第33話 勝敗の行方
出遅れたとすぐにわかった。余裕があるのか、徹底した嫌味な野郎だからかはわからないが、フレッドは振り向いて鼻で笑っていた。
しかしそんな挑発も気にならないくらい、私は高揚していた。
「行こう、ティアラ!! 思い切り走ってくれ!!」
そう告げた瞬間、ティアラは勢いよく駆け出した。遅れを取ったものの、走り出しは最高で段々と加速していった。みるみる三人を追い上げていく。
「ははっ、さすがだな!」
直線というコースが味方してくれて、テクニックなどいらずに、ティアラは純粋に走ることができた。
三人の中でも一番後ろにいたロイドに追い付いた。
「えっーー」
驚いた声が聞こえるが、すぐに抜かしたため聞き取りきれなかった。加速しか知らないティアラは、みるみる前の二人に追い付いていった。
「はぁっ!?」
フレッドを捉えたかと思えば、嫌味を聞く暇もなく抜き去った。あり得ないと言わんばかりの声だけは、しっかりと私の耳にも届いた。
ゴールまで半分を切ったところで、遂に先頭を走る王女様に追い付いた。
「!!」
まさか私達に追い付かれるとは思ってもみなかったという表情が、並んだ時に見えた。
「……なるほど。飛び入り参加するだけの実力はあるということね」
「ありがとうございます」
「でも負けないわ。レリオーズ嬢、悪いけれどーー」
王女様の言葉は最後まで聞くことはできなかった。会話の途中であっても、ティアラはお構いなしに加速したのだ。
「うわっ! ……ははっ、凄いなティアラ!」
ティアラが心底嬉しそうに、楽しそうに走っている気がして、私の気分も上がりっぱなしだった。
今までで一番幸せな走りを、もっと味わいたい。
そう思っているうちに、ティアラはゴールテープを切ったのだった。しかしティアラは止まらなかったので、柵に突っ込むかのように走り続けた。
「ティアラ、止まってくれ! もう終わりだよ」
何とか手綱を引いてなだめ、ギリギリのところで止まれたので事なきを得た。
「お疲れ様、ティアラ」
よしよしと背中を撫でていると、ビックリするくらい観客席が騒がしくなった。
「なんだあの馬!?」
「速すぎるだろ! 俺の目がおかしいのか!?」
「ルクレツィア王女が二位なんて……」
ゴール近くにいた人の声は聞こえ、多くの人が視線を私とティアラに向けていた。その表情は驚愕しているものばかりで、中には落胆している人もいるように見えた。
(……もしかしてこれ、やってしまったか?)
私は観客席の反応をみて、多くの人が王女様を応援していたことを思い出した。そうなると、王女様ではない私が勝ったことをよく思わない人もいることだろう。
(八百長はよくないし、そもそも負けろとも王女の顔を立てろとも言われてないからな……)
そもそもそんな話なら断っている。そう思っていると、私の次にゴールした王女様が近付いてきた。
「……とても速いのね」
「あ、ありがとうございます……」
「驚いたわ。まさか私の馬よりも速い馬がいたなんて」
落ち込んでいるというよりは、驚きすぎて現実が上手く呑み込めないような表情をしていた。
「……私の負けね。今回は諦めるわ。またいつか、一緒に走りましょう」
「はい。よろしくお願いします」
差し出された手に触れて握手をすれば、観客席も納得してくれたかのように拍手を送ってくれた。
「では、私はこれで」
「はい。お疲れ様でした」
握手を最後に王女様は颯爽と馬に乗ったまま、レース場を去っていった。私もギデオン様の元へ戻ろうとすれば、声をあらげながらフレッドが近付いてきた。
「おい! 素人じゃなかったのかよ……!?」
「素人ですよ」
「そんなわけない。素人が俺も王女様も抜かすなんてあり得ない! どんな小細工をしたんだ!!」
小細工しようがないことは、走った本人ならわかるはずだ。私達は出遅れてしまったが、純粋は速さで勝つことができた。ただそれだけなのだ。
「小細工なんてありません。それこそ素人には無理難題でしょう、何もわからないんだから」
「いいや! 絶対何かしたんだ。……わかったぞ、俺達の馬に何かしたな?」
あきれてものが言えないとはこのことだろう。私はため息をつきたくなる気持ちを押さえて、ただ冷ややかにフレッドを見ていた。
「そうじゃなきゃ、素人の低レベルな馬が優勝するわけーー」
「おい。そこまでにしておけ」
低レベルな馬。この男はティアラのことを間違いなく貶した。私はそれだけは許せずに、フレッドを思い切り睨む。
「な、何だ、図星か?」
ここで明確に言い返せば、我慢し続けたのが水の泡だ。
(ギデオン様と出掛けてにきているのに、無駄なもめ事はしたくない)
それでもティアラへの侮辱は許せなかったので、睨みを強めて威嚇した。
「ーーっ。くそっ!」
遂にフレッドは睨みに屈したのか、歯をギリッとさせて去っていった。
(この睨みにも耐えられないなんて……低レベルはお前だろ)
ふうっと息を吐くと、私はギデオン様の元へ戻るのだった。
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