第4話 見たことあるぞ
しばらく私に説明をしてくれたあと、吉瀬さんは外回りに行くと言っていなくなってしまった。彼だけではなく、やはり営業部は外での仕事が多いらしく、ごっそり人がいなくなった。
初日なので、さすがに外回りはやめておこうという話になり、私はひたすらマニュアルを読んで時間を過ごしている。分からない部分はメモにとっておき、あとで吉瀬さんに聞いてみようと思っている。
しかし……マニュアルって言っても、結局は実際に働いてみないと分からないんだよなあ。まだ電話すら取れない状態だし、早く馴染みたい。まあ、即戦力になるわけがないから、初めは雑用しながら覚えていく感じかなあ。
集中して読んでいると、突然肩をポンポンと叩かれた。振り返ってみると、一人の女性が微笑んで私の後ろに立っていたのだ。
「あ……はい?」
「えっと、初めまして。坂田理沙と言います。そろそろお昼ですけど、どうされる予定ですか? よかったら、一緒に食堂行きませんか? 吉瀬さんは多分、お昼は外で取ると思います」
首を少し傾けて言ってくれるその人に、嬉しさで飛び上がった。
多分、年下の女の子だ。黒髪ストレートにぱっちりした目。真面目そうで、それでいて優しいオーラのある可愛らしい人。
「嬉しいです、行きます!」
「よかったあ……じゃあ行きましょう」
ふわりと笑いかけてくれる坂田さんに笑顔を返しつつ財布だけ手に持つと、私は彼女と並んで歩き出した。
私より少し小柄の彼女は少し恥ずかしそうに、でも安心したようにはにかむ。
「よかった、突然お誘いしてご迷惑かと……」
「とんっでもないです、凄く嬉しいです!」
「私、去年入社してきました。まだまだ慣れてなくて、いろんな人に支えられています。先輩たちみたいに仕事をこなすことはまだ出来ないので申し訳ないんですが……」
と、いうことは、彼女は二十四歳だろうか? 私より三歳年下ということになる。営業部の内事情は分からないが、私も二年目になったばかりの時は、まだ一人前とは言えなかったよなあ。
新社会人は電話の取り方やメールの返し方などから学ばねばならないし、時間がかかるのは当然のことだ。私は一応他部署でそういうところは習得している。
「私も突然営業に異動になって、不安しかないんですよお……向いてるとは思えないし」
「え! 安西さんは向いてると思います。だって美人さんで、今朝も堂々としてたし。私なんて、最初の挨拶の時カミカミのがちがちだったんですよ」
「そりゃ坂田さんより年取ってますもん~」
「えっと、うかがっても?」
「二十七です」
「そうなんですね! 年下ですが、仲良くしてくれると嬉しいです」
ふにゃっと笑ったのを見て、なんていい子なんだ! と激震が走る。
きっと年上の私に話しかけるのは勇気がいっただろうに、一人寂しくマニュアルを読む機械と化していたから声を掛けてくれたんだろう。
そのまま食堂に入りお互い食べたいものを注文し、向かい合って座った。坂田さんは酢豚定食を、私は豚丼を食べながら、彼女は営業部について話してくれる。
「吉瀬さんって、凄く営業成績がいい人なんです」
「そうなんですか?」
「蒼井さんもです。私も聞いた話ですけど、吉瀬さんと蒼井さんの年は当たり年だ! って言われたくらい、二人とも最初から凄く仕事が出来て凄かったみたいです。今でも、いつも成績上位にいて、いいライバルなんだなって周りに言われています」
やはり、吉瀬さんは仕事は出来る人らしい。あの愛想のなさでどう仕事を取ってくるんだろうか……? その反面、蒼井さんは納得だなあ。にこやかで優しそうだし、あれなら客も安心して契約してしまうに違いない。
私は食べながら言う。
「正反対な感じですけど、二人ともイケメンですよねー何歳なんですか?」
「確か、三十歳だったかと」
「へえー坂田さんはどっちがタイプですか?」
私が軽い気持ちでそう聞いてみると、彼女は酢豚を詰まらせたようにゴホゴホとむせてしまった。顔を真っ赤にさせ、涙目になってしまう。
慌てて水を差しだしながら謝る。
「ご、ごめんなさい変なことを聞いて!」
「い、いえ……大丈夫です。すみません」
呼吸を落ち着かせ、水をしっかり飲んだ後、坂田さんは私から視線をそらして言う。
「どっちも素敵な方で、手が届かない人です。いつもお世話になってて、お二人には感謝してもしきれません」
その言葉を聞いて、なんとなくだが、どっちかをちょっとは意識してそうだなーとぼんやり思う。
吉瀬さんに蒼井さん、坂田さん。
……あれ、なんだろう。なんか、既視感がある気がする。でもよく思い出せない。
何かが引っ掛かったように気持ち悪いが、考えても解消しなかったので、私は諦めてどんぶりを食べ続けた。
食事を終えて二人で戻ると、私のデスクの隣に吉瀬さんと、蒼井さんが何やら話しているのが見えた。いつの間にか、二人とも帰ってきたらしい。
私は慌てて吉瀬さんに話しかけた。
「お疲れ様です! すみません、お昼を頂いていました!」
そう言うと、吉瀬さんがこちらをじっと見たので、その強い眼光につい固まる。なんていうか、目力が強い。無表情だし、なんか怖い。
隣に立っていた蒼井さんが、私たちを見て笑顔を見せた。
「あ、坂田さんと食べてたの?」
「は、はい、誘っていただいたので……」
「仲良くなってよかった。あ、そうだ坂田さん、さっき君あてに電話が来ててね……」
「あ、はい!」
坂田さんは必死になって蒼井さんの話を聞く。なんとなく黙ってそれを眺めていると、伝達事項から次第に仕事内容の相談へと話題が変わっていった。さらに、吉瀬さんも話に加わっている。
「それ、いつ連絡したの?」
「もう先月のことです……」
「あーさてはあっちが忘れてるんだね。間違いなく連絡したんだよね?」
「はい、メールにも残ってるんですが……返信もありましたし」
「あそこは自分が忘れてたことを棚に上げてクレームにしてくるからな」
三人の会話の内容を、分からないなりにとりあえず必死に聞いておく。同時に、吉瀬さんと蒼井さんが出来る人間だ、という話は本当なんだなと感心した。
二人とも凄く親切で、すぐに坂田さんに答えを教えるんじゃなくて導いてる感じがする。大事に育ててるんだなーという温かさがあるのだ。坂田さんも必死に答えていて、微笑ましいとすら思った。
数十分話した後ようやくまとまったらしく、坂田さんが二人にお礼を言って頭を下げる。大変そうだなあ、と眺めている時、私は驚くものを見ることになる。
吉瀬さんが優しく微笑んだのだ。
目を細めて笑うその姿は、無表情しか見ていないからか、破壊力が凄い。もしかして、この手法で契約取ってくるんじゃないの? ……失礼なことを言ってしまった。だって、それぐらい彼の笑みには威力がある。
と、私の存在を思い出したようで、吉瀬さんがやや申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「ごめん。ほったらかしにして」
「い、いえ! マニュアルを頂いてますし」
「これ、嫌いじゃなかったら」
そう言って、デスクの上にあったココアを私に差し出したので、驚きでぶっ飛ぶかと思った。
何だこの人は……ぶっきらぼうかと思いきや、ちゃんと優しい所もあるだと!? なんていうことだ、これはあれだ、少女漫画のヒーローにありがちな……
「あ、吉瀬に先越されちゃった。はは、じゃあ僕はおやつね」
私たちの様子を見ていた蒼井さんが、笑いながらポケットからチョコレートを出してくれ、私のデスクに置く。私はただ目を真ん丸にして、ココアとチョコを眺めているだけだ。
そして、全身に稲妻が走ったようになる。
ゆっくり顔を上げ、見回す。吉瀬さん、坂田さん、蒼井さん……
なんということだ、これは王道すぎる恋愛漫画の登場人物ではないか!!
ヒロインに相応しい、真面目ないい子の坂田さん。黒髪きりっと系美形で、一見不愛想だけど時々優しい吉瀬さん。色素薄め可愛い系イケメンで、明るく誰にでも寄り添える蒼井さん。
……私ははっとして蒼井さんを見る。
大変だ……こんなことってあるだろうか。
蒼井さんって、この状況じゃ『ヒーローになれないキャラ』なのである!
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