第15話 近い
「なんか、本当に好きな人には振り向いてもらえない傾向が強くて……私が好きになる人は私のことがタイプじゃないんですよね。分かってるんですけど」
「それは、僕も似たような経験あるかな」
苦笑いをして言われたので、勢いよく隣を見てしまう。少し眉を顰めた蒼井さんがこちらを見ていた。
「前も言ったけど、僕も肝心なところで決められないっていうか。好きな子には振り向いてもらえないことが多いね。フラれることも多いし」
「そ、そうなんですか!? 蒼井さんが!?」
「今も、こっちの好意はあまり伝わってないようで」
ごくりと唾を飲み込む。坂田さんの顔が脳裏に浮かんだ。
確かに彼女は、蒼井さんからの好意に気付いていない気がする。そうそう、ああいうヒロインの子はいつだって鈍いんだ。鈍いのも罪だぞ。
蒼井さんなんて、かっこいいし優しいし、普通に考えればフラれる要素なんて何一つない。でも、結ばれない。これはやっぱり、当て馬になりやすい性格だからだろうか?
他人事とは思えない……。
私は拳を握り、蒼井さんに力説する。
「私は蒼井さんに幸せになってもらいたいです、心から!」
「……うん」
「いつでもにこにこして優しいし、多分優しすぎて身を引いたりフォロー役に回ったりすることが多いタイプだとは思うんですけど、そんな人こそ報われるべきだと思ってて……全力で応援してるんですよ!」
「……おう」
「大丈夫です、きっとうまく行きます!」
「全然上手く行かなそうな気がする」
私をどこか切ない目で見てくる蒼井さん。ずいぶん自信なさげだな。やっぱりここは私がしっかりアシストしないと。
……ところで、坂田さんはどう思ってるんだろう?
吉瀬さんと蒼井さん、どちらにも間違いなく悪い印象は抱いていないと思う。前話した感じだと、どちらかに好意を持ってそうな……気がした。やっぱり吉瀬さん? ちょっと大人しめの坂田さんと吉瀬さんは、とてもお似合いだとは思う。
でも蒼井さんって可能性もなくないよなあ。そしたら両想いで話は早いんだけど、今度こそしっかりリサーチしてみようか。
一人で計画を立てて燃えていると、蒼井さんがすっきりしない表情でお酒を飲んでいた。私はアルコールのお替りを店員に頼んだ。
「さっき中央にいた男の人って、短髪の黒髪の人だよね? あの人が気に入ってたの?」
「あーそうですね。全体的にタイプだったので」
「ふーん……どっちかというと、吉瀬に似てるよね」
頬杖を突きながら蒼井さんが言ったのを、私は首を傾げて考える。
「似てますか? 吉瀬さんは無口なタイプですよね。佐藤さんはそんな無口じゃなかったですよ、爽やかなタイプで。あーでも、ビジュアルは傾向が似てるかも……? ヒーローぽい感じ」
「シュッとして、きりっとした感じかな」
「あーそうですね」
「ふうん……」
蒼井さんは無言になりお酒を飲む。なんとなく沈黙が流れたのをどうしようか困っている時、ふと肩が蒼井さんと触れた。
どきりとする。そして、近すぎてしまったことを反省し、自然と横にずれて彼から離れた。ほんの少し触れただけなのに、肩がやけに熱い。
目の前に見える夜の街をぼんやり見下ろしながら、私たちは静かに会話を重ねる。
「昔から、ああいう人がタイプ?」
「え? あーそうかもしれませんね……真面目そうな人が多いと思います」
「なるほどね……どういうきっかけで好きになるのが多い?」
「えーフィーリングですかねえ? あとは、単に話が合って楽しいなあとか、優しい所を見た時とか……」
思い出しながらそう言った時、再び自分の右肩に何かが触れたのを感じる。ちらりと見てみると、蒼井さんの肩とまた近づいていた。
……あれ、私、話すのに夢中で自然と蒼井さんに寄ってしまったのかな。
慌ててまた横にずれたが、もうすでに端ギリギリまで来ていることに気が付いた。ひじ掛けのないタイプのソファなので、もうお尻がずり落ちてしまいそう。落ちないように注意しなきゃ。
「な、なんか、こういう席って初めて来たので、どうも恥ずかしいですね」
私が苦笑いしながら言うと、蒼井さんは目を丸くした。
「初めて来たの?」
「そうですね、来る機会はなかったです。雰囲気ありますね、ゆっくり飲むにはいいかも」
「僕も、カップルシートなんて初めてだなあ」
「そうなんですか!? 蒼井さんや吉瀬さんなら、こういう場所はお手の物な感じが」
「どんなイメージなの」
彼が小さく笑ったので、慌ててフォローする。
「別に遊び人ってイメージではないですよ! モテるから女性に誘われて来そうだなーというか……かっこいいからこういう場所も似合うし」
「かっこいいと思われてるなら嬉しいね」
彼がそんなことを言ったので、鼻息荒くして力説する。
「そりゃそうですよ、鏡見たことあります!? 吉瀬さんとはタイプが違う、まごうことなきイケメンですよ!」
「あはは、まごうことなき!」
蒼井さんが声をあげて笑ったので、なんとなくほっとした。こんな場所にいることでなんだか気まずく思ってしまっていたけれど、ちゃんと笑い合えると普段の様子に一瞬で戻れる。
そう、元々はただの同僚だし、私は蒼井さんの恋を影ながら応援している脇役で……
そんなことを思った時、またしても右の肩が彼に触れ、自分の心臓が天井まで跳ねた気がした。
ほんの少し、でも確実に、彼の肩と私の肩が触れ合っている。大きな面積でもないはずなのに、とんでもなく熱い。
そっと左側を見てみると、やっぱり自分のお尻ギリギリにソファがあって、私はこれ以上進めないのは間違いなかった。
……どうしよう。
困っているところに、背後からノックの音がして店員が入ってきた。注文した料理が届いたのだ。私たちの間から料理をテーブルに置くと店員はすぐに去っていく。
美味しそうなカルパッチョを見ながら取り皿を探すと、自分の左側隅に重ねて何枚か置いてあるのを見つける。
「あ、取り皿がーー」
そう言って手を伸ばした途端、ずるりとお尻がソファから滑り落ちた。体のバランスを崩してしまったのだ。
あ、落ちる。
心で思った時、私の腰に蒼井さんが手を回し、咄嗟に体全体を支えてくれたのだ。
「あぶな! 落ちるよ?」
そんな声が耳元で響き、ぶわっと自分の顔が熱くなった。慌てて体制を整え、しっかりソファに座り直す。
「す、すみません……滑っちゃって!」
「というか、そっちに寄りすぎじゃない? もっとおいで」
そう言って蒼井さんは、ソファをトントンと手で叩いた。私は頷いてお言葉に甘えるように彼の方にずれる。すると、今度は先ほどよりもずっと体が密着する形になってしまい、自分の頭がパニックになった。
しまった、寄りすぎた。でも、ここですぐにまた戻るとわざとらしい気もする。そもそも、蒼井さんの方はスペースがいっぱい空いているのでは?
混乱しながら正面を見ると、ガラスにうっすら自分の顔が反射して映っていた。案の定、真っ赤で戸惑った顔をしていた。
その横で、そんな私の間抜けな顔を楽しそうに見ている蒼井さんの様子がある。
……めちゃくちゃ見られてる。
なお顔が熱い。
真っ赤になってしまった私をよそに、彼は落ち着きのある声を出す。
「……確かに、見た目や第一印象って大事だと思う。気を付けられることは気を付けた方がいいと思うけど、それは清潔感とか、そういうこと。僕はね、いくら第一印象が良くなかったと言っても、一緒に働く仲間なのにその人を決めつけるようなことをするのはよくないと思うし、そんな人間の言うことは気にしなくていいと思うんだ」
「……」
「少し見ていれば、君がどんな人なのかなんてすぐに分かるよ」
蒼井さんが放った言葉が、心の奥底に静かに収まる感じがした。
いろんな出来事が詰まっている私の心の中はぎゅうぎゅう詰めなんだけど、それでも自分でも気がつかない部分に穴が開いていたみたい。そこへ、彼の言葉が綺麗にハマった。同時に心が温かくなり、ぶわっと何かが溢れかえる感覚に陥る。
嬉しいし、信じられないし、恥ずかしいし。
いろんな感情が湧き出てくる。
「あ、こっちにも取り皿が置いてあった。僕取り分けるよ」
「い、いえ私が」
「いいから」
彼はそう言って料理をとりわけ始めた。ドキドキと心臓の音がうるさくて敵わない。なぜだか、今更蒼井さんに助けてもらったシーンが頭の中で一気に蘇る。
初日に嫌味を言われる私を庇ってくれたり、歓迎会をしてくれたり、テニスサークルの誘いからそれとなく守ってくれたり……。
そうなってしまうと、もう完全に沼にはまったような気がした。
駄目だ駄目だ、意識してはだめだ。
だって、蒼井さんは坂田さんを好きで、それを応援しようって心に決めていたじゃない。ここでもし私の気持ちが変な方へ行ってしまっては、間違いなく玉砕する。
私はまた、当て馬女になってしまう。
そう自分に言い聞かせるのに、胸の音はちっとも止まらないし、右腕は燃えてるみたいに熱かった。蒼井さんは何も言わず、時々私を見てはどこか楽しそうに微笑んでいた。
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