異世界でも嫌われる俺は一流のモンスタートレーナーを目指す事にした
タブ崎
第1話 内海大河、18歳。ブサイク。
内海大河、18歳の大学一年生、ブサイク。
どれだけ痩せようとも頬の輪郭は骨格によって微妙に膨れており、鼻はボテッと横に広く丸みを帯びている。そして目は細く、白目の割合が多い。口だけは単体で見れば普通だが、全体をトータルで見るとなんとも残念な顔だ。
小中高の12年間、他人からの評価を受ける事そのものが極めて少なく、噂が立ったかと思ったら大抵は顔面の酷評である。大学生になった後でも名を知らぬ相手に一方的に存在を知られており、かつ嫌われていたという事があった。
「──さて。そんな君に、私の世界で頼みたい事がある」
「こんな前置きで引き受けてもらえると思いますか!?」
──────────
内海大河は変わろうとしていた。唐突な思い付きではなく、少なくとも八年前から変わろうとしていた。
具体的には皮膚科の受診を含むスキンケアを徹底し、身体を鍛え、頭髪や爪を始めとする全身の清潔感にも気を遣った。その結果生まれたのが小綺麗なブサイクである。
口臭体臭は徹底的にケアし、顔を見ればニキビ跡すらも無く、身に着けた服にはシワも埃も無く。そして服の下には絶妙に引き締まった筋肉がある。それでもブサイクだった。顔のパーツ一つ一つはどうにも出来なかった。
嫌われがちなのはコミュニケーション能力や人間性の問題かと思って話のネタを仕入れたり、自分を客観的に見直したりする事もあった。しかしそもそも人が寄り付かないのでそれらの成果が発揮される場面など無かった。そして自ら話しかけに行くのは逆効果だった。
つまり今までの努力が"人に好かれる事"へ繋がる事は無い。今までの経験から内海はそう痛感していた。
しかしながら、日課として染み付いたスキンケアやトレーニングは今なおずっと続けていた。
こんな有様でも今が一番マシだからというのもあるが、トレーニングに関しては何よりもジムのボディービルダー達が総じて親切にしてくれていたからだ。内海にとって、相手が先に挨拶をしてきたのは初めての経験だった。頑張りを見て貰えるのも初めてだった。自分から挨拶をして笑顔を返された事も初めてであった。
だから、何となく居心地が良くてジムへ通っていた。
「……」
今日も大学の講義を終えた後、ジムへ寄ってトレーニングをしていた筈なのだが──
「あれ?」
気が付いたら奇妙な空間に居た。
奥行きのある細長い部屋には机付きの座席と窓が並んでいる。例えるならば列車の中に居るかのようだと内海は思った。と言うより『カタンコトン』と子気味良く響く音を聞くとそうとしか思えなかった。
ジムへ行ってから帰宅までの行動がルーティン化しているせいで無心のまま列車に乗ってしまったのかと一瞬思ったが、そう考えるには違和感が多すぎた。
「……どこだ、ここ」
窓の外には夜空にも宇宙空間にも見える不思議な光景が広がっていた。いつもトレーニングを終えて帰宅を始める時間帯は午後の六時半。冬季であれば既に星空が広がっている時間帯だが、今は真夏だ。まだ夕焼けが遠くに見える筈なのに。彼方へ目を凝らしても見えるのは真っ暗な空だけだった。
それともう一つ。下へ視線を向けても地面が見えなかった、非現実的だがこの列車が宙を走っているかのようにも見えてしまう。
暗すぎて地面が見えていないだけという可能性も考えはした。だがそれでも内海は違和感に突き動かされて次の行動を始めた。
「……んっ!?」
こんな時はスマートフォンだと思いポケットをまさぐるが、そこには何も無い。
慌てて立ち上がり座っていた座席を見るが、そうする事で今自分が鞄すらも持っていない事に気が付いてしまった。
明らかにおかしい。この状況か、あるいは自分自身がおかしい。
「……」
座席へ座り直して気持ちを落ち着ける。
ここ最近は新たな領域へのバルクアップを目指して自分を追い込んでいた。その疲れが祟ったのかもしれない。頭がぼーっと呆けた状態のままどこかに荷物を忘れ、そして全然知らない列車に乗ってしまったのだろう。改札を通れているという事はジムではなく駅のホームに荷物を残したのかもしれない。そう考えた。
どこかの駅で乗り換えて元の駅に戻れないだろうかと車内を見回すが、路線図が無い。今この列車がどこを走っているのかという情報は何一つとして得られなかった。
現在地が分からず、鞄もスマートフォンも無い。そんな絶望的な状況で下せる決断は『とりあえず次の駅で降りる』という事だけだった。
「はじめまして、ウツミタイガ」
「っ!」
座席でうなだれるようにしながら大人しくしていると、唐突に女性の声が頭上から聞こえた。
足音など聞こえなかった。いつの間に近付かれていたのだろうと慌てて顔を上げると、そこには信じられないような姿があった。
純白の髪の毛、純白の衣服、そして純白の翼。輪郭すらも捉えられない程に真っ白で"人"と言って良いのか分からないその存在は、内海の正面の座席に腰を掛けた。
「はじめまして……」
夢でも見ているのかと思った。夢ならば少し面白いと思った。
それでも呼吸の度に肺を冷やす空気の感覚が痛い程にリアルを突き付けている。
「私はイミステルク。"魔法の世界"およびここ、"狭間の世界"の守護神を務めている者だ」
「守護神……? あの、ここってどこですか?」
意味不明が積み重なって脳が一旦情報の処理を止めた。一先ず自分が求める情報のみを得て状況を整理したいという本能が内海の言葉を操る。
「どこって、狭間の世界だと言っているだろう」
しかし返ってきた言葉は意味不明なままだった。
「その狭間の世界というのが何なのか分からなくて……」
「君達の言う"現世"と死後の世界を繋ぐ世界だ」
「……死後の世界?」
淡々と明かされた事実が内海の後頭部を冷やす。
「なんだ、もしかして気付いていなかったのか? 君は死んだんだよ」
つまる所この列車はあの世行きの列車だ。そう解釈せざるを得ない言葉に内海は戸惑った。
「し、死んだって俺が? 本当ですか?」
「本当だ」
「……死因は?」
それでも信じられなくて質問を続ける内海に対し、イミステルクは手の平を差し出してホログラムのような物を表示した。
「トレーニング中の事故だ。普段の君なら無理が無い程度の重量だったようだが…… 貧血を起こしてこの通り」
「うわ……」
ベンチプレス中に意識を失い、バーベルによって鎖骨のあたりが圧迫される映像が再生される。
「バーベルが勢いよく落ちた衝撃でセーフティバーが倒れ…… ここで鎖骨を骨折、そして支えを失ったバーベルが首の方へと──」
「も、もういいです。ありがとうございました」
「なかなかショッキングだよな。今後はあまり思い出さない方が良い」
青ざめながら目を逸らすとホログラムのような物が空気へ溶け込むように消えた。
ジムでのトレーニング中に死亡した。そう思うとジムに居たのに気が付いたらここに居たという事にも納得がいった。
一先ず現在地とここへ来た経緯を理解した内海は、次に目の前の人物に関する疑問を晴らそうと思った。
「……あの、もう一つ訊きたいんですけど」
「答えよう」
「守護神というのは一体?」
「文字の通り世界を守護している者だ。尤も、守護神の"神"という部分に関しては私は疑問を覚えているがな」
「はあ」
面倒臭い空気を感じ取り曖昧な返事をすると、今度はイミステルクが小さく手を挙げた。
「今度は私から質問をしても良いだろうか」
「はい」
「先程君の情報を見たんだが、相違が無いか確認をしたい。色々と答えてくれないか」
「分かりました」
「君は内海大河。18歳の大学一年生だな」
一体何のためにと思う暇も無くイミステルクが資料を取り出した。
「はい。18歳、大学生。確かにそうです」
「小中高の12年間、他人からの評価を受ける事そのものが極めて少なく、噂が立ったかと思ったら大抵は顔面の酷評である」
「え?」
「そう書いてあるんだよ。合ってるか?」
「……はい」
急な悪口に戸惑いながらも事実である事を認める。
「大学生になった後でも名を知らぬ相手に一方的に存在を知られており、かつ嫌われていたという事があった」
「いや確かにそうでしたけど! 誰が書いてるんですか、それ!」
「この列車のシステムが勝手に出力した物だよ。そう怒るな」
「……感情無しで書かれてるってのが余計モヤモヤします」
「言わば客観視を極めたモノだからな。つまり君は"そういう奴"だった訳だ。はは」
「笑わないで下さいよ!」
ややオーバーに反応すると、イミステルクは真面目な面持ちで内海の顔を見つめた。
「さて。そんな君に、私の世界で頼みたい事がある」
「こんな前置きで引き受けてもらえると思いますか!?」
「ああ」
肩から滑り落ちた純白の髪の毛がサラサラと揺れる。
「な…… ええ?」
彼女の謎の自信に対する内海の感情は困惑だった。安く見られている訳では無いという事は表情から読み取れる。
内海はその瞳に、何か自分の心の底を見透かされているような得体の知れない感覚を覚えた。
「君はもう自己評価の為に動くような人間ではないだろう」
「え?」
「言わば諦めの境地。されど、代わりに"自分のせいで他者の評価が下がってしまう出来事"については人一倍心苦しく思ってしまうような人間性が養われた。君はそういうお人好し── というか責任感が強い性格なんだ」
「……」
次に何を言われるのか少しだけ察しが付き、内海は目を伏せた。
自業自得の不注意によって起こしてしまった事故、それがどういう出来事に繋がるのか──
「そんな君が贔屓にしているジムで"内海大河という大学生の死亡事故"が起きてしまった。このジムの評価が今後どうなるかは想像に難くないだろう」
「はい」
管理の不行き届きだと誤解されるか、あるいは常連の人達や関係者達への誤解も生まれてしまうかもしれない。
あの時は偶然人が少なかっただけだ。そしてセーフティバーの設置が適切でなかったという自分自身の甘さが招いた事故だ。誰の目も向いていない瞬間であるにも関わらず、『いつも出来ているから』と油断した自分が全部悪い。そう内海は考えている。
「……俺が慢心せず注意していれば、あんな事は起こらなかった」
「ああ。そうだ」
内海の呟きにイミステルクが頷く。
「だが、少し時間を戻して今言った通り"慢心せず注意"すれば君の懸念が現実になる事は無い。死亡どころか事故そのものを無かった事に出来る」
「……時間を戻して生き返る事さえ出来れば、ですけどね」
「出来るさ。私の頼み事を聞いてくれれば君を生き返らせると約束しよう」
「……」
想像通りの言葉だ。内海にとって"引き受けなくてはならない"取引である。
しかし答えを出す前に少しだけ気になる事があった。
「俺の死に、貴女は関係していますか」
労働力の確保の為にわざわざ仕組まれた出来事かもしれない。
そうだった所で内海には何も出来はしないし自業自得である事にも変わりは無いのだが、思い通りに動く奴だと思われるのは流石に癪に障る。
「全くの無関係だ。私が守護する世界と君が住んでいた世界は全くの別物。私からしたら完全に管轄外の場所での出来事だ」
「労働力の為に殺した訳では無いと」
「ああ、信じてくれ。言い方は悪いが、君が勝手に死んだだけだ」
「……すみません、分かりました」
無礼な言動を詫びると共に、内海の頭には更なる疑問が生まれた。その事にイミステルクも気付いたようで、話を続けずに少しの間を開けた。
「では、何故俺なんですか? 依頼という事であればこんな大学生よりも相応しい人材が居ると思うのですが」
「人選に関しては"生き返る目的を持っているかどうか"で決めている」
「生き返る目的?」
「そうだ。生き返る事そのものが目的の、言わば"死にたくないってだけの奴"は正直言って信用ならん。その願いは私の世界へ転位した時点で疑似的に満たされる欲望だからな」
イミステルクが頬杖をついて窓の外に目を向ける。
「他の世界から高名な学者や最強の戦士とか、世紀のコメディアンなんてのも招いた事があるが…… 目的の無い奴らは総じて腑抜けちまったんであの世に送還したよ。 ……まあ、彼らの気持ちも分からない事は無いがな」
つまり死にたくないだけなら転位すればその願いは叶う。イミステルクが言っているのは『元居た世界へ戻る理由を持っているか否か』という事だ。
「対して君はお世話になった人達に迷惑を掛けたくないという想いを以て、"内海大河の死亡事故"を無かった事にしたいんだろう」
「はい」
「それだよ。そういった目的を持ってる奴が欲しいんだ。私は」
「そうですか……」
肯定されているようで悪い気はしなかった。これすらも戦略ならば恐ろしい相手だと思いながらも、内海の心には既に『引き受ける』という答えが出ていた。
「で、どうする?」
「……分かりました。やってみます」
依頼の内容は何一つとして聞けていないが、もはや内海の気持ちは固く決まっていた。
『お世話になった人たちに迷惑をかけたくない』。それだけを目的として語ると軽く聞こえるだろうが、内海自身の『このまま死んで親を悲しませたくない』という願いも相まっての決断であった。
「ありがとう。 ……君を信用した事、後悔させてくれるなよ。タイガ」
「が、頑張ります」
「ちなみに依頼を完遂した場合、生き返る際に何か一つ願いを叶えてやるからな。頑張れよ」
「え? その条件は先に提示した方が良かったのでは!?」
「この特典はやる気を起こさせる為に提示すると決めていたんだ。交渉に使うと碌な事にならん」
イミステルクの表情に怒りが浮かんだ。その表情は過去に"目的の無い奴ら"と揉め事があった事を物語っていた。
「さて、では頼み事の内容について説明しようか」
「はい」
姿勢を正すとイミステルクは先程のように掌の上にホログラムを展開した。
「何度か言ったが、私が護る世界は"魔法の世界"と呼ばれている。名の通り魔法技術で溢れた世界だ」
世界地図と各地の生活の様子が次々と浮かぶ。見慣れない道具や魔法で溢れる景色を見ていると、自然と内海の心は踊った。
目的は元の世界で生き返る事だという気持ちに揺らぎは無いが、それとは別としてこのような世界には憧れがあった。
「凄いだろう、ここに見える殆どの物は魔法技術によってもたらされた恩恵だ。 ……しかし一方で、魔法以外の物は随分とお粗末だ」
「お粗末?」
「ああ。数百年前、ティエル・ネア・ラディエという魔法学者によって魔法技術が大きく成長したんだ。それはもう、魔法以外の物を研究しなくても世界が十分成り立つ程にな。それによって現在は他の分野の成長が緩やかになりつつある」
「……あり得るんですか? そんな事」
様々な学問や技術、そして職業があらゆる場面で噛み合って世界は成り立っている。魔法のみを以て全てが成り立ってしまう世界と言われても、内海にはその姿は想像できなかった。
「私も驚いているよ。魔法技術が全盛期を迎える前は君の世界と同様に様々な分野での研究が盛んに行われていたのだが、何故か現状では魔法一辺倒な世界になってしまっている。言い方が悪くなるが、進歩を放棄して魔法に頼っている。と言える状況だ」
「それも一種の進歩…… という訳では無いんですか?」
「ああ。そういった考えを否定するつもりは無い。実際魔法によってここまで豊かな世界になったからな。しかし魔法技術にもいずれ限界はやって来る。その時人々はどうなってしまうのかと考えてしまってな」
ホログラムへと視線を移したイミステルクが数秒沈黙する。
そして拳を握り締めてホログラムを消すと再び語り始めた。
「未確認の現象や未解明の謎だってまだ山ほど存在している。それらを残したまま、
確固たる決意を宿す瞳が憂いに陰る。
「脆いんだよ、何もかも。魔法で太刀打ちできない現象が起こったらもうそれで"終わり"だ。幸いな事にそんな厄介な現象の予兆は今の所見えていないがな」
"転位して腑抜けた奴ら"への怒りが生まれる事にも共感できる。そんな気がした。
「……なるほど、分かりました。俺は何をすればいいんですか?」
「この世界の謎を解明して人々にその実態を広く知らせてほしい。一つでも良い」
「貴女が人に教えを与える訳には行かないんですか?」
当然とも言える疑問をぶつけると、イミステルクは首を横に振った。
「神に依存する世界にはしたくない。せめて表面上は『人間が仲間と助け合って新たな謎を解き明かした』という事にしたいんだ。偽装工作みたいで気は進まないが」
「……分かりました」
「ご理解いただき感謝する」
話に区切りが付いた頃、気が付いたら窓の外には青空が広がりつつあった。
「でも…… 俺一人が謎を解き明かした所で何か変わるんですかね?」
「一人じゃないさ。先程の会話から察したと思うが、私は今までに多くの人物を"転移者"として招いている。そのうち依頼を完遂して生き返った者が六名、脱落した者が八名。そして今残っているのは四名、君を合わせてもたったの数人しか居ないが…… 世界が変わる切っ掛けを作るにはこれで十分だ」
「十分…… ですかね?」
「ああ。君の後にも引き続き転移者は招くつもりだし、私の世界で過ごしているうちに人との繋がりが生まれる事だろう。そういう意味でも君は一人じゃない。そう考えるとさ、わりと何とかなるような気がして来ないか?」
青空を見て晴れやかな笑顔を浮かべたイミステルクが座席から立ち上がり、こちらへと笑顔を向ける。これまでの印象との違いに戸惑いながらも、内海も座席から立ち上がった。
「差し詰め、君達転移者は"連鎖の引き金"という訳さ。君達が出発点となり、波紋のように世界を変えるような動きが広まってゆく。そうなるといいなって」
「随分と適当ですね」
「はっはっは、よく言われる」
「よく言われるって! 駄目じゃん!」
「大事なのは行動力さ。さあ、お喋りはここまでにしてお待ちかねの転移といこうか。そぉら眠れ!」
「おあっ!?」
イミステルクが唐突に拳をこちらに突き出した。その先から放たれた光弾が胸に命中した瞬間、内海の意識は途絶えた。
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