第8話 知らない会話

 二時間近く経った頃。料理も美味しく、仕事の話を中心に盛り上がって時間を忘れていた。基本的に蒼井さんが上手く話をしてくれたり振ってくれたりして、話題が途切れることはない。吉瀬さんと坂田さんは口数は多くなかったが、聞かれるとちゃんと答えてくれるし、時折笑ったりするので楽しんでいるようだった。


 ふと、隣を見る。坂田さんの頬が紅潮していることに気が付いた。


「坂田さん、顔赤くないですか? 酔いました?」


 私が声を掛けると、彼女は両手で頬を包んだ。


「飲みすぎたかもしれないです……まだ二杯目なんですけど……楽しくっていつもよりペースが速くなったかも……」


 可愛いかよ。私なんてハイボール五杯目なんですけど。


「お水もらいましょう。大丈夫ですか?」


「ちょっと顔が熱いだけです! お手洗いに行ってきますね」


 坂田さんは顔を扇ぎながら立ち上がり、一旦退席する。大丈夫かなあと心配しつつ、店員に水をお願いすると、時計を見ながら蒼井さんが言う。


「そろそろ解散にしよう。安西さん、家ってどの辺?」


「あ、私はこの近くなので徒歩で帰れます」


「そっか……えーと、坂田さんって確か僕や吉瀬と同じ方面だったからー……」


 おお。坂田さんの家の方面まで分かっている。これはやはり、私が思った通り彼は坂田さんに好意を持っていると見て間違いないだろう!


 確信した私はなぜか使命に燃える。なんとか、何とか坂田さんと結ばれてほしい。


「じゃあ、坂田さんを送ってーー」


「行った方がいいですね! 蒼井さん、よろしくお願いします!」


 私が食い気味に言うと、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。私からアシストが入ると思わなかったんだろうか。


 彼の性格上、徒歩で帰宅する私を一人にさせたりしなさそうだ。必然的に、私と吉瀬さん、蒼井さんと坂田さんに分かれることになる。二人きりという最高のシチュエーション、ゲットだぜ!


「あー……そうだね、分かった。じゃあ、吉瀬は安西さんを送って行ってあげて。もう遅いしね」


「わあ、すみませんわざわざ……吉瀬さん、ありがとうございます。徒歩十分なのですぐなんですが、よろしくお願いします」


 私が頭を下げると、吉瀬さんが静かに頷いた。


 少し経って、無事坂田さんはトイレから戻ってきたので四人で店から出る。坂田さんは顔は赤いものの、足取りはそれなりにしっかりしていたのでほっとした。そのまま電車で帰るらしい。


 会計を済ませ外に出た後、私は丁寧に頭を下げた。


「歓迎会、嬉しかったです。ありがとうございました!」


 私はみなさんにしっかりお礼を言う。蒼井さんが小さく首を振った。


「大したことしてないよ。また行きましょう」


「はい、ぜひ!」


「じゃあ、気を付けて。おやすみなさい」


 すると吉瀬さんが、蒼井さんに近づき何やら小声で囁いた。蒼井さんは苦笑いし、頷いたあとどこか含みのある表情で笑う。何を話しているんだろう、とぼんやり気になったが、特に深く考えずその光景を眺めていた。


 その後、蒼井さんは坂田さんと肩を並べてそのまま人通りの多い道を歩いていく。二人の後姿を眺めながら、帰り道に何か進展でも……と、一人わくわくしている。


「安西さん、家どっち?」


 吉瀬さんに聞かれて現実に引き戻される。思えば、わざわざ送ってもらうなんて申し訳ない。


「あっちです! すみません、送ってもらうことになっちゃって……」


「別に、当然でしょ。行こう」


 短くそう言った彼を見て痺れる。くう、こういう時に当然って言えるの、さすがヒーローだなあ。


 二人で並び歩き出すと、意外にも吉瀬さんが話題を振ってくれる。


「会社の近くって家賃高くない?」


「あー、実は叔父が小さなマンションを経営しておりまして……一室を破格で借りてるんです! 凄くラッキーですよね。会社から徒歩で帰れるの楽なんです。電車通勤って大変じゃないですか?」


「人ごみ嫌い。俺は苦痛でしかない」


「あは、想像通り。吉瀬さん、飲み会とかも苦手だったりしませんか? 今日来てくれたから……私の指導をしてくれてるから、気を遣って頂いたのかと」


「ああ……大人数は好きじゃないけど、少人数なら嫌いじゃない。蒼井とはよく飲みに行ってるし」


「へえ! 同期なんですよね? 仲いいんですねー」


 私がそう感心すると、彼はわずかに口角を持ち上げる。


「性格が正反対だけど、だからこそ合うっていうか。あいつは色々器用だから……よく俺をフォローしてくれる」


 言葉の節々から感謝の気持ちが伝わってくる、そんな言い方だった。少ない言葉で、どこかぶっきらぼうだからこそ、重みがある。


 私は微笑んでいいなあ、と思う。


 信頼し合う男の友情……友情? いやこれ、もしかして蒼井さん×吉瀬さんっていうボーイズなんとかっていう落ちもあるんじゃないのか? だとしたらそれはそれで応援する。


 いやでも、蒼井さんを見ていると、やっぱりどう考えても坂田さんを好きっぽんだよなあ。あんないい人、報われてほしい。


 一人悶々と考えながら歩いていると、ふとすれ違う女性が時々こっちをちらちら見てくることに気が付いた。なんだろう、と首を傾げたが、隣の吉瀬さんを見ているんだとすぐに分かった。男前な人だから、女なら自然と目で追ってしまうに違いない。


 ……そういえば、男性に家まで送ってもらうとかいつぶりだっけ……。


 私は変な男に気に入られやすいということを自覚しているので、あまり親しくない人に自宅がバレるのを恐れている。変な男はやたら『家まで送るよ!』ってしつこく言ってきがちだし、本当に送ってほしい男は他の女性に夢中なので、悲しい。


 だからこうしてしっかり送ってもらうのは久しぶりだ。しかも正統派イケメン。


「吉瀬さんに送ってもらうとか、よく考えたら凄い体験ですね……お金出しても体験したい女子いるんじゃないんですか?」


「……何言ってんの?」


「あほなことを言ってしまいました、すみません。だって、吉瀬さんモテるだろうなーと。蒼井さんもですけどね」


「蒼井はモテると思うよ、あんなに器用だし気遣い出来るし。俺はそういうところずれてるから、モテるとは程遠いよ」


「分かってないですねえ」


 私ははあと息を吐いてわざとらしく首を振った。


「吉瀬さんは不器用に見えて急に優しい所を見せたりするから、女性はすぐ落ちますよ! ある意味器用です!」


「……そういうもん?」


「ていうかお二人とも彼女とかいるんですか?」


「いないけど。まあ、蒼井は気になってる子がいるらしいよ」


 その発言に、勢いよく隣を見てしまった。すると、彼はどこか意味深な表情をして私を見ていたので、ピンとくる。


 やっぱり……坂田さんだ。ですよね、私気付いていました! さっき二人きりにしたの、いい仕事したなあ自分。


 メラメラと使命に燃える。お似合いだし、蒼井さんには当て馬キャラになってほしくない。私は二人を心から応援したい。


「……何を考えてる? 楽しそう」


「あっ、すみません一人妄想です。えっと、もう目の前なので大丈夫です! あのマンションなので。わざわざ送って頂き、ありがとうございました!」


 私は深々と頭を下げる。すると頭上から、小さく笑った声がしたので不思議に思い頭を上げる。


 やはり吉瀬さんが目を線にして笑っている。


「……どうしましたか?」


「いや、なんでも。初日、お疲れ様。これからもビシバシ行くのでよろしく」


「お手柔らかに!」


 吉瀬さんは頷くと、そのまま背を向けて去っていった。小さくなっていく背中をぼんやり見つめながら、色々あった一日だけどいい人もいるみたいだからよかった、と安心する。


 ボブの人には睨まれてるけど、坂田さんや蒼井さんは声を掛けてくれたし、吉瀬さんもいいい人そうだし。


……そういえば、帰り際、吉瀬さんと蒼井さんは何を話していたんだろう? 


「仕事、がんばろ」


 一人で呟き、自分の家に入った。




『いいの? あれ、なんか勘違いしてない?』


『……ははっ』


『今日も、二人で来るつもりだったって正直に言えばよかったのに』


『うーん、手ごわそうだね。でもまあ、面白いしいいんじゃない』


 帰り際交わされた二人の会話を、私は知らない。

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