第48話 言いかけた言葉


 言いたいことを言い切った私は、背筋を伸ばして体勢を戻した。


「手を止めてすみません。せっかく買った甘い物、食べましょう」


「……はい。何から食べますか?」


「そうですね……このチョコレートもらっても?」


「もちろんです」


 フォローが上手く作用したのか、すっかりギデオン様の雰囲気から暗さが消えていた。私からあんな言葉が飛び出たのが意外だったのか、驚いたように気を取られていたが、すぐに紙袋に目線を戻して購入した物を取り出した。


 チョコレートを受け取った私は、早速口に運び始める。ギデオン様も同じものを食べ始めた。


「甘すぎない味ですね……。個人的には凄く好みですが、ギデオン様がいかがですか?」


「糖度が控えめな味も好きなので、美味しく感じます」


 嬉しそうな声色にほっと一安心する。

 口に合うだろうかと言う心配が消え、そこからはどんどん空気が元通りになっていった。感想を伝え合いながら楽しく食べていくと、私達の雰囲気はすっかり明るいものになっていた。


 いくつか食べ終えたところで、ギデオン様が紙袋に伸ばした手を止めた。


「……次で最後になってしまいました」


「もうそんなに食べたんですね」


 どれも美味しい物ばかりだったからか、食べている時間があっという間に感じてしまった。ギデオン様は最後の一つになってしまったことで、少し落ち込んだ様子を見せた。


「美味しかった物はまた一緒に食べましょう」

「よいのですか?」


「もちろん。制覇するには新しい物を食べる道もありますが、同じものを食べてはいけないという決まりはないですから」


 気が晴れるといいなと思いながら、これで終わりではないという話をすれば、心なしかギデオン様の口角が上がったように見えた。



 甘い物を食べ終えたところで、今日は解散することにした。私の立てた計画を全て終えた上に、お腹が満たされたことが理由だった。私を屋敷に送り届けてから帰るとのことで、馬車に乗り込むとレリオーズ侯爵邸を目指した。馬車の中では甘い物で話題が持ちきりで、もう一度食べたいものをお互いに挙げていた。


 食べた物が多かったこともあり、話しているとすぐにレリオーズ侯爵邸に到着した。


「アンジェリカ嬢。本日は本当にありがとうございました。ずっと食べたい甘い物がたくさんあったので、今日一日であんなにも多くの物を食べられて嬉しかったです」


「楽しんでいただけて何よりです」


「それに、アンジェリカ嬢と一緒に過ごせてとても楽しかったです」


 表情筋は動かなかったものの、私の中のギデオン様は笑っているように見えた。


「そうだアンジェリカ嬢。もし聞いていいのなら」


「何でも聞いてください」


「ありがとうございます。その、噴水前のベンチに座る際女性に話しかけられる前に何か言おうとしていたと思っていて。もう済んだ話ならよいのですが」


「……あぁ!」


 すっかり忘れていた。私はギデオン様のフォローに甘えて、自分の失態を濁していたことを恥じて弁明しようとしていたことを。言いたかったことを思い出すと、改めて背筋を伸ばした。


「ベンチに着く前、私がぼうっとしてしまった時があったじゃないですか」


「ありましたね」


「あの時噴水を眺めていたと言いましたが、本当は違うんです」


 ギデオン様も薄々気が付いていたのか、真剣にこちらを見つめ返した。


「誤魔化してすみません。……あの時、広場にはたくさんの男女がいたじゃないですか」


「……えぇ、いましたね」


 それが一体どうしたのだろうという様子で反応するギデオン様に、私は本当に考えていたことを伝えた。


「実は彼らを見て、私達の関係に疑問が生まれて。もやもやって言うんですかね……あの人達は恋人同士なんだろうけど、私達の関係には何も名前がないのだと思うと、どこか気分が晴れなかったんです」


 私から発された言葉が意外だったのか、ギデオン様は固まってしまった。かとおもえば、ゆっくりと瞬きをしてこちらを見つめ続ける。不安にさせてしまっただろうかという考えが過ると、慌てて言葉を重ねた。


「だけど大丈夫です。今はとても楽しい一日を過ごせたと思っていて、気分も晴れているので!」


「そ、そう、ですか……?」


「はいっ。今日は本当にありがとうございました。またどこか一緒に出掛けましょう」


「は、はい」


 弁明が上手く伝わったかはわからないが、到着しお礼を告げた以上、馬車に居座る理由がなくなってしまった。ギデオン様は大丈夫だろうかという一抹の不安を抱きながらも、彼からも再度一日のお礼を告げられたので、私は馬車を降りることにした。


「それではギデオン様。また」


「はい。ありがとうございました」


 私は屋敷から去っていく馬車を、見えなくなるまで見送るのだった。


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