第6話:初陣です!




「二人目の……怪人!?」


 自販機が投げ込まれた先に現れた人物を見て魔法少女は声を荒げた。

 人型だけれど漆黒の鎧に包まれたその姿は、人ではあるものの異質な姿だ。

 今まで怪人が二体同時に出たことはない。


 対処できるの……!?

 焦りが少女の顔に浮かぶ。

 少女の焦りとは裏腹に、黒い鎧の怪人が動きを見せる。倒れた自販機の上に立ち、上階からこちらを見下ろしていた奴が、浅く構えた。何らかの予備動作だ。その動きを見て、少女はステッキを握る手に力を籠める。


 黒い鎧の足元から軋むような音がする。

 来る────漆黒の体が階下に向かって突撃する。が、それは少女に向かってでも、逃げる人たちにでもなく、


「え?」


 驚く少女の声を置いて──勢いのある飛び蹴りが蟹怪人に直撃した。

 不意を突かれたのか、黒い鎧の足が蟹怪人の頭に突き刺さり、飛び蹴りの勢いに押されて蟹怪人の身は反対側の壁に激突した。

 蟹怪人と対峙するように、黒い鎧は少女に背を向け、立っている。

 どういうこと……? と混乱する少女の思考を遮るように雄たけびを聞いた。


「GAAAAAAAAAAAA!!!」


 蟹怪人の雄たけびだ。ふらつく身を壁から離し、黒い鎧を威嚇するように声を上げる。

 先ほどの攻撃を完全に敵対行動だと認識したのだろう。蟹怪人は黒い鎧に突っ込み、その大きな爪を振るう。


「ふん!」


 黒い鎧はその攻撃をものともせず受け止めた。

 そのまま腕を取り、背負い投げて、蟹怪人の体を地面に叩きつける。その衝撃に、蟹怪人の体がバウンドし宙に浮いた。

 まるで格闘ゲームで見るようなバウンドだ。

 そして、絶好の隙を見逃す黒い鎧ではなかった。弓を引き絞るように片足を後ろに下げ、体をひねる。


「おお──おおおおっ!!」


 気合いの入った声と共に、掬い上げるように引き絞った足を放つ。

 黒い鎧の脚撃は蟹怪人の背に突き刺さり──蹴り上げられた蟹怪人が吹き飛んでいく。それは高く打ち上がり、蟹怪人が開けた天井の亀裂を越え、建物の外まで飛んで行った。


「……よし」


 納得の声と共に、黒い鎧がぐっと踏ん張った。足を延ばす動作と共にみられる動きは、跳躍だ。

 黒い鎧が跳ぶ。向かう先は亀裂の先、蟹怪人を追うように彼は跳んで行った。

 その様子を、周りの人たちも含め少女たちは呆然と見ていた。

 なに? 仲間割れ? そもそも怪人同士仲間とかあるの? と、目の前で繰り広げられた出来事に少女は混乱する。

 混乱はするが、自分のやるべき事はわかっている。ステッキを握る手にぐっと力を籠める。


「とりあず追わなきゃ!」


 二体の怪人を追って、魔法少女も天井に空いた亀裂に向かって跳ぶ──。




 ★




 蹴り飛ばした怪人を追って跳んだ凛は、天井の亀裂を抜け怪人の姿を目で追った。

 ──居た。

 蹴り飛ばされ、広い屋上の中心でのたうち回っている。

 やはり、思った通りだ。と凜は周囲を見渡した。

 このAOONモールの屋上は駐車場になっている。駐車ラインが規則正しく引かれたの屋上には、しかし車はほとんどない。ここに駐車してくる車は無いに等しいのは昔から変わっていないようだった。

 だから──、


「ここなら、人に被害が出ることはまずない!」


 駐車場に転がる蟹怪人を見据えながら、凛は着地する。

 ……気のせいかさっきより目線が高い。改めて自分の身を眺める。手足は黒い甲殻に覆われたようになっているが、長さは男の体だった頃を彷彿とさせる。


「元に戻った? いや戻ったと言っていいのか?」


 より変な方向に変化しているが……それより──


「あいつをどうにかするのが先決だ!」


 起き上がる蟹怪人に向かって凛は駆ける。

 体は自分の身体とは思えないくらいに軽い。思った以上の事をできる。頭で思い描く理想の動き──理想の戦い方に身体がついていってくれる。

 だからその理想に従って拳を突きこんだ。


「せぇい!」


 突っ込んだ勢いで放った右拳は、爪に防がれた。金属で金属を叩いたかのような鈍い音がする。

 動きの止まった凛を隙有りと見たか、反対側の爪で薙ぐような一振りを繰り出すが、凛は屈んでかわし、空いた土手っ腹に拳を突き込んだ。


「GAAAAA!」


 たたらを踏んで後退する蟹怪人に凛は油断なく拳を構える。このまま終わる相手ではないと凜は思う。建物を破壊した攻撃が残っているはずだ。

 蟹怪人は睨み付けるように低く重心を構えると、爪を開いて突き出してきた。

 その爪から、水砲が発射される。


「うお!」


 すんでの所でその砲撃をかわした。

 これだ。奴の武器の一つ!


 しかし水砲は一発に留まらず、蟹怪人は両の爪を使って連射してくる。


「──くっ」


 撃ちだされるそれをステップと上半身の動きで凜は躱していく。しかしそうすれば怪人との距離は離れていき、拳の届かない距離となってしまう。


「くっ……」

 

 舌打ちが出る。これでは近づけない。避け続けられてはいるが、じり貧だ。

 こっちは飛び道具なんて無いのに!

 それにいつまでも避け続けてはいられない。いっそ受けながら近づくか? それは耐えられるのか? いや耐えるしかないんだ、と凛は覚悟を決めようとする。

 ────その次の瞬間だった。


「シュート!」


 光の奔流が──走った。


「GAAAAAAAAAA!!!!」


 蟹怪人の横手から、極太のビームが怪人を包み、撃ち貫いていく。その発射元には先ほどの魔法少女がいた。ステッキを構え、先端から閃光を放っている。

 ビームが消える頃には、焼け焦げた蟹怪人が残った。しかし、まだ立っている。

 今だ、と凛は駆け出す。


「G……」


 まだ倒れぬその身体に向けて、凛は強く踏み込み──


「これで──」


 掬い上げるようなアッパーが、がら空きの腹に突き刺さった。


「終わりだ!」


 振り抜く──!

 蟹怪人の身体が空中に吹き飛び、


「GAAAAA!」


 断末魔の叫び声と共に、爆散した──。

 その爆発は爆炎が舞うものでも、肉片が舞い散るものでもなかった。例えるなら小さな黒い花火が弾けたような、その程度のものだった。


「! 星くん!」


 少女が杖を掲げると、黒く散った火花が杖の先端の星に吸い込まれていく。

 全て吸い上げ終わると、終いとでも言うかのように、キンッと甲高い金属音のような音が鳴り響いた。


「…………終わった、のか?」


 凛は辺りを見渡すが、怪人らしき姿はない。

 その場に残ったのは凛と魔法少女だけだ。

 そこでようやく凛は警戒を解いてホッと息をついた。


「いやぁ! 助かったよ!」


 凛は魔法少女に近づいていく。

 実際彼女がいなければ危ないところだった。無事倒せたのも彼女のお陰だ。


「えっと……魔法少女さん? なんて呼べばいいのかな。俺はあさ──」


 朗らかな凛の声が途切れる。

 明らかに敵意のある眼で、少女が杖を突きつけてきたからだ。その先端には光が集まっていて、砲撃一歩手前の様相だ。


「ちょ、ちょっと!?」

 これはマズイ。何故だか知らないが、目の前の少女はこちらを敵としてみている。蟹怪人を貫いたあのビームなんて食らった日には痛いどころの話じゃすまない気がする。


「……あなた、怪人でしょう」


 慌てる凛に、少女の冷たい言葉が響いた。


「怪人は、倒す。それが私のするべきことだから」


「いや! ちょっと待って! 確かに、怪しいナリだけど、俺は怪人なんかじゃ──」


 そう言い終わる前に、凛の身体がわずかに光り──光がはじけると共に元の姿へと戻った。

 そう、少女の姿に、だ。


「────え……?」


 魔法少女の双眸が驚きに見開かれた。杖の先端に集まっていた光りは霧散し、少女は構えを解く。


「朝霞……くん?」


「うお、元に戻った! ……ってこっちの身体かよ」

 自分の体を見下ろし、凜は肩を落とした。

 視界の端に流れる白髪に細い手足。曲線を描いた胸。それは変身前と同様の少女の姿だ。


「…………」

 そして、魔法少女も淡く光り──その光が収まれば、凜の知っている姿がそこにはあった。


「え? 宮下……さん?」


 変身を解いた魔法少女の姿は、凛が知っているクラスメイトの姿だった。

 その表情は不満げに口をへの字に曲げられている。明らかに、怒っている。


「どういうことなの朝霞くん」


「いや、どうと言われても、俺もよくわかんなくて……」


「なにそれふざけてるの?」


「ふ、ふざけてないって!」


 ヤバイ、なぜかわからないけれど宮下さんはたいそうご立腹のようだ。こうなると女の子って言うのは面倒くさいってのは妹でわかっている。

 しかし本当に自分でもどうなって変身したのかよくわからないのだ。むしろこっちが聞きたいぐらいだが、それを言っても埒が明かないだろう。


 どうしたものかなと思っていると、ポケットの中でスマホが震えた。取り出して画面を見れば、美鈴からの着信だ。

 これを言い訳にしない手はない。


「ごめん宮下さん! 妹が心配してるから戻らなきゃ!」


 そう言って凛は屋上の出入り口に向かって走り出す。


「ちょっと!?」


 背中に非難の声が飛ぶが、絶対に心配している美鈴が優先だ。決して怒ってる女の子は絶対に面倒くさいからとかではない。


「ごめん! また明日! 学校で!」


 振り返ってそう大声で叫び、凛は逃げるようにその場を後にした。



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