第4話 場違いな鳥

『内海菌がうつるぞおお!!』


『キャーーッ!!』


『……』


『ほら内海菌!』


『いやああー! やめて!!』


──────────

───────

────


『お前は机くっつけんなよ、うつるから』


『うん……』


『てか食ってる間壁の方見てろよ! それなら皆納得するんじゃね!?』


──────────

───────

────



 月一回程度の頻度で見る昔の夢。

 自分なりに乗り越えたと思っていても、実際には思い出さないようにしていただけだと思い知らされる。

 精神的に強くなるだとか、大人になるだとか。そういった事では解決しないのかもしれない。

 なぜなら既に受けた傷だから。打たれ強さだとか、そういう話ではないのである。


「はあ……」


 しかし成長するにつれて、相対的にその傷が小さく見えてくるという事はある。

 あるのだが、痛い事に変わりは無い。そうやって苦しんでしまっているのが今の自分だ。

 そう哲学しながら、内海は宿のエントランスの隅でユーゴを待っていた。


「お待たせしました、内海様」


 バタバタと階段を下りて来たユーゴが内海の方へと駆け寄る。朝食を終えて身支度を済ませた後、チェックアウトの直前で忘れ物を思い出したユーゴは一人で部屋へ戻っていた。


「随分早いな。忘れ物は見つかったのか?」


「大丈夫です。お弁当もちゃんと受け取りましたし、いつでも出発できますよ」


 もぞもぞと懐に手を入れている。神殿から受け取った物ではなくユーゴの個人的な荷物である事を察した内海は特に詮索する事も無く、受付に小さく頭を下げて鍵を返した。


「よし、じゃあ行こうか」


「はいっ」


 外へ出ると朝特有の涼しくも温かい太陽の光が降り注ぎ、透き通る空気の中には既に喧騒の音が反響していた。

 全て夢だと思っていたのだが、実際に空気を吸うとこの世界ももう一つの現実なのだと実感せざるを得なかった。それは自分が一度死んだ事の証明だと捉えられるような気がして、天気とは裏腹に内海は一人気持ちを曇らせていた。


「……」


 二日目からこんな様子では駄目だと気を持ち直した内海は大きく息を吸った。なにもこの世界そのものに不満を抱えている訳では無い。むしろかつて憧れを抱いたファンタジーの世界である。その事を再認識して気を紛らわせようと周囲の様子に意識を向けた。

 少しだけ劣化した石造りの道を踏む感覚、耳に届く二人分の足音、見た事が無い鳥の姿、そして何やらカロリーの高そうな食べ物の香り──


「……ん?」


 やけに近くからその香りがする事に気付いた内海が隣に目を向ける。するとそこには何故かもう弁当箱を開封しているユーゴの姿があった。


「ユーゴ?」


「はい?」


「え、今食べるの?」


「朝ごはんが足りなくて……」


 照れたような笑顔でありながら尚も手を止めない。

 そんな調子で包みの中からサンドイッチを取り出したユーゴはキラキラとした目でそれを見つめた。


「見てください! 鶏ももの照り焼きとレタスと玉子が挟まってます! 健康よりもボリューム特化って感じでおいしそう!」


「うわあ重そう…… 今食べたらリエンシに着くまで昼食がお預けになるんじゃないか? それは大丈夫なのか?」


「大丈夫でふ。ここからイエンヒリエンシれあれば丁度お昼時に到着ひまふから」


「もう食ってるし。でもまあそれならいいか」


「ほうでふ」


 器用に音を立てずに食べるユーゴと共に街を歩き、やがて門の前へと辿り着いた。

 門の周囲には、やはり旅人のような者達が多く集まっていた。

 大人数の集団から内海と同じようなごく数人、もしくは二人組など、一つ一つの集団の人数はまちまちであった。


「今更だけど、少人数での旅って危険じゃないのか?」


「セスファリナ領内に限った話になりますが、町同士を行き来する程度であれば特に何の問題もありませんよ」


「そうなのか?」


「ええ。法整備や徹底的な治安維持、それと各村や町への道路の整備など安全の為に出来る限りの事をしていますから」


 会話をしているうちに門を通り、町の外へと出てしまった。視界一杯に広がる草原を横断するように引かれた石の道は見えなくなるまで続いていた。


「へえー…… あ、ちょっと待って。この街から出るのに手続きとかは? このまま行っていいのか?」


「ええ。セスファリナ領外へ出る際には手続きが必要ですが、私たちの場合は領内でお出かけするだけですから」


「ええ、なんだそれ。緩くないか? いいのか?」


「ええ。内海様が元々お住まいになられていた国…… ニホンで言うと"県を跨ぐ"程度の外出ですので」


「あっ、なるほど分かりやすい」


 納得する内海の顔を見て笑顔を浮かべたユーゴが一歩先へ出て道の先を指差した。


「そして先程言っていた安全面についても、この道から外れずに行く限りは心配ありませんからね。恐らく治安だけで言えばニホンと大差ないと思います」


「そうなのか、思ったよりも安全だ」


「あくまでもセスファリナ領内での話ですけどね。ケグナスやアステルは自然も治安も少し危険です」


「この国だからこそ様子見程度の遠出が出来るんだな」


「はい。のんびり行きましょうね」


 小首をかしげて笑ったユーゴが翼を伸ばし、はためかせる。


「散歩感覚だな」


「ふふ、実際お散歩みたいなものですから」


「俺は少し緊張してるんだけどなあ」


 極めて軽い調子で二人の冒険が始まった。


──────────




 見渡す限りの草原と、電線の無い青空。

 元の世界ではなかなか見る事の出来なかった景色が広がる中、内海は心地の良い風を受けながらただ歩いた。

 最初こそ野党やモンスターに襲われる想像をしてハラハラしていた内海であったが、出発から体感一時間ほどが経った段階でも特に何も起こらなかった。

 『お散歩みたいなもの』という言葉の真意を噛みしめながら空を眺めていると、遠くから微かに騒がしい声が聞こえたような気がした。


「……ユーゴ、何か聞こえないか?」


「聞こえます。争い事ですかね?」


 一歩進む度にその音は大きくなる。しかし道の先には誰も居ない。

 道から外れた場所で何かが起こっている事を確信した二人は周囲を見渡しながら歩く速度を上げた。


「参考までに聞きたいんだけどさ」


「はい」


 駆け足で進みながらユーゴの方へと視線を向ける。

 騒音の主まで聞こえる訳が無いにも関わらず内海の声は自然と小さくなった。


「俺、前の世界では少し身体を鍛えていたんだ」


「はい」


「俺の肉体ってこの世界基準だとどのくらい強い?」


「微妙です」


「微妙かぁー」


 逃げようと歩みを早めるとどんどん音が大きくなる。去るつもりで突き進んだ道は逆にトラブルの舞台へと繋がっていたようだ。


「やべえ近付いてる、どっちに行けばいいんだ」


「ふむ…… ちょっと聴いてみますね」


 焦る内海に対してユーゴは周囲を注意深く見渡した。


「南西…… 私たちが今向いている方向から見て左側、その方角の遠い場所から聞こえます。女性の声と狼の息遣い…… それと鳥の羽ばたく音が聞こえます。猛禽類でしょうか? とにかく大型です」


「ひえー、誰か襲われてんのかな?」


 聴覚による情報を基に音のする方向へ目を細めたユーゴは悩むように少し首を傾げて内海の顔を見上げた。


「鳥の姿が見えました。サイズからして"モンスター"でしょう。動きを見るに地上の者へ攻撃を加えているみたいですね」


「って事はやっぱり人が襲われてるって事だよな……」


「どうします? このままリエンシまで行きますか? この道から外れなければ巻き込まれないと思いますが」


 指差された先はリエンシへ繋がる道。

 判断を求めるユーゴの瞳を見つめている最中でも騒音は響き続けていた。


「俺が決めるのか……」


「内海様の冒険ですから」


 内海は細かな善行を積んだ事はあるが、争いを仲裁したり危害を加えられている人を助けた事は無かった。と言うよりもそのような場面に遭遇した事など無かった。

 故に、自分の安全を優先すべきかどうか迷ってしまった。

 痛いのは嫌だ。しかし『保身のせいで他の誰かが傷付いた』なんて事になったら一生後悔する。

 救いたいのではなく、救わなかった事を後悔したくない。

 そんな風に自分で納得できる結論を見つけ出した内海は女性が襲われているであろう方向を見据えた。


「……」


 不安を抱えながらも、内海は助ける事を心に決めた。


「この世界の狼と鳥って俺でも勝てる?」


 しかし葛藤の末に出た言葉には若干の保身が混ざっていた。


「負けるし絶対泣かされますね」


 なけなしの勇気を打ち砕くようにユーゴが断言する。


「泣かねえし! でも確かに元の世界の犬ですらも勝てる自信は無いからなぁ…… ユーゴは戦えるか?」


「戦いは苦手ですが、攻撃用の魔法は一応持ってますよ。追い払うくらいならできるかも」


「追い払えるなら十分だな、リベイジアもあるし。急ごう! 怪我してたら大変だ!」


「はい!」


 遠くに見える鳥の方へと走り出す。

 距離が近付くにつれて状況が見えて来た。女性は特に怪我をしておらず、剣をしっかりと握って鳥と対峙している。


「怪我はしていないようです!」


「そうだな、良かった!」


 そして白い毛並みの狼は女性を守るかのように立ち塞がっていた。

 いつでも飛び掛かれるような低い姿勢の構えを取りながら上空の鳥を注視している。


「なんだ、あの狼は女性の仲間なのか?」


「そのようですね。彼女が使役していると見て良いでしょう」


 走りながら状況確認をしていると、足音や声を聞き取ったのか鳥が突然こちらに向かい始めた。飛行速度が驚く程に速く、あっという間に特徴を見分けられる程の距離まで接近されてしまった。


「やっべ、こっち来た!」


 慌てて立ち止まるとユーゴが戸惑ったように声を上げた。


「あれは…… バレットホーク!? 鳥類系モンスターの中でも特に獰猛で危険な種です!」


「なんだそれ!? セスファリナ領内は安全なんじゃないのか!?」


「安全な筈なのに!! この近辺では初めての事です!!」


 焦っている間にもバレットホークは迫って来る。


「うおおっ、怖っ!」


「本来であればアステルの高山帯に生息していて滅多に人前には出てきません。長距離を移動する習性も無いのに、一体どうしてここに……」


「考察は後にして! すぐそこまで来てる!!」


 顎に手を当てて立ち止まったユーゴを守るように内海が立ちはだかり、拳を向ける。

 リベイジアを一度でも当てれば終わる戦いであるが、内海の構えを見たバレットホークは変則的な飛行を始めた。


「くっ…… リベイジア!! リベイジアッ!! 当たらねえ! リベイジア!! やばい! ユーゴ逃げろ!! リベイジアッ!!」


 頭の片隅にあった"偏差撃ち"を試してみるも命中しない。

 左右に上下に、そして加速減速をも自在に叶える飛行技術を前に成す術も無く魔法を連発していると、急にバレットホークが高度を稼ぐように飛び上がり、両翼を広げその場に留まった。


「──! リベイ──」


「内海様っ!」


「どわっ、何!?」


 隙を突こうと拳を向けると、唐突にユーゴが内海の背後から体当たりをするように地面へ伏せた。

 その意図を理解できずに固まる内海と自分の二人の体を守るように翼で包んだユーゴは魔法の名を叫んだ。


「ロマ・リアレクト!!」


 翼が光を放つ。その数秒後に無数の硬い物同士をぶつけ合うような音が響き始めた。


「ユ、ユーゴォ…… なっ、ど、何がど、うシュ。音、こ、何ィ?」


 内海は人と密着した事が無かった。


「バレットホークは羽を弾丸のように撃ち出す技を持っているんです。あのままではどこかしら骨折してましたよ」


「ッスー…… そうだったのか。ありがとう」


 落ち着きを取り戻すように息を吸い込むとユーゴが申し訳なさそうに呟いた。


「すみません、想定外の出来事に少し戸惑ってしまいました」


「……今は大丈夫か?」


「はい。説明でも戦闘でもお任せください!」


「よし。この攻撃が終わったらどうする?」


「動作の関係上撃っている間は羽ばたく事が出来ません。撃ち終わる頃には地表付近まで降下している筈です。私が魔法で上へ行かないように誘導するので内海様がリベイジアで眠らせて下さい」


「分かった。やってみる」


 地を揺らす程の衝撃の中、イメージを膨らませる。

 この状況になる前、自分とバレットホークの位置関係はどのような感じであったか。

 攻撃が止んだ後、バレットホークはどのように行動するか。対して自分はどう対応するか。

 そんな思考を巡らせていると、邪魔をするように内海の背中をユーゴの鼓動が叩き始めた。


「……」


 トクントクンとやや早めに打っている。苦しそうだ。

 この姿勢になってすぐには特に気にならなかった筈だ。この数秒で心拍数が上がったのだろうか。そう思いながら内海は"なぜそうなったのか"を無意識に考えてしまった。

 もし、この数秒で心拍数が上がったのだとしたら。

 もしかすると怪我を負った事に気が付いて動転したのかもしれない。あるいは翼の隙間から"何か"を見たのかもしれない。急な運動で体調を崩したのかもしれない。翼が痛いのかもしれない。もしかすると魔法を使った影響かもしれない。

 一つの心配から連鎖するように色々と考えてしまった内海は、堪らずユーゴへ声を掛けた。


「ユーゴ、怪我してないか?」


「大丈夫です」


「翼、痛くないか?」


「翼そのものは痛くありませんね。付け根の辺りが少し痒いくらいです。衝撃が伝わるので」


 抱きしめる手を解いたユーゴは翼を触った。


「そっか。苦しくないか?」


「……ふふ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 会話の様子からして気分は落ち着いているようだ。

 怪我が無い事に安堵しながら音を注意深く聞いていると徐々に攻撃の勢いが落ちてきた。

 内海の位置からは目視による確認が確認できなかったが、それでもすぐに魔法を放てるように拳を握り締めた。


「……三秒後に防御を解きます。先程も話した通り先に私が魔法を使いますね」


「分かった」


「3、2、1……」


 カウントダウンが進むに連れて翼の光が増してゆく。

 ユーゴが両手を合わせるとその手に光が集約された。


「いきます!」


 勢いよく翼を広げたユーゴが低い姿勢のまま掌を突き出す。


「ロド・リアレクト!!」


 そして魔法の名を叫ぶと両手から無数の魔力の弾丸が放たれ始めた。

 あわよくば撃破できるかと思ったがバレットホークは弾丸を難なく回避してしまった。


「く、やっぱり点じゃ捉えられないっ…… 足止めに専念します!」


 両手の開き方を変えると縦方向の範囲が縮み、横に広い範囲を捉えられるようになった。

 高度の制限は実現した。しかし低空であろうと自在に飛び回るバレットホークは目で追う事すらも難しい。

 内海とユーゴを愚弄するように周囲を飛び回り、機を伺うかのようにこちらを睨んでいる。


「くそ、少し目を離したら背後を取られるな…… 一か八か、リベイ──」


「マーナ! 行って!!」


 バレットホークを視線で追って背後を向いた瞬間、女性の声が鋭く響く。すると白い狼が内海の頭上を跳び、ユーゴが放つ弾幕を華麗な身のこなしですり抜けてバレットホークの首元に噛みついた。


「よし! そのまま地面に叩きつけて!!」


 指示を受けた狼が空中で回転し、地へと獲物を投げ飛ばす。

 地面に叩きつけられて姿勢を崩した所へ更に狼が着地し、屈服させるように四本脚で身体を抑え込んだ。


「はあ、はあ…… シルバーウルフ…… 初めて見ました……」


 息を切らしたユーゴが魔法を止めた。相当疲れているのか心臓を抑えて地に膝を突いている。


「え、ユーゴ!? 大丈夫か!?」


「ちょっと、疲れただけです……」


「疲れたっつっても…… それは一体……」


 一瞬にしてひっくり返った戦況の把握とユーゴへの心配で頭がパンクしそうになる。神殿で受け取った薬を一通り取り出そうと袋を探ると、ユーゴは懐から何らかの薬を取り出して飲み込んだ。


「そ、それを飲めば落ち着くのか?」


「はい…… 後は呼吸を整えれば…… ふうう」


 ドキドキしながらユーゴの様子を見ていると、先ほどの女性もとい少女が内海へと歩み寄った。


「助太刀ありがとう。バレットホークは私が見ておくから、貴方はその子を診ててあげて」


「はい。ありがとうございます!」


 風のように爽やかなその少女は青みがかった銀髪を風に揺らしながら剣を鞘へ仕舞い、バレットホークの方へ歩いてゆく。ちらりと見えた尖った耳が内海達とは少し異なる人間である事を証明している。

 身を屈めバレットホークと目を合わせた少女は視線をそのままにしながら内海達へ声をかけた。


「私はチェルス・フローレ。こっちのシルバーウルフは相棒のマーナ。 ……バレットホークって、セスファリナには居ない子だよね? 偶然見つけたから手懐けようとしてた所なんだけど…… どうしてこの子がこの大陸に居るのか貴方達は何か知ってる?」


「いえ、自分達は音を聞きつけて見に来ただけなので何も……」


「うーん、そっか。誰かが手懐けてる訳でもなさそうだしなあ」


 考えるように顎に手を当てたチェルスは多少警戒しつつもバレットホークから視線を外し、内海達の方へ向き直った。


「失礼な名乗りになっちゃってごめんね。君達の名前は?」


「内海大河です。こちらはユーゴ・ラウンセルです」


「ご紹介に預かりました…… ふう、ラウンセルです……」


 息を整えたユーゴが立ち上がる。


「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」


「無理するなよ? 水もあるし俺の分の弁当もあるからな。食うか?」


「お! 後で頂きますね!」


「食い気は健在と」


「た、食べ盛りなだけですから!」


 思ったより元気そうなユーゴの振る舞いに安堵した内海が弁当を取り出すと、チェルスはブツブツと呟き始めた。


「ウツミ…… ウツミタイガ……」


 首を傾げ、じろじろと顔を見つめて更に数度内海の名を呟いたチェルスは何やら考えるように沈黙した。


「……俺の名前、やっぱり珍しいんだな」


 弁当を手渡しながらユーゴへと小声で尋ねる。対するユーゴは弁当を懐に仕舞いながら苦笑いを浮かべた。


「まあ、文化からして違いますからね」


「ああいやゴメン、失礼だったね。最近知った人も聞き慣れない名前を持ってたから同郷かなって思ってつい」


「聞き慣れない名前…… その方はどんな名前──」


 もしかすると転移者かもしれない。そう思った内海が何となく尋ねると、不意に三人の頭上に影が降りた。


「……ん! 何か来た! 続きは後にしよう!」


 真っ先に気付いたチェルスが剣を抜く。


「な、何だ!? もしかして仲間来た!?」


 続いて内海とユーゴが上空を見上げると、そこにはバレットホークと同程度の大きさの黒い鳥が居た。


「あれはアサルトレイブンです! バレットホークと同じくアステルに生息している超獰猛なモンスターですよ!」


「超獰猛!? 一体どうなってんだ!?」


「いいねえ、カッコイイ!!」


 チェルスが剣を構えた。


「よおし、纏めてうちの子にしちゃお! いくよマーナ!」


 勇み立つチェルスへ同意するようにマーナもバレットホークを抑えながら構えを取った。


「ゆ、ユーゴ…… そのアサルトレイブンがこの辺に来る事って有り得るのか?」


「有り得ませんが…… こんな事になっている原因が分かった気がします」


「え?」


「見て下さい、背中に誰か乗っています」


 逆光に目を細めつつも上空を飛ぶ鳥の背に注目すると、確かに人影のような物が見えた。


「本当だ…… チェルスさん! あのカラス、人が乗ってるみたいです!」


「ん? あ、本当だ」


 内海が呼びかけるとチェルスは構えを解き、手で目元に影を作った。


「なーんだ、もうご主人様が居るのかあ。残念」


 チェルスが剣を納めるとアサルトレイブンの背に乗っていた者が宙に身を投げ出した。

 三人が見守る中危なげなく着地したその少女は、マーナに組み伏せられたバレットホークをちらりと見て残念そうな表情を浮かべた。


「……お騒がせしたみたいで、申し訳ございません」


 ぺこりと頭を下げた少女が内海達三人の顔を確認するように見回す。するとユーゴとチェルスがほぼ同時に反応を示した。

 

「この子、私がさっき言た人だよ。聞き慣れない名前の」


「この方、転移者の貴科様です」


「お、おああ……」


 左右から同時にコソコソと言葉を送られる。

 彼女が何者かを理解した内海であったが、どう発言すべきかが分からず沈黙してしまった。


「ん、ラウンセルさん名前知ってるんだ。あの子と知り合いなの?」


「面識はありませんが、彼女は私が何者なのかを把握している筈です」


「ふーん?」


 よく分かっていない表情のチェルスに見守られる中、ユーゴが貴科の方へ一歩踏み出した。


「……貴科様、こちらのバレットホークの件については貴女が関与していると見てよろしいのでしょうか」


「うん…… テイムしようと思ったら逃げちゃって…… ずっと追っかけてたらこんな所に……」


 どちらも神妙な面持ちである。罪を問いただすかのようなユーゴと申し訳なさそうな貴科を傍から見ている内海は若干胃が痛くなった。


「こっちの子も既に先客が居たのかー、収穫ゼロだなあ」


 一方で関係の無い事を考えていたチェルスが残念そうに額に手を当てた。


「私からは何をするつもりもありませんが、これは立派な危険行為です。騎士団に見つかると間違いなく厳罰に処されます。ユーリからフォローがあるとは思いますが今後は気を付けて下さい」


「はい。ごめんなさい。気を付けます」


 隣に降り立ったアサルトレイブンの首元を撫でた貴科はチェルスの方を見た。


「……あなた、その子をテイムするんですか?」


 恐る恐るといった様子で尋ねる貴科の顔を見下ろしたチェルスは笑顔で首を横に振った。


「そのつもりだったけど、君が先に目を付けてたならやめておくよ」


「そう、お心遣いありがとうございます。クレス、お友達できるね、嬉しいね……」


 貴科が微笑みながら"クレス"と呼ばれたアサルトレイブンの首をモフモフと撫でる。

 ガアと一鳴きしたクレスから手を離した貴科は、今度はマーナに組み伏せられているバレットホークに近寄った。


「わんちゃん、ありがとうね…… もういいよ……」


 貴科がマーナの頭を撫でようとするとマーナはその手を避けてチェルスの横へと移動した。


「ははは…… ごめんねタカシナさん、この子私以外にはいつもこんな感じなの」


「大丈夫…… 主人に忠実な子は可愛い……」


 にこりと微笑んだ貴科が今にも飛び立とうとしているバレットホークに手を向け、魔法の名を呟いた。


「ロド・アクル」


 手から伸びた影のように黒い鎖がバレットホークを捕らえる。

 もがき暴れるバレットホークへと歩み寄った貴科は、続けて瞳を見つめながら宣言をするように言葉を発した。


「今日からあなたの名前はノイス」


 その瞬間、バレットホークは動きを止めて姿勢を正した。

 命名を終えると鎖が崩れ落ちるように消え、貴科に名前を付けられたノイスは大人しくなった。


「良い子…… これからいっぱい遊んで、本当の仲良しになろうね……」


「なんだ今の……」


 笑顔でノイスを撫でる貴科を見た内海は悪寒を覚えた。

 仲が良さそうにしているが、その実態は洗脳じみた魔法なのではないかと邪推が止まらない。

 この世にそのような魔法が当たり前にあるのは流石に怖すぎる。そう思いながら内海は恐る恐るユーゴへ尋ねた。


「ユーゴ、今のってイミステルクさんが作った魔法か?」


「その通り、イミステルク様より賜った魔法ですね。全体的な特徴としてはモンスターと心を通じ合わせて従える事に特化しているんですって」


「……なんて魔法を作ってんだ」


 『悪趣味だ』と声に出してはいないが、ユーゴは内海の思っている事を表情から察した。


「変人かそうじゃないかで言えば変人ですからね、あの方は。色々と変な物を作りがちなんです」


「そんな気がしてたけど。ちょっと怖いな」


 コソコソ話を終えると貴科は早速ノイスの背に乗り、地図を開いていた。


「改めて、お騒がせしてすみませんでした…… 私、もうお家に帰りますね」


「はい。お気をつけて」


 ユーゴが手を振ると貴科は三人の名前も聞かずに二羽の鳥と共に去って行った。


「あの子、こんな風に手懐けてたんだ…… 何がどうなったんだ一体…… まあいいや」


 顎に手を当てて独り言を漏らしたチェルスは気を取り直すように内海の方を向いた。


「ふうー…… 私は一回セスファリナに行こうと思ってるけど。貴方達はどうする? この後も変な事が起こらないとは限らないし、送って行こうか?」


「んー。どうします、内海様? 一旦戻りますか?」


「いや、このまま行こう。お気遣いいただきありがたいんですが…… 自分達、これからリエンシに行くんです」


「そっか、残念。じゃあここでお別れだね」


 マーナの頭を撫でたチェルスが地図を取り出し、方角を確認するようにグルグルとその場で回転し始める。三回転ほどしたタイミングで進むべき方角に気が付いた彼女は歩き出す前に改めて内海とユーゴの方へと顔を向けた。


「じゃあまたね。日が暮れる前に到着できるように気を付けるんだよ。またどこかで会ったらお話ししよう!」


「はい、また」


「ありがとうございましたー」


 互いに手を振り合い、それぞれの行き先へと歩き始める。


「なんか、一瞬にして色々起きたなあ」


「そうですねえ。初めての戦闘に、他の転移者様との対面。濃い時間でしたね」


「……貴科さん」


 彼女の顔を想い出した内海は得も言われぬ感情を胸に抱いた。

 彼女の何かを知っている訳ではない。何かを感じ取った訳でもない。それなのに、何か引っかかる物を感じた。


「転移者って事は貴科さんも一回死んでいるんだよな」


「はい」


「俺より年下?」


「はい。13歳です」


 自分よりも年下の死者。そう思うと内海の心は暗くなった。


「やるせないなあ…… 無事に生き返ってほしい」


「そうですねえ。もし助けを求められたら進んで協力しましょうね」


「そうしよう」


 決意を新たに、内海はリエンシを目指して歩き始めた。

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