせようとしている。

 あいつ、逃げろっていったのに。とは思うが、少しだけ誇らしい気持ちもある。


 しかし、危険なことには変わりはない。反対側ではあるが、合流して一緒に逃げるべきだ。そう思い、駆け出したところで階下の怪人の動きに気がついた。

 無造作に自販機を掴んだ怪人は、まるでゴミをぽい捨てするかのように自販機を放り投げた。

 放物線を描く自販機の行く先を目で追って──目を疑った。


「美鈴っ!!」


 落下の先に美鈴とおばあさんがまだ残っている。

 あれで押し潰されたら、どうなるか考えたくもない。

 走る──が、到底追い付く距離ではない。


「美鈴ぅ!!」


 周りが時間が止まったかのようにゆっくりになる。絶望の色に染まる美鈴の顔が見え、守りたいのに体は遅々として動いてくれない。


 ダメだ。

 ダメだ! ダメだ──────!


 息が止まりそうになる。心臓が竦み上がるのがわかる。それなのに頭だけはクリアで美鈴の事だけがよく見える。

 力が欲しいと、生まれてはじめて願った。

 美鈴を、家族を守れるだけの力を。

 あの魔法少女のような力を。

 何でもいい──────!


「俺に、力を──貸してくれ!!」


 その言葉に、応えるものがあった。

 胸から弾けるように黒と白の光が溢れ、凛の小さな少女の体を包み込んだ。

 途端、力が溢れてくるのを凛は実感する。

 これなら、行ける──。

 飛び乗ったガラス手すりの金属フレーム部分を踏み台にして、凛は跳ぶ──。




 ★  ★  ★




 おばあさんを助け起こした所で、美鈴は周りからの悲鳴を聞いた。ふと顔に影がかかり、顔を上げれば信じられないものが自分に飛んでくるのを見る。

 自販機だ。自販機が自分に向かって飛んできている。


「──ぇ」


 あまりの非現実的な出来事に、美鈴は悲鳴すらも飲み込まれた。

 逃げる暇などない。

 ただ、ただ助け起こしたおばあさんと共にその場にヘタリ混むしかなかった。


 あ、終わったと美鈴は思った。あんなものが当たったら怪我どころじゃすまない。

 飛んでくる自販機がゲームの処理落ちみたいにスローモーションのように見え──そしてだからこそ、それに気がついた。

 黒い影が、美鈴と自販機の間に滑り込んでくる。

 そして二人を守るように、飛び込んでくる自販機を両の手で押し止め、受け止めた──。


「──────」


 轟音をたてて、自販機が床に落ちる。

 美鈴を守った影は人の形をしていた。色は漆黒、姿は甲冑を着た騎士のようにも、映画に出てくるロボットのようにも見えた。中肉中背でそこまで背は高くはないが、美鈴にはその背はとても大きなものに見えた。

 顔だけ振り返った彼? の顔は仮面に覆われていて伺うことができないが、黄色い双眸が美鈴を見ているのはわかった。


「無事か!? 美鈴!?」


 その声に美鈴は眼を見開く。

 それは三日前まで聞きなれた兄の声だった。


「お、おおお、お兄ちゃん!?」


 兄の声に美鈴は一気に現実に引き戻され、そして一気に混乱した。


「は? なに? ええっ!? 何その姿!」


「ん? おお……」


 凛は自分の姿に今気がついたのか、手足を眺めて驚きの声をあげている。

 しかしそれも僅かなことで、ぐっと両手を握ると力強く頷いた。


「何やら凄いことになっているが、話は後だ!」


 床に置いた自販機に登り、美鈴の兄は階下を見下ろし、高らかに宣言する。


「まずは────あいつを倒す!」



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