第52話 一張羅が必要だ
ギデオン様からきたお誘いを承諾すると、約束の日が一週間後にくることがわかった。誘いというのが、アーヴィング公爵領を訪問するというもので、これは気合いをいれなくてはいけないということが、私でもわかった。会えることが楽しみになる反面、私はドレスルームを見て悩みが生まれていた。
「まずいな……一張羅がない」
今までドレスに興味がなかった私は、基本的にドレスは侍女達に任せていた。甘い系統が苦手だと知っていたので、ドレスルームには基本的に瞳の色に合わせて青色のものが多い。
(そのせいで自分が納得できる一張羅がないっていうのは盲点だったな)
ここまで装いを気にするのにも理由がある。
次のお出かけがアーヴィング領訪問だとわかると、侍女達が騒ぎ始めたのだ。曰く、もはや婚約を申し込む一歩手前だとか。その原理がよくわからなかったが、ミラ曰く「端的に言うと、いつものお出かけとは違うってことですお嬢様! 特別な日かと‼」ということだった。
(いつもと違う特別な誘いってことは……いわゆる見合いみたいなもんか?)
そう思った私は、一張羅を探して自分のドレスルームを眺めていたのだ。
それにしても胸を張れる一着がない。今まで適当にドレスを購入していたせいで、気合の入るデザインのドレスがなかった。
(……気合を入れるってなったら、やっぱ赤いドレスだよな)
しかし、残念なことに今ドレスルームに赤いドレスは一着もなかった。この状況をどうすべきか頭を悩ませていると、背後から声をかけられた。
「アンジェ、何しているの?」
「姉様」
「珍しいわね。アンジェがドレスルームを見ているだなんて」
私の隣に立ったクリスタ姉様は、ドレスルームに視線を向けた。そして、私の方に視線を向けて目を合わせた。
「……これからお世話になっている洋装店に行くのだけど、アンジェもどうかしら?」
「えっ、いいんですか?」
「えぇ。アンジェのドレスも同じお店に注文しているもの。だから――」
「是非、ご一緒させてください」
どうしても一張羅がほしかった私は、姉様の誘いに食い気味に乗ってしまった。反応してから、淑女らしからぬ差し込みだったと思ったが、意外にもおとがめはなしだった。
「ふふっ。それなら準備して。三十分後に出かけましょう」
「はいっ!」
ドレスを新調できるとわかった私は、急いで自室に戻って支度を始めた。三十分も経たないうちに準備を終えると、私はクリスタ姉様よりも先に馬車に乗って待機していた。
(そういえば、姉様と出かけるのは久しぶりだな)
最近はギデオン様とばかり外出していたことを思い返していると、馬車の扉が開いて姉様が乗り込んできた。姉様が席に着いてすぐに、馬車が動き始めた。
「アンジェ。アーヴィング公爵様とは、その後進捗はどうかしら」
「実は昨日、新しくお誘いの手紙が来まして」
「まぁ。それはよかった」
甘い物巡りに関しては、既に成功したとクリスタ姉様に伝えたので、昨日届いた手紙の話をした。
「お誘いの内容が、アーヴィング領を案内したいということだったので、これは気合いを入れねばと思いまして」
「気合い」
「はい。ミラが言うには、今回の誘いはいつに増して特別なものだということだったので……それならドレスを新調しようかと悩んでいたんです」
私の話を聞くと、クリスタ姉様は嬉しそうに口元を緩めた。
「それは新調するべきだわ。……ふふっ。それにしてもあのアンジェが自分でドレス選びをするだなんて、凄く感慨深いわね」
「そ、そうですか?」
「そうよ。だってアンジェ、デビュタントのドレスだって自分で選ばなかったでしょう?」
「た、確かに、姉様に選んでもらいましたね」
あの日を思い出すように、クリスタ姉様はため息交じりに話し始めた。
「一生に一度のドレスの一つなのに、アンジェったら何でもいいだなんて言うんですもの。これは姉として見過ごせなかったわ」
「ありがとうございます。姉様が選んでくださったドレスが、今までで一番自分に似合うと思ってますよ」
「当然よ。私が気合いを入れて選んだんですもの」
自慢げに話す姉様の様子は可愛らしく、どこか嬉しそうだった。
「それじゃあ、今日は私が姉様に合うドレスを選んでも?」
私の提案が予想外だったのか、クリスタ姉様は目を丸くさせた。しかしすぐに満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、お願いしようかしら」
「任せてください」
力強く頷くと、クリスタ姉様はさらに笑みを深めるのだった。
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