第56話 頼もしい姉の登場だ
品のない野蛮な令嬢。そんな言葉をかき消すほど、クリスタ姉様は佇まいだけで圧倒的な雰囲気を感じさせた。
(……凄いな。さすが姉様だ)
誰もがクリスタ姉様に視線を向ける中ちらりとテイラー嬢を見ると、彼女は気に食わないと言わんばかりに姉様を見つめていた。しかし、すぐさま立て直して平静な様子で口を開いた。
「抗議? どう考えても失礼な行動をしたのはアンジェリカ嬢ですよ」
「相手を野蛮と罵ることこそ品がなく、侮辱的な言動と取れます」
「いいえ、正当な評価ですよ」
自信満々に笑みを浮かべるテイラー嬢。品がないのはどちらなのかと言いたくなってしまうものの、今はクリスタ姉様の番だと理解していたので、大人しく見守ることにした。姉様はゆっくりと私の隣に近付いた。そして、もう大丈夫だと言うようにそっと背中に触れた。
(……凄いな。隣に立ってくれただけで安心感が増す)
姉の存在感の強さを再認識しながら、私の気持ちはやっと落ち着き始めていた。クリスタ姉様が正面から向き合うと、テイラー嬢が話を続けた。
「社交界でもアンジェリカ嬢をそう評価する声を聞きますから。落ち着きも品もない令嬢という評価を。それに人の腕を掴む行為は、野蛮そのものですわ」
(え……そう思われているのか? テイラー嬢はともかく、他の令嬢からも良くない評価を受けているなら悲しいな)
発言者がテイラー嬢だとわかっていても、気になってしまう言葉だった。私が一人もやもやとしている隣で、クリスタ姉様は一切動じていなかった。
「今の言葉は、十分抗議できる内容ですね。今日のこと以外でも、テイラー嬢には礼儀に欠けることをされていますので、合わせて抗議をしようかと」
「何の話かしら」
「初対面にもかかわらず、基本的な挨拶をされない。……社交界の暗黙のルールとして、名を名乗るのは下の身分の者とされています」
「嫌だわ、お忘れかしら? テイラー家は侯爵家ですのよ」
はっと馬鹿にするように笑うテイラー嬢に対して、クリスタ姉様は笑顔を崩さなかった。そして、そっとテイラー嬢に近付くと、こっそりと何かを囁かれた。
「なっ……‼」
クリスタ姉様が何を言ったのかは聞こえなかったが、テイラー嬢は目を見開くほど動揺していた。すっと姉様は体勢を戻すと、優しい声色で続けた。
「何がどうあれ、我が家のアンジェリカがテイラー嬢に触れたのは事実のようですね。ですが、テイラー嬢が不当な評価をしたのは同じく事実。……ここはどうでしょう? お互いに抗議をしないのは」
穏便に済ませる。これこそ品のある動きなのだろう。
テイラー嬢は不機嫌な様子でクリスタ姉様に改めて視線を向けた。
「えぇ、今日の所はそうさせていただきますわ」
吐き捨てるようにそう残すと、くるりと背を向けてテイラー嬢はお店を後にした。店長たち含め、私達はその背中を見送ると、少しの間静寂に包まれるのだった。その間、クリスタ姉様が自然と視線を集めていた。
(ね、姉様、何言ったんですか……⁉)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます