第3話:うちの妹はドライです
「うわっ、マジで女になってる」
開口一番に凜の妹はゲテモノを見るような声で言った。
「ん?」
リビングのソファでくつろいでいた凛は後ろからの声に顔を向けると、ぽかんと口を開けた妹──美鈴が突っ立っていた。
「お前やっと起きたのかよ。もう昼前だぞ」
「うっさいな。受験生は忙しいの。休日ぐらいゆっくり寝たいじゃん」
そう悪態をつきながら凛の前までやって来ると、「へぇ」だの「あぁ?」だの珍生物を見るようにいろんな角度から凛を眺める。
「はー……かわいくなったねぇクソ兄貴」
「お前の言葉遣いが全然かわいくないんだけど」
「お兄ちゃん。覚えておいて。女の子はね、かわいい女の子が身近にいると敵対心を抱くんだよ」
「はぁ……ベンキョウニナリマス」
昨日の夜寝ていた美鈴はLOINで凛の女体化を母親から連絡を受けていたらしい。しっかりと母親と凛の自撮り写真付きだ。
にしたってうちの家族受け入れすぎじゃないか? とは凛は思うが、変に気遣われるよりはありがたい。
「つーか病院? とか行かなくて良いの?」
「病院は朝イチで行ってきた」
「へぇー……どうだった? なんか怪しい薬打たれたり、怪しい大学病院紹介されたりした?」
「んなことあるわけないじゃん……普通に診察してきて、血液採取しただけだよ」
「なにそれー。普通もっと怪しむもんなんじゃないの? だって女の子になっちゃったんでしょ?」
「まあ……たしかにむちゃくちゃ疑われたけど、いつもの行きつけの病院だし、母さんも付き添ってたし。身体上は特に問題無さそうだってさ」
「ふーん、そんなもんなんだ」
もう興味がなくなったのか、美鈴はソファーに腰かけると凛が見ていた番組のチャンネルを変え、お昼の情報バラエティを流し始めた。
いつも断りなくチャンネルを変えられるのだが、もう慣れたことなのでなにも言わず、凛は情報バラエティをボーッと眺める。チャンネルを変えた本人はスマホの画面に視線を落としていた。
「ただいまー。お昼ご飯蕎麦でよかったわよね。あら、美鈴ちゃんやっと起きたの?」
「んー」
買い出しから帰ってきた母親の声に美鈴は生返事を返す。
もう空気は日曜の昼下がりの、いつもの日常の空気だった。
★
『それでは次の話題なんですけど──いま巷で話題になっている怪人! それと魔法少女ですね!』
「──は?」
凛の口からすっとんきょうな声が出た。
『いやぁ最初は特殊映像だと思っていたんですが』
『実際街に被害が出てしまうと話は変わってきますね』
テレビの画面が事件現場に切り替わる。
「あー、ここお兄ちゃんがいつも使ってる駅の近くじゃん」
「……ホントだ」
たしかに見覚えがある。通学で降りる駅の裏側にある雑居ビルの一角だ。そこが爆発でもあったかのようにゴミやなんらかの破片が散らばり荒れている。
『実際に被害当時の映像が投稿者より寄せられました』
映像が切り替わり、人型ではあるが……たしかに異形の者が暴れまわっている。そこにピンク色の球体が現れ、怪人を押し退けていった。
「なにこれ、映画の宣伝?」
「え? お兄ちゃん知らないの? 最近話題になってるよ怪人事件」
「なにそれ知らん……怖っ」
美鈴が凛の隣に寄ってきてSNSの画面を見せる。
「ほら、トレンドにも入ってる」
スワイプして見せられたSNSの画面には、いくつかの怪人の写真が写っていた。今テレビで見ていたのと同じデザインだ。動画もいくつかあがっていて、どれも違う場所から撮られている。
「この光の玉……なに?」
画面に常に映っている人ひとり分の大きさもあるピンク色の光の玉に指をさす。怪人の動きに合わせて動いているようにも見えるが、画面内でぴょこぴょこと動いているようにしか見えない。
「さあ……? 写真とるとこうなっちゃうんだってモザイクみたいなもんなんじゃない? 生で見た人は女の子だって書いてあるけど」
たしかにSNSの画面には魔法少女だの、特撮ヒロインだのの文字が連なっている。
「今どきの魔法少女って身バレ防止きっちりしてるんだね」
「いやいやいやいや」
手を振って否定の意を示す。
「常識的に考えてあり得ないだろ。メルヘンやファンタジーじゃあるまいし。AI使ったフェイクとか撮影とかじゃないの?」
「はぁ? 女の子になったメルヘン全開の人が言う?」
「…………」
なにも言い返せなかった。全くその通りであった。
★
「ごはん出来たわよ」
母親の号令で凛と美鈴は食卓に付き、「いただきます」と手を合わせてから大皿に盛られた蕎麦に箸を伸ばした。
「そうそう美鈴ちゃん」
「んー?」
「明日、凛と凛の服買いにいってきてくれない?」
「は?」「えー?」
凛と美鈴の声が同時に抗議の声をあげる。
「お金渡すし美鈴のチョイスでいいから」
「私、受験勉強中なんだけど」
「半日ぐらい息抜き必要よ」
「ちょ、ちょっと待って。俺の服なんて間に合ってるじゃん」
「間に合ってないじゃない。必要でしょ。女の子の服」
「はぁー!? いや今持ってる男ものでいいじゃん!?」
「ダメよ。ブカブカだし、格好悪い。それに折角女の子になったんだからかわいい格好しないと」
「ええー……? そんな理由?」
「それに、下着だって揃えないと」
「下着……下着ってブラジャー?」
「そうね。パンツも買わないとだし」
「下着なんて美鈴の──」
「はぁ? ばっかじゃないの!? 絶対嫌だから!!」
「……そこまで拒否らなくてもよくない?」
「じゃあお兄ちゃんはお母さんのパンツ穿ける!?」
想像し──吐き気を催す。
「……あー、そりゃ嫌だわ」
「でしょー?」
「あんたたち流石に傷つくわよ」
母の怒りを抑えるため凛たちはとりあえず休戦した。
★ ★ ★
次の日、凛はAOONモール方面行きのバスに乗っていた。結構大きく、服から食べ物まで一通りなんでも揃っているショッピングモールだ。
凛は妹に「なんか着るものがなくて男物の服無理矢理来てる感がスゴくダサい」、「知り合いだと思われたら嫌」というありがたいお言葉をいただいたので、美鈴から少し離れたところに座っている。
結局一緒に買い物するんだから変わらないじゃないかと思うものの、鏡の前の自分の姿を見たらクソダサい以外の感想が浮かばなかったので仕方ないと思う。
丈の合わないズボンは捲るしかないし、Tシャツは肩幅も裾も合わなくてダボダボ感が半端ない。あまりに緩くて胸元が怪しかったのでインナーを来たのだが、これがまた似合ってない。
確かに人前に出れるぐらいの服はあっても良いかもしれないと、思い直さざるを得ないぐらいには酷いと凜も思う。
ため息をバスの窓に吹きかけて外を見る。AOONモールの看板が見えてきた。
そういえば子供の頃このモールの屋上で美鈴と遊んでたことがあったのを凛は思い出す。ここのモールは平面駐車場が広いからか屋上駐車場まで使われることが少なく、ほとんど車がなかった。そのおかげもあって広々とした場所ではしゃいで走り回っても、親に怒られることもなかった。
AOONに併設された停留所に着き、凛と美鈴はバスを降りた。涼しかったバスから残暑が厳しい風に吹かれ、凛たちは逃げ込むようにモール店内に入った。
周りの人たちも涼しさを求めてか同じように足早にモール内へ入っていく。一人の男性は青ざめた顔で「蟹……蟹……」とうわごとのように言っているが、暑さにでもやられたのだろうか。
「はぁー外暑ー」
「まだまだ夏終わらねぇな」
「じゃあ、まずは……下着見に行こっか」
「えぇ……いきなりそっちなの?」
美鈴のあとをついて歩く。知らない場所ではないが、下着を取り扱っているテナントなんて凛は○印良品かUNIOLOしか知らない。
親子連れがほとんどだが人の多い入り口から迷子になら無いよう美鈴の後を追う。
それにしたって……下着、下着……ブラジャー……。
凛としては女性ものの下着は物凄く抵抗がある。当たり前だ一昨日まで男だったのだ。それを急に女物の下着をつけろと言われても恥ずかしすぎる。なんというか男の尊厳破壊だ。
そんな凛を見かねたのか、渋い顔をしている凛に美鈴が耳に顔を寄せて呆れたように言う。
「言っとくけど、ノーブラで歩いてる方がくっそ恥ずかしいからね」
そう言って美鈴は周囲を睨み付けると何人かの男が目をそらした。
そうして凛は気がつく。
あれ……? もしかしてめっちゃ見られてた? どこを……胸を?
思わず腕で胸を隠す。周囲から舌打ちのようなものが聞こえてきた気がした。結構見られていたことに自然と顔が熱くなるのを自覚する。
……べ、別にぃ!? 体の一部が揺れてるのを見られたってぇ!? 恥ずかしくないですけどぉ!?
「はい! おにーちゃんランジェリーショップ行こうかー」
「……はい」
胸を押さえつつ猫背になって、凛は美鈴の手に押されるようにして店に向かい始めた。
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