第13話 祝福するよ!
私の目の前で公開告白をして成功した影島美鈴と佐藤和希が、目を丸くして見ている。仲のいいメンバーだったので、みんなで街に遊びに出ていたのかもしれない。
「あ、お久しぶりですねー……」
完全なる当て馬女となってしまったあのワンシーンは、さすがの私でもあまり思い出したくはない。思い切り佐藤さんにロックオンして必死になっていた自覚があるので、恥ずかしいにもほどがある。
影島さんは、相変わらず大人しそうな可愛らしい顔立ちで私に言う。
「あの……スクール、やめちゃったんですね?」
「ま、まあ……はい」
彼女は申し訳なさそうに俯き、控えめな声だ。
「私……あの日突っ走って信じられない行動をしてしまって。直後に安西さんがスクールに来なくなってしまって、本当に申し訳なくて……! すみませんでした!」
まさかの、彼女の口から出たのは謝罪だった。必死に頭を下げる姿を見て眩暈を覚える。そんなことを今更謝る?
やめてくれ、私は確かにいづらくてスクールは辞めたが、あなたを恨んでいるわけではない。謝られたら、私が怒っているみたいじゃないか。
するとやはり、佐藤さんを含めた周りの人たちが口々に彼女をフォローする。
「美鈴は悪くないよ!」
「そうだよ、謝らなくていいよ」
「でもやっぱり、私のせいかなと思うので……」
涙目でそう言うヒロインキャラの彼女と、引きつった笑顔でそれを見守る顔が派手な女。どこからどう見ても私がいじめているように見えるではないか。勘弁してほしい。
とりあえず、私もフォローを入れておく。
「いえ、影島さんが原因で辞めたわけじゃないんですよ、これ本当に!」
「でも……入ったばかりだったのに……」
「影島さんのせいじゃないですから、私個人の問題ですので!」
きっぱり断言すると、影島さんの隣にいた佐藤さんと目が合い、気まずく思った。『彼女いますか!?』と鼻息荒くして訊いちゃってたもんなあ、こちらの好意がバレているに決まってる。フラれたようなものだし、もう会いたいとは思ってなかったのだが。
彼女は恐る恐る私に尋ねる。
「そうなんですか……?」
「ええ、そうです。仕事とかも色々忙しくって、だから」
「じゃあ、また戻ってきてください!」
そんなことを言いだしたのでぎょっとした。彼女は私に頭を下げる勢いで言う。
「ぜひ戻ってきてください。みんな待ってます……! 私、安西さんのおかげで立ち上がれたっていうか、勝手にそう思ってて。仲良くしたいと思っていたんです。だから、よかったらまた通いませんか? 今が忙しいなら、落ち着いてからでも。みんな待ってます!」
キラキラした顔で言う人。周りのメンバーは『優しいなあ』と温かな目で見ている。その横で、私は困り果てて目線を泳がしている。
別に影島さんを憎いと思ってるわけじゃない。嫌ってるわけでもない。
でも、あんな状態で当て馬女になってしまった自分が、またあのグループに入りたいとは思えないのだ。全員の前でフラれたようなものだし、気まずく思っていなくなるのはわがままだろうか?
とはいえ、この雰囲気で断ればなお私の立場が悪くなる気がする。みんな影島さんの優しい提案に微笑んでいる。まあ、傍から見れば『両想いだった彼にちょっかい出してきた女を受け入れてあげる優しい子』という評価になるだろう。
ヒロインはいつだって優しい。悪い女にも親切で許してあげる傾向にある。彼女もきっと、本当に親切心から言ってるんだろう。急にいなくなったのは事実だし、心配してくれているのだ。
でも、私は? 私の気持ちはどうするんだ。こんな優しい提案を蹴るなんて、やっぱり性格悪いって思われるんだろう。ただでさえ、私の印象はよくないのだから。
「あの、本当に今は忙しくてーー」
そう言いかけた時、蒼井さんの爽やかな声が響いた。
「あれ、安西さん? お友達?」
一斉にみんなが振り返り、蒼井さんに注目する。彼はちょうどトイレから戻ってきたところで、涼しい顔で席に戻り、優雅に腰掛ける。突然現れた蒼井さんの存在に、みんなはどこか驚いているように見えた。
まあ、そりゃそうだろうなあ。私みたいな女と蒼井さんみたいなタイプって、意外な組み合わせだとう思うもん。やらしい顔でぶりっ子に見える私と、可愛らしい真面目タイプのイケメン。漫画だったら、絶対に付き合っていない二人。
蒼井さんは周りを見回してにっこりする。
「どうも。安西さんとはどういうお友達なんですか?」
その質問に、どこか気まずそうにする人々。私は仕方なく説明する。
「少し前にテニスを習ってて、そこのスクールの人たちなんです」
「へえーテニス!」
「忙しくって辞めちゃったんですけどね」
「ああ、今安西さんはうちの営業に異動になって、凄く忙しいからね。仕事を覚えようと必死になってるし……余裕ないよね。ほら、安西さんは真面目で仕事が出来るから期待されてるしさ」
ペラペラと一人でそう言う蒼井さんを、周りはそわそわしながら見ている。
そして私はと言うと、さっきまでの空しい気持ちがふっと楽になった気がした。一人きりでは上手くかわせないと思っていたのに、蒼井さんが来てくれただけで余裕が出てくる。
なんであんなに焦ってたんだっけ。私は毅然とした態度でいればいいのに。
しっかり影島さんの方を向き、優しく微笑んだ。
「影島さん、ありがとうございます。でも、私が辞めたのは決してあなたのせいじゃないし、気にしないでください。蒼井さんも言ってたけど、今本当に仕事が忙しくて……どちらも中途半端にしたくないんです。また落ち着いたら習い事は考えますけど、しばらく仕事に集中したいんです」
私が言うと、ついに彼女は渋々頷いた。周りの人たちは、じろじろと納得できない、という視線で私と蒼井さんを見ていた。
……あ、そうか。
二人きりでいるから、私が蒼井さんといい仲だと勘違いされているんじゃ? ヒーローに言い寄った当て馬女は、その後寂しく悔しい思いをしながら暮らしているのが物語の必須の展開だ。いわゆるざまあ。
でも、私は残念ながらそうではない。一時期はもちろん落ち込んだけど、佐藤さんは『いい感じの男の人がいる』程度の気持ちだったし、異動の方がずっと大変で重要だったから。
黙っていた佐藤さんが、初めて口を開いた。
「あー……同僚の方なんですか?」
その質問に、蒼井さんが微笑んだ。
「そうです。そして今、口説いてる最中です」
スクールのメンバーたちだけではなく、私もぎょっとして蒼井さんを見た。が、すぐに冷静になる。
空気の読める蒼井さんだから、何かを察してこういってくれてるんだ……なんて出来る人なんだろう!
「そ、そうですか。お邪魔してすみませんでした。ほら、美鈴」
佐藤さんが慌てた様子で言うと、影島さんもようやく納得したようだ。
「すみません、突然来て騒がしくして……お邪魔しました!」
「影島さん、誘って頂いてありがとうございます。お二人、すごくお似合いですね! 素敵だと思います。お幸せに!」
私は心の底からそう言った。
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