第39話 姉様は理解が早い


 ギデオン様との遠乗りが終わり屋敷に戻ると、すぐさまお礼の手紙を書いた。一日中動き回った疲労がのしかかったが、気にならないくらい早く手紙を書きたかった。


(……やっぱりお誘いは口だけじゃなくて、しっかり形でも残すべきだよな)


 再度重ねる形にはなるものの、また一緒に出掛けようという旨も書き記した。


(次はギデオン様に楽しんでいただける内容を考えないと……私が動くべきだ)


 毎回ギデオン様主体で、私から何かをするということができていなかったので、早速計画を立てることにした。手紙をドーラに頼むと、私はクリスタ姉様に王都の状況について聞くことにした。


(姉様は流行に詳しいからな……)


 私も社交界で話を聞いてはいるものの、お菓子系統は知識が足りなかった。姉様の部屋に到着すると、部屋をノックする。


「姉様、アンジェリカです」


「アンジェ。どうぞ」


「失礼します」


 扉の向こう側では、クリスタ姉様は優雅にお茶を飲んでいた。ただカップに口をつけるという単純な所作なのに、自分とは比べ物にならないくらい上品だった。


「アンジェ、おかえりなさい。何かあったの?」


「ただ今戻りました。実はお聞きしたいことがあって」


「そうなのね。それじゃ、お茶をしながらお話しましょう」


 ニッコリと笑みを浮かべるクリスタ姉様に、私はピシッと固まった。無言のまま、聞かなかったことにして回れ右をしようとすれば、姉様はクスリと笑った。


「安心して。今日は講義ではないから」


「……本当ですか?」


「嘘はつかないわよ。さすがに外出から帰って疲れている妹を責めるつもりはないわ」


 それならとクリスタ姉様の方に近付いた。

 いつもお茶を飲むときは何かしら淑女教育に発展してしまうのだ。


(この前は座り方を直されたな……普段は落ち着きがないわ、品よくと何度も言われるんだが)


 あまりクリスタ姉様と二人でのお茶にいい思い出がないので身構えてしまった。それさえも見抜くのが姉様だなと思いながら席に着いた。


「お疲れ様。話とは何かしら」


「実は次、ギデオン様と出かける時に王都を巡ろうと思っていて。甘いものを食べようと考えているのですが、何か流行とか有名なお店とかあったら教えてほしいなと」


 個人的になるべくわかりやすく説明したつもりだったのだが、クリスタ姉様は手を止めて目を丸くしていた。


「あの、姉様?」


「……あぁ、ごめんなさい。もう次の予定があるというのに驚いてしまって。……そう、そこまで親交を深めたのね」


「はい」


 クリスタ姉様の中では意外だと感じたようだが、すぐに理解して呑み込んだようだった。


「今度はアンジェが提案する会、ということかしら?」


「そうです」


「なるほどね。それは気合いを入れないといけないわね」


(さすが姉様。話が早いな)


 私はその問いかけに速攻で頷いた。すると、クリスタ姉様はとんでもない情報量を教え始めた。


 どこが有名店でどこが流行しているお店かを具体的に挙げてもらった。途中からこれは勉強の類だと判断した私は、紙とペンを持ってきて書き記すことにした。


「バランスがいいのは有名店と流行店どちらも行くことかしらね。助言をするとしたら、有名店に外れはないから、先に流行店を行くことをお勧めするわ」


「確かに。安心して楽しめるという点では、後に回した方がよいですね」


「えぇ。それと、恐らく食べてばかりではないと思うから他のお店に関しても教えるわ」


 クリスタ姉様は私とは違って何度も王都に足を運んでいる人物なので、具体的に何が大体どこにあるかまで知っていた。私はひたすらメモを取っていた。


「もちろんアンジェが決めることも大切だと思うわ。それが醍醐味でもあるでしょうし。ただ、迷ったらアーヴィング公爵の意見を聞くという選択もあるのを忘れないで」


「ギデオン様に聞く……」


「えぇ。アーヴィング公爵のことですから、王都に関して詳しいとは思うの。だから困ったら聞くというのも手よ」


「なるほど……」


(そういえば、ギデオン様はよく何がいいか聞いてくれたな……そう考えると、全部決めなくてもいいかもな)


 姉様の話を聞きつつ、自分の中で計画を立て始めた。


「取り敢えずはこんな所かしら。もし気になることができたらいつでも頼って」


「ありがとうございます、姉様。凄く助かりました」


 私の話が一息つくと、今度はクリスタ姉様が気になることを聞き始めた。


「それでアンジェ。今日の遠乗りはどうだったのかしら?」


「面白かったです。遠くまで走れたのも貴重な経験ですし、ギデオン様と一緒に走れたのも楽しくて」


 私は一日を順々に振り返り始めた。クリスタ姉様は穏やかに話を聞いてくれた。


「特に印象的と言うか、今でも感覚を覚えているのはレースですかね。ティアラと思い切り走れてよかったです」


「……待ってアンジェ。レースって?」


(さすがに姉様でもレースは知らないみたいだな)


 困惑しているのか、声色が少し暗くなった姉様が私を見つめた。


「レースは馬の競争ですね」


「競争……」


(……これはやったか?)


 クリスタ姉様は私からの解答を得ると、目を細めた。その瞬間、これは口を滑らせたと本能的に感じるのだった。


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