第5話 釘を刺す
「安西さん、どうしたの? 顔色悪いけど?」
蒼井さんが心配そうにのぞき込んでくるので、慌てて表情を取り繕う。
「い、いえ大丈夫です。お二人ともありがとうございます!」
現実に戻ってきたところで、自分の考えを非難した。いやいや、人を捕まえて『ヒーローになれないキャラ』って、失礼すぎるだろ。何を考えているんだ私は。
そう思うと同時に嘆く。だって、三人があまりに王道キャラすぎるんだもん。え? 私は当て馬女キャラだって? 知ってる。
少女漫画では、いつだって『黒髪』『初めは印象が悪い』『でも笑うと可愛い』『実は優しい』みたいなキャラが最後に選ばれて、『最初から優しかった彼』は報われないことが多いのだ。
いや、現実は違うけどね。そうだそうだ、蒼井さんなんてめちゃくちゃモテるだろうし。
……でも、本当に申し訳ないんだけど、勝手に親近感持っちゃうよ……。ごめんなさい、私とは絶対違うだろうって思うのに……。
一人でそんなことを考えていると、蒼井さんが私のデスクの上にあったメモ帳に気が付く。
「それは?」
「あ! マニュアルを読んでいて、分からないところがあって……後で吉瀬さんに聞こうかと」
私がそう答えると、蒼井さんが少し目を丸くする。
「へえー真面目だね。ね、吉瀬!」
呼ばれた吉瀬さんは、私のメモ帳をちらりと見た。そして、またわずかに口角を上げて微笑む。
ぐう。私にもそんな破壊力抜群の笑顔を見せて頂けるんですか、ありがたき幸せ。
「ほったらかしでごめん、ちゃんと聞くから」
「い、いえ。外回りお疲れ様です!」
なんとなく恥ずかしくなってそう答えると、黙っていた坂田さんが私に近づき、そっと耳打ちした。
「多分、二人とも安西さんを気にかけて一旦帰ったんだと思います。お昼に社内にいるの、珍しいんですよ」
予想外の言葉にぎょっとし、吉瀬さんと蒼井さんを見る。二人はどうしたのと言わんばかりに首を傾けて私を見ていた。
……だとしたら……出来すぎるっ……!
両手で顔を覆う。なんやなんや、二人とも文句なしのいい男じゃないか。顔もよくて仕事出来て性格もよし? そんな人がそ二人もいるところってあるんだ……。
って、こんなふらふらした気持ちでどうする。私は人間観察の前に、まずは仕事だ。
自分を戒め、気合を入れ直した。そして真面目モードに変え、メモ帳を開いてある質問をとにかく吉瀬さんにぶつけ続けた。
午後になりしばらく経つと、散っていた人たちが徐々に戻ってくるようになり、静かだった職場は少し騒がしくなっていた。私は相変わらずマニュアルを読んでいるだけで、忙しそうな皆さんの手伝いが出来ないことを申し訳なく思う。
でも今はまず基礎を覚えないことには。そう思い集中していると、席を外していた浅田さんが何かを手に持って戻ってくる。包装された大きな箱だ。
「これ頂きものなんだけどー……ま、後ろに置いておけば気付いて食べるかなあ」
頭をポリポリ掻きながら独り言のように言ったのが聞こえ、私は反射的に席を立った。そして浅田さんの元へ駆け寄る。
「私、配っておきましょうか」
「え? いいの、助かるよー」
「まだ出来ることが何もないので、これくらい……雑用とかあったら、どうぞ声を掛けてください」
私がそう言うと、浅田さんは分かりやすく目じりを下げた。
「いやあ、いい子が入ってきてくれて嬉しいよ。やる気があって素晴らしい。期待してるよ」
嬉しそうな浅田さんに笑顔を返しつつ、私は渡された箱を開けてみる。個装されているお菓子だったので、デスクに一つずつそのまま配ればいいだろう。
私はそのまま配り始める。皆さん忙しそうなので、無言でササっと済ませていくが、ある席に辿り着いたとき、声が掛かった。
座っていたのは同い年か、少し上ぐらいの女性だ。やや吊り目でボブヘア、仕事が出来そうな雰囲気を感じる。
「あーありがとう、安西さんだっけ」
「あ、はい」
彼女は私が置いたお菓子を手に取りそれを眺めると、顔を歪めて鼻で笑った。
「うちはこういうとき、後ろに置いておけばみんな勝手にとってってくれるからさ。配ったりとかしなくていいんだよねー。なんかさ、こういうのって女の人がやる、みたいな風潮作られても困るし? 頼まれたわけでもないのに立候補とか、媚売ってもいいことないよ」
どこかトゲのある言い方だった。嫌味っぽくて、私を攻撃してるのが分かりやすい声色で、決して心配して助言している、という感じではない。
あーなるほどなるほど。うんうん、こういうのは慣れてる。
普通なら顔を赤くして謝るかもしれない。でも私は残念ながら、それほど弱くはない。気に入った男に近づこうとしたら目の前で公開告白をされるシーンを生き抜いてきたんだぞ。
私はにっこりと笑った。
「そうだったんですねえ! 教えて頂きありがとうございます! でも、私今何も出来ることがなくて……こんなことしか動けないんです。早く仕事を覚えて、お菓子配りなんかしてられないぐらい成長しますね!」
まさか笑顔で返されるとは思ってなかったのだろうか。相手はあからさまに不快そうな顔をし、軽くこちらをにらんだ。
この人が言うように『女の人がやる』と言う風潮が作られてしまったらよくはないが、今日異動してきたマニュアル読むだけの女が一度お菓子を配ったぐらいで、すぐにそんな風潮が生まれるとも思えない。普通、『雑用ぐらいしか出来ることないもんね』と生暖かい目で見るだろうに。
彼女は睨みをなくし、やけに柔らかい顔をして続ける。
「あーそうだねえ、今日来たばっかりだもんねえ。吉瀬くんが指導についてるっけ? 蒼井くんと同期で仲いいから、蒼井くんも気にかけてくれてるんじゃない? あの二人凄く親切でねー面倒見がよくって。仕事出来ない人とか放っておけないタイプみたいだから、よかったね。いつも新人とか中途の人をフォローしてくれてるんだよ」
セリフだけ聞けば単なる世間話。でも、ひしひしと伝わってくる空気感で、この人が何を言いたいのか分かる気がする。
勘違いすんなよ、ってことか。
イケメン二人が声かけてくれるけど、あんただけじゃない。仕事上親切にしてるだけで、個人的な感情は一切ないぞ、と釘を刺したいわけだ。なるほどなるほど。
安心してほしい。さすがの私もそんな勘違いはしていないし、異動してすぐに職場で男漁りをするつもりはない。
またしてもにっこりと笑って返す。
「聞いています! 素敵ですね~お二人の仕事ぶりを見学して、少しでも吸収しようと思います。では!」
こういう時は早く話を切り上げるに限る、と思った私は、そそくさとその女性のそばを離れた。あまり好かれていないようだ、職場にああいう人がいると今後やりづらいんだよなあ。
機嫌を損ねないようにやっていくしかない。私は周りに気付かれないようにため息をついた。
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