第22話 顔を見て話したい

 私の反応を見て察したのか、坂田さんはそれ以上何も言わずにたこ焼きを食べる。そして少し経ったところで、なぜか声をひそめながらどこか目をキラキラさせて私に尋ねた。


「あの、蒼井さんと付き合うんですか?」


「ぶぼ」


 タコが喉に詰まるかと思った。慌てて飲み込み、息を整えてから声を出す。


「な、何ですかいきなり」


「公開告白、痺れちゃいました! あの後二人で帰宅したし、ついに、と」


「い、いやあ……なんか普通に送ってもらって別れちゃって? もしかして、私の立場を考えてああいう嘘をついてくれたのかなーなんて」

 

 私がそう言うと、坂田さんは目を丸くして首を横に振った。


「そんなわけないじゃないですか! いくら蒼井さんでも、そのために嘘なんかつかないと思います! え、でも何もなかったんですか……?」


「普通にさようなら、しました」


「でもあの、安西さんは蒼井さんのこと、好き……ですよね?」


 顔を覗き込まれてそう聞かれたので、つい顔が真っ赤になってしまった。その様子を見て、ふふっと坂田さんが笑う。


「やっぱり。結構前からそうだろうなーと思ってて、私熱が出たなんて言ってみたり」


「え!? ね、熱が出た時って、嘘だったんですか!?」


「あっ、ごめんなさい勝手に……あの頃から安西さん、蒼井さんをよく褒めてたりしてたから、好きなのかなあ、って思って」


 なんということだ! 私は蒼井さんと坂田さんをくっつけようと躍起になっていたのに、その坂田さんからくっつけようとされていたとは!


 私は箸をおいてテーブルに肘をつき、顔を覆った。


「いや、違うんです……あの時はそんなに意識していなくて。実は蒼井さんは坂田さんを好きだと思っていたので、私が途中で熱を出していなくなる予定だったんです……褒めたのも、蒼井さんを意識してもらいたくて」


「ええ!? な、なんでそんなことに!? 蒼井さんが私を? 絶対ありえないです!」


 坂田さんは首がもげそうなぐらいブンブンと強く振りながら叫んだ。私は大きくため息を漏らす。


「そうかと思い込んでいたんです……思い込むだけならまだしも、応援したいとか馬鹿なことを思って……でも結局自分がハマってて馬鹿というか」


「両想いなんだから馬鹿じゃないですよ、凄くハッピーじゃないですか」


 きょとんとして坂田さんが言ったので、少し笑ってしまった。ハッピー、って言い方、可愛いな。


 だがすぐに表情を改め、真面目に尋ねる。


「あの……坂田さんは、その……お好きな方とかいらっしゃらないのかなあ、と」


 私の質問に、彼女は一瞬顔を赤くさせた。だがすぐに、意を決したようにか細い声で答えてくれる。


「ここだけの話にしておいてください……私なんかが無謀だと分かっているんですが、入った時から吉瀬さんに憧れている気持ちはあります……」


 ついに聞いてしまった坂田さんの本音に、私は変な声をあげて床に倒れこんだ。全身脱力、もう起き上がれない。


……マジかあ、そうなのかあ。ヒロインとヒーローはやっぱりそうなるのか……。


 ていうか、やっぱり私ってめちゃくちゃ余計な事してたじゃないか。坂田さんは吉瀬さんが好きなのに、他の人と結ばせようとしていたなんて!


「安西さん? 大丈夫ですか?」


 倒れた私を心配するように覗き込んでくる坂田さん。私は無言のまま起き上がり、全身真っ白になってぼそぼそと話す。


「そうだったんですね……まあ、吉瀬さんか蒼井さん、どちらかを好きなのかなあ、とは想像してたんですけど。気にしないでください、自分の単細胞に打ちひしがれているだけです。友達にも思い込み激しいポンコツって評価を得ているので」


「そ、そんな」


「私、お世辞じゃなくてお二人はすっごくお似合いだと思います。だから、上手く行けばいいなって思います!」


「あ、ありがとうございます。でも、今は両想いが確定した安西さんたちの方が優先では?」


 優しい声で正論を言われた私は、再び両手で顔を覆った。


「いや、本当かな? って思いが消えなくて……帰り道、何も変わった様子がなかったんですよ本当に!」


「待ってるだけでは? 安西さんから言えばいいんだと思います。言いましたが、気を遣ってそんな嘘をついたりするような人じゃないから、蒼井さんは本当に安西さんを好きなんだと思います」


 きっぱり言い切ったのを聞いて、単純にもそうなのだろうか、という思いになっている。


 一体どこがよかったんだろう? 吉瀬さんが言っていたことから考えると、異動してきた初日から気にかけてくれたのかな。なんで? 顔? こういうやらしい顔がタイプなのかな……って、何を言ってんだよ自分は。


 でも病院であんなに心配してくれた。たくさん励まして守ってくれた。きっと、あれに偽りはない。


「……私から、聞いてみます」


「わあ!」


 坂田さんが目を輝かせて頷く。私はすっかり冷めたたこ焼きを箸で掴みながら、もう一度決意を口にした。


「休みが明けたら私の気持ちもちゃんと伝えて、本人に聞いてみます」


「応援しています!」


 両手でファイトポーズをとる坂田さんに笑顔を返し、私は気合を入れてお茶を飲んだ。



 





 結局私は、一週間休むことになった。


 偉い人がわざわざ家までやってきて細かく状況説明させられたり、警察へ被害届を出すか、なども慎重に尋ねられたが、そこは考えた末やめておいた。


 会社をクビになるのは確かなので、もうそれ以上はいいかと思ったのだ。


 と、いうのを彩に電話で伝えると『甘い』と言われたが、正直に言うとここから警察が介入し、また根掘り葉掘り聞かれて……という状況に、私が耐えられそうになかったからだ。きっと細かく状況を説明させられ、再現させられ、と繰り返しされるに違いない。


 一日も早く普通の日常に戻りたい。その思いが一番強かったので決めた。


 偉い人から一応、間接的に浅田さんから謝罪を貰っている。まあ形だけだろうと思うが、それで終わりということにした。


 浅田さんの後には、女性の人が異動してきたらしく、坂田さんが『いい人です』と連絡をくれていたので安心している。


 休みの間、一度だけ蒼井さんからラインが届いた。私の体調を気遣う内容で、当たり障りのない返事をしただけで、あの事にはまだ触れずにいる。


 聞くのなら、直接顔を見て話したい。


 私はそう心に強く思っていたのだ。






 

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