第2話 はじめてのお友達
落ち着きとは程遠い場所で目が覚めた。
荘厳な天井画が高い位置から内海を見下ろし、そして周りではローブに身を包んだ集団が合掌しながら祈りを捧げていた。
「……」
怪しい団体に身柄を引き渡されたのだろうかと思い身を起こすと、集団の中心に他とは様子が異なる人物が一人混ざっている事に気が付いた。
綺麗な金の髪の毛と純白の翼。身に着けている衣服こそは周囲の人間と大差ないローブだが、一目でイミステルクと近しい存在であると分かった。
「お目覚めになられたようですね、内海様」
その少女が静かに語り掛ける。
長い睫毛に飾られた瞼がゆっくりと開かれた。微笑みに細められた水色の瞳が宝石のようにキラキラと輝いている。
「あ、はい……」
内海は生涯でこのような美少女に微笑みかけられた事が無かった。
ここまでの"美"を前にすると、もはや照れという感情すらも生まれないのだと思った。目前にしながらも、呆然と別次元の物を見ているような感覚である。
「私は天使ラウンセル。貴方の旅の助けとなるように遣わされた者です」
「え、旅の助け…… って事は同行して頂けるんですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「お、あ……っ」
思わず声が詰まった。
美少女と旅ができるという喜びは無い。これまで嫌われ続けていた経験から、彼女から自分へ向く感情への不安の方が大きかった。これから長期に渡って自分のようなブサイクに同行させる事への申し訳無さもあった。そんな後ろ向きな思考を抱えつつも、内海はとりあえず頭を下げた。
「ありがとうございます、助かります。よろしくお願いします」
一回の礼に対して三つも並べられた言葉を受けたラウンセルは可笑しそうに微笑んで立ち上がり、そして内海の近くへと歩み寄った。
「渡す物や説明する事があります。付いて来て下さい」
「はい」
まさに天使の慈悲だ。こんな自分にも微笑みかけてくれる彼女にボディービルダー達を思い出しながら、内海は床を踏みしめた。
──────────
二人分の足音がコツコツと辺りに鳴り響く。
広い空間に人は殆どおらず、たまに遠くに見える人影は全てラウンセルと同様の衣装を纏った聖職者であった。
「あの…… この建物ってどういった物なんですか?」
何らかの宗教施設である事は予想が付く。しかしながら内海は"そういった建物"に関する知識はあまり持っていない。
「ここはイミステルク様の神殿、彼女が現世へ降り立つ為の建物です。内海様のような転移者様達が送られてくる場所でもあるんですよ」
「へえ……。信者の方々が祈りを捧げたりとか、そういった事は無いんですか?」
「いえ、ありますよ。今日は貴方が来るので一時的に立ち入り禁止にしているんです」
細く綺麗な指が示す先には立て看板のような物があった。書いてある言語こそ理解できなかったが矢印のみは分かる。恐らくは誤って入ってしまった者への案内看板なのかもしれない。
「た、立ち入り禁止。何故です?」
「そうしないと混み合ってしまって大変なんです。立ち入りを許可していたら今頃私達は人ごみに揉まれてはぐれてしまっていたかも。ふふ」
「……そんなに人が集まるんですか」
「はい。皆イミステルク様の事が大好きですから」
この世界の有様を憂いて現状を打破する為にわざわざ転移者を招く程だ。その想いの強さはしっかりと人々に伝わっているのだろう。
「……」
「こちらの部屋です」
「あ、はい」
自分一人が来るというだけで立ち入り禁止にさせてしまった事に対してモヤモヤと考えていると、ラウンセルが扉を開けて入室を促した。ぺこりと頭を下げてその部屋へ入ると、そこには衣服や道具など、この世界で生きるにあたって必要になるであろう物が並んでいた。
「まずはお着換えですね。やはり貴方の世界の服では少し浮いてしまいそうです」
「あー、そっか。分かりました」
ラウンセルの退室を確認した内海は素直に用意された服装に着替えた。
「……イケメンなら似合ってたんだろうな。ううん」
姿見を見る。
鍛えていたためか身体だけを見るとなかなか様になっていた。しかし首から上はてんで駄目だ。目を逸らしたくなるその様は"惨状"としか言い表せられない。
微かな自己嫌悪を抱えながら内海は扉を内側からノックした。
「ラウンセルさん、終わりました」
「はぁい。失礼します」
小さな背丈で押し開けるように扉を開いたラウンセルは内海の全身を見上げて再び微笑みを浮かべた。
「……うふふ。その服、私が選んだんですよ。似合ってて安心しました」
「あ、ありがとうございます……」
『照れすらも無い』と思い込んでいた内海の顔は赤く染まった。
最初は非現実として捉えていたが、会話を通じて彼女の実在性を徐々に実感してしまった事による反応だ。
そう脳内で分析しながら頭を下げるとラウンセルは荷物の中から一枚の羽を取り出した。
「次はこちら。貴方に魔法の素養を与えます」
「魔法が使えるようになるって事ですか?」
「はい。なんとオマケもついてます」
「オマケ?」
無邪気に笑うラウンセルは内海の胸に羽を押し当てた。
「イミステルク様が直々にお創りになられた六つの魔法です。ほらほら、内海様の身体に入って行きますよ!」
「おおっ?」
羽が色とりどりの光の粒となって胸へと吸い込まれてゆく。
「俺だけの魔法って事かぁ!」
「違います」
「えっ、違うの?」
驚きのままに顔を見ると、ラウンセルはくすくすと笑いながら首を傾げた。
「まだ誰も思い付いていないという意味では貴方だけの魔法ですが、逆に言うと想像が及びさえすれば誰であろうと作ることが出来た筈の魔法です。ちょっと残念でしたね」
「そ、そうなのか」
「はい。理解すれば誰でも扱えるという事でもあります。信頼する相手に教えてあげて下さい」
「信頼する相手に教える…… そう考えるとなんか良いですね」
「ふふ、そうですね。さて、早速練習も兼ねて使ってみませんか? そろそろ準備が出来ている頃合いでしょう」
ラウンセルが袋を手に取って部屋の扉を開けた。
その先には聖職者が並んで立っていた。部屋へ入る前は居なかった筈だ。
「いきなり実践ですか。使う前にどういう魔法か教えて下さい……」
「都度説明させて頂きますのでご安心を」
部屋の外へ出るラウンセルに続き内海も外へと出る。
光が吸い込まれていった部分を何となく撫でているとラウンセルが書類を取り出した。
「一つ目の魔法は『リベイジア』。対象の意識を奪う魔法だそうです。そこに並んでいる方々に撃ってみましょうか」
「え、そんな事して良いんですか?」
「もちろん。その為に集まっているのですから。ねっ、皆様!」
聖職者達が一斉に声を上げる。
「我々もどういう魔法か把握しておりまぁす!」
「安全だと分かっているので! 一思いにどうぞ!」
「イミステルク様の魔法っ!! 受けたい!!」
「『受けたい』って…… そういう事か…… じゃあすみません、よろしくお願いしまぁす!」
遠くで並んでいる聖職者達に合図を送ると、彼らも大きく手を振って合図を返した。
「近代魔法に属する物ですので詠唱も印も魔法陣も必要ありません。拳を突き出して『リベイジア』と叫んでください」
「分からないけど分かりました。 ……リベイジアッ!!」
突き出した拳の先から光弾が放たれる。
「あれ? この魔法って……」
イミステルクが電車内で使った物と同じだ。試し撃ちされたんだろうな、と内海は察した。
一方で矢のように飛ぶ光弾が命中した聖職者はその場に崩れ落ちた。
「ぬはぁん……。き、気持ちいい……っ!」
「うっわ……」
「見ての通り殺傷力はありません」
悶える聖職者はラウンセルの解説が終わると糸が切れた様に動かなくなり、やがて寝息を立て始めた。
「無力化に特化してるって事かな…… 護身用の魔法って感じですね」
「おお、内海様はこの魔法をそう解釈されたのですね」
「え? 他の使い道があるんですか?」
感心したような眼差しに視線を返すとラウンセルはきょとんとした顔で言い返した。
「こう、意識を奪っている間に色々出来るじゃないですか」
「意識奪って色々って…… 犯罪なのでは? 天使がそんな事言って良いのか……?」
「え、あっ、スーっ…… ふ、二つ目の魔法やりましょ!」
「あ、逸らされた…… 天使でもそういう──」
「んっん!! んーっっン!!」
わざとらしい咳払いで内海の言葉をかき消したラウンセルは追加の資料を取り出した。
「んんっん!! 二つ目の魔法には名前が有りません。効果は相手から自分へ向いている好感度を数値化させて確認する魔法です」
「無理やり持って行くなあ…… ちなみにいくつ以下だと嫌われてる判定なんですか?」
「0が無関心として、20以上だと友好的な関係であると言えます。嫌悪や敵対はマイナスの数値です。しかしどれもこれも『強いて数字に表すならば』という前提がある事を覚えておいて下さい。過信は禁物です」
「20以上で友好、マイナスで嫌悪…… わかりました」
マイナスの値を見る事が多くなりそうだな、と思いながら内海は未だに並んでいる聖職者達を見回した。まだ好感度は見えない。
「どういった時に使えばいいんですかね」
「特定の場合を挙げる事は難しいですが…… 何かと使う機会は多いと思いますよ。今回内海様が受け取った魔法の数々は使う対象の方と内海様の関係性に依存する物がありますので」
ラウンセルが口元に人差し指を当てて考える。対する内海も思い悩むように顎に手を当てた。
「関係性に依存? なんか変な魔法ですね」
「言うならば"愛魔法"だとイミステルク様は仰ってました」
「愛ぃ?」
思いもよらない言葉に心の底から困惑した声を発するとラウンセルは何かを閃いたように手をポンと合わせた。
「あ! リベイジアを思い出して下さい! 命を奪わずに争いを終わらせるって、まさに愛の魔法じゃないですか!?」
「……愛、なのかな? さっきの話だと犯罪に利用できそうって事でしたけど」
「……この魔法は相手の頭上に視線を向ける事で発動します」
「あ、また逃げた」
「別に逃げてなんかいません! 円滑に話を進めているだけですーっ! ほら、早く私の好感度を見てください!」
ラウンセルが両腕を広げる。その姿を見ると内海の中に躊躇いの感情が生まれた。
彼女は丁寧な口調であるものの、ごく普通の態度で接してくれている。内海からしたら、たったそれだけの事でも有難かった。
だからこそ好感度を数値として確認するのが怖い。コロコロと表情を変えるその内側で一体自分にどんな感情を向けているのか。そんな事を思うと昔の苦しさが蘇ったような感覚に陥った。
「……」
「……内海様? どうされました?」
「いや、その…… 他の人…… 聖職者の方々を見てみます」
「……おやおや? それってもしかして、私に言っていた"逃げ"ではありません?」
「え? あっ……」
胸中を知ってか知らずか。ラウンセルが挑発的な表情を浮かべた。
「ほら図星って顔してる、私の好感度を見るのが怖いんだ! 私に嫌われるのが怖いんだ! ちょっと仲良いっぽい感じだったから!!」
「ち、違う!! 普通に話してただけでしょう、別にそんな事思ってない!!」
「そんな事言って、やっぱり逃げおおせるつもりなのですね! あんなに私の事言っておいて!! 自分は逃げるんだ!!」
翼を揺らして一歩歩み寄ったラウンセルが内海の顔を見上げながら胸元にグイと人差し指を突き立てる。
一瞬たじろいだ内海は負けじとラウンセルの目を見据えた。
「そんな事無い! てか貴女は事実として逃げてましたよ!? そうやって俺だけ咎め──」
「あーあー! あー!! 逃げ虫!! 内海様の逃げ虫!! いくじなし!!」
「なんだよ逃げ虫って……! そこまで言うなら見ますよ!! 落ち込む俺の姿を見て反省しろっ!!」
鼻息荒く罵倒するラウンセルの頭の上に視線を合わせると好感度の数値化が発動した。
──『ユーゴ・ラウンセル 11歳 男性 好感度32』
「……あっ?」
「ふう、ふう…… 見えました? いくつでした?」
「32……」
「ほら仲良しさんじゃないですか私達。裏切られてなんかいないでしょう?」
裏切られてはいない。だがしかし、別の重大な裏切りが発生しているような気がした。
「ユーゴ・ラウンセル?」
「あ、名前も見えているんですね」
「お、男?」
「? はい。そうですけど」
改めてラウンセルの顔を見つめる。
真っ白な玉の肌、艶やかで光沢のある金髪、長い睫毛と綺麗な瞳。薄っすらとしながらも鮮やかな色の唇。整った眉が表情に更なる彩を与え、直視するのも困難な程の"美"を演出している。
「……」
「もしかして女の子だと思ってました?」
声も可愛い。
「思ってました」
むしろ男だと明かされた今でも女の子にしか見えない。
「私くらいの年齢の天使ってよく間違われるんですよ。皆美形さんだから」
「へええ、皆美形…… すごい種族なんですね」
見すぎた事に気付いた内海が目を逸らす。その仕草を見逃さなかったラウンセルは微笑みながら内海の視線の先へと追従した。
「……ふふふ。私が可愛いから女の子に見えてしまったって事ですよね?」
「じゃあ三つ目の魔法をお願いしまぁす」
「あ、逃げた! ふふっ」
「すんませんでした…… 勘弁してください……」
更に目を逸らした内海はついでに聖職者一人一人の好感度を確認した。
大抵の人間は1から15までの間であった。とりあえずここに自分を嫌う人間が居ない事に安堵した内海はラウンセルの方へ向き直った。
「ふふふ。三つ目の魔法は『レフテネジア』。恐らくコレが本日教える最後の魔法となるでしょう。効果は相手の怪我や病を自らの身体に移して治療する。です」
「これは愛魔法っぽいですね」
「献身の精神に溢れた、まさに愛の魔法ですね、早速やってみましょう。そこの貴方!」
ラウンセルが聖職者の中から一人を選んで手招きする。
呼ばれた者は凛とした美男子であった。様になる小走りでこちらへと駆け付け、内海の目の前で美しい姿勢で止まった。一つ一つの仕草がはきはきとしつつも余裕があり、その立ち姿は男である内海からしても背後に花が見える程であった。ついでに好感度を確認すると7と表示された。
「名前と症状をお願いします」
「ユセウス・コーヴァー、痔です」
「痔ですか。それは流石にご自身で治して下さい。次」
「ちょ、ちょ待った。そんなおざなりな扱いしていいんですか?」
ユセウスがトボトボと集団へ戻ってゆく。その背を見た内海は罪悪感に似た感情を覚えた。
「逆に聞きますけど、痔を受け取るのは嫌でしょう? 役職的にずっと座り仕事ですよ、彼。だいぶ酷い状態かと思われます」
「……うーん。い…… や…… です……」
「そうでしょう。 ──ふむ、見た所高齢の方が多めですね。怪我よりも持病を抱えている方が多そうです」
「そうですか……」
「内海様はまだお若いですし、お試し感覚で持病を押し付けられるのは少し可哀想ですね…… よし、今回は私が手首を切るのでそれを受け取ってください」
ラウンセルが自らの羽を一本引き抜き、手首へ向けて振るう。一切の躊躇いが無いその動作が終わると血が滲み始めた。
「はいどうぞ。リベイジアのように魔法の名を口にするだけで発動しますよ」
「おま……! 何やってんですか! せっかく綺麗な肌なのに!! レフテネジア!!」
咄嗟に手を取って叫ぶ。傷は浅そうだが血がどんどん溢れ出てくる。
「綺麗な肌? ……うーん、綺麗ですか? 自分じゃ分かりません」
「くううっ! その反応っ!! くそ! 俺はケア頑張ってもこんななのに……!」
「持って生まれたモノの違いィ…… ですかねェ…… あれ、まだ治らないんですか?」
「ん、発動してなかったんですかね? レフテネジア!」
傷口を見据えてもう一度魔法の名を叫ぶ。しかし何も起こらない。
「ふーむ、コレはまだ無理でしたか。仕方ない、次へ行きましょう」
「え、もう一回やらせて下さい。レフテネジア!!」
焦りのままにもう一度叫ぶ。やはり何も起こらなかった。
「やっぱり発動しない…… まあそのうち使えるようになる事は確かなので今日は諦めましょう」
「ど、どうしよう……! 傷跡が残ったりしたらいつか後悔しますよ!」
「大げさですねえ、大丈夫ですよ。私は天使なのですぐ再生します」
「え? なにそれ」
内海にはラウンセルが何を言っているのか理解できなかった。
差し出された腕を見つめていると『水滴が乾くかのように』などと言っていられない程の早さで傷口が塞がり始めた。
「ほら」
「なにそれ!?」
「これが天使です」
傷跡もカサブタも無い綺麗な腕がそこにはあった。
「……へええ。なんかもう説明を求める気も起きない」
「求められても『そういう物だ』としか答えられませんけどね」
残った血を手拭いで拭き取ったラウンセルは袋の口を広げて中身を確認した。
「さて、魔法とかの説明はここまでにして次は神殿から支給される道具とお金の確認をしましょう。聖職者の皆様、ありがとうございましたー!」
大きく手を振るラウンセルに手を振り返した聖職者達がゾロゾロと去ってゆく。
「残りの三つの説明は省くんですか?」
「はい。残りは応用的で更に難度の高い魔法ですから。もう少し魔法に慣れてからやってみましょうか」
「効果とか名前だけを教えて貰ったりは……?」
「んー」
透き通るような声で唸りを上げながら考えたラウンセルは困り眉で頬に手を当てた。
「難しい魔法って失敗すると意味不明な現象が起こったりするんです。爪が二重になったりとか、眼球に毛が生えたりとか。出来ると思って失敗する例もありますので今は知らないに越した事は無いと思いますよ」
「うわあ…… 分かりました」
「まあ冗談ですけど」
「えっ?」
ごく自然に騙された事に困惑した声を上げるとラウンセルは口元に手を当てて静かに笑った。
「うふふ。身に余る魔法は知るだけで危険だという点は本当ですから、続きはもうちょっと日を開けてからにしましょう」
「……分かりました」
「情報は既に貴方の中にあるので実力が付けば自ずと閃く事もあり得ます。一緒に頑張りましょうね」
可愛らしく応援のガッツポーズをするラウンセル。それに対して内海は、冗談ではあったものの魔法という物の危険性についてモヤモヤと考えてしまっていた。
「さあ、気を取り直して荷物の確認です」
「はい」
仕切り直すように部屋へ戻り、そこで取り出された物は三種類の薬であった。
「この世界には貴方からすると未知の病原体が数多く存在しています。それらへの免疫を獲得する為の内服薬が一つ。これは今飲んでください」
液体が入った瓶を手渡される。量がそれなりに多く、味によっては飲み干すのに時間が掛かりそうだった。
「こんな物があるのか。転移者向けの薬って感じですね」
「はい。同じく転移者の一人、ユキ・レヴァンテ様によって作られた物です。一般には出回っていない貴重なお薬ですよ」
「へえ、そういえば元の世界の病原菌は? まだ俺の身体に残ってたら大変な事になりそうですけど」
「元の肉体その体は別なので大丈夫です」
「そうなんだ…… あ、良い香り」
蓋を開けると爽やかなミント系の香りが広がった。試しに口に含むと味は無く、薄い紅茶を飲んでいるような感覚だった。これならば苦にならないと判断した内海は水を飲むかの如く薬を飲み干した。
「残りの二つは怪我に塗る外用薬と内服の風邪薬です。どちらも鎮痛や解熱、殺菌効果には優れていますが治療に関する即効性は薄いのでお守り程度に思っておいて下さい」
「分かりました。 ……ゲームでよく見るポーションのような物は一般的じゃないんですか?」
「水薬の事ですね。一般的ではありますが割高かつ嵩張るので、少人数で持ち歩く薬としてはこういった錠剤や軟膏の方が人気なんです」
「なるほど」
「濃縮や量産などの研究はされていますので、もう少ししたら私達にも扱いやすいサイズの物が出回るかもしれませんね」
取り出した薬を仕舞い込んだラウンセルが今度は財布のような入れ物を取り出した。
「それは?」
「見ての通りお財布です。一か月ほど寝泊まりが出来る程度のお金と神殿が発行した身分証が入っています。どうぞ」
ラウンセルが財布の口を拾出てこちらに見せる。中には結構な枚数の紙幣と前世でも良く見た身分証のような物が入っていた。
「一か月分の宿泊費ともなると結構な大金ですね…… 財布がパンパンだ……」
「返済の必要はありませんからね」
「え、いいんですか?」
「ええ、私の食費とかも込みですから」
「あー…… そういう……」
金額を改めて確認したラウンセルが財布を仕舞い込み、続けて大きな紙を取り出した。
「で、最後の一つ。この紙は世界地図です。ではこの世界の説明と目的地の相談でもしながら適当に外を歩いてみましょうか」
「は、はい」
心の準備ができていないのにラウンセルが部屋の扉を開き、歩き始めた。遅れないように付いて歩くと、彼は地図を広げながら内海の顔を見上げた。
「これからよろしくお願いしますね、内海様」
「はい、よろしくお願いします、ラウンセルさん」
「"ユーゴ"でいいですよ。敬語もやめて下さい」
「え、敬語も? いいんですか?」
「いいんです。"お友達"だから!」
そう言って走り出すラウンセル、もといユーゴの背を見つめながら、内海は生まれて初めての感情を胸に抱いた。
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