第7話 応援したい!






 坂田さんに声を掛けてみると、予定が空いていると返事があったのでほっとした。吉瀬さんも来る、と彼本人から聞き、少し驚いた。なんというか、あまり飲み会とか参加しなさそうなタイプに見えたのだ。もしかしたら、私の指導係なので気を遣ってくれたのかもしれない。


 そのほかに誰が来るかはよく分からないまま仕事を終え、一旦坂田さんと並んで会社から出る。蒼井さんがすでに店を予約してくれていたようで、坂田さんに店の情報を送ってくれていたので、そこへ向かった。


 おしゃれな和食店だった。少し緊張しながら行ってみると、案内された予約席を見て驚く。そこに用意されていた箸や取り皿などは四人分だった。


 つまり……私たちと、蒼井さんと吉瀬さん?


 異動して早々、目立つ二人組の男性と食事だなんて。いや、吉瀬さんは指導してくれるしこうなるのは必然だったのだろうか? それとも他の人は来るのを嫌がったのか……? ボブ以外にもすでに嫌われていたらどうしよう。

 

「四人なんですね」


 私が少し困ったように言うと、坂田さんが答えた。


「あ、初めは少人数の方が話しやすいと思うからって、蒼井さんがこの四人にしたみたいです」


 それを聞いてほっとした。確かに、今度みんなで歓迎会をしてくれると言っていたので、今回は少人数の方がいいかもしれない。


 坂田さんと並んで席に座る。


「飲み会ってなると、吉瀬さんや蒼井さんは女性に囲まれちゃって、全然話す機会ないんですよね……それをお二人も分かってて、今回はこういう席を設けてくれたのかも」


「ほう~なるほど。モテモテなんですねえ」


 その場面は安易に想像がつく。さっきのボブたちも、蒼井さんたちには好意を抱いていそうだというのは言葉の節々から伝わってきていた。やっぱりモテるんだなあ。


「見てください、お酒の種類がいっぱいありますよ! 安西さん飲めますか?」


「私飲むの好きです! 坂田さんは?」


「私はあまり強くなくて……すぐ赤くなっちゃって」


「さすが、ヒロインぽいー」


「ひろ?」


「あ、なんでもないです」


 二人でメニューを見ながら盛り上がっていると、少しして蒼井さんたちが現れる。彼らが顔を覗かせた瞬間、隣に座る坂田さんの背筋が伸びたのを、私は見逃さなかった。


「お待たせ―! ごめんね待たせて」


 蒼井さんが私の正面に座り、吉瀬さんが坂田さんの前に座る。おお、正面から二人を見ると、本当に凄いかっこいいコンビで、異動して初日からこんな人たちと食事出来ることはなんてラッキーなんだ、と思う。ボブにお礼を言わなくてはいけないかもしれない。


 私と坂田さんはカクテルを、蒼井さんたちはチューハイをそれぞれ注文し、届いたところでまず乾杯する。グラスがぶつかる高い音が心地よく、なんだか一日を終えたという安心感が今になってやってきて、肩の力が抜けた。


「蒼井さんも吉瀬さんもお酒強いんですか?」


 私が尋ねると、二人が顔を見合わせる。


「どうかなー吉瀬が潰れてるとこは見たことないね。何度も一緒に飲んでるけど」


「蒼井も全く変わらないだろ」


「坂田さんはあまり強くないよね、無理しないで。安西さんは?」


「お酒好きです、よく飲みます!」


「へーなんとなく意外」


 私は笑いながらカクテルを飲んだ。確かに、私の見た目なら『お酒に弱くってえー』とか言う方が合っているのかもしれない。残念、私は無敵の肝臓を持っている。


「初日はどうだった? 吉瀬が不愛想で困ったでしょ」


 蒼井さんの発言に、吉瀬さんは困ったように頭を掻いた。


「いえ! 丁寧に教えて頂いてますよ、本当です。教え方上手いなって思ってました!」


「えーそうなの?」


「最初挨拶だけしてマニュアルをどんとおかれたのにはちょっとびっくりしましたけど……」


「あはは、そりゃそうだ!」


 お酒を飲みながら話して笑っていると、そう言えばほとんど私と蒼井さんが喋っているなと気づき、隣を見る。坂田さんはカクテルを少しずつ飲みながら、目を細めて微笑み私たちを見ていた。


 ……可愛いかよ……。


 めっちゃ嬉しそうににこにこして話聞いてるじゃん。口数が多いわけでもないのに楽しそう。


 丁度そこへ、大皿のサラダが運ばれてきて、私の目の前に置かれた。ここに置かれたら、私が分けるのが自然な流れだろう。私は適当にサラダを分け始める。


「あっ、ごめんなさい安西さん……! 私、一番年下なのに」

 

 慌てたように坂田さんが言ったので、はっとして首を振る。


「いやいや! 目の前に置かれたからやっただけですよ! てかすみません、勝手なことして……セルフにしましょうか!」


 しまった、周りが慣れない人たちだからつい気合を入れてやってしまった。でも、私がやってしまえば坂田さんが気まずく思うだろう。そこまで気が回らなかった自分が悪い。


 焦った私を見て、蒼井さんがすっとトングとサラダを取っていった。そしてさらに、それを吉瀬さんに手渡す。


「じゃあ、間を取って吉瀬と僕がやりましょう。はい、僕は皿を持ってるから吉瀬は入れて」


「お前の役割、いる?」


「いるいる。綺麗に盛るんだよー」


「……」


「待って、吉瀬不器用すぎる! 僕の分がない、バランス考えろ!」


 サラダのとりわけが下手くそということが判明した吉瀬さんに笑いが起こる。そんな中、スムーズにそんなやり取りになったことに、感嘆の息を漏らした。蒼井さんの仕切りの上手さに、すぐに乗って変な盛り付けで場を和ます吉瀬さん、どちらも凄い。


 と、蒼井さんが思い出したように私に尋ねた。


「安西さんは苦手な食べ物とかない? アレルギーとか」


「あ、とくには……」


「そっか。坂田さんはリンゴアレルギーだったよね。店にはあらかじめ伝えてあるから、安心してね」


 声を掛けられた坂田さんが、驚いたように言う。


「す、すみません気を遣わせて……! よく覚えてましたね」


「前の飲み会でデザートに出た時、そんなことを誰かと話していたなーって思い出して」


 さらっとそんなことを言ったのを聞いて、あまりに完璧な姿に一瞬驚くも、違う考えが頭の中に浮かんだ。



 もしかして、蒼井さんって坂田さんを好きだったりする?



 お酒が弱いことも知ってて無理しないでと声を掛けたり、一番年下なのにサラダを取り分けてないことを本人が気にしてるのを見てフォローしたり、アレルギーを覚えていたり……。そういえば、私が坂田さんを誘うって言った時、ちょっと表情を変えていた気がする。


 あれっ。これ、やっぱりそうなんじゃない??


 ついちらちらと三人を見てしまう。頭の中で必死に関係図を仕上げていく。


 ランチの時、私が軽い気持ちで『蒼井さんと吉瀬さんどっちがタイプか』みたいな質問をしたら、やけに坂田さんは焦ってた。あれは多分、どっちかに気があるんじゃないか? でも私なんかが好きになるなんて……という王道パターン!


 どっちだ、どっちなんだ? いや早まるな、両方ということもある。どっちも気になるなんて、私ったら最低……っていうのも王道パターンだ!


 一人心の中で唸りつつ、蒼井さんを盗み見た。


 彼は完璧なぐらい気遣いも出来て、明るく優しい。もし、私が最初思ったように、結局は好きな女の子に振り向いてもらえない報われにくいタイプだとしたら、気持ちが痛いほど分かる。当て馬って辛いですよね、ほんとに分かる!


 応援したい……他人事とは思えない。私は彼の恋路を応援したい。


「安西さん、どうしたの難しい顔して」


 きょとん、と蒼井さんがこちらを見ている。我に返った私はすぐに表情を戻し、とりあえず微笑んだ。自分の心の中を悟られないように。


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