第14話 悪いことはしていない




 

 あのグループが去っていった後、私はどっと疲れに襲われた。両手で顔を隠し、何とか声を絞り出す。


「蒼井さん、ありがとうございました……」


 私たちの間にある何かを察してくれたんだ。だから、私に話を合わせてくれた。彼がいい感じにアシストしてくれたので、私は堂々とすることが出来た。


 蒼井さんは小さく首を振る。


「何もしてないよ。ただ、なんかあの人たちが安西さんを責めてるように見えて……」


「またスクールに戻らないか、と誘われていまして」


「そっか、でもやけに困ってなかった?」


「そ、それは、まあ……」


 どう説明しようか困っていると、蒼井さんがふと目が合う。途端、なんだか恥ずかしくなってしまい逸らした。


 あんな情けないシーンを見られてしまった恥ずかしさと、嘘でも口説いているなんて言ってもらった恥ずかしさ。


「あれ? 顔が赤いね」


「いえ、大丈夫です、大丈夫です! 蒼井さんみたいな人にああいうことを言ってもらえる経験なんてなかったもので……でもちゃんとわきまえております、フォローのためにありがとうございました」


「え、別に嘘を言ったわけで」


「ふう。変な汗かいちゃった。そろそろ出ませんか?」


 熱くなった顔を誤魔化すためにそう言うと、彼が時計を見上げた。


「そうだね、そろそろ……目的のものは買ったから、次は何する? 夕飯まで時間あるよね。映画でも見るか、それともぶらぶら他の物買い物するか」


 伝票を手にしながら彼がそう言ったので驚く。てっきり、そろそろ解散かと思っていたのだ。


「え、夕飯までですか?」


「うん。店を予約してくれたって言ってたでしょ」


 そう指摘され、しまった! と心の中で叫んだ。確かにそうだった、元々は蒼井さんと坂田さんを二人きりにさせる作戦だったので、店まで予約していた。キャンセルするのもすっかり忘れていた。


 あわあわと慌てる私をよそに、彼はさっさとお会計に行ってしまう。カバンから財布を取り出そうとする私を制し、お菓子を貰ったからと言う理由で支払いを断られてしまった。


……お出かけはまだまだ続くらしい。






 その後、二人で買い物をして回った。蒼井さんが仕事に使う靴が欲しいとのことで二人で選び、私の服や小物も一緒に見てくれた。


 そして時間を潰した後、私が元々予約していた店へと足を運んだのだ。




「お席はこちらです」


 高層ビルの上にある、お洒落な居酒屋の店員に案内されたどり着いた席を見て、私は冷や汗をかいた。外の景色がよく見える大きな窓の前に、テーブルとソファ席が一つ。横並びで座るカップルシートだったのだ。


 何たる失態。『景色が見える席を!』とお願いはしていたが、まさかカップルシートだったとは。


 私がいなくなった後、蒼井さんと坂田さんが少しでもいい雰囲気になりますように、という魂胆が裏目に出た。


 蒼井さんは案内された直後、少し目を見開いて驚いたようだった。そりゃそうだよなあ、こんなカップルがいちゃいちゃするような席が用意されているとは思うまい。


 私は頭を下げる。


「すみません! 景色が見える席を……ってお願いしていたんですけど、まさかカップルシートだとは思わず! 他に空いてる席がないか、聞いてきます!」


「あー別にいいんじゃない? 今更だし。お店の人も忙しいしさ」


「え、でも」


「それよりさ、これって予約が……」


 そこまで言って、彼は言葉を止める。すぐに話題を変えるように笑いながら席に座ってしまう。


「まあ、いいじゃん。おいで」


「……じゃ、じゃあ」


 こんなはずじゃなかった、と心で後悔しながら隣に座る。途端、一気に緊張状態になった。だって、これほど蒼井さんの近くに座ったことなんてないからだ。


 肘が触れそうで、触れない。


「飲める? 色々あるよ」


「で、ではチューハイにしようかと」


 二人でいくつか注文し、お酒が運ばれてくる。もう飲んで気を紛らわせるしかないと覚悟した自分は、届いたお酒をぐいっと飲んだ。


「はは、安西さんってお酒強いよね」


「好きではあります!」


「飲んで飲んで。ケーキ食べたから、食事はそうたくさんは入らないかも」


「私も、まだケーキが残ってる感じがします」


 お腹をさすりながら、とりあえずお酒と一緒にきたお通しを食べる。


「あそこで知り合いに会ったのは予想外だったね。テニス、どれくらいやってたの?」


「……えっと……二週間、ですかね」


「そうなの? 合わなかったんだ?」


「と、いいますか……」


 私は迷った末、スクールであった出来事を正直に話した。さっきの中にそのカップルがいたことも、戻ってこないかと誘われたこともついでに。蒼井さんを巻き込んでしまったので、隠すのは誠実ではないと思ったのだ。


 蒼井さんは手を止めてじっと私の話を聞いてくれていた。


「というわけで、私よくそういう当て馬女みたいな立ち位置になりやすくて……蒼井さんも知ってると思いますけど、女性からの第一印象もよくないみたいで。自分が悪いんですけどねえ」


 頭を掻きながら笑ってそう言ったが、蒼井さんは極めて真剣な表情で答える。


「話を聞く限り、君は悪い事していなくない? 気になった男性に恋人がいないかちゃんと聞いて、いないって聞いたから恋を頑張ろう、ってなったわけでしょ? ごく普通のことであって、責められることは何もしてないよ」


「そう言われると救われます……」


 ため息をついてお酒を一口飲む。

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