第50話 忘れられない言葉(ギデオン視点)
あの言葉の真意は一体何なのか。
そればかりが頭の中の思考として埋め尽くされて、アーヴィング公爵邸に到着したことも気が付かなかった。
「……まずはとにかく、お礼の手紙を書かなくては」
気が抜くとすぐにアンジェリカ嬢の言葉が浮かんでしまったが、どうにかやるべきことに手をつけていく。しかし、手紙を書き終えても、夜が過ぎても、頭の中から離れなかった。仕事が手に着かないとはこういうことを言うのだろう。
心配した執事長が、紅茶と共に書斎へやって来た。
アーヴィング公爵家に仕える執事長は、父の頃から屋敷回りのことを一任しており、代替わりした俺にも忠誠を誓ってくれている。
「体調が優れませんか?」
至って良好だ。いつもならこう返している。ただ、そう見えないのは自覚していたので、言葉を呑み込んでしまった。沈黙を異常事態と捉えたのか、執事長はそのまま語り掛けた。
「もしや……昨日の外出が、あまり上手くいきませんでしたか?」
「そんなことはない」
「おや」
俺は即座に否定した。アンジェリカ嬢が用意してくれた一日は、幸福で満ち足りるような素敵な時間だったのだ。
(上手くいかなかった部分は俺の落ち度だ)
睨みに関する誤解もあったが、アンジェリカ嬢に温かい言葉をもらえた。そう考えると、悪いことだけではなかった。
「……これ以上ないくらい、充実した一日だった」
昨日の出来事を鮮明に思い出しながら、アンジェリカ嬢主導でスイーツ巡りをしたことを簡単に話す。
「ギデオン様がそのような表情をされるのは珍しいですね」
「どんな表情だ?」
自分では無表情のままだと思っていたので、執事長の言葉に疑問を抱く。
「私の目には柔らかくほぐれた表情に見えましたよ。お言葉通り、とても素晴らしい一日だったんですね」
「あぁ」
執事長の言葉に頷くものの、俺の心は晴れないままだった。またアンジェリカ嬢の顔が浮かんでしまう。どうすればいいのかわからずため息を吐くと、執事長はにこやかにこちらを見た。
「それでは次は、ギデオン様が計画を立てる番ですね」
「‼」
執事長の言葉にハッとさせられると、俺がレリオーズ邸に到着するまでに考えていた思考が一気に引き起こされる。
(そうだ、俺はまだ何も格好いいところを見せていない。……そもそも格好いいところとは何だ? 長所か? ……長所、か)
解決すべき悩みを思い出すと、今度は肩を落としてしまった。
「……俺に長所何てあるのか」
思わず無意識に声に出してしまう程、俺にとっては絶望的な状況だった。
目付きが悪いという短所ならすぐに出るが、逆は何も思い浮かばなかった。乗馬に関してはもう既に使ってしまった切り札で、他にこれと言った良い部分が何もなかった。
「長所ですか」
「……声に出ていたか。すまない」
「いえ。ギデオン様の長所でしたらたくさんございますよ」
「……本当か?」
自分ではわからないが、長年近くで見ていた執事長の目線ならわかるかもしれない。そう期待を抱きながら彼を見た。
「ギデオン様は書類のミスが一切ございません。その上仕事が早く、尚且つ完璧です」
誇らしそうに語られたが、俺の望んでいる答えとは違う気がした。
「……それはカッコよくはないだろう」
「格好いい、ですか?」
「あぁ。……その、まだ彼女に良いところを何も見せられてないんだ」
それどころか、俺はずっとアンジェリカ嬢の良い部分ばかり見ている。このままでは駄目だと思っていたから、馬車で頭を悩ませていたのだ。
「そういうことでしたか」
俺の沈んだ声とは対照的に、執事長は明るい声のまま返答した。
「ギデオン様。次のお出かけ場所は決まっておりますか?」
「いや、まだだが……」
「でしたら。是非ともお相手様にアーヴィング公爵領を案内されてください。我が公爵領は観光地としても有名ですので。ギデオン様が慣れた場所を紹介する形であれば、おのずと格好よくなりますよ」
「そう、なのか?」
「はい。知識が豊富な所も、ギデオン様の長所ですので」
確かにアーヴィング公爵領に関しては、知らないことはないほど知識が豊富だ。経営する上で当然と言われればそうなのだが、これを活かせると考えると良い選択かもしれない。
「……ありがとう。早速誘いの手紙を書きたいんだが」
「かしこまりました。便箋と封筒を持ってまいります」
こうして俺は、スイーツ巡り関する手紙の返事をアンジェリカ嬢から受け取ってから、改めて誘いの手紙を送るのだった。
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