第57話 大事なのは人目につかないことらしい


 唖然としながらテイラー嬢の後ろ姿を見送ると、クリスタ姉様が私の肩に触れた。


「アンジェ、大丈夫?」


「えっ。あっ、はい。大丈夫です」


「それなら良かった」


 ほっと安堵の息を吐くクリスタ姉様。テイラー嬢が去ったこともあり、店内の空気は心なしか穏やかなものへと戻ったような気がした。すると、クリスタ姉様は私から店長へ視線を向けた。


「店内で騒ぎを起こして申し訳ありません」


「とんでもございません。事の発端は先程のお客様ですし、レリオーズ侯爵家の皆様にはお助けいただきました」


「お力になれたのなら良かったです」


 店長達が深々と頭を下げると、私はクリスタ姉様に合わせて会釈をした。

 助けたということになったので、お店側からいくつかサービスをいただくという形で、話が終わった。


 結局既製品を買うことはせずに、クリスタ姉様の注文が終わると、私達は店を後にすることにした


「本日は本当にありがとうございました」


「私達の方こそ。店主によろしくお伝えくださいね」


「もちろんにございます。またのお越しをお待ちしております」


最後まで店長達は丁寧な接客をしており、馬車が出発するまで見送ってくれた。少しお店から離れると、私はテイラー嬢との一件について尋ね始めた。


「……ちなみにですけど姉様。いつから見てらしたんですか」


「アンジェがテイラー嬢に医者を勧めるところぐらいかしら」


「なる、ほど……」


(それってどのタイミングだ?)


 気になったから聞いたものの、クリスタ姉様が登場してからの立ち回りが印象的過ぎて、自分の行動が霞んでいた。


「言葉で制するという心意気は素晴らしかったけれど、まだ改善すべきことがあるわね」


「改善ですか」


「えぇ。言いたいことはわかるわ。医者を勧めるという発想は悪くないけれど、視力が悪いという表現は直接的すぎるから、もう少しぼかさないと駄目よ」


「確かに」


「後でお勉強しましょう」


「お、お願いします」


 暗に追加で淑女教育が行われることになったが、以前よりも抵抗感はなくなっていた。嫌がる素振りを見せなかったからか、クリスタ姉様は少し驚いた表情を見せたが、すぐさま満面の笑み浮かべた。


「アンジェ、私も一つ気になるのだけど」


「はい」


「テイラー嬢と一対一で言い合ったというよりも、近くにお店の人がいたことから何かあったと考えたのだけど……どうかしら?」


「凄い、よくわかりましたね。実は――」


 クリスタ姉様の観察力に感心しながら、私は姉様が知らない前の出来事を説明することにした。テイラー嬢が文句を言って、手を挙げたのを制したと伝える。


「そうだったのね。不当な行為を止めるのは素晴らしいことよ」


「止めたんですけど……その、やっぱり腕を掴んだのはまずかったですよね」


「品のある行動とは言えないけれど、理由を踏まえれば正しいことをしたと思うわ。だからそこまで落ち込まなくて大丈夫よ」


「はい……すみません、レリオーズ侯爵家の名前を傷つけてしまったら」


 温かい言葉をかけてくれるのが嬉しい反面、テイラー嬢の存在が引っかかっていた。彼女は今日あった出来事を広めるような気がするのだ。


「テイラー嬢のことを気にしているのなら大丈夫よ。彼女がもしアンジェのことを悪く言っても、正しいことを主張すれば問題ないわ。一対一の出来事とはいえ、あの場所には他にも人がいたんですから。だから、テイラー嬢に良いように言われたとしても問題ないわ」


 クリスタ姉様がここまでキッパリと断言するのなら問題ない。自然とそう思えた。確かに私は間違ったことをしたとは思ってない。こういう時こそ堂々としていよう。


「アンジェ。これから先、言葉で戦う時が来るかもしれないけど……場所を選ぶことが重要だと伝えておくわ」


「人目に付かない場所で処理しろってことですね。わかりました」


 それなら得意だ。任せてほしい。


「……なぜかしら。間違いではないのだけど、物騒な気配がするのわ」


 不安げな反応をされるものの、自信があった私は力強く頷いた。クリスタ姉様はそれを見て、戸惑いながらも頷き返してくれた。


「あ……そうだ姉様。あの時、テイラー嬢になんて言ったんですか」


「あの時?」


「はい。テイラー嬢に近付いてこっそりと話してたじゃないですか」


 絶対にあの言葉がテイラー嬢を帰らせた大きな要因になっていると思っている。一体何を言えば彼女を動かせたのかは、気になるものだった。


「あぁ、あれね。ただ事実を述べただけよ。同じ侯爵家であっても、レリオーズ家は筆頭侯爵家。対してテイラー侯爵家は末端。その違いをよくお考え下さいとね」


 さらりと教えてくれたクリスタ姉様は、やはりただものではない雰囲気を放っているように見えた。あのテイラー嬢に向かって末端と言えるのは、姉様しかいないんじゃないか。


「凄いです、さすが姉様」


「褒めるほどのことではないわよ」


 自分にはできないと感想を伝えたところで、一つ気になることを口にした。


「ちなみに筆頭侯爵家ってなんですか」


 その瞬間、クリスタ姉様の表情が固まった。


▼▽▼▽


 いつも読んでくださる皆様、誠にありがとうございます。

 次回更新は20日の日曜日となります。更新再開早々、間を空けてしまいを大変申し訳ございません。気長にお待ちいただけますと幸いです。

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